第26話 絆を結べし者

「真名……そして」


 種族名のカイザーファング。

 洞窟で聞こえて来た声も、ライアの事をカイザーファングだって言っていた。

 一体カイザーファングってどんな魔物なんだろう。

 名前からして強そうだけど……。

 僕は腕の中で丸まっているおよそ強さと言う概念から掛け離れた存在の象徴と言うべき、この幸せそうに寝息を立てているライアを見ながら『ないよな~』と少し笑った。


「ねぇお姉さん。カイザーファングって何? ……ってどうしたの?」


 叔母さんに説明して貰う為に叔母さんの方に顔を向けると、そこには先程と打って変わって少し恍惚とした表情でライアを見詰めている叔母さんの姿が有った。

 なんだかとても目がキラキラ輝いているのに瞳孔が開いている。

 なんかそんな感じだ。

 ちょっと怖い……。


「ふふふふふ。そうカイザーファングよ! やっとしっかりとその姿を拝む事が出来たわ。さっきまで眩しかったからね」


 眩しかったんならもっと早く解除方法教えてくれれば良かったのに。

 ライアの姿なんてモコ時代からじっくり見て来たって言うのに、カイザーファングと知った途端コレだもんな。

 なんて現金な人なんだ。

 僕は心の中で溜息を吐きながら呆れた目で叔母さんを見る。


「私今とっても興奮してるの。カイザーファング……、それは伝承に謳われる幻の種族よ。そしてライアちゃんの真名はライアスフィア! その名は始祖が使役していたとされる数多の魔物中でも特に強大な魔物として禁書に書かれているのよ」


「なんだって!! ライアが始祖の従魔!?」


「まぁ、本人かどうかは分からないわ。なによりライアちゃんは子供だし、そもそも三百年前の話よ? 代々受け継がれている名前か、それともただの偶然か……。何より伝承に出てくるその姿は茶色い毛に覆われた身の丈三メートルの化け物なんだから。それよりマー坊こそ何か知ってるんじゃないの? このタイミングでモコの名前をライアに改名するなんてそっちの方がびっくりよ」


「えぇっ? い、いや知らなかったよ。ライアって夢に出て来た格好いい従魔の名前だったんだ。ただそれだけだよ」


 信じられない話ばかりなので、さっきは隠していたライアの由来について思わず僕は本当の事を喋ってしまった。

 それは夢で見た従魔のお姉さんの名前がライアだったからだ。

 とても強くて美しい……そしてとても甘えん坊な獣人。

 モコがそんな従魔に成長してくれたらって思ったからライアって名付けたんだ。

 それなのにモコの真名がライアスフィアだって?

 そんなの話が出来過ぎじゃないか。


「そう、夢……。う~ん、ちょっと気になるわね。どんな内容だった聞かせてもらえる?」


「ええっ? いや、そんなただの夢だよ? 名前もたまたまだって。あの夢は僕の強くなりたいって願望がそのまま形になったみたいで言うの恥ずかしいよ」


 僕なんかが元魔王まで従えて新たな魔王と戦うなんて妄想でも有り得ない内容だ。

 夢だと言っても絶対笑われると思う。


「いいから! 仮説を証明する為の最後のピースを埋めるにはその情報が必要なのよ。……多分」


 多分って……。

 かなりの勢いでお姉さんが興奮しながら言って来た。

 どうも幻の種族を前にして研究欲が抑えられなくなったみたいだ。

 さっきみたいに少しばかり恍惚として瞳孔開いちゃってるし。

 この状態の叔母さんに何を言っても通じないのは骨身に染みてるし、僕は諦めて夢の内容を語る事にした。


「え~と、笑わないでね? あと実はあんまり詳しく覚えていないのも許してよ。じゃあ話すね。え~と夢の舞台は何処かの貴族お屋敷っぽい部屋で……」


 僕は叔母さんとサンドさんにさっき見た夢の内容を語った。

 と言っても、目が覚めた途端手の平から砂が零れ落ちる様に忘れていったので、語れる事は多くはなく出て来た従魔達との会話なんかは殆ど覚えていない。

 ただ、夢の中の男の従魔が人々を率いて魔王と戦っている。

 そしてその男の左手の甲には赤く光る契約紋。

 あとはライアと呼ばれた従魔のお姉さんの事だけだ。



        ◇◆◇



「マジか……。こりゃ新たなる魔王ってのも、あながち荒唐無稽な話じゃねぇのかもな……」


 僕の話を黙って聞いていたサンドさんが、話し終えると同時に顎に手を当てて深刻そうな顔をしてそう呟いた。

 様子からするとなんだか僕の夢を完全に信じちゃってるみたいだ。

 ただの夢なのになんでそこまで信じちゃってるの?

 絶対笑われると思ってたのに、そんな反応されるとなんだか怖いんだけど……。


「サンドさん。言っておくけど、ただの夢だからね? そこまで真剣にならなくても良いんじゃない?」


「いえ、サンドの懸念ももっともな事なのよ。実はね、最近各地で魔物の動きが活発になって来たって言うレポートが度々私の研究室に届いているの。現役冒険者のマー坊も噂くらいは聞いた事が有るんじゃない?」


 なぜか真剣に考え込んでしまったサンドさんに呆れていると、叔母さんまで声を落としたトーンでそう言って来た。

 魔物の動きが活発に……?

 有ったかなそんな噂?


「あっ……。そう言えば先輩達から最近東方の国で低ランク冒険者のクエスト失敗率が上がってるって話を聞いた事が有ったよ。『お前らも気をつけろよ』って言われたんだ。もしかしてそれが関係してるの?」


 クエスト掲示板に張り紙がされていた。

 確か『最近冒険者ギルド支部全体のクエスト達成率が下がっています。自分の実力に合っている依頼を選びましょう』って書かれていたと思う。

 それはただの標語だと思っていたのに……。


「それに関して分からない……と言いたいところね。今まで新たな魔王が現れるなんて考えた事も無かったし、ただの勘違いって可能性の方がまだまだ高いって言える。本当に夢と思っていたいわ」


「俺も昔の知り合いと酒飲んでる時に聞いたもんだから、最近の冒険者は弛んでるなぁとしか思ってなかったんだよ。だが、この森に岩石ウサギが大量発生ってのも今までなかった事だしよ。少なくとも何かが起こってる事は確実だろうぜ」


 岩石ウサギに関してはサンドさんの言う通りだ。

 この森は新米冒険者定番の採取地だし、時には一般人とだってすれ違う、そんな比較的安全とされている場所だった。

 そりゃ時々はぐれのコボルトやゴブリンなんかが住み着く事は有ったけど、それでも今まで大した被害は出た事が無いって聞いていたし、僕が冒険者になってのこの一年間もそうだったんだ。

 それなのに新米冒険者では手も足も出ない程の岩石ウサギの大群が現れただなんて、もし叔母さんとサンドさんが退治してくれなかったら、確実に犠牲者が出ていたと思う。

 その第一号が僕だったって言う可能性だって有ったんだから。


「でも、これで仮説の最後のピースが填まったわ」


 叔母さんが満面の笑みでそう言って来た。

 僕もサンドさんもその仮説が気になって仕方が無い。

 訳が分からない事だらけでもう頭がパンクしそうだよ。


「本当!? 聞かせてよ」


「えぇ、いいわ。まず結論から言うと、やはりマー坊は始祖の後継者に選ばれたのだと思うの」


「う~ん、本当かな~?」


 結論はやっぱりそれか~。

 実際これが一番訳が分からないんだよね。

 僕に資格が有るとか言われてもはっきり言って信じられないや。

 母さんや父さん、それに妹の方が才能はずっと上……、それどころか大半のテイマーが僕より実力が上だと思う。


「マー坊が始祖の後継者。まぁ、あくまで私の仮説よ。けどそれを証明する根拠は揃っているの。まず禁書に書かれていた始祖を彷彿とさせる赤い契約紋は揺るぎ難い事実。これに異論は無いわね?」


 叔母さんは僕の左手を指差してそう言った。

 ライアを抱っこしているので、丁度皆の方向に僕の左手の甲が晒されている状態だ。

 僕も左手から放たれている赤い光を見詰める。

 普通じゃないのは確実だし、叔母さんの言う通り禁書に書かれている始祖の描写通りと言えるかもしれない。


「それはそうなんだけど……。だからと言って僕が選ばれた理由が分からないよ」


「それは簡単よ。勿論選ばれた理由はライアちゃん。伝承によるとカイザーファングはとしてこの世に姿を現すと書かれているの。まさかそれが比喩表現じゃなくて、そのままコボルトそっくりと言う意味だとは思わなかったけどね」


「え~と、伝承では身の丈三メートルの毛むくじゃらなんだっけ?」


「そうそう。その姿とコボルトじゃ結び付かなくても仕方ないわよね~。でも耳の形状の描写はコボルトと同じ半月型でね。だから最初マー坊から『ライアと言う獣人』って紹介された時にピーンと来たのよ。その名前の響きにこの耳の形状、もしかしてこれがカイザーファングの幼体なの? ってね。まぁライアちゃんの正体がモコちゃんだったってのには正直驚いたんだけど。……ライアちゃんがこのまま身の丈三メートルの毛むくじゃらに成長したらちょっと嫌よね……」


 え? ライアが化け物に成長したらだって?

 う~ん、それは僕も嫌だなぁ~。

 毛むくじゃらの三メートルの怪物……嫌だなぁ~。

 どうか本当に夢の中の綺麗なお姉さんの様になって欲しいと切に願うよ。


「しかし、最も弱き者……か。確かにこの表現はコボルトの子供の代名詞みたいなものだと思うけど、それと僕が選ばれた理由ってどう繋がるの?」


「禁書の一説にはこう書かれているのよ。『わが師は願う。いつかライアスフィアと絆を結べし者が現れる日の事を』ってね。さっき封印の間に連れていたかれた時の話で、何か声が聞こえて来たって言ってたわよね? この『絆を結べし者』を匂わせる語句は出て来なかったかしら?」


 始祖はライアスフィアと絆を結ぶ者が現れるのを待っていたって事?

 それが僕だったと言う事なのかな?

 変な声はなんて言っていたっけ?

 絆……って言葉は無かった……いや、似たような事を言っていた気がするな。

 確か……。


「そう言えば、変な声は僕達に対して『基準値をクリア』してるって言っていたよ」


「まぁ! それは仮説を裏付ける重要な情報だわ。多分それはどれだけ信頼し合っているかって事ね。過去に来た時は基準値をクリアしていなかったから声も聞こえなかったんじゃないかしら。多分ライアちゃんとの出会った瞬間から始まった試験だったんだわ。マー坊はそれをクリアしたから後継者に認められたのよ」


「ちょっと待ってよ! ライアとの出会いが仕組まれていたって事? それに仲良くなるのが試験だなんて簡単過ぎるよ」


 叔母さんが語る仮説は突拍子が無さ過ぎて理解が追い付かない。

 僕とライアが出会ったのは偶然以外の何物でもない筈だ。

 偶然洞窟でコボルトの子供を見付けた。

 偶然そのコボルトと契約で来た。

 僕は他に契約出来なかったから他のテイマー達よりも従魔と仲良くなった。


 ただそれだけなんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る