第27話 あの夢に至る道程


「あら? 信じない? 簡単なようで結構難しい事なのよ? だって考えてもみなさいよ。戦うには不向きな最弱の魔物よ? 普通は使い潰すか、ペットとして可愛がるだけ。それなのに種族を越えた絆で信頼し合うなんて無理だわ」


 そう言いながら近付いて来た叔母さんは僕の腕の中で眠るライアの頭を撫でた。

 確かに普通は難しいかもしれない。

 今までの冒険で出会ったテイマー達の中にも使い潰そうとせず大切に扱っている人達もいた。

 しかし、それは僕達みたいなパートナーじゃなく、やっぱり主従の関係だったんだ。


「けど……。でも、それは結果論だと思う。僕にはライアしかいなかったんだし、仮に他にも僕に従魔が居たらここまで仲良くなっていたか分からないよ」


 僕はライアの寝顔を見ながら少しばかりの苛立ちと少しばかりの悲しみに塗れた言葉を零すと、叔母さんはライアから手を放し僕の頬に手を当てて来た。

 その手の温もりに思わず顔を上げると、叔母さんが優しく微笑んでいる。


「結果論? それでいいじゃない。マー坊は精一杯自分で考えて行動したのでしょう? 努力もしたのでしょう? これが運命なのか偶然なのかは分からないわ。けれど、マー坊が今まで頑張って来たその全てが今に繋がっているのよ」


 その言葉は僕の心に優しく染み渡っていく。

 雑魚テイマーの僕に始祖の遺産を受け継ぐ資格があるなんて突然言われて、浮かれる所か卑屈になっていた。

 他の才能有るテイマーに申し訳ないなんて思いはこれっぽっちもないし、見返してやれるなんて心が無い訳でもない。

 それ以上に、僕が雑魚過ぎるから始祖が憐れんで力をくれたのか? なんて思ってしまったんだ。

 でも叔母さんはそうじゃないと言ってくれた。

 冒険者となって過ごした一年間。

 僕は立派なテイマーになるべく勉強もしたし、冒険でも皆の足を引っ張らない様に努力しようとした。

 半年経ってやっと僕にも従魔が出来た。

 二人で強くなるように色々頭を捻って頑張って来た。

 才能が無いと嘆いた事だっていっぱい有った、自分の限界に泣いた事だって……。

 そりゃ全然足りてない事は承知している。

 じゃなけりゃ追放なんてされてないよ。

 けど、叔母さんはその全てが今のに繋がっていると言ってくれた。

 本当に僕は始祖の遺産を受け継ぐ資格が有ると思って良いのかな?


「あ、あのお姉さん? 仮に僕が後継者だからって、ライアは三百年間ここで後継者になる者を待ちながら眠っていたって事なの?」


「三百年間眠っていたかは定かじゃないけど、少なくともライアちゃんはこの場所で眠っていた訳じゃないわ。それはその半分だけの足跡が証明してる。さっきも言ったでしょ? マー坊の言っていたライアちゃんとの出会いの洞窟はあなた以外がこの場所に来ても存在しなかったってね」


「そんな事って有り得るの? 始祖は元々凄い魔術師だとは聞いているけど、そんな魔法って有り得るの? やっぱり土魔法で塞いだんじゃないかな」


「そうね。私も最初はそう思ってたわ。けど禁書の中には『虚舟うつろぶね』と言う記述が有るのよ。この次元とは違う場所に存在している不思議な船の話よ。始祖はその船を所持していた。それが『人魔大戦』の勝利の鍵となったと書かれていたわ。にわかに信じられないけど、言ってしまえばテレポーターだって同じ事。今では失われた技術だけど現存しているから存在を信じられる。それだけよ」


「じゃあ、あの洞窟がその『虚船』だったって事? テイマーがこの場所に来たらコボルトの子供を託して仲良くなるかの試験をする。……でも、今までこの森に来たテイマーなんて僕以外にもいっぱい居た筈だよ。いくらコボルトだからって仲良くなった人が居なかったなんて信じられない」


 僕とライアの絆は誰にも負けないって思ってはいるけど三百年間誰も成し得なかったとは思えないんだ。

 僕みたいにコボルトの子供しか契約出来なかったテイマーが居なかったとは言えない……。

 ん? コボルト?


「あれ? そう言えばライアの種族ってカイザーファングだったんだよね? 僕なんかがそんな凄そうな名前の魔物となんで契約出来たの? あっ! もしかしてライアがこの姿になったのはカイザーファングに進化したからって事なのかも! コボルトは絆を深めるとカイザーファングになるって事かな? だとしたらこれは凄い発見かも」


 変な声はこの姿になる前からライアの事をカイザーファングと呼んでいたけど、それは進化する資格を得たからと取れなくもない。

 うん、きっとそうだよ。

 僕がそんな伝説級の魔物と契約出来る訳ないんだもの。


「う~ん、確かにそれだったら凄い事だけど、残念ながら違うと思うわ。ライアちゃんは最初から特別だった。いつまで経っても成長しない体、そして契約者からのブーストも念話も受け付けない。恐らく最初からカイザーファングだったのよ」


 確かに普通のコボルトとはおかしい所は色々有ったけど。

 お姉さんはなんで言い切る事が出来るんだ?

 それに……。


「ブーストや念話は僕の力が弱かったせいじゃ……」


「もうっ! マー坊だって本当は分かってるでしょ? 自信失っちゃってるから仕方無いけど、自分を卑下し過ぎよ? あなたはけっして魔力が低い訳じゃない。むしろ姉さんは『同じ歳の頃の自分の魔力に比肩するくらい』って言ってたわよ」


 天才と呼ばれた母さんと比肩する魔力?

 それはやっぱり親の欲目だよ。

 数値的にはそうなのかもしれないけど、それを上手く使えないんじゃ意味が無い。

 それに天才の肩書は妹が受け継いだしね。


「だとしても、伝説の化け物と契約出来るとは思えないよ。なんでお姉さんは最初からカイザーファングだって言うの?」


「ふっふ~ん。どうしてかと言うと、そこでさっきの原初の従魔術の登場って訳。ライアちゃん光ってたでしょ? それは以前姉さんが自分の従魔に使った時と全然違ったのよ」


「全然違っただって?」


 色……とかじゃないよね。

 多分違うと思う、そんな事わざわざ勿体付けて言わないと思う。


「そう全然違ったの。確かにあの魔法を掛けたら姉さんの従魔も光ったわ。けど魔石の位置が辛うじて光るだけ。けどライアちゃんは全身が光った。これどう言う事か分かる?」


「? いや全然分からないよ。 そもそもなんで光るの?」


「あの光は魔石の光なの。以前ね、ライアちゃんが全然成長しないからマー坊に内緒で色々と調べた事が有るのよ」


 い、いつの間に!

 もしかしてライアの事を雌と知っていたのはその所為なの?

 傷跡は無いから解剖とかはされなかったと思うけど……、けど叔母さんて研究の事となると周りが見えなくなるからな~。

 解剖後に治癒師呼んで治したなんてしていないって言い切れないや。


「お姉さん? ライアに酷い事してないよね?」


「し、してないわよ! 診察はそりゃあ和やかな雰囲気の元、平和裏に終わったわ」


「本当かな~?」


 その慌て様がとっても怪しいんだけど……。


「もう信用してよね。で、魔石の話に戻るけど、その時に魔石測定器を使ってライアちゃんの魔石の力を調べたのよ」


「魔石測定器ってギルドの買い取りカウンターにあるデカイ魔導器だよね? 魔石の買取値段を査定してくれる奴。あんな重そうな物をどうやって持って来たの?」


 魔石は強い魔物ほど純度が高く魔力が強くなる。

 しかし、魔石は魔力が込められた物で外に魔力が漏れ出てくる事は無いんだ。

 だから一般人には大きさ以外ではその魔石の価値が分からない。

 そこで魔石測定器の出番ってわけ。


 この魔導器は魔石の純度と込められている魔力の強さを測ってくれる機械。

 人の魔力を測定する機械を応用した物らしい。

 まぁ、鑑定魔法を使うと分かるんだけど、それは一流の付与魔術師にしか使えない魔法なんだ。

 だから大抵の冒険者はその魔導器にお世話になっている。

 そのギルドに所属してる冒険者ならタダで測ってくれるしね。


 と言っても、買取カウンターにデデーーンと備え付けられてて、大きさで言うと僕より一回りぐらい大きいからとても持ち運べる物じゃないと思う。


「違う違う。大型のに比べて精度は落ちるけど、ハンディタイプってのが有るのよ」


「へぇ~そんな便利な物が有るんだ~。なんで広まってないの? ある意味冒険の必需品って言えるじゃないか。敵の強さ測ったり、魔石の買取値段を試算したり出来るんじゃない?」


「う~ん、広まってない理由は色々有るけど、まず値段ね。小さ目のお屋敷なら余裕で買えるぐらいするわ。それに大型の物より小さいと言っても冒険に持っていくには邪魔だし、軽量化の為に耐久度を犠牲にしてるから壊れやすいのよ。あと有効測定距離は短いし相手が動いていたら測れない。とデメリットだらけなのよね。およそ冒険者には不向きな魔道具なの。だから一般的に大学とかの研究機関でしか使われていないわ」


「そ、そうなんだ。なかなか思い通りにならないものだね」


「えぇ、いずれ魔導器学が発展すればそう言う物が出てくるかもしれないわね。それでライアちゃんの計測の結果だけど、実は全然反応無かったの。いえ、当てた直後はピクンと反応するんだけどすぐ消えちゃう。弱い魔物の幼体では稀に有る事なんだけどね。測定器が感知する範囲に届かない場合に起こるわ」


「えっ? な、なぁ~んだ。やっぱり弱かったんだ。勿体ぶるからびっくりしたじゃないか」


「フフフフ。実はねその測定器にはもう一つ似た様な反応をする場合が有るのよ」


 叔母さんが悪戯っ子の様にニヤニヤと含み笑いをしながらそう言って来た。

 似た反応をする場合ってどう言う事?

 訳が分からない僕は首を捻る。


「それはね、魔石の魔力が強過ぎて測定範囲を超えた時なの」


「え? 魔石の魔力が強過ぎる? それはどう言う事なの?」


 叔母さんの言葉が頭に入って来ない。

 思わずそのまま聞き返してしまった。


「そのままの意味よ。ええっとね、通常コボルトは額の奥に魔石が宿っているのは知ってるわよね? だからそこ以外を測定してもピクリとも反応しないんだけど、ライアちゃんはどの部位を測定しても同じ反応だったのよ。その時はまさかカイザーファングだなんて思わなかったから測定器の故障かと思って即刻診察を中断したわ。……修理費だけで半年分の私の給料が飛ぶくらいだから、正直寿命が数年縮まる思いをしたわ。けど幸いな事に測定器は壊れていなかった。不思議には思ったけど、また測定器の調子がおかしくなったら怖いんで、それ以降は測る事はしなかったのよ」


「まだ意味がよく分からないよ。それはどう言う事を現してるの?」


「信じられないのも無理はないけど、ライアちゃんの魔石は最初からとんでもなかったって事よ。身体のどこの部分から測定しても全く同じ反応を示す。それは即ち身体の中心に魔石が有るからなんだと思うわ。それもとんでもなく純度が高く膨大な魔力が込められている魔石が……ね。それがさっきの光の強さの源よ」


 叔母さんの信じられない言葉に僕は思わずライアを見た。

 元からカイザーファングだった?

 あんなにふわふわもこもこで弱かったライアが?


「でも、ならなんで僕なんかが契約出来たんだ……?」


 そう零した僕に、叔母さんは僕の頭をポンポンと優しく叩く。

 その顔は満面の笑みだ。


「だから言ったでしょ。姉さんが『マー坊は全てイレギュラー。もしかしたら今の従魔術の枠を超える存在になるんじゃないか』と言ってたってね」


「だから、それは親の欲目で……」


「マー坊なら知っているわよね? 契約者の力を超える魔物とは契約出来ないって原則の事。何かの加減で運良く強い魔物と契約出来ても、従魔がテイマーの力を超えちゃえば契約が解かれる場合だって有るのよ」


「うっ……それは……」


 テイマーの原則は従魔術の基礎の基礎だ。

 強い魔物相手とは契約出来ない。

 今叔母さんが言った通り、怪我して弱った魔物と契約しても回復して力が戻ったら契約が切れて襲われたって言う事故も数年に一度は有るって話だ。

 勿論子供が成長して成体になった場合でもね。

 けど、僕とライアの契約はいまだに結ばれたまま。

 と言う事は、僕の力はライアより上と言う証拠。

 いや、そうは言い切れないか。


「もしかして、それを可能にしてるのはこの赤い契約紋のお陰なのかな?」


「う~ん、ごめんなさい。正直言うと魔力の無い私にはこれ以上はお手上げだわ。今言った事はあくまで知識から来る仮定での話。なぜカイザーファングと契約で来たのか、なぜそれ以外の魔物と契約出来ないのか。何よりなんでライアちゃんが女の子の姿に変わっちゃったのか……。マー坊以上にちんぷんかんぷんよ」


 お姉さんはやれやれと言う身振りで目を瞑って首を振っている。

 そりゃそうだよね。

 これはお姉さんの所為じゃない。


 今判明している事実は、僕の左手には赤い契約紋が浮かんでいると言う事。

 ライアがカイザーファングであると言う事。

 そして、そのライアのマスターが僕と言う事だけだ。


 本当に始祖の遺産を僕が受け継いだのか?

 ライアが女の子の姿になったのは何故なのか?

 魔物達が活発になった理由は本当に新たなる魔王の登場なのか?

 これらの答えを出せるのは禁書の作者か始祖だけだと思う。


「だから提案が有るの」


 突然叔母さんが大きな声を上げた。

 考え込んでいた僕はその声にビクッと身体を震わせてしまう。

 思わずライアを落っことしそうになったよ。

 危ない危ない。


「ちょっとお姉さん、急に声を上げたからびっくりしたよ!」


 ライアも今の声にびっくりしたのか周りをキョロキョロしながら目をシパシパさせている。

 どうやら目が覚めたようだ。

 良かった、このまま目が覚めなかったらどうしようかと思ったよ。


「あぁごめんなさい。ライアちゃんも起きた様ね。ちょうど良かったわ」


「おはようライア。……それでお姉さん。提案って何?」


 ライアに声を掛けると目を擦りながら「パパ、おひゃよ~」と返してくれた。

 どうやら意識もしっかりしているようだ。

 始祖の呪文を唱えた時みたいに事務的口調になったらどうしようかと心配していたけど大丈夫みたい。


「マー坊。あなた実家に帰りなさい」


「えぇ! な、なんで?」


 叔母さんからの思ってもみなかった言葉に僕は絶句した。

 か、帰れって? か、勘当って事?

 厄介者を排除しようって事なの?

 三人一緒に頑張ろうって約束したじゃないか。


「あぁ、それは良いかもな」


 叔母さんに続いてサンドさんもその意見に同意した。

 ど、どうしてサンドさんまで……?

 あっもしかして、僕が邪魔になったの?

 二人で暮らそうと思っているからとか?

 そ、そんな……。


「私では分からない事ばかり。けど姉さんなら分かるかもしれないからよ」


「僕は邪魔者……。え? なんだって?」


 ショックのあまり少し現実逃避をしていた為、叔母さんの言葉が遅れて耳に入って来た。

 え~と、母さんに会いに行けって事?

 僕が邪魔者じゃないって事?


「それにさっきも言った通り、マーシャルとモコのコンビは俺達の街では有名人だったんだよ。だからモコが居なくなったとなりゃ、そりゃ周りは心配して色々と事情聴取されると思うぜ? 今はまだ本当の事を言う訳にもいかんだろ。だから一旦街から離れた方がいいって事さ」


「あ、そ、そう言う事……。びっくりした~。てっきり二人が一緒に暮らしたいから僕が邪魔なのかと思ったよ」


 二人の真意を知る事が出来てホッとした僕は、思わず現実逃避した時に考えていた事をそのまま喋った。

 まぁ、勘違いの笑い話って奴だよね。

 その言葉に二人も笑って……、笑って……あれ?


「…………」

「…………」


 あれ? 二人とも黙っちゃった?

 なんでだろうと二人の顔を見ると、なんだか顔を真っ赤にして見詰め合っている。

 え? その反応は何? も、もしかして本当に……?


「な、なんて事言うのよ。マー坊ったら!」


「そ、そうだよ。きゅっ急にそんな事言うからびっくりしちまったぜ」


 沈黙に堪えかねたのか二人が突然あたふたと早口で弁解しだした。

 一瞬思っていた事を言い当てられて誤魔化そうとしているのかと思ったけど、どうも思っていなかった事を言われたので慌ててるって感じだ。

 二人はしきりに何かを言ってるけど、最後の方は言葉になっていない。

 やがて口を閉ざしたかと思うとまたもや二人は見詰め合いだした。


 な、なんか入り辛い雰囲気。

 二人の世界を作っちゃってるよ。

 もしかして、僕の一言が二人の地雷を踏んじゃったって事?

 ど、どうしよう……、なんだか本当に僕お邪魔みたいだ。


 ぐぅぅぅぅぅ~ぎゅるぎゅるぎゅる~。


 どうしたら良いのか分からなくて焦っていると、突然この静寂を破るかの様にヒキガエルを絞ったような爆音が辺りに響き渡った。


「あたち、おにゃかすいた~」


 そして僕の腕の中の食いしん坊が叫んだ。

 その言葉に僕ら三人は思わず見詰め合った。


「プッ。アハハハハハ」


「ハハハハハ。ごめんごめん。そうよねライアちゃん何も食べてなかったわよね」


 叔母さんとサンドさんは我に返って二人して笑い出した。

 そして馬に備え付けているポーチから携帯食を取り出してライアに渡す。

 ライアはそれを受け取りむしゃむしゃと食べだした。


「いや~すまんすまん。マーシャルの言葉でちっとばかし昔を思い出してティナの事を意識しちまったんだ」


 サンドさんが美味しそうに携帯食を食べているライアを見ながらそう言って来た。

 お姉さんも隣で少し困ったような笑顔で頷いている。


「サンドの怪我の事に負い目を感じちゃってね。それで気まずくて、二人が冒険者を引退したあの日から私達ちゃんと喋った事無かったのよ」


「ありがとうよ。マーシャル」


「そ、そんな。僕は何もしてないよ」


「い~や。そんな事ないぜ? こう言うのは変な話だけどよ。お前とモコ……いやライアだな。二人の起こした今回の騒動で、俺達は色々救われたんだ」


 救われただって? 僕は皆に迷惑を掛けただけだよ。

 礼を言われる筋合いは……。


「そうよ。お陰でサンドとまた一緒に冒険出来て笑い合える事が出来たんだもの。感謝してもしきれないわ」


 サンドさんの足の怪我は叔母さんが居ない時に起こった事故だ。

 治癒魔法でも完全に治らなくてサンドさんは引退を余儀なくされた。

 その時叔母さんも引退して冒険者だった過去を封印したって言っていた。 

 この事を語った時の叔母さんは自分の所為だと悲痛な表情を浮かべていたんだ。

 けれどサンドさんは叔母さんの所為じゃないと笑っていた。

 二人が引退を決意したその時から二人の時間は止まっていたのかもしれないな。

 それが今、動き出した。

 今二人の顔に浮かんでいる笑顔、多分それはそう言う事なんだと思う。


「それに岩石ウサギの犠牲者を出さなくて済んだのも言ってしまえばマー坊のお陰よ。もしかしたら今日と言う日は、やがて来る新たなる脅威に対抗する為の力を、マー坊が手に入れた記念日になるかもしれない。未来の救世主の誕生に立ち会えたなんてこんなに嬉しい事はないわ」


「ふ、二人共大袈裟だよ。未来の救世主だなんて……」


 未来の救世主……。

 その言葉に僕の左手の契約紋が少しだけ熱くなったのを感じる。


 満面の笑みで僕に感謝を述べる二人の声を聴きながら、遥か遠くあの夢に至る道程が微かに見えた気がした。

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