第二章 幼女モンスターな娘達
第28話 報告
「じゃあ、ギルドに行ってくるね」
僕は朝食を食べ終わると叔母さんにそう言いながら立ち上がる。
昨日夜半過ぎにこっそりと街に帰ってきた僕達は、馬を貸し馬屋に返しに行くサンドさんと別れてからライアを誰にも見られない様に叔母さんのマントに隠しつつ家に戻って来たんだ。
泥で汚れた体を拭き終わる前に僕は眠たさに負けてそのまま眠ってしまったらしい。
だけど何故か朝起きたらベッドの上、しかも体はきれいに拭かれて着替えまでしていたのには驚いた。
不思議に思いながらも部屋から出て台所に居た叔母さんにおはようの挨拶をすると、『マー坊は本当に大きくなったわね』と言っていたので、どうやら叔母さんがベッドまで運んで着替えをしてくれていたようだ。
……けど、泥の中で寝てたからパンツの中まで汚れていた筈なのに、きれいさっぱり新しいパンツに履き替えられていたのは、もしかして……?
大きくなったって言うのは身長の事だよね?
「はい、行ってらっしゃい。ちゃんとギルドの皆にごめんなさいって謝るのよ。みんな心配していたみたいだからね」
「うん分かったよ。じゃあライアはお留守番しててね。すぐ戻るから」
「わかったでち。ぱぱ、いってらっさーい」
僕は皆の言葉を背に叔母さんの家から飛び出した。
まだ朝早い日差しの中、僕はギルドに向けて急いだ。
僕がギルドに行く理由、それはどうしてもやらなければいけない事が四つあるからだ。
一つ目は、さっき叔母さんが言った様にギルドの皆に謝る事。
本来ギルドメンバーはその拠点となる街から離れる場合には行き先と目的を申告しなければならないと言う規約が有るんだ。
メンバーがギルドに無許可で行動した場合、最悪ペナルティが発生する。
何故そんな規約が有るかと言うと、メンバーが悪事を働いたなんて事が起こるとギルドの評判にかかわるから、『申告されていた内容と違うので、ギルドはその行動について関知していない』って警備兵や騎士団に報告する証拠書類の為らしい。
と言っても、監督不行き届きなのは確かなので結局評判自体は下がるんだけどね。
でも、噂ではそんな風にメンバーでありながら悪事を犯した者達をギルドの名を汚した罪として秘密裏に処罰する暗殺部隊なんて部署が有るらしい。
だけど、怖い話だけじゃないんだ。
本来の目的はそれが理由って言う人も居る。
それは何かと言うと、出掛けたメンバーが帰還予定を越えても帰って来ないなんて場合の時、捜索隊を派遣する為。
ギルドメンバーはパーティーを組んでいなくとも全員同じ仲間! 仲間の窮地の為には命だって張れるってね。
けど、行き先を申告していないと、何処かで窮地に陥いっていても助けようがない。
今回の僕の様にね。
街の門でサンドさんと会っていなかったら僕は今頃岩石ウサギの胃袋の中だったと思う。
だから申告は必要だし、申告せずに街を飛び出した事を皆に謝らなければいけないんだ。
二つ目はその岩石ウサギの報告。
安全だった森に初心者冒険者なら軽く全滅する数の群れが住み着いた。
これはとても危険な事なんだ。
幸いな事に叔母さんとサンドさんの活躍で無事全滅させる事が出来たとは言え、取り零しが本当に無いとは言えないし、事実僕はその取り零しの一匹と遭遇した訳だしね。
あの時にしたって僕なら最初群れに囲まれた時みたいに必殺技『魔力マシマシキャッチ』で退散させる事が出来たかもしれないけど、なんの武器も持っていない一般人なら一匹とは言え危険な存在には変わらない。
だからギルドに岩石ウサギの出現の報告をして森の調査依頼を出して貰うように頼むんだ。
僕の言葉だけなら信じて貰えないかもしれないけど、サンドさんが『俺とティナの名前を出したら、すぐにでも調査隊が結成されるぞ』と言ってくれた。
三つ目は
これは嘘なんだけど、今はまだ本当の事を言う訳にもいかないからこう報告するしかない。
と、昨日三人でこれからの計画を話し合った結果そうする事にしたんだ。
虚偽申告はギルドへの背信行為では有るんだけど、事情が事情なのでしょうがないって事になった。
それに、虚偽申告に関しては規則上の建前って奴みたい。
なんでも、荒事が本業でもある冒険者が全員清廉潔白な訳がない。
なんだかんだ言って冒険者たるもの、多かれ少なかれ脛に傷を持っているものだ。
ギルドや仲間に迷惑を掛ける様なものでなかったら、正直に言う必要はない。
って事をサンドさんが言っていた。
僕が手に入れた力は、今のところ始祖が自ら封印した力の可能性が高い。
要するに権力者が封印した物ではないので罪にはならないだろう。
だからその事を隠したとしてもギルドには迷惑が掛からない。
少し言葉遊びっぽいけど、叔母さんの提案でそう言う屁理屈で押し通そうって事になったんだ。
だから、モコがライアになった事は皆には秘密。
そもそも、なんでそうなったか分からないんで説明のしようもないんだけどね。
そこで出した結論が、僕が最初に吐いた嘘の通りの『モコと契約を解除した』なんだ。
ただ展開としては、少し変えている。
1.モコを見付けた時、運悪く岩石ウサギの群れが襲って来た。モコは従魔の契約に縛られているので僕を庇おうとしたんだけど、死なせたくないと思ったので契約を解除して逃がした。
2.一人残った僕は必死に逃げたが追い付かれてしまい、万事休すかと思ったその時にサンドさんと叔母さんが駆け付けてくれて助かった。
3.従魔契約が切れた魔物は何処に居るのか分からない。探したけど見付からなかったので仕方なく帰って来た。
と言う感じで、サンドさんと叔母さんを登場させたんだ。
二人共引退していると言うのに、実はうちのギルドではいまだ信頼度がかなり高いらしく、そう説明すれば危険度が少ないコボルトだと言う事もあって、少しの注意だけでお咎めは無いだろうって言ってくれた。
叔母さんが冒険者時代の事は秘密と口止めしていた所為で、サンドさんの現役時代の活躍含めてギルドの皆は何も教えてくれなかったから、甥の僕でさえそんな事全く知らなかったよ。
逃げたモコの事だけど、勿論もし誰かがモコと思しきコボルトを見つけたとしても『迷わず斬って欲しい』、そう言うつもりだ。
存在しない契約の切れたコボルトを『探して』なんて言ってしまうと、無意識でコボルトの退治を躊躇してしまうかもしれないからね。
どんな達人だとしても、そして相手が最弱のコボルトの子供だとしても、一瞬の油断が命取りになる事だって有り得るんだから。
僕の嘘で皆に迷惑は掛けられないよ。
なんにせよ、今はこれで納得して貰うしかないんだ。
あぁ赤い契約紋なんだけど、一晩経ってもやっぱり消えなかったんで、叔母さんが冒険者時代に使っていたって言う手袋を貰ったんだ。
なんでもかなり強力なマジックアイテムらしく、装着者には薄くて柔らかいと言う認識なのに外部からの攻撃には鋼鉄の様に弾くんだって。
手の甲がすっぽりと隠れる造りなので、これなら誰かに見られる心配もないから赤いままでも安心だ。
そして四つ目。
僕が一旦実家に戻るって事をギルドに申告する為。
叔母さんの言っていた通り、母さんなら叔母さん以上に始祖の力について何か知っているかもしれない。
雑魚テイマーの僕の事を自分に匹敵する魔力を持っている規格外だなんて言っていたらしいし、それがどう言う意図だったのか確かめる必要も有る。
……本当に親の欲目で僕が雑魚なだけと言うオチもあるのだけどね。
勿論一番知りたい事はライアだ。
姿が変った理由。
そして、カイザーファングと言う存在。
何よりその真名は始祖の従魔と同じだと言う。
本当に分からない事だらけ。
だから僕は、一度実家に帰る必要が有るんだ。
……本当は帰りたくないんだけどなぁ~。
実はもう一つやらないといけない事が有るんだけど、これは個人的な事だから正直言うかどうか迷ってる。
◇◆◇
――――カラン、カラン
ギルドに着いた僕は恐る恐る扉を開ける。
皆に謝る事や、嘘を吐く事が嫌なじゃない。
あの日、僕がパーティー追放されて逃げ出した所を皆見ていたからね。
思い出したらなんだか恥ずかしくて、正直とても気まずい。
それに、もしグロウ達が帰って来ていたらなんて言われるか……。
けど……勇気を出して。
「皆心配かけてごめんな「おぉっ! マーシャルじゃねぇか!! 無事に帰って来れたんだな!」
僕が大きな声で謝ろうとしたら、更に大きい声で先輩冒険者達が僕の周りに集まって来た。
そして口々に僕の無事を喜んでくれる。
中には真剣な顔して怒っている人も居たけど、それは当たり前だと思う。
それに怒っているんだけど、何処か僕が無事だった事を喜んでくれている感じもするし、それだけ僕の事を心配してくれていたんだろう。
◇◆◇
「……と言う事なんだ。本当にごめんなさい」
皆が落ち着いたのを見計らって僕は事情を説明した。
勝手に街の外に出た事。
岩石ウサギに襲われてモコとの契約を解除した事。
そして、自分の未熟さを悟って一度実家に戻って、従魔術の基礎を勉強し直す事を。
「そうか……。まぁ、事情が事情だ仕方がねぇな。それにサンドやティナが一緒だったんだろ? あいつらが現場でそう判断したってんなら、それがベストだったと言う事だろうよ。契約解除は事後だが正式に受理しとくぜ」
僕が喋り終えるのを待って、ギルドマスターがそう口を開いた。
周りの皆もギルドマスターの言葉に頷いている。
内心怒られるかとびくびくしていたけど、本当にサンドさんと叔母さんの信頼度は高いみたい。
怒るどころか、モコを逃がした理由を聞いた皆はなんだかしんみりしちゃってるよ。
嘘を吐いた事に良心の呵責で少し胸が痛い。
「皆、モコ……ううん。
「うっ……、マーシャル……。分かった、お前がその覚悟なら俺達もその意思を汲んで臨むまでだ」
教官役だった先輩冒険者が険しい顔で目を瞑りながらそう言った。
どうやらモコを思い出しながら自分の心に整理を付けてる、……そんな顔だ。
周りの皆も戸惑いながらもそれに同意する。
モコを可愛がってくれていた女剣士の先輩なんかは「もうモコちゃんに会えないなんて~」と少し涙目になっていた。
他にも「抱っこした時の感触がふわふわで気持ち良かった」とか、「一生懸命な仕草が可愛かった」とかあちこちで声が上がっている。
知らなかったけど、モコって結構ギルドで愛されていたんだな。
姿も名前も変わっちゃったんだけど、皆にライアになったモコの事を紹介したら多分普通に歓迎してくれるかもしれない。
うぅぅ、なんだか胃まで痛くなってきちゃったよ。
早く話を逸らせないと耐えられなくなって本当の事を言っちゃいそうだ。
「そ、それよりも岩石ウサギの群れだよ。サンドさん達が退治してくれたけど、その取り零しに僕は遭遇したんだ。他にも居るかもしれない」
「あぁ、そうだな。すぐに調査隊を派遣しよう。おい! 職員達! 今の話を纏めて依頼書作って募集しておいてくれ! あと、領主に連絡して暫く一般人の森への立ち入りを封鎖する連絡も頼む」
「はーい! 直ちに」
ギルドマスターがそう声を掛けるとギルド職員のお姉さん達が慌ててギルドカウンターの奥に走って行く。
なんだか話がスムーズに進んでいくんで、話を信じて貰えるかドキドキしていた僕は少し拍子抜けしてしまった。
「しかし、引退してもさすがサンドとティナだぜ。怪我やブランクなんか関係無くこれだけ多くの岩石ウサギをたった二人で退治しちまうんだからよ。今でも十分現役張れるんじゃねぇのか?」
証拠として提出した岩石ウサギ達の魔石を見ながらギルドマスターが感心しながらそう言った。
その話し振りはからすると本当に二人は凄腕の冒険者だったみたいだ。
「っと、ティナに関しては口止めされてるんだったぜ。今の話は聞かなかった事にしてくれよ。じゃねぇとティナにどやされちまう」
「大丈夫ですよ。僕ももう二人の事を知ってますから」
「そう言えばそうか。現役当時の装備の二人に助けられたんだからな。ふぅ~焦ったぜ」
ギルドマスターがそう言って安堵の溜息を吐いた。
そんなに叔母さんに怒られるのが怖いのかな?
いつも優しい叔母さんしか知らないから、なんでそこまで怖がるのか分からないや。
……確かに叔母さんのビキニアーマー姿は少しショックだったけど。
「いや、ブランクはしっかりある様だ」
突然横からそんな声がした。
そこにはいつもは素材の買取カウンターにいるカイゼル髭がお似合いのダンディーな鑑定士のおじさんが立っていて、テーブルの上に無造作に並べた魔石を幾つか取って光に翳しながら品質を見極めている。
「ん? どう言う事だ?」
「あぁ、この魔石なんだが、ティナとサンドが採取したにしちゃあ半数程状態がかなり悪い。急いで剥ぎ取ったか、採取後に金属物が入った袋の中に無造作に入れたか。結構表面に傷が多い。あぁこっちはひび割れてるな。これをやったのはマーシャル……でもないよな」
「ううん違うよ。サンドさんから買い取り頼まれたんだよ」
ギルドマスターの問い掛けに答えた鑑定士のおじさんは続け様に僕が採取したかを聞いて来たので否定した。
魔物の素材は状態が値段に反映される。
魔石に関しては魔力量や純度で値段が決まるとは言え、あまり傷が付いているものは減額されるんだよね。
う~ん、どうやら安く買い叩かれそう。
サンドさんが売ったお金で皆に奢るって言っていたけど大丈夫かな?
「そりゃ、余程マーシャルの事が心配だったんだろうぜ。なんせ腹の中に納まっちまってるって可能性も有ったんだしよ」
「あぁ、なるほど。それが理由か。いや、綺麗な方はさすがエース達の手によるものだって品質だから余計に惜しく感じたんだよ」
ギルドマスターの言葉に鑑定士のおじさんが納得した。
これに関しては僕も採取してるところを見た訳じゃないから、なんで魔石の半数もボロボロなのか分からないな。
でも、本当にギルドマスターの言葉通り焦ってたのかもしれないな。
サンドさんも僕の事が心配だから他の素材は諦めて澱みの発生を抑える為に魔石だけ採取したって言っていたもん。
僕を襲って来た一匹は、僕の冒険者の腕を見たいと言った二人の前で夕飯用に捌いたんだけど、魔石に関しては我ながら満足する品質で採取出来たと思う。
なんたってグロウのパーティーに居た時は採取は僕の仕事だったしね。
一年採取し続けた経験を二人に見せる事が出来たよ。
さっき鑑定士のおじさんが僕が採取したと聞いて来た事を言い淀んだのはこれが理由。
……と言っても採取の仕事が僕だったってのは僕が戦闘で役立たずだったからなんだよね。
最初は皆でやっていたんだけど、戦闘して疲れている皆に気を使って「今回は僕が全部やっておくよ」と言ってから、毎回させられる事になったんだ。
う~ん今まで気づかなかったけど、改めて思うとそれが切っ掛けで皆の中では僕の事を雑用係として認識しちゃったのかもしれないな。
実際戦闘では役立たずだったから文句は言えないんだけど、僕のサバイバルスキルはしっかりとパーティーの役には立っていたと思うんだよ。
それが命を救うってほど危険な場所にはまだ行った事が無かったから地味にしか役立ってなかったけど。
テイマーって職種上魔物と契約する必要が有るんだから、時には危険な場所にだって行かなければならない時がある。
その為、母さんから教わった中には冒険のイロハが含まれていたって訳。
少なくとも親が一般人だった他のパーティーメンバーは冒険について知らない事が多かった。
新人研修の時も僕だけ誉められたんだ。
だから僕が色々教えてあげていたのに……。
もしかすると、教えてもらう必要が無くなったから、利用価値が無くなったからって、追放されたんだろうか?
そんな理由だったら悲しいな。
せめて僕が雑魚だからと言う理由の方がまだ自業自得だと諦められるよ。
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