第39話 天職

「でりゃぁぁぁぁ!!」


 山脈の峠道に護衛隊リーダーのダンテさんの怒声が響く。

 それと共に振り下ろされた大剣がロックベアの巨体を両断した。


「雷よ! 敵を貫け! 稲妻の矢ライトニングアロー!」


 黒魔術使いのアンドリューさんの手から呪文と共に空気を切り裂く激しい音を発して稲光がもう一頭のロックベアを黒焦げにした。

 凄い! 凄い!! 僕はAランク冒険者達の戦い振りに興奮して御者側の幌から身を乗り出して声援を送った。



 ホフキンスさんが護衛として雇っているダンテさん達冒険者パーティー『聖殿の守り人』は、僕の見積ったBランクなんてもんじゃなくて、バリッバリのAランクパーティーなんだって。

 しかもメンバーも半分がAランク冒険者。

 リーダーのダンテさん、朝まで冒険者の流儀の講義をして貰ったホルツさん、それに今稲妻の矢でロックベアの息の根を止めたアンドリューさん、この三人がAランク。

 元気一杯な僕より三つほど年上の『聖殿の守り人』紅一点の精霊使いレイミーさんと、治癒師のマルロフさん、そしてシーフのバーディーさんもAランク間近のBランク冒険者なんだ。

 Dランクの雑魚冒険者な僕にとっては雲の上の人みたいだよ。


 いや、勿論うちのギルドにもAランクやBランクの強い先輩達は居るよ?

 だけど、危険な場所への冒険に同行した事はないし、実際にロックベアなんて狂暴な魔物と戦ってる所を見た事が無いんだもん。

 そりゃ興奮しても仕方無いよね。

 ダンテさん達のパーティー名はなんだかとっても神々しい感じなんだけど、これはグレイスのギルドでは普通みたい。

 この国の国教である主神ファーラムを祀るその名もファーラム教の大神殿を中心として建設された数々の宗教施設が立ち並ぶ街『唱聖都市グレイス』の冒険者は、街の特色にちなんで宗教関係のパーティー名を付けるのが慣習なんだって。

 その点、叔母さんの住んでいる『叡賢都市メイノース』は、叔母さんが教鞭を執っている王立大学や研究機関、それにこの国随一の蔵書量を誇る大図書館って言う十分過ぎる特色を持っているのに結構自由に付けられていると思う。

 僕が居たパーティーは『討魔の剣』だったし、叔母さん達も『疾風の暴龍』だもんね。

 他にも『太陽の恵み』とか『お肉大好き』とか言うパーティー名も有ったっけ。

 本当に自由人達ばっかりだよ。



「お疲れ様です!! 皆さん凄い!! あぁ~憧れますよ~」


 動くロックベアも居なくなり『聖殿の守り人』の皆は半分程周囲を警戒しながら、残りの皆で解体を始めている。

 と言っても、あちこちに倒れているロックベアを採取しやすいようにと仰向けにしている肉体労働係のホルツさんと、その周りに魔物除けの結界を張っているレイミーさん、解体自体はバーディーさんがメインの様だ。

 定期馬車の護衛が採取作業? と思うかもしれないけど、これも普通の事なんだ。

 魔石をそのままにしておくは澱みを産むから説明は不要だけど、倒した魔物の素材採取も冒険者達の権利として認められている。

 そりゃ立ち止まれない程の火急の事態なんて時には最悪魔石を見捨てるって事も有るけどね。


「こ、これがロックベアか~。デカいなぁ~。僕の倍以上の大きさですよ~。おぉ! 本当に皮膚が石みたいに硬い! 初めて実物触りました」


「おう、そうなのか? マーシャルってガイウース出身なんだろ? ならここも良く通ってんじゃねぇのか?」


 解体作業を行っていたシーフのバーディーさんが、興味津々でロックベアの腕をペシペシと叩いている僕に尋ねて来た。

 確かにここは何度も通った事が有るんだけど、ロックベアに遭った事は今回が初めてだ。

 図鑑では見た事あるけど、母さんもロックベアは従魔にしてなかったし、いつか見てみたいと思ってたんだよね。

 母さんも昔は従魔にしていた事が有るらしいけど、なんでも食料確保が大変なんだって。

 基本ロックベアは岩を食べるんだ。

 勿論今回僕達を襲って来たみたいに肉も食べるんだけど、それは血に含まれる鉄分接種の為らしい。

 まぁ、肉や生き血は何とかなるけど、それ以上に岩の入手が思った以上に大変でロックベアは産地に拘ったり成分に拘ったり、所謂好き嫌いが激しくて自分の好きな岩以外食べないとかなんとか。

 もう二度と従魔にしないと母さんは愚痴っていたな。


 今まで僕が遭遇した事が無かった理由は、多分馬車を引いているバイコーンにビビって岩に隠れていたんだと思う。

 魔物は自分より強い存在を感知するって言うし、ロックベアはバイコーンと同じBランクに属してはいるけど、強さで言ったらバイコーンには及ばない。

 それに母さんのブーストが掛かってるんだもの。

 多分Aランク下位くらいの魔物なら余裕で倒せると思うしね。

 爆走中に吹き飛ばされる奴らなんて、たまたま逃げ遅れた不幸な魔物だけだよ。

 あっ、盗賊なんかはただの身の程知らずって奴だと思う。


「いや~運が良いのか今まで遭遇した事が無かったんですよ。しかし硬いなぁ~、岩石ウサギのおでこの比じゃないですね」


「ははははは、まぁ岩石ウサギのおでこは本当に石って訳じゃなく、皮膚が硬質化しただけだしな。しかしロックベアは食べた岩が皮膚となるらしいぜ。前に鉄鉱石を食べてる変種に遭遇した時は倒すのに苦労したなぁ。その身体はまさに鉄の様に硬い。電撃も表面走って地面に逃げるし、リーダーとホルツのゴリ押しでやっとだったぜ。ほんとどう言う仕組みなんだか」


 ハーディーさんはそう言って腕を組んで首を傾げる。

 しかし、ロックベアってそんな変種も居るのか。

 図鑑にも地域差で色が変わるって書いてあったけど、鉄鉱石食べて鉄の様に固いロックベアって、それはもうロックじゃなくてアイアンベアと呼んでいいんじゃないかな?


「魔石が影響してるみたいですけど、本当に魔物って不思議ですよね」


「あっ、そう言えばマーシャルは採取が得意って言っていたな」


 僕がそう言ってロックベアの魔石が有る場所を摩っていると、バーディーさんは興味深げに僕の方を見てそう言った。

 確かに昨日の自己紹介の時にそう言ったけど……も、もしかして?

 バーディーさんのその次に続く言葉にピンと来た僕は目を輝かせた。

 実は元から採取しているバーディーさんに近付いたのは目当てだったりしたんだよ。

 だからライアも馬車の中に置いて来たしね。

 けど、僕みたいなDランク冒険者が頼める事じゃないと思って口に出来なかったんだ。


「はい! 前のパーティーでは採取担当でした! あっ……それだけじゃなく他にも結界張りや食事にテント設営にと、そんな雑用係でした……」


 元気良く『採取担当』と言ったものの、雑用全般が僕の仕事だったんだよね。

 戦闘では本当に役に立たなかったよな~。

 Aランク冒険者達と比べたら駄目だってのは分かるけど、さっきのダンテさん達の戦闘を見てると本当に天と地の差を感じるよ。

 僕って本当に強くなれるのかなぁ?


「おいおい、何しょげてるんだよ。立派じゃねぇか。それに知ってるか? S級の大規模パーティーなんかはそう言った事だけを専門とするメンバーが必須とされてるし最低でも一人は居るもんだ。腕さえ良けりゃ本人の強さなんて関係無く重宝される存在なんだぜ」


「えぇっ! そうなの? 知らなかったです! そ、そうかぁ、そっちを目指す道もあったのか~」


 いやいや、違う違う。

 一瞬腕の良い雑用係はS級パーティーで重宝される存在って魅力的な言葉に流されかけたよ。

 僕は強くなる道を選んだんだ。

 ……けど、やっぱり魅力的だよなぁ~。


「はははは、元気出て来たみたいだな。よし、マーシャル。ロックベアの解体と素材採取やってみるか?」


「良いんですか? やったーーー!!」


 バーディーさんのその言葉に待ってましたとばかりに喜んだ僕は、さっそく目の前に横たわってるロックベアに飛びついた。

 そして腰に下げている解体用のナイフを鞘から抜く。

 フフフフフ、こうなる事を期待して馬車から降りる前に装備してたんだよね。

 さぁ解体するぞ~。


「お、おい。マーシャル。ロックベアは初めてなんだろ? やり方教えるからちょっと待てって」


「大丈夫です! ロックベアを触るのは初めてですけど、母さんから一通りの魔物の解体法を習ってます」


「そ、そうなのか? ……まぁいいか、俺が言い出した事だから責任持つぜ。好きな様にやってみろ」


「ありがとうございます! え~と、まずは魔石の採取からっと……。確か喉の部分にある菱形の岩を外して……」


 僕は母さんから教わったロックベアの解体法を思い出しながら手際良くロックベアの解体を始めた。

 今言った様に僕は母さんから一通りの魔物の解体法を習っている。

 実技が出来ない魔物は図解での座学のみだけどね。

 何故そんな事をするのかと言うと、テイマーとは他の魔法使いと違って魔物の胎内に有る魔石に干渉する術を使う者なんだ。

 要するに魔物毎に異なる魔石の位置を正確に把握する事が大事なんだって。

 頭とか心臓とかの場所は分かっても、それが魔物の胎内のどの深さに有るのかまで把握する必要が有る。

 だから母さんは解体法と言う形で教えてくれたんだ。

 メイノースに来てから先輩テイマーに聞いたんだけど、そこまで教わるテイマーは普通居ないらしい。

 けど、その教えはしっかりと役に立ってる。

 何より胎内ではぷりぷりとした魔石が、取り出した途端に硬くなっていく時の感触が溜まらないんだよね~。

 案外これが天職なのかもなぁ~。


「蓋の役割をしている岩の横から刃を通して綺麗に剥がすっと……。はい取れた。次は喉肉の筋逆らわず縦に割いて、その奥にある甲状軟骨の横から刃をクルッと回し……」


 ロックベアの魔石は首の位置にある。

 甲状軟骨の丁度その下に隠されているんだ。

 母さんが言うには、表面の岩を剥がすのも喉肉の割くのも、甲状軟骨を取り除くのにもかなりコツが要るって言ってたけど、一年間の実技が実を結んだのかそれ程苦労はせずに作業が出来た。


「おっ? え? す、すげぇ~。お前本当に初めてかよ? 手袋しながらってのに、こら鮮やかにまぁ」


 バーディーさんが僕の解体の腕に驚いてくれているようだ。

 『覇者の手套』の事はバーディーさん達は知らないみたいだね。

 さすが伝説のアーティファクト。

 とっても柔らかくてフィットするから素手とあんまり変わらない。

 だから装備していても解体作業に影響は無いんだよね。

 血とかで汚れるのは嫌だけど、背に腹は代えられないよ。

 だって外すと契約紋の事がバレちゃうし……。


 しかし、Aランクパーティーの人に褒められるのはとても誇らしい気分になる。

 ……真面目にこの道を目指した方が良いんだろうか?


「はい取れました!」


 僕は喉の奥で露わとなった魔石を取り出して掲げた。

 そして手の中で急速に硬質化していく感触に酔いしれる。

 これは凄い! 今まで小型の魔物からしか採取した事が無かったけど、ロックベアの魔石はなんだか詰まってるって感じがする。

 この大きさ、この重さ……なんだか癖になりそう。

 表面も綺麗で傷一つ無い魔石の結晶。

 日の光を浴びてキラキラと輝いていた。


「……す、すげぇ。俺完全に負けたわ……」


「おぉ、マーシャルやるじゃないか。こりゃ高く売れるぞ」


「キミ、うちの採取担当にならない?」


 僕の声に興味を引いたのか『聖殿の守り人』の皆が集まって来た。

 こんなに冒険者の人から褒めてくれる事なんて新人研修の時以来だよ。


「すまねぇが、他の魔石も頼めるか? 魔石以外の素材採取は力仕事で何とかなるんだが、魔石ばかりは腕が必要だ。正直俺より早いマーシャルが魔石採取をやってくれた方が出発も早まると思うんだ」


 続いて他の素材の採取に取り掛かろうとしていると、バーディーさんがそう提案して来た。

 ロックベアの重量感溢れる魔石の虜となっている僕としては願ってもない話だ。

 テイマーとしてはどうなんだって話だけど。

 ……ライアには見せられない姿だよ。


「分かりました!」


 二つ返事で次のロックベアに向かった僕の耳に、再び周囲を警戒する為に持ち場に戻ったダンテさんとアンドリューさんの話声が聞こえた。


「今日はなんだか身体が絶好調だ。鉄鉱石野郎とまではいかねぇが、ここら辺の岩だって十分硬い。もっと手こずっても良い筈なんだがな」


「ダンテもそう思うか? 俺の魔法もいつもより魔力の練りが良かった様に感じた。しかし、ロックベア五匹に数分とは最速記録だな。マーシャル君のお陰で出発も早まりそうだし、今回の旅は楽になりそうだ」


 なるほど~、でも謙遜じゃないかな?

 だって、さっきの戦闘凄かったし、あんな動き一朝一夕で出来る訳ないもんね。

 最後は僕の事を褒めてくれているみたいだし、なんだかこそばゆいよ。

 そんなこんなで上機嫌の僕は、ウキウキと少し離れた場所に仰向けに寝転がされたロックベアの死体まで駆けて行った。

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