第2話 パーティー追放


「な、なんで?」


 頭が真っ白になった僕は、リーダーにそう尋ねるのがやっとだった。

 リーダーは僕の言葉に呆れた顔をする。


「言われなきゃ分からないのか?」


 そして嘲笑交じりに僕にそう答えた。

 僕はリーダーの言葉に目の前が真っ黒になる。

 言われなきゃ分からない?

 そんなの分かりたくないよ。


「ふぅ、……お前は弱すぎるんだよ」


「え? でもゆっくり強くなっていったら良いって言ってくれたじゃないか」


 そう、僕がこの街で暮らす様になって初めて冒険者ギルドに来た時の事だ。

 冒険者登録の受付でばったり会ったのが、このメンバー。

 新米だった僕らは意気投合して一緒にパーティーを組む事になった。

 その時まだ一匹も従魔を持っていなかった僕にリーダーであるグロウはそう言ってくれたんだ。


「限度が有るってんだよ! テイマーのくせにワイルドウルフどころかスライムさえ従えられねぇ。やっと契約したと思ったら、一体なんなんだそれ?」


 グロウは怒鳴りながら僕の背中に張り付いているモコを指差した。

 モコはその迫力にびっくりしたのか身体をプルプル震わせて僕の背中に顔を埋める。


「何ってコボルトじゃないか」


 僕はそう答えるしか出来なかった。

 グロウは僕の言葉に頭を掻きながら苛立ちを募らせている。


「コボルト~? ばーか! ただのコボルトじゃねぇ、コボルトのガキじゃねぇか!」


 後ろに張り付いているモコがグロウの声に驚いてビクッと身体を震わせた。

 今の大声に周囲の冒険者達もちらっとこっちを見たがすぐに視線を元に戻す。

 パーティーの揉め事は余程の事が無いとパーティー以外の者が口出すのはご法度だから仕方が無い。


「う……そうだけど」


「そいつは弱いとかのレベルじゃねぇんだよ。この前の時もどうだ。そいつが戦闘中にこけたと思ったらお前は必死に庇って隊列を乱しやがって、下手したら俺達全滅してもおかしくなかったんだぞ!」


 僕はそう言って顔を真っ赤にしているグロウに返す言葉が見つからなかった。


「今もなんだ? 従魔をおぶるテイマーなんて見た事ねぇっての。 子守りじゃねぇんだ。そんな弱い奴捨ててしまえ!」


「そ、そんな事出来ないよ……」


 僕はモコを背負う為に後ろに回している手にぎゅっと力を込めた。

 やっと契約出来た従魔なんだ。

 捨てるなんて出来る訳がない。

 ……それに、僕と契約してくれる魔物なんて他にいないかもしれないし。


「俺達はこれ以上お前達のお遊戯に付き合ってられねぇんだ。何よりお前の所為でランク上げする為の高ポイントの依頼を受けれないしよ」


「待ってよ。モコだってすぐに大人のコボルトになるって。そうしたら少しは戦力になるよ!」


 僕はグロウに必死で懇願した。

 僕達だって秘密の特訓をしてるんだ。

 この前モコがこけたのだって、新しいコンビネーションをお披露目しようと思って、それで……皆を危険な目に合わせちゃった……。

 僕はそれ以上何も言えなくて項垂れた。


「大人のコボルト~? いつなるんだよ! って言うかコボルトが大人になっても役になんて立たないんだよ! お前らはただのお荷物なんだ! 俺達のパーティーには不要なんだよ!」


「ちょっと、リーダー言い過ぎよ」


 パーティーメンバーの紅一点、クレリックのルクスが顔を真っ赤に怒っているグロウを宥めるようにそう言った。

 だけど、グロウの激高は止まらない。


「マーシャルの前だからっていい子ちゃん振るなよ。お前だってこいつが居ない時はいつも愚痴ってるじゃねぇか。コボルトの事も蚤が湧きそうってな」


「そ、それはそうだけど……」


 ルクスはそう言って顔を背けてしまった。

 それ以上何も言わない。

 僕はその言葉に激しいショックを受けた。


 いつも優しかったルクスが、裏では僕やモコの悪口を……?

 モコの事もいつも可愛い可愛いって撫でてくれていたじゃないか。

 

 グロウの言葉が真実である事をルクスはその態度をもって示している。

 優しいルクスの事がちょっと……、いやとっても気になっていた。

 いつか恋人になれたらって思っていたんだ。

 それなのに裏では僕達の悪口を言っていたなんて……。

 けど、それは全て僕が弱い所為……。

 その事実に僕は目の前が真っ暗になる思いだった。

 縋るように他のパーティーメンバーに目を向ける。

 誰か庇ってくれる人が居るかもと、そんな期待を込めながら。


「まぁ、なんだ。お前もグロウが言ってる事も分かるだろ? すまねぇが俺達も遊びじゃねぇからよ」


 シーフのジャッジが目を瞑りながら肩を竦めてそう言った。

 僕はもう一人のパーティーメンバーであるソーサラーのギルティを見る。

 彼も僕を見ながらため息交じりに口を開いた。


「俺は従魔がコボルトだろうが文句は無い」


「ギルティ……」


 ギルティは僕の事を庇ってくれるのか? と思って少し笑顔になったけど、どうやらそれは間違いだったようだ。

 ギルティの顔がキッと僕を睨む。


「文句が有るのはお前だ! マーシャル。テイマーのくせに従魔へのブーストも出来ない。そんな出来損ないのお前が許せないんだよ! お前みたいなのがテイマーを名乗るな!」


「う……」


 激しく僕を罵るギルティの言葉に何も言い返せない。

 ギルティが言ったブーストはテイマーの基本の術だ。

 契約した従魔の力を増幅させる魔法。

 従魔は居なかったけど小さい時から親にテイマーの基礎を叩き込まれていた僕は使い方も知っているし、発動もしている筈なんだ。

 なのに何故だか分からないけど、モコにブーストを掛けようとしても効果が無かった。


 僕は弱い。


 何も言い返せない僕は、もう一度パーティーメンバー全員を見渡した。

 皆不機嫌な目をして僕を見ている。


 僕は馬鹿だった。


 冒険者になったと僕は思い込んでいた。

 けど、それは皆がお情けでパーティーに置いていてくれただけだったんだ。

 そのお情けももうおしまい。

 皆を命の危険に晒してしまったのだから仕方が無い。

 皆の顔を見ていると今までの楽しい冒険の思い出が蘇って来た。

 もしかしたら楽しかったのは僕だけで、皆は僕の事を疎んでいたのかもしれない。

 そう思うと涙が溢れて来た。


 僕は何も言わず……何も言えず、皆に背を向けるとそのまま走り出しギルドを後にした。

 パーティーからの追放。

 よく有る事かもしれない、ギルドの入り口を目指して走っている最中も、他の冒険者達は見て見ぬ振りをして誰も声を掛けて来なかった。

 いや、弱い僕に掛ける声なんてないんだろう。


 僕は涙でくしゃくしゃになりながら街の大通りを走った。

 もうすっかり日は昇り通りは人通りも多くなっている。

 泣いている僕を不思議そうな顔で見ている。

 知り合いのおばさんが心配そうな顔で声を掛けようとして来たけど、僕は恥ずかしさのあまり無視して走り抜けてしまった。



        ◇◆◇



「あら、お帰り。早かったわね……って、どうしたの?」


 家に着いた僕はそう言って駆け寄ってくる叔母さんを避ける様に自分の部屋へと飛び込んで鍵を掛けた。

 そしてモコを床に下して僕はベッドに飛び込んだ。

 頭の中が悲しみでぐちゃぐちゃで考えが纏まらない。

 皆の言葉に悔しいと言う感情が湧いてくる。

 だけど、僕にはそれを否定する言葉も力も持っていない。

 だからこそ、行き場の無い怒りが僕の身体を駆け巡った。


 僕だって頑張っているんだ!

 なのに……なのに!

 なんで魔物は従魔になってくれないんだ。

 なんでモコだけなんだよ!

 なんでブーストが効かないんだよ!


 僕は僕の力が弱いだけと言う事実に目を背けて、他に理由を探してしまっていた。


「コボコボ、キューン?」


 モコが声を掛けて来た。

 そしてベッドによじ登りぷにぷにふわふわの手で僕の背中に手を当てて来た。

 僕が泣いているのを心配して声を掛けて来たんだろう。

 けど、今の僕にはその態度がとてもイラついてしまった。


「モコ! あっち行ってろ!」


「コボッ……。キューン……」


 枕に顔を埋めたまま僕は感情に任せてモコを怒鳴ってしまった。

 モコはビクッと手を引いて悲しそうな声を上げる。

 少しだけ心に罪悪感が湧いて来たが、怒りの感情がそれを塗りつぶしすぐに忘れた。

 聞こえてくる音からすると、モコは僕の言葉に従って僕のベットから降りて自分のベッドの方に向かったようだ。

 小さくうめき声が聞こえて来るのはモコも泣いてるからだろうか?



 コンコン――。


 暫くすると扉をノックする音が聞こえて来た。

 多分叔母さんだろう。


「マー坊。開けてくれない?」


 思った通り扉の向こうから叔母さんの声が聞こえて来る。

 けど、今は誰とも喋りたくないので無視をした。


 ガチャガチャ、カチン。

 ガチャ、ギーーー。


 と思ったら、鍵が開いて扉が開く。

 なんで? と思って僕は顔を上げて扉を見た。

 開いた扉の向こうには叔母さんが立っていた。

 少し心配そうな顔と呆れたようなそんな感情が混じった顔をしていた。


「な、なんで? 鍵を掛けたのに」


「あのね~、ここはあたしの家よ? 各部屋の鍵を持ってない訳ないでしょ」


 僕の問いに笑いながらそう答えた叔母さん。

 そりゃそうか、けどその態度も僕をイラつかせた。


「出てってよ叔母さん! 今は誰とも話したくない!」


「あっ! またあたしの事を叔母さんと言ったわね! お姉さんと呼べって言ったでしょ!」


 叔母さんは僕が出ていけと言った事は無視して叔母さんと言った事を怒りながら部屋に入ってくる。


「マー坊。あんたの態度で何が有ったのか大体分かるわ。ねぇちょっとだけ話をしましょう」


 近づいてくる叔母さんに殴られるかと思ったけど、急に立ち止まり優しい声でそう言ってきた。


「いやだ! 出てって! 今は何も話したくない!」


 こんな態度を取ってるんだからそりゃバレバレだとは思うけど、色んな感情でまともに思考出来ない僕は叔母さんに知られてしまった事が恥ずかしくてその言葉を拒絶した。

 しかし、叔母さんはめげない。

 ハァ、とため息を吐いたかと思うと、ドカッと僕のベッドに腰掛けた。


「ダーーメ! 出ていかないわ。それにマー坊が喋りたくないのならあたしが勝手に喋るから黙って聞いてなさい!」


 こうなった叔母さんは何を言っても無駄だ。

 逃げようとしてもあっと言う間に捕まってしまう。

 諦めた僕はまた枕に顔を埋めて叔母さんの好きにさせる事にした。

 勝手にするなら僕も勝手にさせてもらう。

 叔母さんが何をしゃべろうと無視して寝てしまおうと思った。

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