第4話 走る

「待って、待ってよ。モコ、置いていかないで」


 家を飛び出した僕は裏通りを走る。

 叔母さんの家からじゃ大通りに出るより早く正門に着けるからだ。

 モコもこの道を……ううん、多分モコは塀や建物の隙間を抜けるモコ専用の近道を抜けているはず。

 もっと急がないと!

 もし、モコが一人で街の外に出ちゃったら野良の魔物と勘違いされて殺されちゃう!

 モコを見つけたら、謝って謝って謝り倒して許して貰わないと。

 そして、僕とモコと叔母さんの三人で楽しく暮らすんだ。


「だから……モコ。行かないで」


 僕はそう呟きながら必死に走った。



「おっ? マーシャルじゃないか」


 必死で走ってると不意に横から声を掛けられた。

 この声は……。


「おいおい、何急いでんだ? 俺達のパーティー追い出されたから他のパーティーでも探してるのか?」


 そう、グロウだ。

 目を向けると他の仲間……元仲間も居る。

 皆グロウの言葉にクスクスと笑っていた。

 それぞれの僕をバカにしている顔をしている。

 あんなに優しかったルクスでさえ、僕の事を蔑んだ目で見ていた。

 それが彼女の本心だったんだな。

 僕の胸はとても苦しくなった。

 なんで皆はここに? ……あぁ、そうかこの裏通りを横切った先に僕ら行きつけの道具屋が有ったんだっけ。

 これから冒険に出る為の準備をしに行くんだな。

 なんてタイミングだ。


「違うよ! モコを……。いや、なんでもない」


 僕はグロウの質問を否定しようと走っている理由を言い掛けて途中で止めた。

 話したって笑われるだけだ。

 けど、どうも今のでグロウはピンと来たらしい。

 にや~といやらしい笑いを浮かべている。


「はは~ん? 毛玉の姿が見えないと思ったら……。お前、俺達だけでなくコボルトのガキにも見放されたって言うのかよ。ウケる!」


 グロウはそう言って大声で笑った。


「ちょっ! ねぇ本当? あんな弱いのにも逃げられるって……。アハハハハ、有り得ないわ」

「はぁ~、やっぱお前を切って正解だったな」

「ふん。従魔術とて魔道の技。同じ魔道を歩む者として恥ずかしい」


 口々に僕の悪口を言ってくる元仲間達。

僕は悔しくて、けど何も言い返せなくて、涙が溢れそうになって……。


「お、おい。ちっ、何も言わずに走っていきやがった。しかし本当に笑えるな……」


 後ろからそう言って笑い出すグロウの声が聞こえた。

 グロウの言う通り僕は何も言えなくて走り出したんだ。

 『いつか見返してやる!』それだけを心に誓って。



        ◇◆◇



「おかしい……。もうすぐ正門なのに周囲にモコの気配を感じない」


 正門まであと僅かの距離。

 あまり体力が無い僕には家からたかが正門までの距離を走るだけで息が上がってしまう。

 ハァハァと必死に酸素を取り込もうと荒い息をする。

 いくら途中で邪魔が入ったからと言って、モコの歩く速度を考えるともう探知の範囲に入っていてもおかしくないはずだ。

 それなのにいまだモコが居ると思われる方向しか感じない。

 そしてその方向は正門を指している……、あれ? 方向がずれて行っている?

 それも結構なスピードで……なんで?

 今僕が居る位置は正門の横手を迂回する裏通り。

 そしてモコの居る方向は正門からどんどんと街の外に向かっているような……。


「まさか! 馬車に乗ってる? どうして?」


 もしかして誘拐?

 そうだよ! あんなに可愛いモコなんだ。

 一人で歩いているところを見て思わず連れて行きたくなったのかも?

 いや、子供のコボルトはまだまだ珍しい存在なんだ。

 どこかの研究者が捕まえて……、そして解剖を?


「いけない! 早く追わないと!」


 僕は息が上がっているのも忘れて更に足に力を込めて走った。

 通りの向こうに正門へと続く大通りが見えた。

 そこに出たらもうすぐそこだ。

 僕は大通りに飛び出してそのまま正門目掛けて走る。


「そうだ! 門番のサンドさんなら何か分かるかも!」


 街の正門には門番が立っている。

 そして街を往来する人々を監視をしているんだ。

 モコが馬車で移動しているなら何か知っているかもしれない。


「サンドさーーん!」


 僕は馴染みの門番であるサンドさんに声を掛けた。

 サンドさんが僕の声に気付いて手を振って応えてくれる。

 まだ青年と言ってもいいサンドさんは数年前まで冒険者だったらしい。

 僕がこの街に来る前の話だから現役当時の事は知らないけど、結構腕の立つ戦士だったって言うのを冒険者ギルドの噂で聞いた。

 そんな彼が門番をしているのは、魔物との戦いで足に大怪我を負ったからだ。

 治癒魔法でも元の様に動けるまでには回復せず、冒険者を諦めて門番になったんだって。

 だからなのか、新人冒険者にはとても優しくて色々と相談に乗ってくれるお兄さんみたいな人なんだ。


「よお、マーシャルじゃないか。一人でどうしたんだ? グロウ達と一緒じゃないのか?」


「う、うん……今は一人なんだ」


 僕がグロウのパーティーを追放された事をまだ知らないサンドさんは気さくに笑いながらそう言ってきた。

 そして僕の態度に不思議そうな顔をして首を捻っている。


「そんな事よりモコを見なかった?」


 これ以上サンドさんに詮索されたくなかったので僕は話を変えてモコの居場所を尋ねた。

 サンドさんは更に不思議そうな顔をしている。


「モコを見なかったって? どう言う事だマーシャル。お前の従魔だろ」


「そうだけど……。朝モコを怒鳴っちゃったんだよ。モコは僕を慰めようとしてくれただけなのに……」


 サンドさんの言葉に僕は絞るような声で事情を話した。

 するとサンドさんは冒険者だった頃の感なのか、何となく僕達の事情を察したらしい。

 少し難しい顔をして顎に手を当てていた。


「あーー。そうか、あいつら……。いや、それよりも今はモコの事だな。テイマーなら場所が分かるんじゃないのか?」


 サンドさんはおそらくグロウ達の事を言っているんだと思うけど、少し厳しい顔をして吐き捨てる様にそう言った後、パッと表情を変えて心配そうにモコの事を聞いて来た。

 サンドさんの言う通り、普通のテイマーならもっと遠くまで位置が分かるはずだけど、僕の力では方向しかわからない。


「僕じゃあまり離れると位置は分からない……けど、だいたいの方向なら分かる。それによると街の外、この先まっすぐ行ったところにモコを感じるんだ。さっき急に街の外の方に動いて行ったから多分馬車に乗ってるんだと思う」


 そう、さっきまでは正門の横手だったから方向が変わって行ったけど、今正門の前に立つとまっすぐ街の外から変わらない。

 おそらく街道に沿って進んでるんだろう。

 狭い範囲しか位置が分からない僕なんだ。

 いつまで方向を感じられるのか分からない。

 もしかするとこれ以上離れると、それさえ分からなく可能性だって有る。

 だって、今までモコと離れた事なんて無かったんだから。


「何? と言う事はさっき出発した馬車か……。確かバルト行きの乗り合い馬車だな。中にはコボルトは乗っていなかったと思うが……?」


 そう言ってまたサンドさんは顎に手を当てて考え込んだ。

 バルトと言えばこの街から北西に馬車で半日行った処にある小さな町だ。

 特に魔物研究の施設が有るとは知らない。

 魔物学者の叔母さんも街の外に出張する時は、北東にある街グレイスに行っていた。

 と言う事は解剖されるって事は無いのかな?

 いやいや、まだ安心は出来ないよ。

 バルトの町は馬車で半日とは言え、走って追い掛けたら僕の足では明日になっちゃう。

 早く追い掛けなきゃいけないんだけど、どうしたらいいんだろう?

 次の定期便は夕方だったはず。

 馬を借りて追い掛けようか? なら家に戻ってお金を取って来ないと……。


「あっ! そう言えば……」


 僕が一人追い掛ける手段でオロオロと考えていたところに、急にサンドさんが何かを思い出したかのような声を上げた。


「どうしたのサンドさん?」


「いや、さっき出発したバルト行きの馬車なんだが、遠ざかっているのを後姿を眺めていたらなんか馬車の底に茶色い毛玉が付いているのが見えた気がしたんだ」


「えっ!  馬車の底に茶色い毛玉? もしかしてそれって!」


「あぁ、モコがそんな状況だってのは知らなかったから想像もしなかったからよ。馬車の装飾にしては変な位置だと思っていたが、もしかしたらあれはモコだったんじゃないか? 思い返すとこん棒の様な物を見えたし、色といい大きさといいモコにぴったりだ」


 馬車の底にモコが張り付いていた?

 捕まって閉じ込められていたとしたら馬車の上のはず。

 もしかしてモコは自分で馬車に飛び付いたんだろうか?


「そんなっ! すぐに追い掛けないと。馬車から落ちたら怪我……下手したら死んじゃう!」


「お、おい! マーシャル! 走っていく気か?」


 僕は街の外に走り出した。

 後ろでサンドさんが声を掛けて来たけどそれを無視する。

 だって、一刻も早く追い付かないとモコが危ないんだ。

 それにモコの腕力ならこん棒を担いだまま長い時間しがみ付く事は出来ないと思う。

 そう遠くないところで力尽きて馬車から落ちるだろう。

 怪我したって早い内なら助かるかもしれない。


「待ってろモコ。すぐに追いつくから!」


 僕はモコを目指して街道をがむしゃらに走った。

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