第18話 追及


「え? が、岩石ウサギに襲われていた所を助けたんだよ。ほらパッと見は普通の女の子にしか見えないしね」


 叔母さんの追求から逃れる為、嘘の状況を説明した。

 うん、これはサンドさんの時とは違い、なかなか無理の無い言い訳だ。

 特に前半は本当の事だしね。


「ふ~ん。裸の幼女をねぇ……」


「うっ……」


 なんて痛い所を的確に……。

 う~ん、ちゃんと言葉を選ばないと僕が変態みたいに思われかねないぞ。


「い、いや誘拐とか犯罪に巻き込まれてるんだと思ったんだよ」


 裸の幼女を抱きかかえて走り回るのは、傍から見るとそれだけで完全に犯罪っぽいけどね。

 例え森の中だったとしても……いや森の中だからこそ、そんな所を目撃したら僕だって事情を問わず確実に街道警備隊に通報すると思う。


「別にそこはどうでもいいわ。で、この子が魔物と気付いたのはいつ?」


 あっ、そこはどうでもいいんだ。

 まぁ追求されたら説明が大変だし良かったよ。


「色々あって何とか無事に岩石ウサギから逃げ延びたんだ。落ち着いたから事情を聴こうと思ったら耳と尻尾が有ったんだ。それに手足も手袋やブーツじゃない。それで獣人だって気付いたんだよ。なんだか助けた僕に懐いていたから契約の呪文を掛けてみたら成功したんだ」


 うんうん、完璧な回答だ。

 あっライア! そんな不思議そうな顔しないでバレちゃうバレちゃう。


「ふぅ~ん。懐いていた……か」


 叔母さんは同じ口調でそう言って、またライアに目を戻したかと思うとライアの後ろに回り込んだ。

 そして背後からライアの服を捲り上げた。


「あぁ、本当だわ。尻尾が有る……。けど……この耳の感じといい、どこか既視感が……?」


 いきなり服を捲り上げるもんだから、思わず『なにするの!』と声を上げそうになったけど、今僕が『尻尾が有った』って言ったもんだからそれを確かめただけか。

 そりゃ既視感も何も、その二つはモコの時のままだからね。

 見たことがあるのは当たり前だよ。

 学者としての常識が邪魔しているのか、まだモコ=ライアと気付いている訳じゃないみたいだ。

 けど時間の問題かもしれないな。

 何とか話を逸らさないと……。


「一体どうしたの突然?」


「ん? いえ、ちょっとね。……それよりこの子の親は?」


「え? お、親? い、いや知らない。見付けた時から一人だったから分からないや」


「ふむ。なるほどねぇ」


 そう言って、またライアの周りをぐるぐる回りだした。

 叔母さんの質問の意図が全く掴めない。

 モコだって事を疑っているんじゃないの?

 何だってそんな事を聞いてくるんだろうか?


「じゃあ、なんでマー坊の事をパパと呼ぶのかしら?」


「ぶふぅっ! さ、さぁ? た、多分アレだよ。ライアはまだとても幼いし、岩石ウサギに命を狙われている所を助けたもんだから、僕を親と勘違いしてるんだよ」


「なるほど……」


 びっくりしたーー!!

 疑惑が遠のいたのかと思ったらピンポイントで核心に突っ込んでくるんだもん。

 やっぱりモコだって事に気付いてる?


「ねぇ、ライア……ちゃんって言ったかしら? あたしの言葉分かる?」


「うん、わかうお」


 叔母さんの問い掛けにライアは素直に答えた。

 げげっ! とうとう本人に尋ねだしちゃったよ!

 ど、どうしよう。

 でもさっきモコだって事は内緒にしようって約束したから大丈夫かな……?

 ……いや不安だ。

 何か言いそうになったら止めないと。


「あなたの両親……いえお父さんとお母さんは何処にいるの?」


 叔母さんは人間の小さい子に話し掛ける口調でライアに親の事を尋ねだした。

 あれ? てっきり『あなたはモコなの?』とか言い出すのかと思ったら、相変わらず両親の事を聞いている。

 どう言う事なんだろう?


「おとさん……?」


「あぁ、そうか。ならパパとママって言ったら分かる?」


 モコには『お父さん』と言う言葉は分からなかったみたいだ。

 なんせ言葉を喋りだした途端僕の事を『パパ』と呼んでたし、『お父さん』って言葉の意味を知らなくても仕方ない。

 いやそれを言うと、モコが言う『パパ』って言葉が、人間が使っている『パパ』と同じ意味なのか分からないんだけどね。


「パパはしょこにいりゅよ!」


 ライアがそう言って元気よく指さした先には僕がいる。

 うん、そうだよね。

 モコにとったら僕がパパだ。

 質問の仕方間違ってるよ、叔母さん。


「う~ん、そう言う意味じゃないんだけど……。困ったわね……じゃあママの事は覚えている?」


 父親は僕に上書きされてしまっていると言う事で追及するのは諦めたみたい。

 違う方向からのアプローチに切り替えたみたいだ。

 しかし、なんだかどんどんモコ=ライアの追及から離れていってない?

 いやいや、頭の良い叔母さんの事だ。

 外堀を埋める作戦なのかも。

 気を付けないとな。


「ママ……? う~~わかんにゃい」


「あら、そうなの? どうしましょう?」


 ライアは元から両親の記憶が無いから『ママ』が分からなくて仕方ないよ。

 物心付く前に両親に置き去りにされたみたいだしね。


「けど、おねえちゃんならいりゅの!」


「ぶふぅぅぅーーー!!」


 ラ、ライア! それ今言っちゃダメーーー!!

 しまった、モコだってのは内緒するって約束したけど、他の事は口止めしていないよ!

 叔母さんの事をお姉ちゃんって呼んだらバレちゃうじゃないか!


「ちょっと、マー坊汚いわね。いきなり噴き出してどうしたの?」


「ご、ごめん。あのちょっと……ライア? こっちにおいで……」


 取りあえず叔母さんの事を『お姉ちゃん』って言わないように言い聞かせないと。

 僕はそう思ってライアに手招きをした。

 それを見たライアは、僕に呼ばれた事が嬉しいみたいで笑顔になって走り出し……。


 ガシッ!


「あぁ、ちょっと持って。今貴重な話が聞けたわ。ねぇライア、そのお姉ちゃんって何処に居るの?」


 あぁ、走り出したライアを叔母さんが肩を掴んで遮っちゃった。

 や、やばいよ。

 何処も何も『そのお姉ちゃん』は目の前のあんただっての!


「おねぇちゃんはパパのおうちいゆのーーー!」


「へ?」


 あ、あのライアちゃん? 何を言ってるの?

 叔母さんは目の前にいるじゃないか……。


「え? ……あぁ、そう言う事ね。マー坊、いつの間にあたしの事をライアに話したの?」


 叔母さんが呆れた顔で僕を見ながらそう言ってきた。

 えぇと……あっ! あぁあぁ、そうか! 分かったぞ!


「うん、お互いの自己紹介の時にお姉さんの事を紹介してたんだよ。これから一緒に住むことになるんだしね」


 よかったーー!! ライアってば、いつもと違う格好をしている叔母さんの事が誰だか分かってないんだ。

 教職者って職柄からか、いつも身嗜みに気を付けて奇麗にしている叔母さん。

 自宅でもきちんと整えられた髪にシックなブラウスにスカート姿が基本だし、仕事場大学に行く時は教員用の黒いドレス姿だ。

 それなのに今の姿ときたら、僕の捜索で二日も旅を家に帰っていない所為で、髪はボサボサだし服装も泥に汚れた外套の下は下着かと見間違う程のビキニアーマー。

 幼いライアには同一人物って直ぐには分からないよね。


 よしボロが出ない内に、目の前の人が『そのお姉さん』って紹介しておこう。

 そうすればなし崩し的に『知り合い関係』にまで持っていけるぞ。

 そうなったら大抵の失言は『自己紹介の時に話していたんだよ~』で誤魔化せると思う。

 だって小さい子供って聞いた事と見た事の認識が曖昧になる事が多々有るからね。

 しかも獣人だし、いくらでも言い訳が効くはずだ。


「ライア? 目の前のその人が『ティナおねえちゃん』だよ」


「ティナ……? おねぇちゃん……? え? いちゅもとちがう」


 ゴハッ! ライア! ストレート過ぎ!

 『いつも』なんて言っちゃダメーーー!


「ん? いつもと?」


「ごほっげほっ。ち、違うんだよお姉さん。お姉さん事を『いつも綺麗な格好をしている素敵な人』って紹介したんだよ。けど、今のお姉さんの格好ってさ、いつもと違うじゃない? それでだよ」


 僕はライアに目で頷くように合図した。

 咄嗟のアイコンタクトだけど、一応気持ちが伝わったのかコクコクと頷いている。


「あぁ、そう言う事か。もうっ! マー坊ったらあたしの事を『』だなんて。嬉しい事言ってくれるじゃない。お姉さん照れちゃうわ」


 叔母さんは僕の嘘の紹介文句に気を良くしたようでとても嬉しそうに照れている。

 『格好』が抜けている事は追及はしないでおこう。

 ふぅ~叔母さんが誉め言葉に弱くて良かったよ。

 この人案外ちょろいよね。

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