第17話 嘘
「え? この子、今なんて……?」
叔母さんが半ば呆然とした顔でライアを見ながらそう呟いた。
思いもよらないライアの言葉に理解が追い付いていないようだ。
このままではやばいよ。
姿が変わったと言っても魔物学者のお姉さんならライアからモコの面影を見て気付いちゃうかも。
母さんの助けになる為に魔物学者の道を選んだって言っていたし、もしかしたら封印された従魔術についても調べてるかもしれないし、僕が使った事がバレるかもしれない。
何とか誤魔化さないと。
「ほ、ほらライアってまだ小さいから自分の事と勘違いしたんだよ」
僕は大きな声でそう言ってライアの隣にしゃがみ込んだ。
そして耳元に顔を近付けて叔母さん達には聞こえないような小さい声でライアに話しかけた。
『ライア。僕が今から言う事を黙ったまま聞いて。絶対喋っちゃだめだよ』
僕がそう言うとライアはコクコクと頷きながら口を真一文字に閉じて唇にギュッと力を入れた。
その仕草がとってもかわいい。
こう言う所も昔の妹を思い出すよ。
『ライアがモコだって事は皆には今はまだ秘密にしておこう。折角こんなに格好良くなったんだからね。二人して強くなってから、ライアは実はモコでしたって言って皆をあっと驚かそうよ』
バレたら連れていかれるなんて本当の事言っちゃうと、怖がってしまい却って余計なボロが出るからね。
小さい子ってこう言う内緒の悪戯ってのが大好きだから、僕はそんな悪戯心をくすぐる作戦をとる事にした。
妹もこう言う二人だけの秘密とか内緒話が大好きだったな。
二人で母さんを驚かせる悪戯をよくやったっけ。
けど、なぜか母さんには全てお見通しで、逆にこっちがびっくりさせられっぱなしだったけどね。
それも今となっては懐かしい思い出。
今二人だけの秘密なんて作ろうものなら……恐ろしい。
おっと今はそんな場合じゃないや。
僕は作戦がきちんとライアに伝わったのか顔色を伺ってみた。
すると、ライアは目をキラキラ輝かせてにんまりした笑みを浮かべている。
ふぅ、どうやら成功みたい。
『じゃあ、いいね? 絶対に秘密だよ』
ライアは素直に皆を驚かせる作戦だと思って満面の笑みで頷いていた。
よし、これで一安心だ。
僕は立ち上がって叔母さんの方に顔を向けた。
突然内緒話をした所為で、少しばかり訝しげな顔で僕を見ているけど、ライアの秘密に気付いたって訳じゃないみたい。
「まだ、ライアは人間に慣れていないみたいだから変な事を言っても気にしないで」
僕が取りあえず誤魔化す為にそう言ったけど、逆に叔母さんは片手を顎に当て少し考え込みだした。
ジロジロとライアを見ているし、なんかやばいかも。
「あ、あのさ。それよりも岩石ウサギだよ。岩石ウサギの大きな群れがこの森に居着いちゃったみたいなんだ。早くギルドに報告しないと!」
話を変える為に、僕は岩石ウサギの話を持ち出した。
実際これは結構大きな問題だ。
この森は街道に面しているし、僕の街からもそう遠くない事もあって冒険者以外に薬草なんかを採取に来る一般人もいるくらいだ。
一匹二匹なら一般人でもなんとかなるけど、冒険者でも新米パーティーなら五匹以上は危ないって言われている。
それが十匹以上も居るなんて危険極まりないよ。
実際に襲われた僕が断言する!
「その件なら心配ないさ。さっきティナも言おうとしてたけど、奴らは俺達で全部退治したぜ」
実感混じりに危険を訴える僕を宥める様にサンドさんが笑いながらそう言ってきた。
「え? 二人で? 十匹の岩石ウサギを?」
サンドさんの言葉に僕は耳を疑った。
そう言えば叔母さんもさっき群れについて何か言い掛けていたっけ。
けど、新米と言えども五匹も居れば冒険者パーティーが全滅する恐れがある魔物だよ?
それをたった二人で、しかも十匹相手に全滅させた?
「あぁ、十匹どころか巣穴に居た奴を合わせると二十匹くらい居たな。そいつ等纏めて全部退治したから安心しろ」
そう言ってニッと笑いながら親指を立てたサンドさんだけど、いやいやこれってかなり凄い事なんじゃ?
新人研修の時の教官も五人のパーティーで最高十五匹を相手にした事があるけど、途中何度か命の危険を感じたとか言ってた。
それをたった二人でなんて本当に凄いや。
サンドさんが自分達の事を昔は名の知れた冒険者だったって言っていたけど、どうやら本当みたい。
「俺達も全滅させるつもりはなかったんだが、万が一お前さんが奴らの餌食になってる可能性もあったんでな。その痕跡を探る為に巣穴を調べる必要があったんだ」
なるほど。
そう言えば岩石ウサギは狩った獲物を巣に持ち帰る習性があるって聞いた。
巣穴から犠牲者となった人の遺品が見つかる事もあるらしい。
少し不謹慎だけど岩石ウサギの巣穴にはお宝が眠っているなんて与太話も有るくらいだ。
「まぁ、本来なら肉や毛皮に処理して持って帰りたかったところなんだが、今回はマーシャルの捜索が目的だからよ、巣穴の近くに穴掘って埋めてきたぜ。まぁ魔石だけは、そんな数をそのまま埋めちまうと
「う、ご、ごめんなさい」
僕は思った以上に叔母さんとサンドさんに迷惑をかけていた事を知って申し訳ない気持ちが溢れてきて素直に謝った。
するとサンドさんは笑いながら僕の所まで歩いてきて肩をポンポンと叩く。
「良いって事よ。元相棒の甥っ子なんだし、俺にとってもマーシャルは弟みたいなもんだ。ただ……モコの事は……本当に残念だ」
「うっ……」
最後にサンドさんはモコの事を思い出し、とても悔しそうな顔をした。
その表情に僕は強い罪悪感に苛まれる。
ダメだこれーー!! つい死んじゃった勘違いに乗ろうとしちゃったけど、これから先ずっとモコが死んだって言う嘘を突き通す事なん絶対無理!!
罪悪感半端無いって!!
かと言って本当の事は言えないし、どうしたらいいんだろ……?
そ、そうだ! まだ僕の口から死んだって言った訳じゃないじゃないか!
僕はただ『遠い所に行った』って言っただけ。
本当に遠い所に行った事にすればいいんだよ。
「ありがとうサンドさん。けど、実はモコは……死んでないんだ」
僕は悲しげな表情を浮かべてそう言った。
作戦はこうだ。
『この森までモコを追って来たけど、そこでなんと両親と再会しているモコを見付けた。両親と共に幸せそうなモコの姿を見て僕は契約を解除した。するとモコはそのまま両親達と共に森の奥深くへと消えていった……』
うん、これはいい感じだ。
これならハッピーエンドなんで罪悪感に苛まれる事もないよ。
何となくどこか引っ掛かる気がするけど……まぁいいか。
「え? 死んでないって言うのか? さっきの言い方だとてっきり……」
「うん、ごめんね。さよならなのは変わらないからね」
僕は少し憂いを帯びた笑顔でサンドさんを見る。
するとサンドさんは「あっ……」と何かを察した顔をした。
「もしかして……契約を解除したのか?」
「うん……そうなんだ」
さすがサンドさん、話が早いや。
これで話を進めやすい。
って、ん? あれ? なんか難しい顔しだしたぞ?
「おいおい、マーシャル。ギルドに届け出をしている従魔は、ギルド通さずに勝手に契約解除すると規約違反の罰金ものだぞ?」
「えぇっ!? あっ!」
そ、そうだった! 新人研修の時に教官から教わったんだ。
従魔として経験を積んだ魔物を野に放つのは危険行為だって言われてた。
なんか引っ掛かると思ったらこれだったのか。
今まで従魔の契約を解除なんて僕がする訳ないよって思ってたから忘れてたよ。
そう言えば国によっては犯罪だって母さんも言っていたっけ。
「あっ……いや、その……。モコが……両親に会って楽しそうにしてる所を見て……その……」
僕は事前に想定していた台詞を言おうと頑張るが、ギルド規約に触れている事実に脳内シミュレーションは完全に吹っ飛んでしまった。
けど、これ以上別の嘘に変えようなんてしたら怪しまれるだけだろうから仕方ない。
このままこの嘘を突き通すしか……。
「なんだって? 親コボルトが居ただって? もしかして山に集落でも作っているのか?」
ぐはっ! これも泥沼だ!
ど、どうしよう……?
「い、いや……モコを見付けた洞窟の周りをウロウロしてて……、今までここら辺でコボルトは見なかったから、もしかしたら移住先からここに置いて来たモコを探しに来ていたのかも……と思って……。ごめんなさい……」
ううぅ……、なんだか罪に罪を重ねて行ってる感じでどんどん苦しくなっていくぞ。
これなら死んでいた事にした方がマシだったかも。
実際はもっと重犯罪なんだけどね。
けれど、封印の事を二人に話す訳にはいかないよ。
だって、封印の場所と説き方の秘密を知ったんだから、それだけで権力者に共犯者とみなされる可能性が高いと思う。
二人が僕を犯罪者として突き出すなら、お咎め無しかもしれないけど、おそらく二人はそんな事せず匿ってしまうかもしれない。
いや多分そうすると思う。
だから、僕はこれ以上何も言えなくて俯いたまま固まってしまった。
「ふぅ、まぁ仕方ねぇか」
「え?」
僕はサンドさんの言葉に思わず顔を上げる。
するとサンドさんは僕の方を見ながら呆れた表情を浮かべていた。
「モコが両親と再会してたんだろ? 俺がマーシャルの立場でも、そんな場面を見たら思わず解除しちまうかもしれねぇ。なんたって自分の友達が嬉しそうにしてるってんだからよ。悔しい気持ちも有るが、そいつの幸せを思うなら……な!」
「サンドさん……」
サンドさんはニッと笑いながらそう言って親指を立てた。
こ、この人、良い人過ぎる……。
死んだって言うのとは別方向の罪悪感で胸が痛い!
けど、だからこそ本当の事は言えない。
こんな良い人を巻き込む訳にはいかないから……。
「それによ、コボルトならそんな危険な魔物でもねぇしな。それにモコなら特にだ。あれはどう足掻いても危険な存在に成り得ねぇし、あんなに人懐っこかったんだ。下手すりゃ他のコボルト共に働き掛けて、将来人間達と仲良くなる切っ掛けを作る存在になるかも知れねぇぜ? はっはっはっ」
「う、うんそうだね……」
サンドさんは笑いながら、殊更大きい声でそう言った。
さすがにそれは少し無理が有るよ。
多分僕がモコとさよならした事の寂しさを慰めようとしてくれているんだろう。
本当にこの人は優しいな。
「よし! やっぱりモコは死んだ事にしよう。それなら解除の申請は要らねぇしな」
「ありがとう、サンドさん。本当にごめんね」
僕はサンドさんに感謝の言葉の後に嘘ついた事を謝った。
その意味が分からないサンドさんは少し不思議な顔をしたけどすぐに笑顔に戻った。
「まぁ、お前が無事ならそれで良いって。さぁこれ以上ここに居てもなんだし街に帰ろうぜ。俺、門番のシフトを同僚達に押し付けて来ちまったから、早く帰って埋め合わせしなくちゃなんねぇんだ」
サンドさんがそう言って頭を掻いた。
うぅ、本当に色々迷惑を掛けちゃったな。
もうサンドさんには頭が上がらないよ。
「重ね重ね本当にごめんなさい。サンドさん……」
「あっ、すまねぇ。これは責めてるんじゃねぇって。同僚達に事情を説明するとな、シフトは代わってやるから早くティナの甥っ子を探しに行ってやれと言われたんだよ。そうじゃないと俺達がティナと一緒に探しに行くってな」
「それは、どう言う事?」
「ははっ! それだけ、お前さんの叔母は人気者って事だ」
最後の言葉は僕だけに聞こえるように小さい声でそう言ってきた。
叔母さんが人気ってのがいまいち意味が分からないけど、サンドさんの同僚は自分達からシフトを変わってくれたって事なのかな。
「なに、埋め合わせに酒を奢る分くらいは抜き取った魔石を売りゃ何とかなるから気にすんな。小さいとは言え、数は有るからよ」
「うん、分かった。けど、僕もその人達にお礼言わなきゃね」
パーティー追放から始まった僕の小さな冒険は、なんだか色々な人に迷惑を掛けちゃっていたようだ。
モコを追い掛けてこの森までやって来て、岩石ウサギに襲われているモコを助けて……そして封印された力を解いた。
最後はもこもこふわふわなモコが、とっても可愛い女の子のライアになっちゃうんだもん。
小さいけど今まで以上に凄く濃い冒険だった。
まだ三日も経ったと言う実感は全然湧かないけどね。
「おい、ティナ。帰ろうか……って、ティナ? さっきから何やってんだ?」
サンドさんが帰ろうって叔母さんに声を掛けたんだけど、そちらの方に顔を向けた途端怪訝な顔をして叔母さんに何をしているのか尋ねだした。
「え? 何ってお姉さんは隣に……あれ? 居ない」
いつの間にか僕の横に立っていた叔母さんの姿が見えない。
すぐ後ろに居たはずのライアも居ない。
そう言えば、さっきのサンドさんとの話にも叔母さんは入って来なかったな。
どこに行ったの? と思ってサンドさんの目線を追って振り返ると少し離れたところに、こちらを背にして中腰になってる叔母さんの姿があった。
今初めて叔母さんの後ろ姿を見たから気付いたけど、叔母さんってばかなり大きい長剣を背負ってる。
もしかしてそれ叔母さんの武器なの?
男の人でも振り回すの大変そうなんだけど……。
そんな事より中腰で何をしてるんだろう?
それにライアは……あっ居た!
叔母さんの陰に隠れて見えなかったけど、叔母さんが動いたらその向こうにライアの姿があった。
ライアはなんだかとても焦っている顔をしている。
どう言う事だと思っていると、叔母さんは中腰のままライアを中心に回りだした。
どうやら中腰なのは背の低いライアに顔を近付けて観察しているようだ。
その顔は眉間に皺を寄せ繁々と見詰めている。
その真剣な眼差しにライアは焦っていたみたい。
これは大変まずい展開じゃないのか?
「お、お姉さん、どうしたの!」
僕は取りあえずライアから離れてもらおうと叔母さんに呼び掛けた。
すると叔母さんは真剣な表情のままこちらに目を向ける。
「ねぇ、マー坊? この子とはどこで遭遇したの?」
そして、冷静な口調でライアと出会った時の事を聞いてきた。
いや、聞いてきたって言うよりなんか尋問ぽいよこれ。
折角うまく纏まったと思ったのに、もしかして本格的にバレちゃった?
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