第6話 無双……?
「キシャーーー!!」「キュキュキューーー!!」
僕の周りを取り囲んだ岩石ウサギ達は勝利の雄叫びなのか各々奇声を上げていた。
その殺気立っている迫力に気圧されて僕はゴクリと唾を飲む。
僕の周りにはざっと10匹もの岩石ウサギが取り囲んでいた。
岩石ウサギ。
こいつ自体はそれほど強い魔物じゃない。
冒険者としては雑魚な僕でも、一対一なら武器さえ有れば余裕で勝てるくらいの弱さ。
魔物と言うか野獣に毛が生えた程度の存在だ。
一応魔物が魔物と呼ばれる所以となっている魔石を体内に宿している。
と言っても体内に宿しているって言う魔石にしても、あまりの小ささからつい最近までその存在に気付かずに生物学上は野獣に分類されていたみたい。
ただ普通の野ウサギと大きく違うのは、その凶暴性と主に肉食って言うところだ。
野ウサギも昆虫とか食べるみたいだけど、こいつらはマジで肉食。
鹿やそれこそ野ウサギ、時にはモコみたいな弱い魔物でさえ自慢の頭突きで撲殺してはムシャムシャと食べてしまう。
さっき言ったように一匹なら雑魚だけど、群れを成した時のコンビネーションは要注意って言われている。
駆け出しの冒険者パーティーなら全滅する事だって有り得るらしい。
冒険者ギルドの教官が新人研修の時に『岩石ウサギだと言って見縊らない事だ。お前達の実力なら5匹以上を相手にする時は気を付けろ』って言ってたっけ。
で、今僕の周りには10匹の岩石ウサギ。
……詰んだ、詰んだよ。
こんなのどうすりゃいいんだ。
グロウ達が居たら何とかなったかもだけど、今は僕一人……いやモコと二人。
全然ダメだ。
岩石ウサギは、その狩りの特徴として圧倒的余裕な場合の時は一気にとどめを刺さずにじわじわとなぶり殺しにするらしい。
一匹ずつ飛び掛かって確実に弱らせて行くと言う残忍なやり方。
まぁ、一斉に飛び掛かって、お互いごっつんこするのを避けるためかも知れないけど。
今がまさにその状況。
僕が到着するまでモコが何とか無事だったのもそのお陰と言えるかもしれない。
ある意味その習性に助かったと言えるかもしれないけど、そんなの時間の問題だよね。
しかしこの岩石ウサギって、おでこに岩の様な突起物が有る以外は見た目も普通の野ウサギと変わず、ちょっと可愛い姿をしている。
なのに弱い奴相手にじわじわなぶり殺しするのが趣味だなんて、とってもいやらしい性格をしているよな。
まるで僕を追放した後、パーティー全員で僕を笑いものにしたグロウ達みたいだ。
ムカッ。
グロウ達の事を思い出したら無性に腹が立ってきた。
なんだか目の前の岩ウサギ達の顔がグロウ達に見えてくる。
僕とモコが弱いからパーティーから追放したってのは……、まぁ何とか理解出来るんだ。
だって、この前僕とモコの所為で皆を危険に晒したんだから。
けど、追放した途端あんな態度を取らなくたっていいじゃないか!
何度も何度もネチネチと笑いやがって! 絶対に見返してやるんだからな!
そうだ、だからこんな所で死んでられない。
「絶対に生き残ってやる!」
僕は大声で岩石ウサギに向かって吠えた。
けど、どうやって切り抜けたらいいんだろう?
僕は現状を打破する策を考える。
モコと一緒に戦う?
いやいや、それは無理だろう。
もしブーストが使えたからと言って、雑魚な僕と魔物最弱のコボルトの子供じゃたかが知れている。
他に何か良い案はないのか?
僕が思案に耽っていると、僕の大声に驚いた岩石ウサギ達が急に奇声を止めて静かに間合いを取り出したようだ。
げげっ! 状況が悪化しちゃった。
浮かれ気分が吹き飛んで狩りモードに入っちゃったみたい。
「どうしよう、どうしよう」
僕は焦りながらも腕の中のモコをぎゅっと抱き締めた。
モコだけは絶対に守り抜くんだ。
だって初めて僕と契約してくれた大切な相棒なんだから。
……ん?
「そうだ!」
僕の頭に一つの案が浮かんだ。
勝算は低いけど、今はそれに掛けるしかない。
僕は正面で今にも飛び掛かってきそうな岩石ウサギを最初の標的と決めて睨み付けた。
僕が思い付いた案。
それは……。
「キャッチ!! 僕と契約して従魔になって!!」
僕は標的にした岩石ウサギに向けて左手の甲を突き出し契約の呪文を唱えた。
いつも以上の魔力を込めて!
そう、相手が魔物なら契約して従魔にしたらいいんだよ。
モコしか成功した事が無いけど、な~に目の前には10匹も居るんだ。
魔力をマシマシで片っ端から掛けまくれば、1匹くらい成功するかもしれないじゃないか。
そうすれば今より状況は好転するはずだ。
それに一匹成功したら自信が付いて他の岩石ウサギだって契約出来るようになるかもしれないしね。
さぁ成功してくれ!
僕は祈る気持ちで契約の結果を見守った。
キャッチの魔法によって目標となった目の前の岩石ウサギの周囲に光輪が現れる。
光輪は徐々にその半径を狭めだした。
運が良い事に突然の光の出現に怯んで、周囲の岩石ウサギ達は光輪に注目して動きが止まったようだ。
一度発動したら後は自動とは言え、今他の奴に飛び掛かられたら次のキャッチの魔法を準備出来ないもん。
テイマーが使う魔物と契約する為の魔法である『キャッチ』。
これは魔物の体内にある魔石に影響を与える魔法だ。
唱えた対象の魔物の周囲に光輪が浮かぶ。
するとその光輪が狭まって魔物身体に到達すると、その光は魔物全体を包み込み体内にある魔石に対して魔力によって契約紋を刻み込む。
そうなったら契約成功って事で、その魔物は術者の従魔となるんだ。
失敗する場合は光輪が魔物の身体に触れた途端に掻き消えてしまったり、そもそも魔石に影響すら与える事が出来なかったりする。
前者は抵抗力が高い竜や悪魔と言った上級の魔物の場合が多い。
術者の力が弱くてもそうなるけどね。
僕の場合は主に後者だ。
光輪の力は魔石まで届いてると思うんだけど全く効果が無い。
スライムなんかは身体が透明だし魔石の様子も見えるんだよ。
しかし、魔石に届いても契約紋は刻まれない。
どうも契約紋を刻むだけの力が無いっぽいんだよね。
「だけど! 今回は魔力をいっぱい込めたんだ! どうか届いて!」
次のキャッチを準備しながら僕は祈りの声を上げた。
標的となった岩石ウサギは狭まってくる光輪をきょろきょろと見回している。
周りの岩石ウサギ達もキャッチの魔法を初めて見たのか呆気にとられているようだ。
光輪はもう少しで岩石ウサギに到達する! さぁ結果は!
「え?」
光輪が岩石ウサギの身体に触れそうになった瞬間、そいつはピョンっと高くジャンプした。
すると光輪は飛び跳ねた岩石ウサギの下でそのまま閉じてしまい、パチンと言う音と共に消えてしまった。
「えーー! 嘘ーー! 何これ! こんな避け方って有りなの?」
目の前で起こった信じられない出来事に思わず全力でツッコんだ。
キャッチの魔法って基本的に止まった相手に掛けるものだけど、魔石に干渉するので有る程度の追尾機能が有るんだよ。
走って逃げようとしても術者の力が届く範囲までなら追い掛ける。
そりゃ飛んでる魔物には効果が無いとは聞いてたけど、あんな簡単に避けられるものなの?
終わった……。
そんな避け方が有っただなんて……。
今ので他の奴等も学習しただろうし、キャッチ作戦は失敗だ。
飛び跳ねて避けた岩石ウサギがスタッと地面に降り立った。
魔法を掛けやがって! と激怒して飛び掛かってくるだろう。
どうしょうもない状況に僕は震えながらも覚悟を決める。
「父さん、母さん。先立つ不幸を許して。後継ぎは妹に譲るよ。叔母さんもごめんなさい」
僕は飛び掛ってくるだろう岩石ウサギを見据えながら両親と叔母さんに謝った。
と言っても足はガクガク震えてるし、死ぬのなんて絶対に嫌だ。
どうしょうもないとは思いつつも『誰か助けて』と神様に祈った。
「神様……。あ、あれ?」
飛び掛ってくるだろうと思っていた岩石ウサギだけど、地面に降りるやいなやぷるぷると震えだした。
何事かと思っていたら、突然くるりと僕に背を向けてまさしく脱兎の如くその場から逃げ出してしまった。
これには僕だけじゃなく周りの岩石ウサギ達もポカーンとした顔で走り去って行く後ろ姿を眺める。
そして見えなくなった後、僕ら皆で顔を見合わせた。
うん、残った岩石ウサギ達と一緒になって。
なに今の? 何が起こったの?
今起こった事を頭の中で整理する。
まず、僕がいつも以上に魔力を込めてキャッチを使った。
あとちょっとの所で、岩石ウサギはピョンっとジャンプして避けた。
そしたら、逃げちゃった。
「え? え? も、もしかして、そんなに僕と契約するのが嫌だったって言うの?」
認めたくないけど、これってそう言う事だよね?
なんか凄くショックなんだけど……。
これなら普通に失敗してくれた方が良かったよ。
契約を嫌がって魔物に逃げられるテイマーって何なの?
それってテイマー失格ってレベルじゃないよね。
僕はあまりのショックでその場で膝を付きたくなった。
「けど。………ふ、ふふふふ。いいだろう! お前達が逃げる程嫌ならこっちにも考えが有るぞ」
あまりの事実に半ば自暴自棄となっていた僕にある考えが浮かんだ。
突然黒い笑い声を上げた僕にどうやら周囲の岩石ウサギはビビっているみたい。
『キュッキュ~』と少し不安げな鳴き声を上げていた。
「はーーはっは!! 喰らえ!! キャッチ! キャッチ! お前もキャッチだ!!」
そんなに僕と契約するのが嫌なのなら、逆に掛けてやる!
僕は有りっ丈の魔力を込めてキャッチの魔法を取り囲んでいる岩石ウサギに掛けまくった。
その後の展開は一言で言うと、『無双』だった。
そう僕無双。
一般的な意味からはちょっと違うかもしれないけど……。
飛び交う僕のキャッチの魔法。
現れる光輪の数々。
ピョンと飛び跳ねて必死で避ける岩石ウサギ達。
そしてそれらは漏れなく逃げ出していく。
……ちくしょう。
◇◆◇
「虚しい……戦いだった……」
暫く後、周囲には静けさだけが残った。
あと僕とモコ。
そんな中、ポツリと僕は呟く。
ただ勝利の喜びよりも、戦いの虚しさを嘆く思いだけしか湧いて来なかった。
もう! 一匹ぐらい従魔になってくれてもいいじゃないか。
なんで皆逃げるんだよ!
僕は行き場の無い怒りに身を震わせた。
「いいもん! 僕にはモコが居るんだから!」
諦めた僕は開き直ってそう声を上げた。
モコは今僕の腕の中に居る。
やっと再会出来たんだ。
モコの顔を覗き込むと今の言葉で喜んだのか、黒いまん丸な目をキラキラさせて僕の事を見ていた。
「コボーーー!」
そしてモコは嬉しそうな声を上げて首に手をまわして抱き付いて来る。
モコのふわふわもこもこの毛が気持ち良くも有り、くすぐったくもあった。
だけど僕は、そんな大好きな感触をただ味わいたくて、優しくモコを抱きしめたんだ。
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