第30話 ずるい奴
「おいおい、止めろってなどう言う事だ? 許すってのか?」
突然僕が大声を出した所為で、それまでグロウ達の事を騒いでいた先輩冒険者は一斉に押し黙り僕に注目する。
そして、その中の一人が僕に理由を聞いて来た。
「いや許すも何もないよ。先輩達の気持ちは嬉しいんだけど、それって結局グロウ達の言った通りじゃないか」
「言った通り……?」
僕の言葉で既に何人かが意図を気付いて渋い顔をしているけど、素直にそう聞いて来る人も居る。
そうなんだよ、皆僕の事を思ってグロウ達に制裁紛いの事をしようとしてるけど、それは僕が弱いって事の証明にしかならないんだ。
それに皆がこれだけ怒ってくれているのは、僕がこのギルドの人気者だった叔母さんの甥だからだと思う。
そりゃ、弱い者いじめを見て怒ってくれている人も居るんだろうけど、冒険者なんだから当たり前だよ。
弱い僕が全て悪い。
「全部僕が悪いからだよ。皆の足を引っ張ったからパーティーを追放されたんだ」
そうきっぱり言うと、皆が気まずい顔をして俯いた。
この言葉を否定出来る人は冒険者には居ない。
追放の仕方が悪かったのも、結局教官が冒険者の流儀を教えてくれてなかったからだしね。
「そらそうだが、お前は良いのか? 腹が立ってるんだろ?」
先輩冒険者の一人がそう言った。
この人はサンドさんが叔母さんと仲直りした事をとても悔しがっていた人だ。
叔母さんの事が好きだったのかな?
僕は良いのかって?
腹が立ってるって?
そんなの……。
「全然良くないよ! あの後も会う度に馬鹿にしてくるし。今思い出しても本当に腹が立つ! むぅぅぅぅ!」
思い出しただけで本当にムカムカしてくるよ。
グロウの嘲笑う目。
ルクスの蔑んだ目。
ジャッジの憐れんだ目。
ギルティの怒りの目。
本当に腹が立ってくる。
「ならなんで、止めようとするんだよ? あいつらこのままだと最低の冒険者になっちまうぜ?」
「そう! そこだよ!」
僕が先輩冒険者が言った言葉にその通りだと指摘した。
今度は誰も僕の言葉を理解していないようだ。
先輩冒険者が言った通り、このまま冒険者の流儀をしらないグロウ達は、僕と言う足枷が無くなった事によって活躍するだろう。
そしてランクを駆け上がっていくかもしれない。
そうすると自分達以外を見下す様な奴らになってしまうんじゃないかと思う。
いくつかそう言うパーティーも見て来たけど、そんな奴らは強いだけで威張り散らして周りからは厄介者扱いされていた。
けど、それじゃダメなんだ!
「ど、どう言う事だ? 何が言いたいんだよ」
「最初に言った通り。僕は一から修行し直す為に実家に戻るんだ」
「ん? あぁそう言っていたな。それがどう関係するってんだ?」
僕の言葉に皆が首を捻っている。
そりゃそうだよね。
いきなり話が飛んだみたいになったんだから。
でも違う話をした訳じゃない。
全部繋がっているんだよ。
「僕は自分の力でグロウ達を見返してやりたいんだよ。『あぁ! あの時追放しなかったら良かった』って後悔するぐらいにね。その時グロウ達が最低の冒険者になってると困るんだ。そんな人達に後悔されても気分が悪いよ。立派な冒険者達に後悔させてこそスカッと出来るんじゃないか」
「マーシャル……お前って奴は……」
僕の言葉に先輩達が唸った。
何人かはまるで子供か弟の成長を喜んでいるような顔をしてくれている。
「だからね、グロウ達に冒険者の流儀をキチンと教えて、立派な冒険者に皆で鍛えてあげて欲しいんだ。僕が強くなって帰って来た時に仕返しが出来るようにね」
「おぉぉぉぉ!!」
ギルド中に皆の雄叫びの様な歓声が沸き上がった。
先輩冒険者達が嬉しそうにバンバンと背中を叩いて来る。
頭をぐりぐりと撫でてくれる人も居る。
とっても痛いけどね。
「おぉ分かったぜ! しっかりと鍛えてやるぜ」
「冒険者の流儀の他にも色々と仁義を教えないとな」
「マーシャルも頑張るんだぜ!」
そう口々に話し掛けて来てくれる。
う~ん、ちょっと格好つけすぎちゃったかな?
そりゃ、僕だって人間だ。
先輩達に仕返しをして貰いたいって気が無い訳じゃない。
それこそ、あの日の僕なら絶対お願いしていたと思う。
今僕が言った事だって皆によく思われようとしている気持ちが大きいしね。
僕はずるい奴だ。
創始者の力を受け継いだから……強くなる手段を手に入れたからこんな事が言えるんだ。
それに僕の魔力には色々と謎が有るみたいだしね。
叔母さんが言っていた母さんの『従魔術の枠を超える存在』と言う言葉の真意。
はぁ……僕って本当に現金だよ。
「まぁ、あいつらは腕自体は見所が有る奴らだったからな」
「そうそう、新人の癖に依頼達成率100%だったしね」
「採取の腕も良かった……あぁこれはマーシャルのお陰か」
「うむ、ギルドマスターの俺としても制裁だなんだ言っておきながら、潰すには惜しいなとは思っていた。マーシャルがそう言ってくれるなら、このギルドのエースとして育てさせて貰うぜ」
騒ぎが一段落すると、ぽつりぽつりグロウ達の事を誉める言葉が出て来た。
やっぱりそう思われていたんだ。
そうなんだよね。
実際皆強かったんだ。
僕と言うお荷物が居ながらゴブリンや岩石ウサギ、オークとだって戦ったけど全戦全勝。
僕に採取の腕が無かったら、とっくの昔に追放されていてもおかしくなかったんだ。
「しかし、不思議なんだよな。新人とは思えない戦果だから気になってグロウと模擬戦した事があるんだよ」
口々に誉める言葉の中、一人がそう首を捻りながら呟いた。
その人はBランク目前と言われている長剣を自在に使う凄腕の戦士バルバトフさん。
細身の長身しかも甘いルックスで、その格好良さから町の女性にファンクラブが有るって話を聞いた事がある人だ。
でも、同じパーティーに居る魔法使いのベリンダさんにゾッコンで全く気にしていないんだって。
ちょっと嫉妬しちゃうよね。
そんなバルバトフさんの突然の言葉に皆が注目する。
二人が模擬戦したってのは初耳だけど、不思議な事ってなんだろう?
「あぁ、お前も思ったか? 俺も同じ職種だからジャッジと模擬った事があるぜ」
今の言葉はバルバトフさんとは別のパーティーだけど、素早い短剣使いが評判のシャンザさん。
身長はそれほど高くないけど、僕より一回りは年上なのにとても童顔で同年代にしか見えない少年の様な人。
最初知らずにタメ口聞いちゃったんだよな。
笑て許してくれたけど。
一回短剣の技を見せて貰った事が有るんだけど、あまりの速さに動きが見えなかった。
そんな人達がグロウとジャッジに対して同じ疑問を持っている。
一体なんだろう?
「マーシャル? 戦果報告は間違いないんだよな?」
バルバトフさんがそう聞いて来た。
僕は言葉の意味が分からず首を傾げた。
「戦果報告? ギルドに報告した通りだよ」
「そうか……。言葉が悪いが、マーシャルが居るにしちゃ魔物との戦果が優秀なんだよ」
僕が居るにしちゃ……。
これでも言葉を選んでくれているんだろうな。
さっき僕が思っていた通り、僕と言うお荷物が居ても強いって事だよね。
「あぁ、酒場での武勇伝も奴らのランクにしちゃ出来過ぎだ。ここ辺も盛ってないんだよな?」
「え? うん、皆凄いよ。足手纏いな僕を守りながらバッサバッサと倒していくんだ」
なんで追放した奴らの事を褒めないといけないのかとは思うけど、事実なんだから仕方が無い。
本当に僕は今までよく生き伸びたものだ。
皆の凄さに感心するね、……ハァ。
「おいおいお前達一体どうしたんだよ」
ギルドマスターが、変な事を言っているバルバトフさんとシャンザさんに事情を尋ねた。
他の皆も不思議そうな目で見ている。
「あぁ、模擬戦した結果なんだが。とても戦果に見合う腕じゃないって感じだった」
「俺もそう感じた。かなり手加減した俺の動きですら目が全然付いて行っていなかった。本当にアレでオークにサシで勝てたのかね?」
そう言って二人は腕をクイッと上げて訳が分からないと言うジェスチャーで首を振っている。
「ジャッジもだけどグロウもオークを倒していたよ。特にグロウは二体と同時に戦った事も有るんだ」
「う~む。俄かに信じられないな」
バルバトフさんが僕の説明に眉間に皺を寄せて首を捻った。
そこまで悩む事?
確かに僕はその場面に居たんだから嘘は付いていないし、話も盛っていないんだけどな。
「多分バルバトフさんはシャンザさんが強過ぎるからそう思うだけなんじゃ?」
僕の言葉に苦笑する二人。
多分そうだよ。
それなら納得だ。
「誉めてくれてありがとうよ。まぁそれは否定しないがな」
僕の言葉を誉め言葉と受け取った二人がお礼を言って来た。
それに釣られて周りの皆も笑い出す。
「実戦に実力を発揮するタイプも居るし、あいつらもそうなんだろうよ。まぁ戦い方が不安定なのは頂けないし、そこら辺はこれから鍛えたらいいさ」
ギルドマスターが笑いながらそう言った。
皆が「そうかもな」と相槌を打っている。
「じゃあ僕はグロウ達が帰って来る前に出発するよ。午後の便で実家に向かうんだ」
そろそろお昼も近くなったから僕は皆にそう言って立ち上がった。
聞いた話じゃグロウ達は今日帰って来る日程みたい。
鉢合わせになるのは嫌だしね。
だから今の内に叔母さんちに返って準備しとかなきゃ。
「おお、そうか。よし頑張って来いよ」
「強くなって帰って来るんだぞ!」
「グロウ達は鍛えておくからな」
皆からの贈る言葉にお礼を言って僕はギルドの扉に手を掛ける。
『絶対に強くなって帰って来るんだ』
そんな決意を胸に燃やして僕はギルドの外に出た。
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