第14話 コンビネーション

「ゴクリ……」

「ごきゅり……」


 僕達は息を飲みながら音がした茂みを見詰めながら全神経を集中させた。

 今の音は風じゃないと思う。

 なにか小動物が草木の間を動いたような音。

 それほど大きくは無い感じだけど安心は出来ない。

 ライアが持っていたこん棒は最初に助けた時に落としたままだ。

 そんな丸腰の僕とライアじゃスライムでさえ脅威と言えるからね。

 どうやって逃げ切るか……。


「いや、ちょっと待てよ? もしかして力を試すチャンスなんじゃないか……?」


 そうだよ、僕は昨日までの僕じゃない。

 大いなる封印を解いて力を手に入れたんだ。

 雑魚根性が染みついていた所為か、今までの様にどうやってやり過ごすかなんて事を考えていたよ。

 僕は左手の甲に浮かぶ赤い契約紋を見詰めながらぎゅっと拳を握り締め力を入れる。

 力の使い方は分からないけど、な~に封印されていた力だもん。

 契約の成功率は上がっていると思う……多分。

 それに幸いな事にからっけつだった僕の魔力は十分回復している。

 これなら契約に失敗したとしても魔力マシマシのキャッチで追い払い作戦も使えるはず。


「よ~し、何が出て来ても怖くないぞ」


 僕は早速手に入れた力を試す機会が訪れた事に心が躍った。

 さぁ、何が出て来る?

 こうなったら魔物じゃない小動物ってオチは止めて欲しいな。

 魔石を持っていないと契約できないからね。

 この際スライムでもコボルトでもゴブリンでもいい。

 なんだったらリベンジに岩石ウサギだって構わない。


 そんな事を考えていると、更にガサガサと目の前の茂みが音を立てながら大きく揺れ出した。

 少しだけ元の雑魚根性が顔を出しビクッと身体が震えてしまったけど、大丈夫大丈夫とカラ元気で吹き飛ばす。

 その一瞬の後に茂みから黒い影が飛び出してきた。


「キシャーーーー!!」


「う、うわっ! っと、ビ、ビビるな僕!」


 さすがにすぐにはビビり癖は治らないらしい。

 僕は思わず目を瞑って悲鳴を上げ掛けた。

 しかし、すぐに勇気を振り絞って奇声を上げて飛び出してきた正体を見極める為に目を開ける。

 すると、そこに居たのは神の采配か、小動物などではなくリベンジ相手の岩石ウサギだった。

 その数は一匹。

 僕とライアに向けて威嚇の声を上げてはいるが、さっきみたいに狩ってやると言う余裕は感じない。

 僕は雑魚だから、今までの経験上そう言う魔物達からの弱い僕に対する優越感みたいな感情が分かっちゃうんだよね。

 どうやら向こうも僕と遭遇した事に驚いて焦っているみたいだ。

 他に岩石ウサギの気配は感じないから、縄張りに入って来た者への制裁と言う訳ではなくただ単にエサを探して単独行動していたらばったり出会ったって事かな。

 とは言え、この威嚇の声を耳にした他の奴らがやって来ないとも限らない。

 そう思った僕は左手を岩石ウサギに向けて突き出した。


「岩石ウサギめ! 今度こそ従魔契約して貰うからな! キャッチ!」


 契約の呪文と共に岩石ウサギの周囲に光輪が浮かび上がる。

 突然の光に岩石ウサギは怯んだようで、辺りをキョロキョロと不安そう見回していた。

 この様子だと、契約の呪文を掛けられたのは初めてのようだ。

 どうやら僕を追い掛けていた奴らとは違う個体みたい。

 良かった~、契約の呪文に慣れている魔物は契約完了前に術者を殺そうと襲い掛かってくる奴もいるからね。

 術者が死ねば契約自体が無効になって解放されるのを、一度でも掛けられた魔物達は理解するのかもしれないな。

 しかし、そんな事より僕は浮かび上がった光輪を見て少し拍子抜けした気分になった。


「あ、あれ? 特に見た目は変わってないや。ちぇ~つまんないの~」


 いつも通りの光輪にがっかりした僕は、思わず愚痴を零す。

 もっとビカーーって眩しく輝いたり、契約紋みたいに赤かったり、そんな派手な変化を期待していたよ。

 けど、本当にいつも通りの淡く光る白い光の輪だ。

 まぁこれに関しては誰が唱えたって見た目は同じだから仕方ないか。

 百発百中の契約率を誇る天才の母さんだって、光輪自体はこんな感じだしね。


「そうだ。肝心なのは成功率、成功率! 見た目が一緒でも結果は違うはずさ」


 僕はライアに続く二番目の従魔の誕生に確信を持っている。

 だって封印されていた力を手に入れたんだ。

 僕の目の前で光輪は岩石ウサギの魔石目掛けて狭まっていく。


「あと少し! よしっ! 触れても掻き消えない。あとは魔石に働きかけて……え?」


 僕は目の前で起こった事に目を疑った。

 顎も落ちたと言っても良いかもしれない。

 あんぐりと口を開けてしまっている。

 そんな僕の変顔を見たライアは面白そうに僕の頬をぺチぺチと手を当てて来た。

 元の姿の名残と言える肉球が気持ちいい……。


「……じゃないよっ! なんで? なんで?」


 僕は契約の呪文の結果が信じられなくて少し現実逃避してしまった。

 その信じられない結果……、それは光輪は岩石ウサギの体内に入り込み魔石に契約紋を刻み込む……事も無く効果が消えてしまったんだ。

 つまり今まで何も変らない。

 今回も僕の呪文は岩石ウサギの魔石に対して毛程の影響も与える事が出来なかったと言う事だ。


「なんで? 僕は力を手に入れたんじゃないの? この赤く光る契約紋は派手なだけで役に立たないの? モコがライアになったのは何だったの?」


 僕はもう一度左手を突き出して契約の呪文を唱えた。

 しかし、二度目の呪文は警戒した岩石ウサギが素早く横に避けてしまい発動まで至らなかった。

 発動してしまえば自動追尾なのに! くそっ!

 焦っても良い事が無いのは分かっているけど、こんな状況で落ち着いてられないよ!

 だけど岩石ウサギは今ので学習してしまったようだ。

 契約の呪文に警戒しつつ、いつでも飛び掛かれるように足に力を溜めている……と、そんな感じに下から値踏みあげる様に僕を睨み付けてきた。


「封印を解いたのに! ライア……モコを変身させたのに……」

「パパぁ……」


 僕は契約の呪文が失敗した事がいまだ信じられず、頭の中で『なぜ?』がぐるぐる回り止らない。

 そんな焦った顔の僕を見てライアが心配そうに声を掛けて来る。

 そうだ、ライア自身が封印された力を手に入れた証拠なんだ。

 だって左手の甲は赤く輝いているし、呪文は忘れちゃったけど現にコボルトだったモコを今のライアの姿に変える事が出来たんだから。

 くそっ! ならなんで僕の契約の呪文が効かなかったんだ?

 このままじゃヤバいってのに、なんでライアの時の様に変化の呪文が頭に浮かんで来ないんだよ。

 こんなんじゃ封印された力なんて全然役立たずじゃないか!


 ん? ちょっと待って?

 呪文を……忘れちゃった? ……浮かんで来ない?

 そんな……そんな事って……。


「も……もしかして、封印されてた力って……一回こっきりの……使い捨て?」


 ふと頭を過った可能性。

 考えたくないことだけど、これなら変化させた呪文が浮かんで消えた事の辻褄が合う。

 あまりの落胆に一瞬膝から崩れ落ちそうになったけど、何とか持ちこたえた。


 力が無いのは雑魚な僕にとって慣れっこじゃないか。

 赤く光ったままの左手の甲は今考えても仕方が無い。

 どっちにしろ使い方の分からない力は無いのと一緒だよ。

 それに僕には封印された力が無くても奥の手が有る。


 魔力マシマシの契約の呪文キャッチだ!


 これを唱えたら魔物達が逃げ出すのは前回の遭遇で実証済み。

 と言ってもこれが僕だけの効果なのかは分からない。

 だって僕が契約の呪文に魔力を込めるなんて事はあの時が初めてだからね。

 咄嗟の思い付きでやってみただけで母さんから教わった訳じゃない。

 ただ契約の呪文を唱えたら魔物が逃げ出す効果が有るなんて聞いた事が無いから僕だけかもしれないけど。

 ……そんなに僕と契約するのが嫌なのかなぁ?


「と言っても、魔力込める分だけ普通のキャッチより時間が掛かるんだよね……。前回は逃げていく仲間達に他の岩石ウサギ達がパニックになったから唱え放題だったけど……。今度は一匹。何とか隙を作らないと……」


 現在目の前に居るのは僕の魔法を警戒して避ける気満々の岩石ウサギ一匹だけ。

 下手したら唱え様としただけで突進してくるかもしれない。

 そうなったら僕の方が隙だらけだ。


「パパ。あたちにまかちぇて」


「え? それはどう言う……」


 隙を作る方法を考えているとライアが僕だけに聞こえる小さい声でそう話し掛けて来る。

 僕はその真意を聞こうとしたけど、それを答える前にライアは僕の腕から地面に飛び降りた。


「モ……ライア!」


「や~い! うちゃぎちゃ~ん。こっちだよ~」


 突然の事に声を掛けたが、地面に降りたライアは僕から離れたかと思うと、その場で両手を上げて飛び跳ねながら岩石ウサギに向かって叫びだした。

 これには岩石ウサギも驚いたようで、僕とライアの間をきょろきょろと交互に見て集中力を欠いているようだ。


「こ、これって……!」


 僕は思わず声を上げた。

 これは二人で特訓したコンビネーションじゃないか。

 僕とモコライア、弱い一人と一匹がモンスターに勝つには、どちらかが敵を挑発して隙を作り、もう一方がそれを利用して攻撃する。

 例えその一撃で倒せなくても、更なる隙をついて最後は二人でタコ殴りするって作戦だ。

 だけど初披露時にライアが転んでしまい、僕がそれを助けようとした為に仲間達をピンチに陥れ、そして僕達がパーティーを追放された原因でもある……。


 しかし、今回は大成功だ!

 次第に岩石ウサギの注意がライアだけに向かっている。

 小さいライアの挑発が許せないみたい。


 僕は岩石ウサギに気付かれない様に左手の契約紋に有りっ丈の魔力を込めた。

 ライアがちらと横目で僕の方を見てアイコンタクトで『今だ!』と合図を送ってくる。

 僕もアイコンタクトで頷いた。

 二人目と目で語る息ピッタリのコンビネーションが取れた事に僕は心が躍る。

 僕達は勝利を確信し、左手を岩石ウサギに向けて突き出す。

 そして契約の呪文を唱え……。


 ドガッ! 「ギャウッ!」


 え?


 呪文を唱えようとした瞬間、視界の隅からキラリと光る細長い何かが猛スピードで岩石ウサギに向かって飛んで来て岩石ウサギを貫いた。

 そして、その何かに貫かれた岩石ウサギはピクピクと小刻みに震えて、やがて動かなくなった。


 え? は? え?


 突然の出来事に理解が追いつかない。

 改めて見ると岩石ウサギを貫いたのは弓矢のようだ。

 誰が射ったのかは分からないけど、もしかして僕達助かった?


 ……と言う気持ちよりも。


「何で邪魔するの~!」

「なんでじゃますゆの~!」


 僕達は思わずハモッて弓矢が飛んできた方に向かって文句を言った。

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