第13話 偽装
「しかし、モコが人間になるとこんなに可愛いとは思わなかったよ」
改めて僕は目の前に居る人間の姿になったモコをマジマジと見た。
元の姿の時の名残なのか腰まで伸びた茶色い毛はくるんくるんなくせっ毛で、撫で心地自体はあまり変わっていない。
元は丸く黒目しかなかった目だけど、今はちゃんと白目が有って瞳の部分がとても綺麗な黒水晶のようにキラキラと日の光を受けて輝いていた。
小さいけど形のいい鼻に元気いっぱいに笑っている形の良い唇。
どこの美少女……って言うには幼いか。
……幼女……うん、どこの美幼女だって話だ。
僕の妹に匹敵するよ。
……昔のね。
しかし……この姿ってどこかで見たような?
この茶色いクセっ毛にまんまるお耳、黒水晶のような瞳……って、まさに夢で出てきた……。
「えへっ、えへっ。あたち、かあいい?」
僕がさっき見た夢を思い出そうとしていると、可愛いと言った事に気を良くしたモコがとてもうれしそうにふわふわもこもこのままの両手を頬に当ててぴょんぴょんと飛び跳ねだした。
この仕草は嬉しい時のモコの仕草。
こんな所は人間の姿になっても変わらないな。
「うん、可愛いよ」
「うれし~」
僕がもう一度『可愛い』と言うとモコは顔を真っ赤にして照れた。
そう、とっても可愛い。
街を歩いたら誰もが目を引いてしまうくらいに可愛い。
けど、そうなると……。
「う~ん、困った……」
僕は可愛いモコを前に腕を組んで首を捻った。
パッと見、人間の女の子にしか見えなくなってしまったモコ。
モコがこの姿になったのは間違いなく封印されていた従魔術の呪文によるものだろう。
突然脳裏に浮かんだ魔法陣と呪文。
それを僕が心の中でなぞってからモコが苦しみ出して、そしてこの姿になったんだ。
言うなれば魔物を人間化する魔法……と言ったところなんだろうか?
とびっきりの美幼女になったのがこの術の影響なのか、モコが持っていたポテンシャルなのかは分からないけど。
そんな魔法、今伝わっている従魔術の呪文に存在しているなんて話は聞いた事が無い。
古の従魔使いの再来と呼ばれている母さんでさえ、こんな術を使ったのを見た事が無いし、従魔術の講義の際も一言も触れた事は無かった。
まぁ僕が雑魚過ぎて話す段階に至っていなかったとかなら別だけど……。
少なくとも一般的には広まっていない呪文で有る事は確かだと思う。
広まっていたとしたら、こんなすごい術もっと皆が使っている筈だもん。
と言う事は、もし今のモコを街の人が見たらびっくりするなんてもんじゃないよ。
恐らくその話を聞きつけて様々な魔術研究機関や教会の連中がモコを調べにやってくるだろう。
そうなると、権力者達によって封印された力を僕が解いたって事がバレちゃうんじゃないか?
ヤバい……、ヤバい、ヤバい、ヤバい!!
後先考えず勢いに任せて封印を解いちゃったけど、よく考えたら権力者がその強大な力に恐れて封印したって言う呪文だよ?
それを解いたとなると、僕ってば権力者に捕まっちゃうんじゃん!!
そうしたらモコは連れ去られて研究の為に解剖とかされちゃうかもしれないし、何より権力者に歯向かったって言う罪で最悪僕と一緒に処刑されちゃうかも……。
どどどど、どうしよう……。
何とか誤魔化さないと。
案1:モコを元の姿に戻す?
どうやって? そもそも突然頭の中に浮かんだ呪文だし、その呪文も忘れてしまった。
モコの頭を撫でながら元に戻す呪文が浮かんで来ないか念じたけど、全く浮かんで来なかった。
「ダメだな~。じゃあ次の案」
案2:赤く輝いている契約紋の所為で黒く戻ればモコも元に戻る?
元の黒い契約紋に戻そうとしてみたけど、これもやっぱりやり方が分からない。
深呼吸して心を穏やかにしても、黒く戻れと契約紋に命令しても相変わらず赤く輝いているままだ。
「うぅ……封印解いたのは良いけど使い方が分からない……どうしよう?」
使い方も一緒に教えてくれるもんだと思ってたよ、とほほ……。
僕は改めて使い方が分からない力と、街を歩くだけで確実に目立っちゃう左手に赤く光る契約紋に少しばかり途方に暮れてしまった。
そう言えば母さんに、『呪文だけ覚えてもダメよ。力を正しく使うにはまずは使い方を勉強しないとね』って教えられてたっけ。
今まさにその言葉が胸に沁みるよ。
……この力の使い方を教えてくれる人が居るのか知らないけどね。
「パパ? どちたの?」
急にあれこれと悩みだした僕に、またもや不安そうな顔をしてモコが見上げて来た。
あ~ダメダメ。
モコを悲しませたらダメってさっき誓ったばかりじゃないか。
とは言え、このままじゃまずいのは確かだし……。
何とかみんなにバレない様にするには……。
「あっ! そうか。そうだよ。バレなきゃいいんじゃないか」
「ばれりゅ?」
モコは言葉の意味が分からないようでポカーンとした顔で首を傾げている。
こんなに可愛いモコを誰の手にも渡してなるものか!
僕は頭に浮かんだ案を無理が無く形にするために考えた。
抜けが有ったらまずいし。
まず、コボルトであるモコが女の子に変わったのと言う事が皆にバレるのはマズいと言う事。
なら、逆を言えばこの姿のモコをモコじゃないって事にしたらいいんじゃないか?
そう、女の子になったモコは別の魔物って事にしたらいいんだよ。
コボルトから人間に変わるってのは普通は有り得ないけど、最初から人型をしている魔物はこの世に多く存在している。
コボルトやゴブリンなんかは二足歩行ってだけで人間と似てないが、他の獣人種の中には外見が人間そっくりな姿の種族も居るって話だ。
変身と言えば魔人と呼ばれる上位の魔物達はそう言った特殊能力を持っている奴もいるらしいけど、さすがに魔人と契約なんてのは、それこそ封印されたとされる古の従魔術じゃないと無理だよ。
もしかしたらその封印を解いた今の僕なら使えるかもしれないけど、モコが魔人だったなんて言うと、封印を解いたのを自分からバラしちゃうようなものだから駄目だよね。
と言う事で、モコの事を僕が新たな従魔として契約した獣人って偽装すれば良いんだ。
……モコみたいな獣人が居るか知らないけど。
う~ん、叔母さんなら似た獣人を挙げてくれるだろうけど、なんだか『これは新種だ!』とか言って研究室に連れてってしまう可能性も捨てきれないんだよな。
そうならない様に気を付けないと。
「モコ、あのね」
「なーに? パーパぁ」
「モコはずっと僕と一緒に居たい?」
「うん!! あたちずっとパパといゆ~」
僕がモコに一緒にいたいかと尋ねると、モコは嬉しそうにそう言って抱き付いてきた。
僕はその愛くるしいモコの仕草に優しく頭を撫でる。
本当にちっちゃい頃の妹そっくりだ。
そしてこの年頃の子って難しい話をしても理解してくれないんだよね。
大抵泣き出すか癇癪を起しちゃう。
いきなりモコの名前を変えようって言っても伝わらないだろうな。
となれば……。
「モコ、出世魚って知ってる?」
「しゅっしぇうよ?」
「うん、成長して姿が変わる度に名前にランクアップしていく魚の事なんだ」
「ら、らんく……あっぷ?」
あぁ、ランクアップは通じないか。
もっと簡単で興味を抱く言葉は……。
「え~と、どんどん格好良くなっていくって事だよ」
「かっくいく? おぉ~なんかしゅごい~」
おっ食い付いてくれた。
興味津々って顔してる。
「そう凄いんだよ。モコも興味有る?」
「うん!」
ワクワクした目で元気良く頷くモコになんだか心が癒される。
本当にモコは純真だなぁ。
「そう言えば、モコも成長して姿が変わったよね」
「うん……? あっ!」
僕が何を言おうとしているのか察したようだ。
目をとてもキラキラさせて僕を見ている。
よしよし、どうやら作戦は無事成功しそうだよ。
「モコも格好良く名前を変えてみる?」
「うん! あたちもかっこよくなゆ~!」
モコは満面の笑みで両手を上げて飛び跳ねている。
ちょっとばかし騙している事に心が痛むけどね。
「よし、じゃあカッコ可愛いモコに新しい名前を付けようか」
モコはどんな名前を付けてくれるのかって目をキラキラさせて僕を見上げていた。
さて、そうは言ったけど、付けるとしたらどんな名前が良いんだろう?
出来るだけモコって響きからは離れないといけないよな。
それでいてモコも気に入るような名前。
う~ん、何がいいかな~?
僕はモコの顔を見ながらどんな名前にしようか考える。
少しクセッ毛の茶色い毛にまんまるお耳。
そして、黒水晶の瞳……。
ふと、一瞬脳裏を掠めた姿が目の前のモコと重なる。
それは先程見た夢の事。
目が覚めてからまるで水が手から零れ落ちるように夢の細部の輪郭がおぼろげになって来ているけど、その姿と名前は僕の頭に強く残っていた。
「ねぇ、モコ? ライアって名前はどうかな?」
そう、夢で出てきたとても綺麗な獣人のお姉さん。
確か彼女はライアと呼ばれていた。
あの夢が正夢になりますようにって願いを込めて。
「やいや?」
ライアって発音が難しかったのか、モコが少しばかり首を捻っている。
それともあまり気に入らないのかな?
「ラ·イ·ア、だよ。う~ん、モコはこの名前は嫌?」
「やいや……やいや……やいあ。ら……いあ?」
モコは難しい顔をして何回もライアと呟いていた。
最初はたどたどしい感じだったけど、だんだんと上手くなっていってるようだ。
う〜ん、嫌って訳じゃないのかな?
「らい……あ、ライ……ア。っ!! ライア!! ライア! ライア〜!」
とうとうライアと発言出来るようになったモコ。
両手を上げながら何度も嬉しそうにライアと声を出して走り回っている。
どうやらライアって名前を気に入ったみたい。
「気に入った?」
「うんっ! あたちはライア〜!」
ふぅ〜なんとか改名に成功した。
モコが幼くて良かったよ。
いや、もう少し大きかったらちゃんと説明出来ていたんだろうけどね。
「よし、じゃあライア。家に帰ろうか」
「うん。おうちかえゆ~」
名前が変わった事に喜んでいたモコ……ライアが僕に抱き付いてきた。
僕もそんなライアを優しく抱き締める。
一緒に家に帰ろう。
なんだか今日は色々有った所為か、とっても家が懐かしく感じるよ~。
お腹も空いたし早く帰って叔母さんのご飯を食べたいな。
「……って、あれ? そう言えばここ何処? それにあれ?」
帰ろうと思って立ち上がろうとした時にはたと気付いた。
確か意識が途切れるまで僕達って封印の間にいたはず。
何でこんな所で寝てたんだ?
「ここは森の中……だよね?」
辺りを見回すと確かに森の中。
それも少し開けた所。
上を見ると青空が見える。
雨はもう止んだのか……ん?
「あれれ……? おかしいな。確か雨が降り出したのって夕方近かったんじゃなかったっけ? 今の季節幾ら日が高いからって言っても明る過ぎる」
どれだけ寝てたか分からない。
しかし雨はすっかり止んでおり、所々乾いた地面も見えている。
あれだけ嵐のような雨だったんだ。
こんなに早く地面は乾かないだろう。
それに僕の服も泥まみれで濡れているのは地面に接していた箇所のみだ。
それ以外は濡れてもいない。
訳が分からなくなった僕は、自分が置かれている状況を確認する為に、ライアを抱っこしながら立ち上がった。
良かった、既に身体のだるさは消えているみたいだ。
しかし、ここはどこだ……?
それに、今何時なんだ?
ガサッ、ガササッ。
「ッ!」
立ち上がりもう一度辺りを見回そうとしたその時、突然前方の森の茂みから何かが動きまわる音が聞こえて来た。
僕とライアは慌てて身構える。
「な、なんだ?」
「う~」
僕らは息を飲んで音の主に警戒した。
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