第12話 可愛い娘

「モ、モコ……?」


 そ、そんな、そんなまさか……。

 僕は目の前の事実が信じられず頭の中がぐるぐる回る。

 今僕に抱き付いてきている女の子がモコだって?

 僕は身体の怠さなんて吹き飛んで思わずモコを抱き締めたまま起き上がる。

 それで気付いたけど今の今まで身体を蝕んでいた正体不明の倦怠感はどうやら治まってたようだ。

 それはモコも同じなのか、抱き付いて来るまでは辛そうに肩で息をしていたのに、もうそんな様子も無く気持ちよさそうに僕の胸に顔を埋めていた。


 それは安心したけど、それよりも。

 そ、そんな、嘘だろ……?

 けど……今はっきりと自分の事をモコだと言ったし、この茶色い毛にまんまるお耳、それにあの黒水晶のような瞳。

 ううん、それだけじゃない。

 この子から流れてくる感情が契約紋を通してはっきりと分かる。

 と言うことは、やっぱりこの子は僕の従魔であるモコ……なのか?

 

「そ、そんな……こんな事……。モ、モコって……」


 そうモコって……。

 モコって……。


「女の子だったのかぁぁぁーーーーーー?!」


 しょ、衝撃の事実。

 一緒に住みだして早半年、今まで知らなかった……。

 と言うか、そんなこと考えた事も無かった……。

 うちは妹がアレな所為で、ずっと僕は弟が欲しかったから何となくモコの事を小さい弟だと思って接してた。

 だって、コボルトって鳥みたいに卵生で外性器も無いし、大人になっても雌雄の性別差が出ない魔物みたいで学者でもなかなか見分けが付き難いって叔母さんが言ってたもん。

 特に幼生の内は全く分からないって……。


 ポカポカ!


「イタ、イタタ。モ、モコ、痛いって」


 急に抱き付いてるモコがポカポカと僕を叩いて来た。


「パパ! しちゅれいでちゅ! モコはりっぱなレディでちゅ!」


 どうやら僕が女の子と言う事に驚いた事に怒っているようだ。

 感情も怒りMAXと言う感じ。


「ご、ごめん。と言うかレディって言葉どこで覚えたの?」


「ティナおねえちゃんにおちえてもらったの~」


「え? 叔母さん知っていたの? 前は分からないって言ってたのに。気付いていたなら言ってくれたらよかったのに」


 そっか、叔母さんは魔物学者だから毎日暮らしている内に気付いたんだな……って違う!!


「そうじゃない! それよりモコ! その姿どうしたの?」


 そうだよ、あまりの混乱に少し現実逃避してしまっていた。

 問題はなんでモコが人間の姿になってるかって事だ。 


「ちゅがた? モコはいつもとおなじだよ」


 モコは自分の手を見て首を捻っている。

 それで気付いたけど、モコの姿は耳以外人間になったんだと思ったら少し違った。

 肘から先は元の姿のようにふわふわもこもこの毛で覆われている。

 どうやらモコは自分の姿が変わったと言う事に気付いていないみたい。


「あ、あれ? あれれ?」


 しかし、どうやらモコは気付いたようだ。

 手以外の自分の身体に体毛が無い事に。

 慌ててぺたぺたと自分の身体を触っている。

 そして顔をくしゃくしゃにして目に涙をいっぱい溜めだした。


「うわ~ん。モコのけがぬけちゃった~」


 どうやらモコは自分の毛が抜け落ちて禿げてしまったと思ったみたいだ。

 勘違いしたモコは大声で泣き出してしまった。


「モコ落ち着いて。毛が抜けたんじゃないから。ほら、この水たまりを見て確認して」


 僕はそばにあった水たまりを指さした。

 水鏡で自分の姿を確認したら自分の身に何が起こったか分かるだろう。


「くすんくすん。どうゆぅこと?」


 泣きやみはしたが、意味が分からずに首を傾げているモコ。

 僕はモコを抱っこして水たまりまで連れて行った。

 そして、水鏡で今の自分の姿を見せてやった。


「ほら、これが今のモコの姿だよ」


「? ? パパ! みじゅのなかにだれかいりゅ!!」


 あぁ、そうか。

 モコは水に姿が映るってこと知らないのか。

 教えてなかったもんな。


「違う違う。それはモコだよ。ほら横に僕の顔が有るだろ。鏡は知ってるよね? それと同じでモコが映ってるんだ」


「ほんとら、パパがうちゅってう。かがみといっしょ~……え?」


 水鏡を理解したまでは良かったけど、その先は理解が出来なかったようだ。

 どうやらモコの知能指数は人間で言う所の二歳~三歳くらいって感じかな。

 妹もこれくらいの時は『おにいたん、おにいたん』と僕の後ろを付いて来たっけ、なつかしいなぁ~。

 今じゃ後ろを付いてくるどころか……。

 って、ダメダメまた少し現実逃避してしまっていた。

 要するにモコは自分の変化に思考が追い付いていないみたいだ。

 僕も全然追い付いていないんだけどね。


「モコ? もう身体は熱くない? 他に何か変なところはある」


「からだ? ほんとらもうあちゅくない……。は、は、はくちゅん。ちゃ、ちゃむい」


 順を追って説明しようと思い、まず身体の具合を尋ねたんだけど、どうやら体毛が抜けてしまった事で体温維持が出来ていないのか震えだしてしまった。

 仕方ないか。

 今まで毛皮を着ていたようなもんだし、それが今はこの姿になったせいで裸んぼなんだもん。

 季節はもうすぐ夏とは言え、森の中だし少し肌寒い。


 僕は急いでモコを下ろし、自分の上着を脱いでモコに着せてやった。

 泥の上で寝ていた所為で背中が濡れてるけどこの際贅沢は言っていられない。

 一応手拭いで濡れている所を拭いてやった。

 勿論モコが嘔吐して口を拭いてやったところは避けてね。

 まだ少し寒そうだけど、お陰で何とか落ち着いたようだ。

 上着を着せる時に分かったけど、腕だけじゃなく足も膝から下は体毛で覆われていた。

 それとぽわぽわっとした丸い尻尾もそのままだった。

 それ以外は全く人間と同じみたい。

 少なくとも妹をお風呂に入れていた僕の知る限り同じだったと言う事だけど。

 ……妹が特殊だったと言う事なら分からないな。


「モコ落ち着いた?」


「うん。パパなんであたちはパパみたいになってゆの?」


 モコの舌っ足らずな喋り方も当時の妹を思い起させる。

 はぁ~あの頃の妹は本当に可愛かったんだけどな~。


「う~ん、『封印の間』……あぁ、モコは聞いてなかったか」


「それパパがいってゆのをきいちゃよ……あっ」


 そう言えば僕はあの時大声で色々言ってたっけ。

 モコもそれに驚いていたし……と、モコの回答で思い返していたら、モコが何かに気付いたようで変な声を上げた。


「モコ? どうしたの?」


「パパ! あたちのいってうことわかゆの?」


 あっ! そう言えば普通に喋ってるじゃないか。

 人間になったから喋れて当たり前とか思って気にしてなかった。

 モコの指摘で気付いたよ。


「本当だ! モコと普通にお喋り出来てる!!」


 今までも流れて来る感情や身振り手振りで会話は出来ていたけど、こうやって普通に喋れる日が来るなんて。

 僕はモコと喋ることが出来た事が嬉しくて思わずモコを抱き締めた。

 モコを嬉しいようで、ぎゅっと抱きしめ返してくる。


「パ~パ、パ~パ! おっしゃべりでっきゆ~」


 モコは嬉しそうに話せることになった事を何度も口にして喜んでいた。

 しかし念話より先にコボルトと会話出来るようになるなんて思わなかったよ。

 試しに念でモコに話しかけたけど、モコは気付いていないみたい。

 どうもまだ念話は出来ないのは変わってないようだ。


 ……けど、改めて考えると一つ驚いた事が有る。


「モコってずっと僕の事をパパって呼んでたの?」


 そう、さっきから僕の事を『パパ』と呼んでいる。

 もしかして元から『パパ』って呼んでいたのか?


「? そだよ? パパはパパだもん。パパいや?」


「ううん、嫌じゃないよ。これからもパパでいいよ」


 そっか、暗い隠し穴に入れられまま一人で過ごし、目を開けたら両親じゃなく僕の顔が有ったんだ。

 小さなモコが僕の事をお父さんと思ってもおかしくない。

 隠した場所が悪かったとは思うけど、両親からモコを攫ったとも言える状況に少しだけ罪悪感が浮かぶと共にモコの事がとても愛しくなって抱き締める手に力を入れた。


「はははモコ。その姿になったのも会話出来るようになったのも、あの封印の間の所為……いやお陰だと思う」


「ふういんのまのおかげ?」


 モコは顔を少し離して見上げながら僕の言葉を復唱する。

 僕はそれに頷いた。

 一瞬封印の間の出来事も夢かと思ったけど、モコも封印の間の記憶が有るみたいだしあれは現実の事だったんだろう。

 何より左手の甲の赤い契約紋がその証拠だ。

 僕は時の権力者が恐れた力の封印を解いて、そして僕は力を手に入れた。

 モコに異変が起こる前に僕の頭に浮かんだ魔法陣と呪文。

 あれがモコの姿を変えたんだろう。

 なんで人間みたいな姿なのかは分からないけど。


 確かその呪文は……あれ?

 呪文を言ったという記憶は有るんだけどその呪文が思い出せない!

 な、なんで……?


「パパ? どちたの?」


 僕が必死で呪文を思い出そうとしているとモコが不安そうな顔で見て来た。

 ダメだな、今日はモコを不安にさせてばかりだ。

 僕がしっかりしないと。


 そう思ったらなんだか今まで以上にモコの事を守ってやろうと思う気持ちが湧き上がって来た。

 この気持ちは妹の時の『お兄ちゃんとして』と言うのとも違うな。

 あぁ、そうか、これが父性って奴なのか。

 モコが僕の事を『パパ』と呼ぶものだから僕もモコの事を娘って思っちゃったのかもしれないな。

 まぁ、結婚どころか女の子と付き合った事さえ無いんだけどね。


「ううん、なんでもないよ」


 僕は不安げなモコを安心させるためににっこりとほほ笑んだ。


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