第41話 デート
「あれっ! もしかして、キミはマーシャル君じゃない?」
ここは山脈の峠を越えた先にある名も知らない宿場街。
町の中心にあるバーザーへと向かう最中、突然後ろからそう声を掛けられた。
誰だろう?
何処か聞き覚えのあるその声に僕は振り返った。
◇◆◇
ロックベアの襲撃後、二度ほど魔物の襲撃を見事撃退した僕達一行は、その思わぬ時間ロスの為に、今日一日はこの宿場街で疲れを癒そうと言う事になったんだ。
……僕達一行とか言っちゃったけど、僕自体は何もして無いんだけどね。
定期馬車なのにこんなにゆっくり進行でいいの? と思うんだけど、これまたメイノースとガイウース間の定期便では普通の事なんだって。
この定期便は四台体制らしく、丁度その内の一台が僕達と入れ替わりの形でメイノースへと出発するところだった。
その馬車の護衛の人達も皆強そうだったし、本当に僕んちと叔母さんち間の道程はそれだけ危険が一杯って事みたい。
僕は今まで母さんのバイコーン馬車で楽々と行き来してもんだから全然知らなかった。
改めて母さんの天才ッぷりを思い知ったよ。
こうして、この宿場街で一日のんびりする事になった僕は一人町を散策しようと大通りを歩いていたんだ。
あぁ、ライアは宿屋で寝ているよ。
乗り物酔いが酷くて、介抱してたらそのまま寝ちゃったから置いてきた。
一人ライアを置いて行くのは心配だったんだけど、『あたしはライアちゃんと一緒に寝てるから、マーシャルは遊んでおいで』ってレイミーさんが言ってくれたから安心だよ。
なんでもライアが故郷に残してきた妹の小さい頃に似てるんだって。
だから休憩中とか色々と気を掛けてくれてるみたい。
一日のんびりって事で僕は楽な格好に着替えて町に繰り出したってワケ。
『覇者の手套』も今はただの穴あきグローブに替えている。
何故かと言うと、あれは一見白い皮製の手袋だけど、ここは色々な旅人が集う宿場町。
ホフキンスさんみたいにあのアーティファクトの事を知っていたり、魔力だけで凄いマジックアイテムだと気付く人もいるかもしれない。
そうしたらそれを奪おうとする奴等に僕殺されちゃうかもしれないからね。
だから置いてきたんだ。
宝物を持って知らない町を歩く勇気はまだ無いよ。
と、そんなこんなで僕だけで何か掘り出し物は無いのかとバーザーに向かう途中だったんだ。
そんな時に声を掛けられた。
この声は女の子……なのかな?
「え……っと、君は?」
振り返った先に居たのは、僕より少し上……レイミーさんと同年代かそれよりちょっと上って感じかな?
黒髪に青い瞳、それに白いワンピース。
顔はとても整っていて、少しドキリとした。
誰だろう? 声は聞いた事が有る様な気がしたけど、知り合いにこんな綺麗な子って居たかなぁ?
けど、何処かで見た記憶がある気もする。
「あらーー? 忘れちゃったの? あたしよ、あ・た・し。サイスよ」
やけにいい笑顔でハキハキと喋ってくるんだけど本当に誰なのこの子?
サイス……? サイス……居たっけ、そんな知り合い?
……いや、でもなんだか何処かで聞いた名前な気がする……?
え~と何処だっけ? なんか……もやもやっと霧に包まれたような記憶の奥って感じなんだけど……。
う~ん……声も名前も聞いた事があるんだし、顔も見覚えが有るんならやっぱり知り合い……って事なのかな?
何より彼女は僕の名前を知ってる。
なんだかとっても違和感が有るんだけど、こんな親しげに話してくる人に『誰?』なんて聞いちゃうと傷付けちゃうだろうし、僕は話を合わせる事にした。
その内思い出すかもしれないしね。
そんな感じで、少しばかり気になる事は有るんだけど、僕は笑顔で返す事にした。
「やぁ久し振り~。何年振りかなぁ~? 雰囲気が変ったから一瞬分からなかったよ」
取りあえず当たり障りの無い感じ返しておこう。
彼女は僕の事を知っているみたいだし、こうやって聞いたらいつ頃からの知り合いなのか彼女の方から喋ってくれるんじゃないだろうかってのを期待してね。
「え? ……え~と、あははは。何年振りだろうね? ち、小さい頃ここでよく遊んだじゃない。それくらい振りかな?」
だけど、彼女はいい笑顔のまま少しキョドってそう言った。
なんだか態度が怪しいけど、彼女が言うには小さい頃僕とここで遊んだ事が有るらしい。
小さい頃にここで?
僕は辺りを見回しながら、記憶を探ってみた。
……記憶に無いなぁ~。
と言うか、そもそも僕はこの町……。
「もうっ、そんな事はいいじゃない。ほら、久し振りに一緒に町を歩きましょ」
「えっ? ちょっちょっと……」
そう言って彼女は強引に僕の手を握り、引っ張る様に町の中心に向けて歩き出した。
初めて異性と手を繋いで歩くと言う体験に、僕は心臓がトクンと跳ねる。
それと思ったよりも冷たいその手にビックリした。
異性と言っても母さんや妹、それに叔母さんみたいな身内はノーカンだし、唯一同年代の知り合いのルクスは僕の事何とも思ってないみたいだし、勿論手なんか握って貰った事なんて無かったよ。
あぁライアとは良く繋いでるかな、ハハハ。
ソレもカウント除外だよね。
そして、その手の冷たさにちょっと思うところが有るんだけど、今は女の子に手を握られたって言うドキドキの方が勝ってしまって、彼女の後ろを大人しく歩く事にした。
◇◆◇
「ふーん、ここには色々な物があるのねぇー。それに人もいっぱいだわ」
サイスと名乗った女の人は町の中心にあるバザーに着くと、僕の手を握ったままキョロキョロと辺りを見回している。
そしてそのまま人混みを避けながらバザーの中を進んで行く。
サイスに手を引っ張られて歩いている僕も、この初めての景色に目を奪われた。
そりゃ僕の住んでいたガイウースや叔母さんのメイノースの様にちゃんとした門構えの店は無く、皆屋台やら地面に敷いた布の上に無造作に商品を並ばせた露店ばかり。
肉屋や八百屋、内陸だから魚屋は無いけど、乾物屋には魚の干物が並べられている。
その他にも反物を売っている生地屋や仕立て屋、武器屋に装飾屋、それに食べ物の屋台など色々な店がひしめき合って並んでいた。
日が少し暮れ掛けているから閉店時間前に少しでも売り尽くそうとしているのか店主が大きな声で客引きをしているのがそこかしこから聞こえて大合唱のようだ。
僕達は何を買う訳でもなく露店を覗き歩く。
正直この宿場町ってこんなに人が居るとは思わなかったよ。
いつもは素通りだったからね。
王国的には山脈の南以降は大きな街がガイウースしか無いんだけど、山脈の麓には東西に走る大きな貿易路があって、それに隣接してるこの宿場町が、ここ最近近隣の国にとって交易の要所として注目されてるらしく、急速に発展してきてるんだって。
もしかしたら山脈の峠道も、大森林も開拓されて危険な定期馬車も今より安全な旅になるかもね。
そして、近い内に名も知らない宿場町が街と呼ばれ、やがて都市の名を冠するようになるのかな?
そんな風に思わせる程の熱気をこの町から感じた。
◇◆◇
「どうしたのマーシャル? さっきから黙ってばかり。それになんだか動きがガッチガチよ? あーーもしかして緊張してるの?」
暫く二人してバザーを歩いていたら、突然サイスが振り返って来たかと思うと、いい笑顔で僕にそう言った。
少し喋り方に違和感を感じながらも、女の子から「緊張してるの?」なんて言われた事で少し慌てふためく。
「き、緊張してないよ。この町のバザーがこんなに大きいなんて知らなかったからビックリしたんだよ」
確かに彼女は色々と話掛けてきたのに僕はただ相槌打つだけだった。
それは緊張なんかじゃなくて、サイスが誰なのかって思い出そうとしてただけなんだって!
……いや、実際女の子と手を繋いで町を歩くなんて経験も無いから緊張してるよんだよね。
あ~もう何だってんだよ、この状況。
「強がっちゃって。マーシャルって、あんまり女の子にモテそうにないもんね」
「ゲフゥッ!」
「ど、どうしたの? マーシャル?」
僕がサイスの言葉に噴出すと、その
ど、どうしたと仰いますか?
勿論あなたの言葉に僕の心が大ダメージを受けたからですよ?
「な、なんでもないよ。ちょっと咽ただけ」
「そう? 気を付けてね? 唾が飛ぶと汚いし」
「ガフゥッ!」
「キャッ。ほら言った側から」
そのセリフは僕の方に権利が有ると思うんですが?
言った側から僕を言葉の刃で殺しに来るのは止めてください。
彼女は自分の言葉の破壊力に気付いているのかいないのか、相変わらずいい笑顔のまま青い瞳で僕を見詰めていた。
下手にとても綺麗な顔だからダメージが尚更デカイのが手に負えないよ。
今すぐこの場から逃げ出したいんだけど、本当に幼馴染だったりすると悲しませちゃうだろうし……。
いや、待てよ……?
実はサイスが僕の事を憎んでいるって線は無いか?
だから僕を傷付ける言葉を投げ掛けてくる……、有り得そうだ。
もしかして昔彼女に失礼な事をしちゃってて、いつか復讐してやろうと思っていたのかもしれない。
そして偶然町の通りで僕を見付けたから、今こそ積年の恨みを晴らそうとしてるのかな?
出会った時の事をはぐらかしたのは、復讐を遂げる前に気付かれたら不味いと思ったのかもしれない。
計画にはいくつかプランが有って、最初に声を掛けた時の僕の態度で幼馴染プランを実行したのかも……。
それなら納得だ。
なんたって僕はこの町に……。
しかし、当時の僕ってば彼女に対して一体何をしたんだろう?
「あ、あのさ、キミは……」
「おーーっと、そこのカップルの坊主に嬢ちゃん。道の真ん中で手を繋いだりなんかしてラブラブだねぇ~。デートかい? ならうちの店に寄ってきな。いい物置いてるぜ」
サイスに話し掛けようとした途端、横から露天商の店主が声を掛けてきた。
どうやら店の前に立ち止まって手を繋いでる僕達を見てカップルだと勘違いしたみたい。
カウンターに綺麗なネックレスやらピカピカのブレスレットなんかが並べられている所を見るとアクセサリー屋さんらしい。
…………。
ななななななんて事言うんだよ、この店主!
そんなんじゃないって!
そんな事を言うと、只でさえダメージを負っている僕の心に更なる追い討ちが来るじゃないか!
多分僕の事を恨んでるこの歩く凶器みたいな人は、今の言葉に怒って『そんな夢を見させるような事を言うとマーシャルが可哀想だわ』とか、『え……と、人間とペットをカップルと言うなんて不思議な人ですね』とか言って僕の心に止めを刺して来ると思う。
「ちょっと、そんなんじゃないですって!」
僕は先手を打ってサイスより先に否定した。
この後、彼女が何を言おうが僕が先に違うと否定したんだから、まだダメージは少ない筈……だと思う。
僕はこれから来るであろう言葉の暴力の渦に備えながら彼女を見た。
「え?」
あれれ? てっきりいい笑顔のまま僕に心無い言葉をぶつけてくるのかと思ったんだけど……。
横からだけど彼女の顔からいい笑顔は消えていた。
そしてそこに浮かんでいる表情は……あれ? とても見覚えあるぞ?
それもつい最近……。
え? ……そ、そんなまさか……?
その人が誰か分かった瞬間、全身から汗が噴出した。
髪の色や目の色、そして服の色は違うんだけど、その表情は忘れられない。
僕が夜中に起きた原因……。
僕はゴクリと生唾を飲んだ。
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