第53話 契約の魔法

「今から実証実験を行うわ。まずは……これよ」


 母さんはそう言ってスカートのポケットから小さい長方形の箱を取り出した。

 小物入れみたいだけど? 一体なんなんだろう?


「何それ? 母さんの新しい発明品?」


「えぇ、マーシャルのキャッチが失敗する原因を為の秘密兵器よ」


 母さんはそう言って箱の蓋を開いてニヤリとこちらを見た。

 そして箱の中から何かを取り出そうとしている。


「秘密兵器……? それより原因をってどう言う事なの?」


「ふふふふ、それはね。パーパパーパッチャラララ~! 『魔力視認眼鏡』~!」


 母さんは箱から取り出した何かを頭の上に掲げながら、自前のファンファーレと共にとても気の抜けた様なダメ声で、恐らくその魔道具の名前だと思う言葉を言って来た。

 そして、とてもいいドヤ顔だ。

 僕には母さんがそうする意味やそのノリについて行けないんだけど、何故か昔から母さんは自分の発明品を発表する際にはこんな感じの行動を取るんだ。

 以前理由を聞いた事が有るんだけど、そうしたら母さんは『道具を取り出す時と言えば、やっぱりこれでしょう?』と訳の分かない事を言ってたっけ。

 何が『これ』なんだろうか?


「しかし、相変わらず凄いネーミングセンスだね。さすがだよ」


 『魔力視認眼鏡』って事は多分為のって事だよね?

 そうじゃなかったら逆にヤバいよ。

 本当に母さんのネーミングセンスってど真ん中過ぎる。

 ある意味分かりやすいんだけど、もう少し……なんと言うかな? こう飾り気が欲しいよね。


「もうっ! そんなに誉めないでよ」


 母さんは嬉しそうに照れているけど、勿論僕は褒めたつもりなんか微塵も無い。

 だけど否定するのも面倒臭いので何も言わない事にした。


「それで、その眼鏡をどうするの? キャッチが失敗する原因を視るって言っていたけど」


「口で説明するより、直接この道具の効果を実感してもらう方が早いわね。まずはマーシャルがこの眼鏡を掛けてみて」


 母さんはそう言って僕にその眼鏡を手渡してきた。

 これが『魔力視認眼鏡』……。

 手渡された魔道具を両手で摘まみながら色々な角度から見てみた。

 確かに一見フレームが太い眼鏡に見えるんだけど、レンズに当たる部分が黒いガラス状の板が填められている。


「何これ? レンズがこんなに真っ黒だったら何も見えないじゃないか」


「大丈夫大丈夫。離して見ると黒いけど、掛けたらちゃん見える様になってるから」


 母さんは笑ってそう言うけど、本当かな~?

 母さんの言葉に半信半疑の僕は言われた通り『魔力視認眼鏡』を掛けてみた。

 真っ暗で何も見えないんじゃないの~? と思ったんだけど……。


「あれ? 見える……。ちょっと暗くなるけど確かに十分見えるよ。う~ん不思議だ」


「あら~マーシャル似合うじゃない。なんだかデデンデンデデーンって感じでかっこういいわ。それでね、それは水晶の板に魔法で偏光処理を施して一定以上の輝度の光を通さない様になっているのよ。そしてその代わり……ほら」


 デデン? とか言うのは意味がよく分からないけど、黒い板と思っていた物は魔法で加工された水晶だと言う事が分かった。

 そして、母さんが手の平を上にして僕の前に見せてくる。

 なんだろうと思ってその手の平を見詰めていると、驚いた事にその手の平が光り出した。

 加工された水晶を通してなんで色は分かり難いけど、何となく青色っぽく感じる。

 けど、魔法を使ったにしては母さんは呪文を唱えていない。

 なのになんで光ってるんだ?


「え? なに? 魔法を使ったの?」


 僕は慌てて眼鏡を上げて裸眼でその手の平を確認する。

 しかし、そこには何も変化が無い。

 おかしいなと首を捻りながらも、僕が眼鏡を外すタイミングで魔法をキャンセルしたのだろうと思いもう一度眼鏡を掛けたのだが、そこには先程同様輝いている手の平が見えた。


「ど、どう言う事なの?」


「ふふふ~。これは母さんの魔力よ。魔力を練って手の平に集めてるの。普通なら純粋な魔力ってのは目で見えないけど、母さんが発明したその『魔力視認眼鏡』なら御覧の通り。魔力の形を直接見る事が出来るのよ」


 母さんはそう言って更に手の平に魔力を集中させた。

 それは既に手の平に収まらず、腕全体を包んでいるように見える。

 この眼鏡を通して視るとまるで手を中心に青く燃え盛っているかのように煌々と輝いて見えるんだけど、眼鏡を外すとやはり何も見えない。

 ただ見えないだけで物凄い魔力が手に集まっているのは感じ取れるので、確かに眼鏡を通して見えている青い炎は母さんが言った通り、それが母さんの持つ純粋な魔力なのだろう。


「凄いや母さん! 大発明だよこれ。売り出したら飛ぶように売れると思うよ」


 まんま過ぎる名前の所為で正直少し侮っていたけど、これは本当に凄い。

 これが世に出たら冒険者達の生還率が跳ね上がると思う。

 魔法を使う敵や魔法を使ったトラップもこの眼鏡を掛けたら一目瞭然だ。

 それに隠されたマジックアイテムなんかの探索も楽になるんじゃないかな?


「う~ん、それなんだけどね。それは今のところ世の中に出す気は無いのよ」


 母さんは少し困った顔をしてそう言った。

 なんでだろう? 世の中に役に立つ発明ならどんどん発表すべきなのに。


「納得出来ないって顔してるけど、さっき話した魔石の情報を引き出す魔法を公開しないのと同じ理由よ。これが世の中に出た時のメリット以上にデメリットも増える事になる」


「デメリット……?」


 母さんは創魔術に繋がるあの魔法と同じ理由と言うけど、どう言う事なんだろう?

 魔物創造の恐れが有る創魔術と違って、魔力を視る事にどんなデメリットが有ると言うの?

 僕は母さんの言葉に更に首を捻る。


「そうね、まず誰でも魔力を視る事が出来るようになると失業する人が増えのよ。魔力探査を専門で行っている業者達は全滅ね。魔力の形状からおおよその効果も系統別に判断出来るし鑑定士も仕事が減るでしょう。そしてそれらはその人達からの恨みを買う事になるけど、それ自体は大した事じゃないわ」


「恨みを買うのが大した事が無いって……。でも何となく分かったよ。便利過ぎる道具はソレで食べている人達から仕事を奪っちゃう事になるのか」


「そうなのよ。でも問題はそんな表の話ばかりじゃないの。裏の世界……例えば暗殺者。彼らは透明化の魔法や魔道具を使って暗殺を行ったりする者も居るわ。それに付与魔術を使う罠師達も商売上がったりね。そんな怖い彼らも敵に回す事になるでしょう。けど、それだけじゃない、一番恐ろしいのは各国の軍事情報戦略にも大きく影響を与え得ると言う事。防衛の為の結界なんかも簡単に解析出来るからね。そうなったら世の中のバランスが一気に崩れる恐れが有る。この魔道具を世の中に出すと言う事は、そう言った事態を引き起こす可能性も考えられるのよ。だからマーシャル。その眼鏡の存在は誰にも言わないでね」


 ……そ、そんな。

 僕は母さんの説明に言葉を失った。

 発明家って言うのはそこまで考えないといけないものなのか。

 考えが浅はかだったよ。

 しかし、この眼鏡が平和を脅かす存在になるかもしれないなんて……。

 それ以上に、そんな危険な物を開発した目的が僕のキャッチが失敗する原因の為ってのはどうなの?


「わかった。誰にも言わないよ。……あのさ、それで僕のキャッチが失敗する原因って言うのはどうやって調べるの?」


「うん、まずマーシャルには母さんの掛けるキャッチを見て貰いましょうか。魔力がどの様な流れで魔石に影響を与えるのか。その眼鏡を掛けたら一目瞭然よ」


 そう言って母さんは隣の研究室に入って行く。

 少し経って蓋がされた水槽を抱えて戻って来た。

 水槽の中には丸い何かが浮かんでいるように見える。

 なんだろう……って、あれスライムのコアだ。

 と言う事は、その横に浮いてる青い不定形の塊が固形化する前の魔石だな。

 なるほど、その水槽に入っているのはスライムと言う事か。

 テイマーだから分かるんだけど、そのスライムはどうやら未契約のようなので、母さんの従魔ではないみたい。

 何処かで捕まえて来た実験用の魔物なんだろう。


「じゃあ、今から母さんがこのスライムにキャッチを掛けるから、そこでしっかりと魔力の流れを見ててね」


 水槽を実験場の中央に置き、少し離れて手を突き出した。

 僕は母さんの言った通り、眼鏡を通して目を凝らして母さんの一挙手一投足を見詰めた。


「キャッチ! 私の従魔に成りなさい!」


 母さんがキャッチの魔法を掛けた途端、水槽の周りには何処からとも無く魔力の光が現れて形を成し始めた。

 しかし、それらはどうやら視認出来るキャッチ特有の光輪とは別物の様だ。

 光輪に関してはいつも通りの白い光を放っているのが眼鏡を通しても分かるんだけど、目には見えない魔力流れは光輪の内側に無数の糸状に広がりそれぞれが交差している。


 それはとても繊細なレースの織物の様に見えた。


 不思議なのはさっき見た母さんの青い魔力の色とは異なり赤く輝いている事だ。

 赤い光……、なんだか始祖の赤い契約紋が頭に過った。

 その赤い光のレースは光輪が縮まるにつれてスライムを包んでいく。

 スライムは身体が透けているから分かるんだけど、どうやら包もうとしているのはその身体ではなく体内に浮かんでいるいまだ不定形状の魔石を目掛けているようだ。


「知らなかった……。てっきり光輪が魔石を掴むのかと思っていたけど、裸眼では見えない魔力の糸で包んでいたのか……」


 その始めて見る光景に僕は目を奪われた。

 魔力の網はその目がとても細かく、まるで赤いビロード布の様になっている。

 そしてそれは不定形の魔石をギュッと包み込み、その上を光輪が締め上げ弾けた。

 光輪の動きなら以前からも見ていたので分かる。

 この反応は契約の成功って事だ。

 まぁ、僕と違って母さんが失敗する筈が無いんだけどね。


「はい、おしまい。これでこのスライムは母さんの従魔よ」


 そう言って母さんはスライムに差し出している手を下ろして僕の方に身体を向けた。

 今まで沢山見て来たキャッチの魔法の一部始終だけど、この眼鏡を通して視たに僕は感動して言葉が出なかった。


「びっくりしたでしょ? 光輪内側に何処からともなく現れる魔力の糸。そしてそれが組み合わってまるで虫取り網みたいになるんだもん。最初視た時は母さんも目を疑ったわ。まさかキャッチの本質は光輪ではなく異空から現れた魔力の糸だったなんてね」


 虫取り網って……言い方!

 言いたい事は分かるんだけど、もっと情緒をさぁ……。

 やっぱり母さんの表現のセンスってちょっとおかしいよ。


「あの赤い魔力ってなんだか始祖の契約紋の光に似てる……ような?」


 あえて何も言わずに話を進める事にした僕は、左手から『覇者の手套』を外してじっと見詰める。

 眼鏡を通して見える契約紋は、確かにあの魔力の糸と同じ様に赤く輝いていた。


「でしょ? 恐らくこれが始祖が原初の従魔術に施した最初の封印なのだと思うわ。光輪は異空から原初の従魔術……いえ創魔術の力を召喚する為の魔法陣みたいな物なんでしょうね。光輪によってその人の魔力の器を測り、それに見合った分だけの力を異空から召喚して魔石に契約を刻印する……これがキャッチ……契約の魔法の仕組みだと思うの」


 母さんは今起こった現象をそう説明した。

 これは母さんの推測なんだろうけど、僕にはそれが真実の様に思えた。


「今でもこんなに綺麗なんだから、200年前に弟子達の子孫によって封印される前はもっと派手だったんでしょうね。見たかったわ~」


 母さんはそう言って目を瞑り頭を傾け腕を組みながら、とても残念そうにしている。

 その気持ちは分からないでもないな。

 今より強大な魔物をも従魔にする事が出来た従魔術。

 それは今見た物よりとっても派手で綺麗だっただろう。

 いや、ただ綺麗な物を見たいってだけじゃないな。

 発明家としての血が騒ぐんだと思う。

 母さんならその様子を見ただけで200年前に弟子の子孫達が施した封印を解析して解いてしまうかもしれない。


「はい、次はマーシャルの番よ。一旦契約を解除するから、まずはいつも通りのキャッチを掛けてみて」


 そう言って母さんはスライムの従魔契約を解除した。

 

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