第21話 余波

 陽が沈み、戦の音が止んだ戦場。カドヴォス帝国陣地内の天幕で男はある報告を受けていた。


「第四隊からの連絡が途絶えただと?」

「はい。定時連絡はおろか緊急連絡すらない状態です。既に連絡が取れなくなってから半日以上が経過しており、生存の可能性は薄いものと考えられます」


 短く刈り揃えられた白髪に、鍛えぬかれた肉体、強い意志を感じさせる瞳に掘りの深い整った容貌の男、カドヴォス帝国軍中将マゼリア・フォン・シザーレは考える。


 第四隊、カドヴォス帝国斥候部隊第四隊は軍部の中でも精鋭として認識されている。それが緊急連絡すらできず消息を絶つ。それがどんな事態なのか…と。


 もし敵にそんな手練れがいるならば…


(此度の戦争、荒れるやもしれんな)


「第四隊が配備されていた場所を中心に調査をして置け。なにかわかるかもしれん」

「はっ!ただちに調査致します」

「第四隊が全滅していた場合、それをやった相手がいるはずだ。できればその正体を突き止めたいが、無理は禁物だ。まずは報告を優先するように」

「かしこまりました」


 指示を出した後は、儀礼的なやりとりを済ませて部下を送り出す。


「…何事もなければよいが」


 そう呟いたマゼリアの胸中には、嫌な予感が渦巻いていた。



――――



 トレカ辺境伯領に居を構える商人、レッセル・バートンは焦っていた。


 昨夜、商品の仕入れを行うために地下街へと使いを出したが、帰ってこなかったのだ。


 帰ってこない使いに焦れたレッセルは、別の人間を使いに出した。その結果、わかったのは地下街への侵入ができなくなっているという情報だった。


「バカな!そんなことがあるはずがないだろう!」

「ほ、本当です!入り口が完全に塞がっており中に入る事ができませんでした。そ、それに…」

「それに、なんだ」

「悲鳴、その、何かが壊れる音と悲鳴が、壁の向こうから聞こえたんです!」


 男の様子からそれが嘘ではない事がわかる。だが、疑問にも思うのだ。あの巨大な地下街がそんな簡単にどうにかなるものなのか…と。


 彼はこれまで秘密裏に禁制品を扱う事で、大きな利益を出していた。


 地下街には王国の至る場所から盗品を中心とした曰く付きの商品が集まっており、そこを仕切っていたウェルズ・スカーと運よく縁を結べたことで今の地位を得ていた。


(もし、もしも地下街に、いやウェルズに何かあったとしたら…大変だ。あそこには表に出せない書類も大量に保管されていたはずだ。表に出れば今の立場どころか私の命すら…)


「何が起こっているのかすぐに調べさせろ!金はいくらかかっても構わん!とにかく急げ!」

「は、はい!」


 慌てて出ていく配下の後ろ姿を見ながら、レッセルは親指の爪を噛んだ。


 頭にあるのは保身だけだ。どうすれば今の地位を保てるのか。最悪地位を失ったとしても、命だけはなんとしても守らなければ…そんな決意を固めていた。



――――



 ケーニヒたちが地下街を襲ったその翌日。関係各所に多かれ少なかれ影響が出ていた。


 スラム街では、いつも我が物顔で奴隷候補を物色していたウェルズ・スカーの部下たちをほとんど見かけない事に困惑し、地下の状況を知った者たちは、事態の不可解さに混乱した。


 運よく地下に居なかったウェルズの部下たちも同様に混乱していた。一夜の間に地下への出入り口が塞がっているなど考えもしなかったのだから。




 地下街が崩壊した影響は、それに近しいものほど大きな影響を受けた。盗品を賊どもから買い取り、ブラックマーケットへと卸していた商人たちはもちろん、違法な奴隷を手に入れて邪な欲望を満たしていた富裕層の者たち。困窮して子供を奴隷として売っていた親など様々だ。


 中でも耳聡い商人たちの焦りは相当なものだ。盗品を持ってくる賊は、商人が買い取れないと言えば間違いなく暴力に訴える。かと言って無理をして盗品を買い取っても、それを卸す先がなければ表に出せない不良在庫となる。保管するだけでも危険な禁制品を持ち続ける危険性もあった。



 地下街崩壊の報を受けて大きく動き出した者もいた。ブラックマーケットでの利益は得ながらも、ウェルズ・スカーとは水面下で敵対していた組織の者たちだ。


 事実確認が終われば、彼らにとってウェルズに成り代わる絶好の機会である。


 それはトレカ辺境伯領の急激な治安悪化の兆しでもあった。



――――



「ねぇ聞いた?」

「あ?何の話だ」

「この前、化け物が空を飛んでたんだってー」

「化け物だぁ?」


 美しく長い銀髪と桃色の瞳を持つ絶世の美女と緋色の髪と瞳を持つ不機嫌そうな表情をした美男が、豪奢な部屋でくつろぎながら話をしていた。


 そんな整った容姿とは裏腹に、その口調はひどく粗野で俗っぽく、見る者によってはひどく違和感を覚えただろう。


「ガっちゃんトコの子が見たってさ」

「ほう、その化け物ってのはどんな見た目だったんだよ?」

「んーとね、羽の生えた大きな蜥蜴みたいだったって」

「そりゃ完全にドラゴンじゃねーか」

「だよねだよね!そう思うよね!」

「ああ、他になんか特徴は?どこで見たんだ?」

「特徴…んー青色っぽかったらしいよ?場所はトレカ辺境伯領の辺りだって」

「青いドラゴン…ね。いいな、おもしれーじゃん」


 男の方がニヤリと好戦的な笑みを浮かべてそう言った。


「ねぇねぇ見に行くよね?」

「ああ、もちろん」

「やった!早く行こうよ!」

「あーもうちょい情報集めてからな」

「えーなんでー?」

「念のためだ。あと行くとしても全員集まってからだからな」

「ちぇー」


 残念そうな声を上げつつも、その表情は笑みを浮かべたままだ。どこまでもフワフワとした口調で女は話し続ける。


 そんな女の様子を男は「気持ち悪い」と言わんばかりに表情を歪めていた。



――――



 俺は頭を抱えたいほど困っていた。宿に戻って「テント」を設置し、その中で改めて報告を聞くまでは良かった。いや実際には、街中だというのにメイラを普通に連れ歩いてしまうという凡ミスを犯してはいるのだが…まぁ真夜中で人通りも無かったのでセーフだ。



 地下に居た時にも聞いてはいたが、あの時はいろいろ考えていたので、半分以上聞き流していたのだ。


 まさかこんな地雷が隠れているとも知らずに…


「奴隷が一七八人か…」

「はい。ミミックたちにも協力して頂いて確認しておりますので間違いありません」


 そう俺に報告するのは、既に俺の秘書のような立ち位置を確立しつつあるエリエスだ。


 他のメイドたちにはミミックたちが収集した物品の確認を行ってもらっていた。美術品や骨董品、宝石類に武具、ほかにも様々な薬品類や嗜好品など仕分けするだけでも一苦労だ。


 そんな中で報告を受けたのが奴隷の存在だ。どうやらミミックたちの「アイテムストレージ」には生きた人間でも収納できてしまうらしい。


 さらに俺は生きた人間を収納しているミミックたちを一度送還している。その上で奴隷たちの命に別状がないらしいことまで判明していた。


 能力が強化されていなかったら、とっくに俺の脳みそは許容量オーバーでパンクしていたことだろう。


 なんにせよ奴隷の処遇だ。一七八人もの人間を養うことなど…まぁ今の俺であればできなくはないが、正直面倒だ。だが、戦利品として回収してしまった以上、最低限面倒は見なければならないだろう。


 まだ自身に課すルールさえ決まっていないというのに、本当に…面倒な事だ。



―――――――――――――

あとがき


 この度は本作を読んでいただきありがとうございます。


 このお話でひとまず第一章終了となります。第二章はしばしお時間を頂いて、ある程度書き溜めてからの投稿を予定しております。ですので、少しの間お待ちいただければ幸いです。

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スペランツァ・ディーオ~MMORPGやってたら戦乱SLGみたいな世界に飛ばされた結果 朽木リケ @vistydesk

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