第16話 トレカ辺境伯領
闇に紛れて俺たちはトレカ辺境伯の治める街へと侵入する。幸い俺たちがいた壁の付近には人は居なかったらしく、まだ誰にも気づかれていない。あとはこのまま壁から離れて、人通りの多い場所に紛れてしまえばいいだろう。
俺とトゥーラで気配を探りながら、人目につかないようカーレの案内の下、宿がある区域へと移動していく。
「…ん?」
「どうかされましたか?」
「この下…何かあるのか?」
「下…もしかすると、後ろ暗い連中のアジトでもあるのかもしれません」
「ああ、あるのか…そういうの」
「ええ、以前潜入した際もいろいろ調べましたので、ある程度は把握しております」
「なるほどな」
足元から人の気配を感じたので何かと思ったのだが、犯罪組織なら潰しても心は痛まないだろう。いつでも引き出し可能な貯金箱程度には覚えておこう。
ひとまずその場は手出しをせず、宿をとるために先を急ぐ。
間もなくそれなりに大きな通りへ出た。
どうやら文明的にあまり発展している様子はなく、大通りだというのに光源は建物の中からこぼれる光のみ。
街灯のひとつもないため薄暗く、不気味だ。人通りが少ないのも頷ける。
俺たちはまばらにになった人通りに紛れ、カーレの案内に従って宿へと向かった。
「ひとまず問題なく街へ入れたな」
「そうですね。あれならば、私たちの侵入に気付いたものはいないでしょう」
宿の一室でカーレを交えてそんな会話をする。賊から奪った金銭は、今いる四人部屋に宿泊するだけでほとんどが消えてしまった。既に明日の宿代すら手元にないため、先ほど見つけた貯金箱は明日にでも回収しに行く必要がありそうだ。
宿のグレードとしては平均、この街では平民の旅人向けの宿なのだそうだ。無断で侵入している手前、高級宿に泊まって悪目立ちするわけにもいかない。同じ理由から下手に高価な宝石などを売って金にするわけにもいかず、今手持ちの金で泊まれる宿としてはここが限界だったというのもある。
まぁ俺としては泊まるのはどこでも良かったのだ。部屋に施錠でき、勝手に第三者が入ってくるような事さえなければ「テント」が使える。
部屋の中で「テント」を出した時にはカーレに驚かれたが、追及を許さずカーレには「入ってこないように」とだけ伝えてトゥーラと共にテントの中へ入った。言葉だけ聞くと、今から俺がトゥーラと「お楽しみ」でも突入しそうな雰囲気である。まぁテントの外には音が漏れたりしないので、変な誤解はされないと思うが…いや、どうだろうか?…気にしても仕方ないと開き直るしかあるまい。
リビングルームへと移動した後は、先日と同じくメイドたちを召喚し食事の用意をしてもらう。新たな人員として、まだこちらで呼び出していないペットを呼ぼうかとも考えたが、いろいろ詰め込みすぎても疲れそうなので、今日のところはやめておいた。
前回の反省からペットたちも各自で食事をするよう指示して、俺が使っていない時間なら風呂も自由に使ってよいと伝えておく。
メイドたちには今後も世話になる機会が多くなるだろうし、その彼女たちに順次説明が必要な要件を指示しておけば、後続のペットたちにも上手く説明してくれるだろう。
その後、リタの用意してくれた夕食を食べ、メイドに風呂の介助をしてもらって癒され、寝心地抜群のベッドへ寝転がって、今後やるべきことを思い浮かべる。
ひとまず第一目標であった街へ入る事ができた。あとはこの世界に関する情報収集と、生産系技能で使用できる材料があるかどうかも調べる必要がある。
できれば俺たちの脅威になりそうなのがいないかも確認しておきたいが、例の戦場を見た限りでは強そうなやつは居ないように感じた。一応今後も警戒はするが、それを理由に行動を制限するつもりはない。行けるところまで行く所存である。
あとは金銭問題だが、その辺りは先ほど見つけた地下の貯金箱を突けば多少は改善できるだろう。一応他にも資金源となりそうな仕事などがないか確認はしておくべきだが、ここまできて泥臭く働きたくはないな、とうんざりした気持ちになった。そうなると物価の確認もしておくべきか。
ああ、やることが一杯だ。これが仕事であったなら、俺はとっくに悲鳴を上げていたはずだ。
だけど、これは仕事じゃない。望んで得た生活というわけでもないが、以前よりよっぽど楽しい。何をやるにしても、その結果が良きにしろ悪しきにしろ俺の自己責任だというプレッシャーはあるものの、それでも思うがままに振る舞えるというのは心地よいものだ。
幸いにして、俺にはこの世界で我を通せるだけの力があった。ならば使わない手はないだろう。様々な場所へ行き、その空気を楽しむのもいい。カーレは見たことがないと言っていたが、どこかに獣人やエルフ、ドワーフといったファンタジー種族だっているかもしれない。この世界は俺にどんな景色を見せてくれるのか。
ああ、明日が楽しみだ。
そんな事を考えながら、俺は穏やかに眠りについた。遠足前の子供のようにワクワクしすぎて眠れない、なんて事にならなくて本当に良かったと思う。
―そして翌朝
メイドに起こしてもらい、優美に朝食を食べ、シャワーを浴びて眠気を覚まし、身支度を整える。
俺がのんびり仕度を整える頃には、トゥーラは既に準備万端といった様子で俺を待っていた。
メイドたちを送還した後、テントから出れば、こちらも準備万端のカーレが俺を出迎える。
さすがにカーレは朝食までは食べていなかった様なので、適当に食べられそうなものを渡してやり、宿を出た。
早朝という事で大して人通りは無いだろうと考えていたのだが、昨夜よりも人通りがあった。戦時中でこれだけ活気があるなら、平時ならどの程度賑わうのか興味を引かれる所ではあるが、とりあえずじっくりと街の中を見て回る。
道に面した店舗などは既に開店準備を進めており、野菜や果物のような青果販売の店や精肉、雑貨などの店が並んでいる。ちょっとした商店街のような印象だ。
店舗を見て回って気付いたが、カーレたちとの会話の時と同様に、最初はよくわからなかった文字列が、いつの間にか理解できるようになった。
品物と共に置かれた板に値段が手書きで書かれている。ただその単位がアイアンやブロンズ、シルバーといった金属名になっていた。
よく見かけるのはアイアンとブロンズ、たまにシルバーと言った具合だ。品物を見ても、価値的には鉄が一番安く、その次に胴、その上に銀といった具合だ。鉄の値段が安いという事は、製鉄の技術は確立されていると考えていいのだろう。
まぁ戦場であれだけ金属製の武具を用意できるのだから、製鉄だけでなく加工技術もそれだけ整っているのだろうと考えられる。
他にもいろいろ見て回りながら物価を確認し、この街の生活水準を把握していく。衣服類は古着屋ばかりで新品を売っている店はこの辺りには無かった。古着でも、比較的綺麗な物はそこそこの値段がすることから縫製技術はそれほど発達していないように思える。
他にも用水に関する技術が未熟であったり、食事のレベルが低かったり色々と足りない感が否めない。
そう考えると製鉄のみが発達しているのも不思議に感じる所ではある。戦争の頻度が高いからこそ、それに関する部分だけが発展したのかもしれないが、なんとなく違和感を感じる。
商店街のような区画を出ると、居住区らしき場所だった。店を眺めている間に時間が経ったからか、それなりに人通りもある。人々の様子としては可もなく不可もなくといった感じだろうか。
困窮しているわけでもなく、裕福というわけでもない。少し見て回った程度なので詳しくはわからないが、すれ違った人は基本やせ型ばかりで、特別太っているような者はいなかった。
「カーレ」
「はい」
「この街にもスラムはあるのか?」
「あります。特にこの街は戦場に近い関係もあり、戦場帰りで働けなくなった者や、脱走兵や敗残兵が野盗化した際の治安悪化などが原因でスラム落ちする者もいるようです」
「なるほどな」
カーレが「特に」というからには他の場所にもスラムはあるが、この街は特にその規模が大きいという事なのだろう。
俺の中ではスラムというのは困窮した者の集まりであり、犯罪者にとって悪事を働きやすい場所というイメージがある。物語でお決まりのような「イベント」が起こったら、積極的に介入してやろうかな?
その後もいろいろと街の中を歩いて回り、何がどこにあるのかある程度把握することができた。予想よりも時間がかかったため、既に日が傾いていた。
「さて、ではそろそろ貯金箱の中身を回収しに行くとしようか」
「はい」
昼間、街を回っていたのは単に雰囲気を見るためだけではなく、同時に地下にいる人間の気配も探っていたのだ。
地下には結構な空間が広がっているらしく、そこかしこで地下から人間の反応を感知できた。
地下へと続く道も、昼間のうちに見つけておいたので、あとは実力行使あるのみだ。ここからは楽しい楽しい地下探検である。
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