第12話 風呂の楽しみ
脱衣所から風呂場へ出てみれば、そこには満点の星空が広がっていた。周囲は竹林に覆われ、境界線を知らせるように簡易的な木製の柵で囲ってある。床は温泉でよく見る天然石でできたタイル、岩で覆われた大きな湯舟、身体を洗える場所もある。地味にボディーソープやシャンプーも備え付けてある。これを見ると高級路線なのか庶民路線なのかわからなくなるな。
この浴室は課金ガチャで手に入るレアな家具「癒しの温泉」だ。名前の通り癒しの効果が付与された温泉で、浸かっているだけでHP、MP、状態異常が回復する。いや、もうそれ家具じゃねーじゃんというツッコミはもちろんあったが、ゲームでの扱いが家具だったのだから納得するしかない。
「テントの中だってのに空が見えるとか不思議すぎだろ」
柵の近くへ行って、その場で手を伸ばしてみる。そこには見えない壁があり、柵より向こうへは行けないようになっているようだ。だというのに、竹や地面から生えた草の匂いはしっかりと届く。どこからか心地よい風も吹いているし、本当に不思議だ。
湯舟につかりながら一日の疲れをゆっくりと癒す。正直なところ、今日はいろいろありすぎて思考はともかく心が疲れた…気がする。
ゲーム時代の能力値がそのまま俺の肉体に反映されているのか、肉体、精神ともに異常を感じない。だから正確には心が疲れていないことに戸惑っている。むしろ心身とも今までで一番充実しているとさえ思えた。
そして今、俺のテンションは最高潮に達しようとしている。それはこの後に控えるお楽しみのためだ。
「ご主人様、よろしいでしょうか?」
来たー!
「エリエスか」
「はい。ご主人様、お手伝いにあがりました」
「…頼む」
「失礼いたします」
そう言うと、湯着を身に着けたエリエスが入室してくる。湯着は何故か脱衣所に備え付けてあった。おそらく運営が風呂場を再現する際のテクスチャか何かで描いていたのだろうと思われるが詳細は不明だ。
改めてエリエスを見る。湯着は淡いピンク色をしたワンピースタイプで、女性的な部分を隠す役割は果たしているものの、袖は無く、胸元も大きく開いている。裾も短いため美しい太ももから足先までのラインは露わになっており、かなり刺激的だ。
なにより魅力的なボディラインがはっきりとわかる。彼女自身に恥ずかしがっている様子はなく、堂々としたものだ。背筋はまっすぐに伸びており、豊かな胸がより大きく見えた。
なぜ彼女が来ることを知っていたのかと言えば、当然事前にそう言う話をされていたからだ。俺が風呂に入ろうとした際に一緒に入ろうとしたのだが、さすがにそれは止めた。…なぜ止めてしまったのだろう?これが悲しきDTのチキンハートだろうか。
なにはともあれ、妥協点として俺が湯につかってしばらくしてからなら入っても良いと伝えたのだ。あとはこの状況を楽しむだけである。
―――
堪能した。女性に体を洗ってもらうというのは気恥ずかしいものがあるものの、エリエスの手つきは心地良すぎて軽く眠りそうになった。さすがにそれは勿体ないので、頑張って必死に耐えた。
美人メイドの入浴シーンを、まさかこのような間近で見られるとは思っていなかったので、内心いろいろテンパってはいたものの、欲望に忠実な俺の煩悩はしっかりとその光景をアルバムに残していた。
欲望とは実に恐ろしきものだ。
満足したし非常にいい思いもした。けど、俺のキャパシティ的にこの辺りが限界だった。いろいろな誘惑を断ち切って寝室へと戻り、眠りにつこうとベッドに寝転ぶ。
寝室の扉の前には気配がふたつ。メイラとトゥーラだ。…気配が読めるとか凄いな俺。
ふたりはしっかりと仕事を果たしてくれているらしい。これは安心して眠れそうだ。
彼女たちペットは召喚されている間疲労もするようだし、あまり無理をしてほしくない気持ちがないでもないが、今日のところは彼女たちの厚意に甘えようと思う。
翌朝、目覚めは最高だった。扉がノックされ反射的に応答したところでエルフ、猫獣人、メイドという美女たちが俺を起こしにきてくれたのだ。眼福である。
身支度を整え、手早く朝食を済ませた。
出発前にエリエス以外のメイドたちを送還し、斥候部隊の面々とメイラ、トゥーラの顔合わせを軽く行ってから有無を言わさず出発した。
カーレ曰くトレカ辺境領までかなり近い位置に来ているらしい。普通ならば馬の脚でも四日はかかる距離があったはずなのに…などと驚いていた。
うちの馬たちは優秀だからな。
馬たちは昨日と変わらぬ健脚で道を進んでいた。流れる景色の中にバステンとサンディナに騎乗したメイラとトゥーラが見える。問題なく乗れているようだ。彼女たちの運動神経が良いのもあるだろうが、やはりペットたちの知能が高いおかげというのが正しいだろう。
ある程度進んだ時、行く先に妙なものを感じた。間を置かずトゥーラが馬車へと近づいてくる。
「オサ、少しよろしいですか?」
「…何かいるな」
「はい。どういたしましょう」
「このまま進んで叩き潰す。せっかくの機会だ、お前たちの力を見せてくれ」
「かしこまりました」
それだけ言うと、トゥーラは馬車から離れた。そうして少しだけ移動速度が上がる。全員かなりやる気の様だ。
程なくして、気配がはっきりと感じ取れるところまで近づいた。どうやらかなりの数がいるらしい。感じ取れるだけで五十を超えている。
野生動物かとも思ったが違う、なにか嫌な感じだ。だが、決して相手が強いわけではない。それどころか俺一人で全部を相手にしても勝てる程度だと思っている。
そのまま進んでいくと、数人が道を塞いでいるのが見えた。相手はやはりと言うべきか、人間だった。みすぼらしい衣服を着た男たちが嫌な笑みを浮かべている。
色濃い負の感情がそこら中から漂っている。俺にこんな第六感のような能力が備わっていることに、ひどく違和感を覚えた。
何故俺にこんなことができる?ステータスの値が大きく影響しているのはわかる。わかるが、自分が何か別の物に変わってしまったような気持ち悪さを感じるのだ。
鷹森圭吾だったころには、今のような話し方などしたことがなかった。演技など学芸会ですらやったことがなく大根もいいところだ。ましてや万年カースト下層だったような俺が人の上に立つような人間の役を演じることなどできるはずがない。
それが曲がりなりにもできている。もしかすると既にこれが演技であることがバレバレで、皆が俺に気を遣っているだけかもしれないが、そんな感じもしない。
今の俺は本当に鷹森圭吾なのか。ゲームキャラの「KeyV」ケーニヒ・イルズ・ゴードウェルなのか。どちらでもない全く別の誰かなのか。
…考えるだけ無駄だ。少なくともベースとなったのは鷹森圭吾という人間であり、今の俺はその延長線上にいる。それだけは間違いない。そうであれば何も悩むことなんてない。
生きていれば人間の性格なんていくらでも変わる。その変化が速いか遅いかだけの話だ。今はもっと見るべきものがある。
窓から外の様子をうかがうと、丁度メイラがこちらへ近づいてきていた。
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