第8話 我が名は!
さて、それじゃそろそろあいつらも呼んでやらなきゃな。俺たちが話している間こちらをチラチラ見ていたせいでクインゼリスに威嚇されていた例の暗殺者っぽいヤツらだが、今はそのクインゼリスの姿が消えたことに驚いているようだ。唖然とした表情が間抜けで少し笑える。
「話は終わった。もうこっちへ来ていいぞ」
「はっ…はい!」
俺の声に反応して、カーレたちが正気を取り戻したように恐る恐るこちらへと歩いてくる。示威行動の効果は十分出ているようだ。
こちらへ近づいてくる彼女らの姿を見て、そのあまりに扇情的というか、全く仕事をしていない衣服について思い出した。このまま街に向かうと非常にマズイのではないか?
替えの服はおそらく持っていないはずだ。持ち物を確認したときに武器や用途不明の薬品、あとは少量の食料くらいしか持っていなかった。そういえば変装用なのかカツラとかもあったな。着替えもあったのだが、そちらは運悪く俺の攻撃が当たっていたため使い物にならなかった。
仕方ない、序盤に出現するモンスターからドロップするような雑魚装備なら与えても惜しくないし特に問題も無いだろう。最初から「欲望パック」を導入してアイテム鞄の重量と容量の制限が解除されていた俺は、ゲーム開始当初から不要なアイテムを処分するという手間を省けたし、アイテムガチャが定期的に引けたおかげで装備品にも困らなかった。必要な金はモンスターを倒している間に気付けば増えていたし、使用用途は回復アイテムくらいのものだったからドロップ品を売る必要もなかった。なので、俺のアイテム鞄、今はウィンドウだがその中には大量のドロップ品が詰まっているのだ。雑魚狩りで得た布や獣の皮装備なら文字通り売るほどある。渡すなら最弱の布装備にしようかとも考えたが、もしモンスターなどがいた場合、布装備で戦わせるのはさすがに酷かもしれない。布装備も獣の皮装備も俺にとっては大差ないし、獣の皮装備を渡しておくか。
「これからトレカ辺境領へと向かう。が、その前にお前ら全員コレに着替えろ」
そう言ってから俺はウィンドウを操作して獣の皮装備を上下一式まとめて五人分放り投げる。そういえば獣の皮装備を実際に見たのは初めてだ。ゲーム内で装備品というのは頭、上半身、下半身、両手、両足、さらにアクセサリが三枠の合計八つ付けられるようになっている。今回渡したのは獣の皮でできた帽子、鎧、ズボン、手袋、靴の五点だ。ゴワゴワしていてあまり手触りはよく無さそうだ。
ふと思いついて布の服を取り出して触ってみる。こちらも安物っぽいが肌触りはこちらの方がマシかもしれない。重ね着というのはできるのだろうか?そう考えてこちらも五人分出して放り投げておく。
「そ、それは一体どこから…」
「お前らに教えるつもりはない。さっさと着替えろ」
「…くっ」
リーダー格のおっさんが悔し気に表情を歪める。めんどくさいな、嫌なら国へ帰れよ。そういえばカーレ以外名前知らないな。…というか今使ってるキャラの名前も何故か未設定になってたんだよな。
真・転生石を使う前のまま流用してもいいが、せっかく貴族っぽくなってるしなぁ…ミドルネーム入れるか。いいなミドルネーム!蒼穹の貴族衣って名称だしそれにちなんだ名前の方がしっくりくるよな。
蒼穹…確か青空とかそういう意味だよな。青空…ブルースカイ…うーむ、降りて来い俺の中二心!
あっ、思い出した、イタリア語かなんかで青空をシエルブルーとか言った気がする。違うかもしれないけどなんとなく響きもいいしこれで行くか?くそっ、こんな時に翻訳機能が使えていればっ…!
ダメだ。わかっていたが、意味を考えながらカッコよさげな名前を付けるとか俺にはできないらしい。クインゼリスたちの時と同じように響きが良くて、なんとなくいい感じになるようにやろう。
気持ち的に鷹森圭吾という名前はある程度残したい。あ、いやでも残すと異世界貴族感が薄れるかもしれない。くそっ悩ましい!
そうだ、ファーストネーム、ミドルネーム、ファミリーネームそれぞれの頭文字にケイゴの文字を入れよう。
ケーニヒ・イルズ・ゴードウェル…うん、容姿もゲームのままだし、ぱっと見じゃ日本人だとわからないよな。ひとまずこの名前で行くとしよう。
メニュー画面を開いてみれば、パーソナルデータにしっかり反映されている。後で変更可能だと嬉しい。
俺がそんな事を考えている間にも彼らは恥ずかしがる様子も無く衣服の残骸やらを脱ぎ捨てて俺が用意した装備に着替えている。
男はどうでもいいが、女三人に関しては非常に眼福だった。眼を逸らすなんて勿体な…危険な事はできないからな。もともと敵だったんだから監視は必要だ。仕方ないのだ。という理論武装をしたうえでガン見した。欲を言えば、髪、眉と恥じらいが欲しかった。
彼らは意図していた通り、先に布の服をアンダーシャツのように着た上に獣の皮製防具を着込んでいく。見た限りでは装備制限などは無さそうだ。
予想外だったのは、彼らが身に付けた途端に装備品がジャストサイズに自動調整された事だ。彼らも驚いていたようなので、一般的な効果ではないことがわかった。
そんなちょっとした俺の驚きは、この体になってから備わった鉄壁のポーカーフェイスで不審を抱かせる事無く乗り切った。
彼らの着替えが終わるのを見計らって、俺は一足先に馬車へと乗り込む。貴族馬車と銘打つだけあってかなり広い作りになっていた。これなら全員乗っても問題ないだろう。
「服を着たなら馬車に乗れ。出発するぞ」
俺がそう言うと、カーレが最初にいそいそと乗り込んでくる。その後ろから中くらいと小ぶりな女、二十代半ばくらいの男がおっかなびっくりな様子で乗り込んでくるが、最後のおっさんが入ってこない。
「どうした?来ないのか?」
「…出発の前に、少しだけ話がしたい」
「…聞くだけ聞いてやる。シュトラ、すまないが少し待機だ」
「かしこまりました」
「これでいいだろ、とりあえず乗れ」
「感謝する」
少しだけ態度が殊勝になったおっさんが今度こそ馬車に乗り込んでくる。一番奥の座席に俺がひとりで座り、対面におっさんと若い男、その後ろの座席に女三人が座っている状態になった。
「それで何が聞きたい?」
「…お前…いや、あなたは…何者なんだ?」
「何者…ねぇ」
聞かれてもブラック畑の元社畜でした…くらいの返ししか思いつかない。正直どう答えたらいいのかもわからない。名前を聞きたいというなら先ほど考えた名前を名乗ってもいいのだが、たぶんそう言う事を聞いてるんじゃないと思う。
「それを答える必要があるか?」
「ない…な。せめて名前を聞かせてはもらえないだろうか」
「構わんが、気に食わない。先にお前らが名乗るのが礼儀だろう?」
俺が皮肉交じりにそんなことを言うと、おっさんが急に立ち上がった。すると他の四名も同じように立ち上がる。一瞬警戒するが、攻撃してくるような感じはなかったのでとりあえず放置する。
「失礼した。私はカドヴォス帝国斥候部隊所属グラーツェル・ラウド。階級は准尉だ。この隊の隊長でもある」
「同じくアルベイト、軍曹です」
「リーリア伍長です」
「カーレ一等兵です」
「シトリー二等兵です」
階級を言われてもイマイチどの程度偉いのか判断できないが、まぁそれはいいだろう。それよりも名字っぽいのを名乗ったのはおっさん、改めグラーツェルだけだったな。さておき名前は聞いたし、俺も名乗るべきだろう。
「ケーニヒ・イルズ・ゴードウェルだ」
名乗った瞬間、空気が凍ったように彼らが緊張したのがわかった。ミドルネームがあるのは特別だったのだろうか?いや、もしかするとゴードウェルって家名が実際にあるのかもしれない。だとしたら面倒なことになるか。まぁなるようになるだろう。
「どうした名乗ったぞ、聞きたいことは終わりか?」
「い、いや、待ってくれ。あなたは…どこかの王族なのか?」
「…違うな」
「…そうか」
なんだ王族って貴族じゃねーのかよ。どこが王族要素だったんだ。「どこかの」なんて付けたからには家名に反応したわけじゃねーんだよな?だとしたらやっぱミドルネームの方か!くそっ返答に困った末に格好つけたせいでスゲェ意味深な返答しちまったじゃねーか。…今更か。
「最後に教えて欲しい。あなたの目的についてだ。なぜ戦場にいたのか、今後何をするつもりなのか」
「俺が戦場にいたのはたまたまだ。深い理由も無いし、どちらか一方に肩入れする気も無い。最初に言ったかもしれんが、俺はお前らが攻撃してこなければ特に何かするつもりも無かったんだ。あと目的についてだが、こちらも特にない。せいぜいが物見遊山程度だろうな。まぁ信じるかどうかはお前ら次第だ」
俺の言葉の真意を測るように、全員…あ、カーレはなんか違うな…まぁほぼ全員がこちらを見ていた。そんな探るような眼をしたところで、他意はないのだから何も出てくるはずがない。
すでにデフォルト装備となったポーカーフェイスに、自信満々の太々しさが加われば、もはや最強と言わざるを得ない。さぁ俺の真意が見抜けるものなら見抜いて見せろ!
「さて、もういいだろう。シュトラ、出してくれ」
「かしこまりました」
そのやり取りでシュトラが馬車を発進させた。車輪が地面を踏みしめる音と馬の足音が耳に届く。
漫画などで馬車での移動は尻が痛くなると聞いたことがあるが、すぐさまそういった痛みを感じるような事は無さそうだ。長時間座っていると痛くなってくるのだろうか?軽くグラーツェルたちの表情を伺ってみるが、よくわからなかった。
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