第7話 貴族馬車
ブワリと風が舞い、下に居た彼らを強風が襲う。
俺とクインゼリスに気付いた連中が言い争いを中断して注目していた。
そういえばリーダーっぽいオッサンの手足を縛ったままなのを忘れていたのだが、それはどうやら他の連中が外してくれたらしい。
「少し戻るのが早かったか?」
少しふざけてそんな風に問いかけてみるが、返答はない。面倒なのでさくさく話を進めるとしよう。
「まあそれほど待つ気もなかったし、この場で決めろ。俺についてくる者はいるか?」
「ぁ…はい!」
俺の問いかけに答えたのは、カーレだった。手足ぶった切られた相手についていきたいとか、こいつヤバいんじゃないかと考えもしたが、もしかすると俺を監視するためとかいう理由で命令されたと考えればある程度納得はできた。
「…わかった。なら…」
「待ってくれ!」
さっさと話しを終えようとしたところで、リーダー格らしい男が遮ってきた。
「なんだ」
「っ…アンタについて行かなかった場合、どうなる?」
「さっき言った通りだ。これ以上お前らに危害は加えん。帰りたければ帰ればいい」
「それは…」
「信用できない、か?言っておくが、お前らを無事に帰すつもりがなければ、一時的とはいえお前らを放置したりしないだろ。俺が戻ってくるまでに移動していなかったのはお前らの意思だ」
「…」
しばらく待ってみたが、明確な答えは出ないようだ。
「もういい、俺は行く。一緒に来るも来ないも好きにしろ」
それだけ言うと俺は彼らに背を向け、クインゼリスの待機する場所へと歩き出す。ここで攻撃を仕掛けてくるなら、今度こそ完全に息の根を止めてやろう。復活させることもなく、死体は放置するつもりだ。
俺が歩き始めてすぐに、カーレのものらしき足音が聞こえる。それから少々遅れるようにして数名の足音が続いた。意外なことに全員が一緒に来ることを選んだらしい。俺がクインゼリスの横まで移動し、振り返れば強張った表情のカーレたち五人がこちらを見ていた。
「…全員俺についてくるってことでいいんだな?」
俺の質問に対して全員が頷く。まさか全員がついてくるなんて考えていなかったため、この時点で当初考えていたクインゼリスに乗って移動することは難しくなってしまった。
何かいいものが無いかと、ペットメニューを見ていると、ひとつ有用そうなものを見つけたので、そちらを使用してみることにした。
クインゼリスの時と同じように、メニュー画面を操作する。すると、何もなかった空間に真っ黒い穴のようなものが突然現れ、そこからパッカパッカと体格の良い馬が二頭、そしてそれに見合った大きさの馬車が姿を現した。どうやら雷鳴龍の時とは演出が違ったようだ。…そういえばゲームの時も雷鳴龍など、特殊なペットには特別な出現演出があったな。
改めて馬車を眺れば、執事っぽい恰好をした五十半ばから六十代くらいの御者も乗っている。はて、こいつは名前とかあるのだろうか?
素人目にもわかるほどしっかりとした造りの馬車には、要所要所に精緻な模様が彫られており落ち着いた高級感を醸し出す。いかにも上流階級の人間が乗っていそうな雰囲気だ。
ペットというカテゴリーにして良いかどうかはわからないが、一応これも「貴族馬車」というペット扱いになっている。
そういえば、とクインゼリスの方を見てみるが、特に強制送還されることもなくその場に留まっていた。ゲーム時代なら同時に複数のペットを出現させることはできなかったはずだが、ここではそんな事も無いようだ。もし、俺が持つすべてのペットや従者なんかを同時に召喚できるなら相当役に立つ。
早めに確認しておくべきだが…、もう少し落ち着いたときにしよう。
「お呼び頂きありがとうございます。ご主人様」
馬車から降りてきて、開口一番に俺に挨拶をしてくる御者。こいつも喋るのか…などと失礼な考えが脳裏をよぎるが顔には出さない。
「ああ、ご苦労。早速だが少しいいか?」
「もちろんにございます。なんなりとお申し付けください」
「ではお前はこっちに…、カーレたちは少しここで待っていろ」
「…はっ…はい!」
カーレの無駄に良い返事を聞き流し、御者をカーレたちから引き離してから、クインゼリスの近くへと移動する。
「クインゼリス、お前にはあいつらが盗み聞きをしていないか警戒して欲しい。できるか?」
『もちろんだ。このクインゼリスに任せてくれ』
「頼んだ」
いやに自身の名前を強調して御者を見るクインゼリス。自慢するほど嬉しかったとかそう言う事だろうか。そうだったらいいな…なんて、あからさまに動揺している御者を視界の端におさめながら思った。
そうして俺は改めて御者に向き直り、話を始める。
「さて、本題だが…これからする質問、お前は疑問に感じるかもしれない。だが、正直に素直に答えてほしい」
「かしこまりました」
「では、最初の質問だ。…まず、お前や馬車に繋がれた馬たちに名前はあるか?」
「ございません。私はただの御者であり、それ以上でも以下でもありませんから。馬たちも同様に、ただ馬車を引くそれだけの存在にございます」
「そうか、わかった。ではこの質問がすべて終わった後、お前たちが望むなら名前を与えよう」
「そ、それは本当でございますか?!」
今の今まで落ち着いた老紳士のようだった彼が、名前を与えると言った途端に取り乱す。ふと見てみれば馬たちもどことなく興奮しているように見える。馬も俺の言葉わかるのかよ、などと意外な発見もあった。
彼らにとって名前が貰えるというのは重要なファクターなのだろう。今後のことを考えて他のペット枠のキャラにも名前を考えておいた方がよさそうだ。
「もちろんこんなことで嘘など言わん」
「も、申し訳ございません!ご主人様の言葉を疑うような発言をするなど!」
「別に構わんさ。その様子だと嫌って事は無さそうだからな。他の者も同様に名前が無ければ付けてやった方がいいかもしれんな」
「それは、皆大変喜ぶと思います」
「そうか、では検討しておくとしよう。では、質問を続けていいか?」
「なんなりと」
「そうだな…お前の記憶はどこから始まっている?」
「私が覚えているのは、ローゼリアの街にてご主人様に初めてお呼び頂いた時でございます。ただ断片的な記憶のみで、今のようにはっきりとしたものではありません」
「…ほう」
ローゼリア…とは『スペランツァ・ディーオ』にある都市の名前だ。断片的とはいえ、ゲーム時代の記憶はあるようだ。さすがに最初に召喚した場所までは覚えていないが、この言い方からして俺が「貴族馬車」を初めて召喚したのはローゼリアだったのだろう。
この「貴族馬車」はイベント開催時に敵を倒すことで入手できる福引券で入手できるものだ。移動速度は通常の「馬」と変わらないし、特殊な能力もない。雷鳴龍のようにストーリーイベントが用意されているわけでもない。まぁ言い方は悪いがハズレに属するものだった。
ちなみにこういった「イベント限定エリア」みたいなものは「欲望パック」で常時解放状態になっていた。おかげでこの半年間で期間限定系のペットやアイテム類も取得できていた。
「では次の質問だ。俺が召喚していない間、お前たちはどこにいるんだ?」
「…申し訳ございません。ここではないどこか、という表現以外にどう現していいのか私にもわからないのです」
そう言って心底申し訳なさそうに頭を下げる老紳士に、なんとなく悪いことをしてしまったような気がしてしまう。
「謝る必要はない。俺の質問にお前が知る限りの回答をしてくれればそれでいいんだ。わからないならわからないと正直に答えてくれればいい」
「ありがとうございます」
「それにしても、ここではないどこか…か。クインゼリスや他の奴らも同じ場所にいるのか?」
『いや、おそらく個別だろう。私が居た場所には私以外いなかった…ように思う』
「…ずいぶん曖昧な感じだな?」
『ああ、なにせ主に呼び出されるまで意識がはっきりしなかったからな。そこの御者も言っていたが、呼び出される前までの記憶は断片的なものでしかないのだ』
「…なるほど?ちなみにだが、俺がキミらの居た空間に行くことはできると思うか?」
「私にはわかりかねますが…おそらくやめておいた方がいいように思います」
『私も同意見だ。根拠はないが良くないことが起こりそうな予感がする』
「…キミらがそう思うならやめておくか。無駄にリスクを負う必要もないしな」
何もなければ試してみようかとも思ったが、根拠がないとは言え嫌な予感がするというなら無理に試そうとは思わない。あと確認しておくべきことは…何かあっただろうか?
「それじゃあもうひとつ、この世界についてだ。キミらは何か知っているか?」
『何か…と言われてもな。すまないが、ここが我らがもといた場所とは違うだろうことくらいしかわからぬ』
「私もクインゼリス様と同じでございます。感覚的に何かが違うのだとは思うのですが、具体的に何が違うのかというのは…残念ながら」
「…そうか。わかった、もし今後何か気づいた点があれば教えてくれ」
『了解した』
「かしこまりました」
今思いつくのはこれくらいかな。あとは名前か、執事っぽいしセバスチャンとかにしたい気持ちもあるが、使い古されすぎている気もするし別の名前を考えたほうがいいよな。執事…バトラー…んー…
「さて、思いつく質問はこれくらいだ。…では約束通り名を与えよう。まず御者であるお前だ」
「はっ!」
呼ばれた瞬間、御者は姿勢を正して一歩踏み出し、俺の前に跪いた。すげぇこんなんされたら自分が凄く偉くなった気分になる。
「お前は今この時からシュトラと名乗れ」
「ありがとうございます!このシュトラ、この名に誓って、より一層の忠義をご主人様へ捧げます」
「…よろしく頼む」
クインゼリスの時と同様、いや人間らしい感情表現があるぶん余計に喜んでいるのがダイレクトに伝わってくる。そこまで喜んでもらえれば、気恥ずかしさはあるもののこちらも嬉しくなる。
「残りの馬たちは…そうだな。俺から見て右側のお前だ」
そう言って視線を向けると、やはり言葉を理解しているように一頭だけが一歩前に歩み出てくる。
「お前は今からウォールレイドだ」
ウォールレイドと名付けた馬は静かに頭を下げると、そのまま一歩後退して元の位置へと戻る。なんだろう、この馬滅茶苦茶知能高そうなんですけど…
「最後にお前だ」
俺の言葉を聞いて、もう一頭がウォールレイドと同じように一歩前へと進み出てくる。
「お前はファイラスだ」
ファイラスもウォールレイドと同様の動作を行い元の場所へと戻る。これで名付けも終了だと気を抜いた瞬間、二頭の馬が盛大に嘶いた。どうやら喜びを表しているらしいのだが、不意打ちはやめてくれマジビビる。
「さて、それじゃここからはシュトラたちに移動を手伝ってもらうとしよう。クインゼリスは悪いが一旦送還しようと思う」
『了解した。先ほども言ったが、いつでも呼び出してくれ』
「かしこまりました。私どもにお任せくださいませ」
「ああ、よろしく頼む」
そう言って、俺はメニュー画面を呼び出してウィンドウを操作する。そこには召喚できるキャラクターの名称がズラリと並んでおり、そのうち『雷鳴龍クインゼリス』と『貴族馬車シュトラ・ウォールレイド・ファイラス』の名前がブラックアウトしている。
どうやら俺が名付けを行うと、それもメニュー画面に反映されるらしい。これなら必死に考えた名前を忘れずに済みそうだと内心安堵の息を吐いた。
それからブラックアウトしている『雷鳴龍クインゼリス』の項目をタッチするとクインゼリスの身体が音も無く消えていった。ウィンドウに視線を戻せば『雷鳴龍』の文字の横にリキャストタイムの表示が出ている。
このあたりはゲームの時と同じで一度送還するとある程度時間が経過しないと再召喚ができないらしい。クインゼリスの場合は次回召喚できるようになるまで三時間ほどかかってしまうようだ。
ゲームの時なら三分程度だったはずだ。たぶんゲーム内時間が現実の時間に換算されるようになっただけだとは思うが、この差異については今後も検証しないといけないな。
なんにせよ、送還の方は問題なくできてよかった。結構自信満々に発言してしまったのもあって、できなかったときはどうしようかと内心ドキドキだったのは秘密だ。
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