第9話 メイド
車内の会話がないまま、粛々と馬車が進んでいく。俺自身も面倒なので話しかけたりはしないが、コイツらこんな無言で大丈夫なのだろうか?本来ならもっと話をして情報収集に努めるべきなのだろうが、ずっと続けている中途半端な貴族ロールのせいで凄くやり辛いのだ。
それならばやめてしまえと思うだろう。俺もそう思う。思うのだが、変なところでチキンな俺はやめるにやめられなくなってしまっているのだ。こうなれば仕方ない、初志貫徹、行けるところまで行くしかなかろう!
そんなこんなで会話が無いままだと暇すぎるので、自身について改めて考察してみることにした。
まず最初にステータス画面だ。
――――――――
名前:ケーニヒ・イルズ・ゴードウェル
年齢:17
Lv:2
所属:なし
生命力:105000
気力:108000
武力:11095
兵:6
統率力:6
戦技:神願▼
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見てみるとレベルが上昇し、数値も上がっていた。生命力と気力は同じ数値だったはずだが、差がついているところを見ると、上昇率は違うらしい。基の数値が「99999」だったのを考えると生命力の上昇率は凡そ1.05倍で、気力は1.08倍くらいだろうか?武力は細かい数値を覚えていなかったのでわからない。
兵は…たぶんこいつらの事だよな?だが、人数の計算が合わない。…いや、もしかして貴族馬車がワンセットで兵ひとり扱いなのか?この辺りペットの扱いがどうなっているのかも確認する必要がありそうだな。
まぁそれは後回しでいいだろう。
ステータス画面を閉じて、今度はアイテムストレージを開く。表示されるのはゲームの時のまま入手順に並んだアイテムの数々だ。回復アイテムなどの消耗品や装備品の数々、そういった物とは別に貴重品という枠でストーリークエストやサブクエストなどで手に入る廃棄不可のクエストアイテムもそのまま残っていた。
試しに貴重品枠の中から無難な物をひとつ取り出してみる。
取り出したのは白いハンカチだ。何の素材を使っているのかはわからないが、手触りも良く、細かく品のいい花の刺繍がされている。これは「わがままお嬢様の難題」クエストアイテム「イルダ嬢のハンカチ」だ。
数あるクエストの中でも割と面倒くさい部類に入るサブクエストで、ある貴族のお嬢様であるイルダが失くしたハンカチを、プレイヤーが倒したモンスターのドロップで手に入れる事から発生する。
ハンカチには家紋と名前が刺繍されており、それを手掛かりにイルダにハンカチを返すだけのはずが、何故か受け取ってもらえず、プレイヤーはイルダに気に入られ、事あるごとに指定のアイテムを持ってくるように要求されるのだ。最終的にもらえる装飾品はそこそこの物なので、十分にやる価値はあるのだが、面倒な事には変わりなかった。
とまぁそんな豆知識はさておき、この「イルダ嬢のハンカチ」というアイテムはクエストが終わってしまえば使い道のないアイテムとして通常のアイテム枠とは別に保管されるだけの物となってしまうのだが、こちらの世界ではどうやらハンカチはハンカチとして使用できるようだった。
「カーレ」
「…っ、はい!」
「受け取れ」
「へ?…あ、はい」
俺は唐突にカーレにハンカチを渡してみる。貴重品枠のアイテムは廃棄不可な上に譲渡もできない仕様だった。それが今どうなっているのか確認したかったのだ。ついでにハンカチに刺繍された家紋に関して、何か反応があるかも見ておきたかった。
突然ハンカチを渡されたカーレは呆然としたまま、差し出されたハンカチを受け取った。しばらく様子を見てみるが、ハンカチが勝手に戻ってくるということもない。この調子なら今まで譲渡不可だったほかのアイテム類も受け渡しできそうだ。
貴重品の中には価値の高そうな宝石なども多い。あるかはわからないが金に困ったときには金策にも使えるだろう。
「その家紋に見覚えはあるか?」
「家紋…あぁこれですね。…見たことのないものです。どちらの物かお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「あぁ(ええと確か…)リサンズフールという家名だったな」
「リサンズフール…やはり聞いたことのない家名です。申し訳ございません」
「構わん、聞いただけだ」
「そうでしたか、では…」
そう言ってカーレはハンカチを俺に返してくる。
「お前にやっても構わんが?」
「滅相も無い、存じ上げないとはいえ家紋の入った持ち物を私が持つなど恐れ多いです」
「(あぁ…そういう感じになるのか)そうか」
何か言いたげな空気をサラッと無視してハンカチを受け取り、ストレージにしまうと、今度はペット画面を開く。最初期から使える騎乗用ペットの馬や、プレイヤーの横を歩いて戦闘補助をするようなペット、レアリティの高い特殊効果持ちのペットなど多種多様なペットが並ぶ。
ゲームをプレイしていた半年間を思い出しつつ、画面をスクロールしている途中、ある名称を見て思わず手を止めてしまった。
「お手伝いメイド」主にメイドシリーズと呼ばれる中のひとつだ。お手伝いメイドはアネット、ロザリンド、ミーアの三種類。容姿が異なるだけで特に性能に変わりはない。一応特殊効果を持ってはいるが、どちらかと言うとコレクション要素の強いシリーズだ。
「お手伝いメイド」の他には「お料理メイド」「お掃除メイド」「戦闘メイド」「メイド長」などがあった。どのキャラクターも美女、美少女揃いで、レアリティも高いため、ゲームの最盛期には自慢げに連れ歩くプレイヤーも多かったらしい。
正直に言えばメイドは呼びたい。生身になったキャラクターがどれほどのものか確認したい。あわよくばアダルティなこともしてみたい。美女、美少女たちにご主人様呼びされるとか超憧れる。
そうだ、そろそろ休憩にしてもいいのではなかろうか。その際休憩の場を整える人員が必要だろう。そう必要に違いない。せっかくの貴族ロールなのだ、使用人のひとりやふたりいなくては恰好がつかないだろう。
これはもう呼ぶしかないな。呼ぶとすれば誰がいいだろうか?食事が必要だろうし料理メイドは必須だろう。配膳にはお手伝いメイドの三人全員を呼ぶとして…、メイドを統括するメイド長も呼んでおくべきだろうか?
いっそ全員呼んでしまうか?いや、さすがにそれはやりすぎか。まぁ五人も呼べばいいか。うん、そうと決まれば…
「シュトラ、一度休憩を取る。適当な場所で馬車を止めてくれ」
「かしこまりました」
俺の言葉に従って、馬車はある程度進んだところで停車した。近くに敵が潜めるような所もなく、見通しの良い場所だ。
シュトラが扉を開けて、下車の補助をする。それに応じて馬車を出た俺は、早速メイドたちを呼び出すことにした。
最初に呼び出すのは「メイド長:エリエス」だ。やはり地位の高い者から呼んだ方がいいだろう。
ペットリストを操作すると、風景に穴が開く。そこから凛とした青い瞳が印象的な金髪の美女が現れた。ほとんど肌の露出はなく、足首まで覆い隠すロングスカート、清潔感があり、背筋も伸びていて立ち姿が美しい。歳の頃は二十代後半から三十代半ばといったところだと感じたが、よく見てみれば目元や首筋にシワもなく、彼女の落ち着いた雰囲気が年齢を高めに見せているのかもしれない。
「お呼び頂きありがとうございます。ご主人様」
「あぁよく来てくれた。エリエス」
俺に対し柔らかい笑みを浮かべるエリエスに思わず見惚れる。カーレたちを見た時も美人だと思ったが、エリエスは別格だ。容姿の美しさもさることながら、所作ひとつひとつが美しい。誠実さを感じるというか、この人に仕事を任せておけば間違いないと思えるような、内面の美しさも併せ持っているかのようだ。
もしこれがすべてゲームの設定に沿っているというのなら開発の方々に最大の賛辞を贈ろう。ありがとう開発!ありがとう神様!
しかし、こうなってくると否応なく期待は膨れ上がる。エリエスがここまでのものなのだから、他のメイドも相当なものではないだろうか?美人メイドに囲まれる生活…いいな、すごく憧れる。大きな屋敷とかを持っていればなお雰囲気が出るだろう。
立派な屋敷…必ず手に入れてやろう。そして美女、美少女メイドに囲まれた悠々自適な生活を実現するのだ。
かなり話が逸れてしまったが、他のメイドたちも召喚してしまおう。そう考えて俺は「料理メイド:リタ」「お手伝いメイド:アネット、ロザリンド、ミーア」の名前を選択して一気に呼び出す。
エリエスと同じように突如現れる黒い穴から四人の女性がそれぞれ歩み出てきた。
「「「「お呼び頂きありがとうございます。ご主人様」」」」
彼女たちは打ち合わせをしていたかのように、同時に優美な動作で頭を下げ挨拶してくる。
料理メイドのリタは赤みの強い茶色の髪と茶色の瞳、健康的に日焼けした褐色の肌、今の俺自身の身長がわからないため断言はできないが、女性にしては長身で少し釣り目気味の勝気な美人といったところだろうか。歳の頃はおそらく二十代半ば程だろう。女性のスタイルについて詳しくはないが、一見して非常にバランスの良い体つきだ。単純に好みである。お胸さまがご立派であります。
続く三人は前の二人に比べて幼いという印象を受けた。全員が十代のようだ。髪や瞳の色が全員同じ淡い黄色なため、姉妹なのかもしれない。
三人の中でも一番上なのが女子大生っぽいアネット。色白でスラっとした清楚美人だが、胸は豊満だ。くびれたウエストからの対比で余計に大きく見えているのかもしれない。
次女っぽい雰囲気のロザリンドはアネットより少し身長が小さい。見た目は高校生くらいで、胸はアネットほどではないにせよソコソコの大きさがある。ノーフレームの眼鏡をかけており少し知的な印象だ。
最後に三女っぽいミーア。彼女は中学生くらいに見える。未だ女性らしいスタイルとは言い難いが、幼いながら顔立ちは非常に整っており、成長すれば他の二人にも負けない美女になるだろう事が明白だ。嬉しそうに俺を見ている姿は天真爛漫な美少女と言って差し支えないだろう。
召喚した五人のメイドを改めて眺め、感慨に浸る。この美女、美少女が全員俺のペット…と言うと背徳感が凄い。まぁ専属のメイドって表現の方がまだマシだろう。どの程度の命令まで許容されるのか非常に気になるところではあるが、この子たちに嫌われる可能性を考えると、とてもではないがそんな冒険はできない。彼女たちが自発的に俺の意を汲んでくれることを切に願うのみである。
「皆よく来てくれた。早速だが君たちには食事の用意をして貰いたい。食材は…この辺りか」
俺はそう言って食材アイテムを適当に引っ張り出す。さらにゲーム中に野外でも料理が可能になる簡易調理器具と拠点の中に配置できる机と椅子を出現させて、それをメイドたちに使用するよう伝え、作業を始めてもらう。
そんなメイドたちと俺のやり取りを、やはり呆然と眺めるだけの帝国斥候部隊面々を完全にスルーして、俺はひとり用意された椅子に腰かけて寛ぎ始める。メイドたちはテキパキと食事の準備を進めており、シュトラも馬と馬車のメンテナンスをしていた。
そんな中、ティーセットを持ってエリエスがこちらへと向かってくる。
「ご主人様、お茶をご用意しました」
「お?さすがメイド長、気が利くな。丁度喉が渇いていたんだ」
「恐れ入ります」
エリエスの綺麗なお辞儀を眺めつつ、用意してくれた紅茶のような見た目のお茶を少しだけ口に含む。少しだけ果物のような甘い匂いがした後、爽やかな甘みが口を潤してくれる。独特の渋みもあるが、上手く甘みと調和しているように感じた。
まぁもっともらしい食リポのようなセリフが浮かんだが、とりあえず美味しいお茶だということだ。
「おい、いい加減お前らも座れ」
「…っ」
せっかくメイドたちが用意してくれた席に、いつまでたっても固まったように動かない斥候部隊の面々にそう声をかけて着席を促す。そうしてようやくノロノロと動き出した彼らを見てひとつため息を吐いた。
こいつらを連れてきたのは間違いだったかもしれないと、早くも後悔し始めていたからだ。
それでも着いてきてしまったのだから仕方ない。一応女三人は髪や眉が生えそろえば美人には間違いないだろうし、体も充分に魅力的だ。配下のメイドたちに比べれば見劣りはするものの、それはそれ、これはこれだろう。目の保養が多くて困ることなどない。
そんなことを考えながら、ようやく席に着いた彼らに目を向けてみれば、口にした茶の味に感嘆の声を上げている所だった。
(そうだろう?旨いだろう?感謝しろよ?)
配下の功績は自分のものという密かな自尊心を満たしていると、食事の用意を終えたリタと、彼女が作った料理を持ってお手伝いメイドの三人が戻ってくる。彼女たちは手早く配膳を済ませてから、俺のすぐそばに整列して控えた。
「お待たせいたしました。どうぞお召し上がりください」
そう言ったのは料理を作ったリタだ。
改めて、テーブルに並んだ料理を見る。移動途中だというのを考慮したのか、俺が想像していたような手の込んだフルコースではなく、サンドイッチという軽食に丁度良いものだった。確かにこれなら手早く準備できるし、食べる時間もそれほどかからない。
「それじゃ、頂こうか」
そう言ってサンドイッチに手を伸ばす。具材はおそらく肉だろう。ひとくち噛んだ瞬間、シャキッとしたレタスのような心地よい食感に続いて、ジワリと肉汁のうまみと、それを活かすピリ辛のタレの味が溢れてくる。
「うまいな」
「あ、ありがとうございます!」
嬉しそうに喜ぶ姿に心が癒され、自然と笑みが浮かぶ。それを見て頬を紅潮させて照れる姿の破壊力が凄い。褐色長身美女のテレ顔はギャップがヤバい。可愛すぎて語彙力が死んだ。
ひとつ食べ終えて次に手を伸ばせば、また違う具材が入っている。どちらも非常に旨い。ひとつひとつのボリュームも見た目よりあったため、皿に乗ったサンドイッチだけで十分に腹が満たされた。
エリエスが食後に用意してくれた茶も口がさっぱりするもので、後味が良い。
そういえば、シュトラや彼女たちの食事はどうするのだろうか?二頭の馬を見てみるが、草を食んでいる様子はない。たまたま食べている瞬間を見逃したのか、このあたりの草が気に食わなかったのか。まさかペット枠には食事が必要ないのだろうか?
まぁ気にはなるが、それは後で直接確認すれば済むことだろう。少しゆっくりと過ごしてみて彼女らが食事をする様子を見せないようなら、一旦送還してしまうとしよう。
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