第10話 野営

 それからしばらく待ってみたが彼女らが食事をとる様子は見られなかった。こちらから食事を促してみようかとも考えたが、この場は当初の予定通り馬車を進めることを優先した。


 エリエスを除いたメイドたちを送還し、シュトラに命じて馬車を発進させる。

 なぜエリエスだけが残ったのかと言えば、それは本人の意向だ。ほかのメイドたちも残ろうとしたが、馬車の容量的に送還するしかなかった。できれば野郎どもを追い出してハーレム気分を味わいたかったが残念だ。


 その後も特に問題なく馬車は進み、数時間ほど移動したところでアルベイトから野営の提案があった。


 確かに野営をするならば陽が沈み始める前に準備しておくべきなのだろう。だが実のところ、俺たちに野営は必要なのだろうか?ゲームのときならば昼間だろうが夜間だろうが関係なく移動していた。一応技能の中には「暗視」という暗所でも視界が確保できるものもある。


 いや、ゲームと同じに考えるのは危険かもしれない。今のところ問題らしい問題は見つかっていないが、だからこそどこかで取り返しのつかない失敗に繋がる可能性だってある。ここは慎重論で臨むべきだろう。


 そういうわけで、アルベイトの提案を受け入れて野営をすることにした。エリエスとシュトラに命じて野営に適していそうな場所を探してもらう。


 ある程度進んだところで、シュトラがある程度開けた場所を見つけたため、そこで野営の準備をすることになった。


 とはいえ、メイドたちを再召喚して適当なアイテムを渡してしまえばそれで終わってしまうのだ。ちなみにメイドたちの再召喚までのリキャストタイムはたったの一時間だった。やはり雷鳴龍たるクインゼリスはペットの中でも別格なのだろう。


 俺の持つアイテムの中には、野営道具として「テント」と名付けられているものがあり、外見上は間違いなくテントなのだが、中身は完全に別物だ。

 こちらも課金要素溢れるもので、ゲーム内通貨である程度拡張ができるのだが、一定の広さまで拡張するとそれ以降は課金でしか拡張できなくなってしまう。


 中が拡張されて広くなれば、次にほしくなるのは家具類だろう。もちろん無課金でも買えるものはあるが、課金で購入する家具にはそれを利用する事で一時的なステータス上昇効果を付与してくれるものもある。


 俺のテントの中は玄関、リビング、キッチン、寝室、浴室、物置部屋とそれぞれ結構な広さの部屋に分かれている。一応トイレもあるのだが、これは課金ではなくゲーム内通貨で買える。というか完全にネタ枠だ。ゲーム内でトイレを利用する事はないし、その必要もない。そのためか、トイレは便器だけではなく個室がそのままテントに設置できるようになっていた。


 だが今となっては俺にとって非常に心強い味方である。途中で気付いたが、今の俺にもしっかりと便意があったのだ。まぁ普通に考えて物を食えば、出さなくてはならないのは道理だろう。


 ちなみに下半身のお大事は無事だった。というか軽く進化していた。


―チャララーン♪お大事はご立派に進化した。


 なんてアナウンスがセルフで流れた。

 くだらない事を考えている自覚はある。自覚はあるが今のところ反省するつもりはない。


 いろいろ脱線したが、野営に関してはこのテントひとつあれば事足りる。組み立てられた状態でアイテムウィンドウから出し入れが可能なので手間もかからない。


 問題は斥候部隊の面々をどうするかだ。テントに入れてやってもいいが、物置部屋にはいろいろ貴重なアイテム類も置いてあるので、正直あまり入れたくはない。


 かといって、野営道具も持っていない彼らを放り出すのも心情的にあまりよろしくない。さてどうしたものか。


 考えている最中、何気なく視線を彷徨わせていると俺の傍に控えていたエリエスと目が合う。


「どうかなさいましたか?」

「あぁ、アイツらをどうしようかと思ってな」

「確かに、彼らをここに入れるのはあまり好ましくありませんね」

「ああ、ここには貴重なアイテムなども保管しているからな。できれば入れたくはない。だが、さすがに着の身着のまま外で放置するわけにもいかんからな」


 俺の言葉を聞いて、エリエスが口元に手を当てて何か考え始める。整った容姿の知的美人が、綺麗な立ち姿で考える姿はそれだけで芸術作品のように思える。なぜ今ここにカメラがないのだろうか?


 なんて考えたせいか、急に視界に十字のポインタが現れた。これには見覚えがある。ゲームの風景を撮影するためのスクリーンショット機能だ。


 試しにシャッターボタンを押す感覚で念じてみると、脳内で「ピコン」と電子音が聞こえた。続けてメニュー画面を開けば、新たにアルバムタブが追加されている。そこにはしっかりと美人メイドエリエスが写真として登録されていた。


 少し試してみた所、ゲーム内と同じようなことができるのがわかった。具体的にはカメラは俺の視界だけでなく、俺自身を少し俯瞰した状態でも撮影できる。範囲は自分の周囲半径五メートル程とそこそこ広い上、遮蔽物越しでも撮影できるというのは十分な強みだろう。決してエロいことなど考えていない。


 今初めて変化した自分の容姿を確認したが、すさまじいの一言だ。肩にかかるほどの長さに伸ばされた綺麗な金髪に、赤い瞳。少し釣り目気味で鋭い印象があるものの、それがかえって綺麗な顔のパーツを引き立たせているようにも見える。意識していたわけでもないのに、以前のような猫背は治っており、エリエスと比較しても引けを取らない綺麗な姿勢をしている事にも驚いた。


 長々と語っては見たが、結局はスゲェイケメンになっていたというだけの話だ。まぁゲームキャラだし、イケメン目指して作り込んだのだからそうなって当然と言えば当然なのだが、なんにせよ今ここではっきりと自分がゲームのキャラになっているという事実が発覚したのだ。


 だというのに意外にもそれほど精神的なショックはなかった。


 気を取り直してもう少し撮影機能を試してみようかと考えた所で、思案していたエリエスが顔を上げた。

 INTの値が高かった影響か、思ったよりも撮影機能を試した時間を含めた思考は長くなかった。せいぜい数十秒程度だろう。


「なにか思いついたか?」

「大したことではございませんが」

「構わない。聞かせてくれ」

「では僭越ながら、ご主人様の馬車…あれの車体部分を簡易の寝床として貸し出すのはどうでしょうか?」

「ほう」


 確かにあれならば盗られて困るような物もないし、馬が居なければ持ち去られる心配も無い。結構な広さはあるし、あの座席の柔らかさなら下手なベッドより寝やすいはずだ。三人ずつなら足を延ばして寝るくらい余裕だろう。

 見張りをするだ何だでどうせ二交代、三交代くらいするだろうし、変に汚されたりしないようシーツ代わりに大きめの布を渡しておけば十分だろう。


「それはいいかもしれんな。だが、あれは俺の持ち物であると同時にシュトラが管理する物でもある。一応シュトラに確認しておくべきだろうな」

「そうですね。では、シュトラ様には私の方から…」

「いや、それは俺の方から直接聞いておこう。もちろんシュトラが嫌がるようなら別の案を考える必要がある。大丈夫だとは思うが、その時はまた知恵を貸してくれ」

「お任せください」


 そう言って恭しく頭を下げた彼女の顔は、少し嬉しそうに見えた。


 その後俺はテントの外で馬車や馬たちの世話をしていたシュトラから了承を得て、同じく外で焚火を囲っていたカーレたちに車体部分を貸し出す旨を伝えた。


 シュトラとしては俺の持ち物である馬車を俺の意思でどうしようと異論は無いとの返答を貰ったが、さすがにその言葉を鵜呑みにするつもりはない。


 ちなみにカーレたちに馬車を使ってもいいと伝えても、困惑されてしまった。それというのもあの「テント」の見た目のせいだ。外見上は思い切りスペースを詰めても四、五人入れるかどうかという程度しかない上、お世辞にも上等な造りとは言い難い。それにも関わらず自分たちには豪奢な造りの馬車を貸し出すというのだから困惑するのも無理はない。


 まぁこの件に関しては決定事項なので「いいから使え」の一言で無理矢理納得させ、車内が汚れたりしないようにシーツ代わりの布をいくつか渡した。ついでに許可なくテント内に入る事も禁じておく。



 テントへ戻ってリビングへ入るとフワリと肉の焼ける香ばしい匂いが鼻に届いた。中ではメイドたちが着々と準備を進めていた。リタはもちろんキッチンで調理中、他のメイドたちは食卓を整えたり、寝室の手入れや各部屋の点検をやっているようだ。


「おかえりなさいませ、ご主人様」

「「「「おかえりなさいませ、ご主人様」」」」

「あぁただいま」


 丁寧に頭を下げてきたメイドたちに軽く応じて、リビングに配置されたソファに腰かける。内心では慣れない対応にいろんな意味でドキドキしていた。


 甲斐甲斐しく世話を焼いてくれるメイドたちに心を癒されながら、出来上がった夕食を食べる。そこでメイドたちの食事に関しても思い出したので、近くに控えていたエリエスに話しかける。


「そういえば君たちは食べていないようだが、食事はどうしているんだ?」

「私たちの食事…そうですね、不思議なことに私は今まで空腹と言うのを感じたことがありませんでした。しかし今は少しだけ空腹を感じているようです」

「それは…今までは必要なかったが、今後は必要になる…ということでいいのか?」

「はい、ご主人様のお考え通りかと」


 エリエスの話し方から察するに、やはり俺が「真・転生石」を使った事で彼女たちにも変化が生じているようだ。ゲームデータでしかなかった彼女たちが意志と魂を持った生物へ…か。この世界へ「転」移して「生」物と成った。これも「真・転生石」の効果なのかもしれない。


 待てよ?だとすると、未だ召喚していないペット枠のやつらも腹を空かせているかもしれないのか?

 だとするとヤバいぞ。そもそも「スペランツァ・ディーオ」というゲームは十年近い期間続いた長寿コンテンツだったのだ。それだけの年月運営していれば、実装されたデータ量は膨大なものになる。


 特に運営の資金源「課金要素」でもある「ペットガチャ」にはかなり力を入れていた。正月からクリスマスまで各イベントに合わせたものはもちろん、大型アップデートによるシナリオ追加やサービス開始から何周年といった節目を迎える度に新たなペットが追加される。復刻イベントなどで流用されるペットもいるが、それでも裕に百は超える。


 俺が「欲望パック」で手に入れたペットはそういった期間限定のものも含めた全273種類だ。そのすべての食事を用意しようとすると…とてもではないが手持ちの食材アイテムでは足りないだろう。さて、どうしたものか。


 突然湧いて出た問題に頭を抱えたくなったとき、エリエスが口を開いた。


「ですが…この空腹感というのは、ご主人様にお呼び頂いた時間だけのものの様に感じます」

「…つまり、俺が君たちを送還している間は特に空腹になったりはしないと?」

「この状態になってから、あまり間もないのではっきりしたことは申せませんが、その可能性が高いように思います」

「そうか。なら済まないが他のメイドたちやシュトラにも聞き取りを行ってくれ。俺も他の者を呼び出して確認してみる。そこから暫定的な結論を出して経過を見よう」

「かしこまりました」


 エリエスが早足に去っていくのを見送って、もはやお馴染みとなったペットウィンドウを開いて召喚するペットを選び始める。


 次に呼び出すとしたら誰だろうか?今の目的から選択するとしたら会話による意思疎通が可能な者になる。クインゼリスのように人型でなくとも会話可能な者もいるかもしれないが、手っ取り早く話を聞くならやはり人型のペットだろう。


 他のメイドシリーズを呼ぶのもひとつの手だが、そろそろ俺以外にも戦闘ができる誰かを呼んでおいた方がいいかもしれない。人型で戦闘能力が高いペットとなると、ある程度候補は搾れるな。

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