第20話 後始末

 早くも問題が発生した。


 なにかと言えば、ドーム状のアースウォールで閉じ込めた女どもだ。

 もうすぐ倒壊してしまう建物に置いていくわけにもいかず、アースウォールを解除して避難誘導を始めたのだが…


「お兄さん凄い綺麗なお顔!」

「助けていただいてありがとうございます。お強いんですね」

「カッコイイ!」


 とまぁ助けた亀…ならぬ女達に纏わりつかれている。保護したのは全部で三七人も居た。最初のうちは無礼だ何だと言ってメイラも注意し、その場は治まるのだが、しばらく経つと隙あらばこのようにくっついてくるのだ。


 いや元が理想を追求したゲームのキャラであるエルフのメイラやメイドたちには及ばないが、全員が美人と言って差し支えないほど容姿は整っているし、彼女たちの境遇的に行為が行われていたのは確かなわけで、艶っぽいというか色気があるというか、まぁなんだ…キャバクラ感が凄い。


 彼女たちに暗い雰囲気がないのは幸いと言えば幸いだが、かなり対応に困っていた。一時的とはいえ保護している以上、危害を加えるつもりも見捨てるつもりもない。だが、だからといって必要以上に親しくするつもりもないのだ。俺にはメイドたちや、まだ召喚していない美女、美少女のペッ…配下が待っている。



 いろいろな欲望に蓋をして、既にデフォルト装備となった鉄壁のポーカーフェイスによって女たちの猛攻を防ぎきって、安全に建物の外まで脱出できた。


 必要以上にベタベタと触れてくる女たちを後方まで下がらせると、ずっと考えていた案を実行するために構えを取る。


―剣技『雷火鳳扇らいかほうせん二連』


 威力を増した状態の雷火鳳扇を建物へと撃ち込む。一撃は建物の土台部分を完全に両断し、もう一撃はここから見える一番高い階層へ撃ち込んだ。


 その結果、支える物のなくなった建物は重たい音を響かせて倒れ始める。もちろんそのまま放置するつもりなどなく、倒れてくる建物に近づいて手で触れると、アイテムウィンドウへの収納を強く意識する。


 できるかどうかはわからない。これは一種の賭けだった。


 建物の中には既に生きた人間はいない。生きたままでも収納できる可能性もあるが、できなかったときどうなるのかわからなかったので、そういった不安要素はできるだけ排除しておきたかったのだ。


 建物ごと収納できれば、いろいろ手間も省ける。そう考えての実験を兼ねた試みだった。


 ズッシリとした重みが手に加わり、徐々に傾く建物が軋みを上げる。落ちてくる瓦礫はだんだんと大きな物へと変化していき、さすがにこの大きさは無理かと思い始めた頃…


 フッと手にかかっていた重みが消え失せ、同時に俺が斬った部分の建物も消失した。


 アイテムウィンドウを確認してみれば「建築物(残骸)」という表記がある。所持金も大幅に増えており、おそらく死体の数も増えているのだろう。


 他にも見覚えのないアイテム名がズラリと並んでおり、俺の目論見が上手くいったことを物語っていた。



 気分よく後ろを振り返ってみて、高揚した気分が一瞬にして冷めた。あれほど俺にベタベタしてきた女たちが、全員酷く怯えた顔をしていたからだ。


 その表情には恐怖がありありと浮かんでおり、今までの媚びたような態度も、愛想を振りまいていたのも、全て作り物だったことがわかった。


 今までそうやって振る舞う事で生きてきたのだろう。暗い雰囲気がなかったのも、それで不興を買えば死ぬかもしれないという強迫観念じみたものだったのかもしれない。


 今も必死に表情を取り繕おうとしている。これなら金でも渡して早々に開放してやった方がコイツらにとって幸せかもしれない。


 そんな風に考えていると、急に先ほどのボスの言葉が過ぎった。


(やりたいように…ね)


 ヤツがやりたいようにやった結果があの女たちの表情なのだとしたら、非常に胸糞悪い。けど…


(俺もわりと似たような事考えてたんだよなぁ…)


 力を手に入れて、好き放題に振る舞った。俺に敵対したから、相手が悪党だから、既に大勢の人間を殺した。中には善良なやつだっていたかもしれない。殺した奴は悪人でも、その家族はそいつがいなくなることで悲惨な目に遭うかもしれない。


(ダメだな。この思考はダメだ)


 やりたいようにやる。その行動自体は悪ではない。だが、何の枷も無くそれをやり続けるのは、いつか俺の心に小さくない傷をつける可能性がある。


 「ルール」を作るべきだ。曖昧な善意だけではいつか間違いを犯す。明確な基準を作り、それを遵守することで、俺の心理的負荷も減るだろう。


 これはここを出た後でじっくり考えればいい。今はさっさとここを出よう。


「用は済んだ。行くぞ」

「はい」


 怯え切った女たちは俺の言葉にビクリと震え、黙ってついてきた。必死で表情を取り繕おうとして失敗し、歪んだ表情は痛ましいの一言だ。


 怯えの対象である俺から彼女らにかける言葉などない。



 通路を抜けて、最初の地下広場にたどり着くと、そこは見るも無残に破壊しつくされていた。


 違法なものを扱っていた店舗群も、そこで買い物をしていた客たちも等しく潰れている。その中で未だに暴れ続けているのは、他でもないアースゴーレムだ。


 俺の命令を忠実に守り、存分にその力を振るっている。ここにはどうやらアースゴーレムに傷を負わせられる存在はいなかったようだ。


「他はまだ戻っていないようだな」

「そのようですね。主様をお待たせするとは…」

「それだけ回収するものが多いという事だろう。いいことじゃないか」

「なるほど、さすが主様」


 ボスの側近でアレだったのだから、それ以上の敵が相手側にいるとは考え難い。ならばトゥーラたちが苦戦するはずがない。そうなるとやはり回収物が多い以外にないだろう。


 しかし、ここまで何もかも潰れていると、ここを漁るのは面倒だな。アースゴーレムへの命令はもう少し考えればよかったと今更ながら後悔する。


(仕方なかったんだ。あの時はアースゴーレムの召喚演出でテンションが上がってたんだ)


 そんな事を考えている間も、破壊活動を続けているアースゴーレム。さすがにそろそろ止めなければ。


「よくやってくれた。もういいぞ」


―オォォォォォ


 大して声を張ったわけでもないのだが、どうやらしっかり聞こえていたらしく。アースゴーレムはその動きを止めた。


 俺がアースゴーレムへと近づくと、膝をついて頭を垂れてくる。跪くというより、頭を撫でて欲しがる犬のような印象だ。


 その感覚に従ってアースゴーレムの頭を撫でてやる。バステンやサンディナたちのように明らかに喜ぶ仕草などはないものの、喜びの感情のようなものは伝わってきた。


「お前にも名前をつけてやらなきゃな」


 さて、何がいいだろうか?最初に思いつくのはタイタンだが、さすがに捻りがなさすぎる。


「そうだな…、ではお前は今からグラエメスだ」


―オォォォォォォ!


「ご苦労だった。今日のところは戻ってくれ」


 そう言ってグラエメスを送還する。見上げるような巨体が消え失せ、後に残ったのは破壊の跡だけだ。


 この瓦礫の山をどうするかと考えた所で、ふと思い出した。錬金術の中に「ハイド」と同じくストーリークエストの中でしか使えなかった技能があった。


 思い出したのは「自動人形オートマタ作成」だ。

 素材として使用するのは木材または金属で、そこに「機械の心臓」というアイテムを混ぜることで完成する。


 機械の心臓はモンスターのドロップアイテムなので大量に持っている。素材となる木材や石材、金属などはそこらへんに落ちているので、あとは技能が使えるかどうかだけだが、チラっと確認してみれば、ゲーム中はブラックアウトしていたものが通常表示に変わっている。


 早速適当な材料をメイラに集めてもらい、アイテムウィンドウから「機械の心臓」を取り出す。


 その見た目は人間の心臓そっくりだが、全てが金属でできており、そこに機械的な構造が混じっている感じだ。


 早速「自動人形オートマタ作成」を使用すると、ただの鉄くずの集まりだった物が溶解し、ウネウネとスライムのように蠢き始め、機械の心臓を取り込んで人の形を成していく。


 出来上がったのはデッサン人形のようなシンプルな見た目の人形だった。アースゴーレムと違って感情のようなものは感じられず、飽くまで命令に忠実な機械という印象だ。


 俺は同じものを合計で三体作り、このあたりの金品を集めてくるように命じる。


 それを待っている間にトゥーラたちも合流し、簡単に戦果報告を聞いた。その後は彼女らも回収作業に加わり、思いのほか作業が速く終わった。


 そして始まるのが恒例の名付けである。既に少し名付けに苦手意識が芽生えつつあるが、彼らが喜んでくれるのだから少しくらい我慢しよう。


 まずエルフの射手にはフロス・ホークウッドという名を与え、人狼はキールと名付けた。


 続いてミミック四体だが、ハンターミミックにはハント、トレジャーミミックにはトーレ、コレクションミミックにはレクト、アルケミミミックにはミズリーという名を付けた。


 正直ミミックたちには申し訳ない気持ちでいっぱいである。どうか強く生きて欲しい。




 最後にこの場所が再利用されないようアースウォールで巨大な岩盤を作り出して街ごと埋め尽くしてしまえば終わりだ。


 魔法で作り出したおかげか、岩盤は非常に硬く新たに穴を掘ろうと思っても人力では難しいだろう。


 あとは女たちを地上まで送り、当面の生活に必要な金を渡しておいた。さすがに女たちだけでは再び悲惨な目に遭いかねないため、護衛として先ほど作ったオートマタを貸し出してやる。


 最初は戸惑っていた女たちも、地上に出ればある程度精神状態も落ち着き、俺に礼を言って去っていった。


 あえてオートマタの貸し出し期間は決めなかった。ある程度量産も可能なので、大して惜しくないというのもあるが、日本人的な感覚で、彼女たちには幸せになってほしいという思いがあったのも確かだ。


 女たちを見送り、メイラとトゥーラ以外を送還して、カーレを含めた四人で帰路につく。


(あぁ…早く宿に戻ってメイドたちに癒されたい)


 そんな事を考える程度には、俺の心は癒しを求めていた。

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