第19話 地下スラムの主

 この道はどうやら当たりらしい。


 そう思ったのは敵の多さと、奥から感じる他よりも一層どす黒い欲望の感覚。もしもこの感覚に実態があれば、ヘドロのようにネバネバした気持ちの悪い感触だっただろう。


 俺の前を歩くメイラが敵を切り伏せていく。ここにいる奴らは衛生面が比較的マトモそうなので死体ごとアイテムウィンドウに収納していく。


 途中で気付いたのだが、俺が触れていれば収納できるという事は、別に手で触れる必要はないんじゃなかろうか?


 試しに転がっている死体を踏みつけた状態で収納できるか試してみたのだが、案の定問題なく収納できてしまった。



 わかってはいたが、この地下通路は本当に広大だ。通路のところどころに大きな空間があり、そこに二〇人前後の小さな集団が控えている。


 その様子はまるで映画やドラマで見たヤクザの事務所のようだ。


 そのひとつひとつを丁寧に潰していき、貰えるものは全て貰っていく。

 この体になってから、妙に勘が働くようで、隠し財産?財宝?みたいなものも割と探し当てられるため、探索にもほとんど時間がかからない。


 トゥーラたちはどれくらい進んだだろうか。不安要素で言えば戦闘能力的にカーレだが、あいつにもミミックは付けているし、カーレより強い敵が居たとしてもどうとでもなるだろう。



 メイラは敵を鎧袖一触といった様子で、苦も無く屠っていく。はやり数を熟すことで動きが効率化されているのが見て取れる。

 より力強く、より効率的に、直線的で単調だった攻撃も緩急をつけた読みにくい攻撃へと変化する。


 敵を倒し、金品を回収する。時折感覚に引っ掛かる隠し財産のようなものまで手に入れて、ある程度懐が温まってきた頃、ようやく終点らしい場所が見えてきた。


 大きな空間にひと際高い天井、そこに頑丈そうな石材が積まれた無骨な建物が姿を現す。建物は大きな四角柱状で天井に届く…というよりは天井を突き抜け、地上まで建物が続いているような印象だ。もしかしなくても地上の建物と繋がっているのだろう。


 既に俺たちの侵入はバレているらしく、建物付近は厳戒態勢だ。既にここのボスには逃げられているかもしれない。


「少し急ぐぞ。後ろに控えていろ」

「はっ!」


 ひとりひとりを剣で斬っていては、いくら俺達でも時間がかかってしまう。なので少々荒っぽい手段に出ることにした。


 俺は敵の前に躍り出ると、腰だめに構えを取る。


―剣技『雷火鳳扇らいかほうせん


 居合切りのように横一直線に刃を振るう。すると雷と火炎を纏った閃光が、敵の身体を通過した。


 次の瞬間には俺の目の前に原型を留めぬ炭のオブジェがいくつも出来上がっており、その中に生きている人間は一人もいない。


 「雷火鳳扇」は自身の前方五メートルに扇状の範囲攻撃を行う剣技の中でも上級の技だ。


 通常この技で消費するマジックポイントは一〇〇ポイントだが、今回は試しに多めにマジックポイントを注ぎ込んでみた。その結果俺の知識よりも明らかに攻撃範囲が増大し、視界内にいる敵を一掃するに至った。


「お見事です!」


 メイラの賞賛の声に気分を良くしつつ、それを顔にはおくびにも出さずに先へ進むよう促した。


 どうやら建物まで斬撃が届いていたらしく、建物に浅くない傷をつけていた。すぐさま崩落するほどではないだろうが、ピシピシとひび割れが広がっていくような嫌な音が響いている。


「加減を間違えたようだ。すまんな」

「滅相もございません。主様の力に対してこの世界の者どもが脆すぎるのです。決して主様に非などありません」


 まさかの「この世界が悪い」的な発言に困惑したものの、この建物が倒壊する前にいろいろ終わらせなければいけないと気を取り直す。



 外にあれだけ居たのだから、中はそれほど残っていないだろうと思っていたのだが、下層は詰所のような場所だったらしく、ワラワラと敵が出てきてしまった。


 前方の敵はメイラに任せ、後方から迫ってくる敵は俺が対処した。技能を使うまでもなく剣を振るうだけで数人が体を破壊されて吹き飛ぶ。


 メイラが盾を正面に向けて構え、シールドバッシュを繰り出せば、大型車両にでも激突したように敵が吹き飛んでいく。


 幾度となく刃を振るったが、ほとんど抵抗を感じない。まるで豆腐を相手しているような呆気なさだ。


 俺の能力が高いだけでなく、現在使用している武器の切れ味も凄まじいのだろう。


 難点は死体が山になると少し邪魔だと感じる程度だろうか?まぁどちらにしろアイテムウィンドウに収納してしまうのだから、手間としては大して違いは無い。



 遭遇した敵をひとりも逃さず殲滅し続け、気配を見逃さないように走り続ける。途中、容姿の整った女性が身を寄せ合っていたが、敵かどうかの判別が難しかったため、アースウォールをドーム状にして一時的に閉じ込めておいた。これならもし建物が崩落したとしても、瓦礫で死ぬことはないだろう。



 敵を倒しては階段を上がりを繰り返していると、ひとつの集団が俺の感覚にひっかかる。俺たちに向かってくるばかりだった敵の中に、離れようと動く一〇人ほどの気配を見つけたのだ。


 今いる場所から二階層ほど上に居る。それがわかれば素直に階段を昇って行ってやる事もないだろう。


「おそらく見つけた。道を作るぞ」

「はっ」


―拳技『虚砲撃こほうげき


 技能の発動と同時に拳が発光し、撃ち出した拳から閃光が放たれる。虚空を穿つ砲撃は壁や天井をいとも簡単に消し飛ばした。


 俺とメイラはその穴から上階へと跳び上がり、突然開いた穴を茫然と見ていた集団と対面した。


 その中のひとりに俺の感覚が反応した。建物の前でも感じたネバついた欲望の気配だ。


「お前がここのボスか」

「な、何もんだテメェ!」


 そんな言葉が聞こえた瞬間、静止する間もなくメイラが声を出した護衛の男を斬りつけていた。


「主様に無礼な口を聞くな」


 普段の声色よりも低い声で敵を恫喝するメイラの横顔は味方の俺でも寒気がするほど冷たい目をしていた。


 組織のボスというのがどういう者なのか、少し話してみたかったのだが、この空気ではもうダメだろう。メイラも止まりそうにないし、この程度の組織なら他にもあるだろうし、その時に聞いてみればいい。


 そう考えて、メイラにゴーサインを出そうとしたその時だった。


「お、お前ら一体何なんだ!」

「貴様っ」

「良い、メイラ。一度戻ってこい」

「はっ!」


 ボスらしき男が叫んだことで、少しだけ間が開いた。激高したメイラが今度こそボスを殺しそうになっていたので、彼女に命じて一度下がらせる。怒っていても俺の言葉はしっかり耳に届いているようだ。


 メイラを下がらせても、俺たちに向かってくる者はいなかった。全員が酷く怯えているのがよくわかる。


「質問なんだが、お前は偉くなって何がしたいんだ?」

「は?」


 唐突な俺の質問に、困惑した表情で呆ける。気持ちはわからないでもないが…


「さっさと主様の質問に答えろ!」

「っ?!」

「そうだな。時間に余裕があるわけでもない。答えないなら早々に片付けてしまおう」

「ふ、ふざけるな!」

「仕方ない…メイラ、少し立場をわからせてやれ」

「はっ!」


 プレッシャーに耐えられなくなったのか、取り巻きの一人が悲鳴のような声音で叫び、俺の言葉に反応してメイラが再び飛び出す。次の瞬間には彼女の刃が騒いだ敵の頭を斬り飛ばしていた。


 派手に上がった血しぶきが周囲の者たちにも降りかかり、敵の怯え具合に拍車がかかった。ボスの顔色もかなり悪くなっている。


 そこからは酷いものだ。仲間が殺されたことに押さえが効かなくなった心の弱いやつらがメイラへと襲い掛かり、即座に返り討ちにあう。


 メイラは降りかかる血しぶきを器用に避けながら、向かってくる敵だけを斬り殺した。


 残ったのはボスとその両脇に控えるふたりだけだ。


「…そろそろいいか?」

「わ、わかった。ちゃんと答える。だから…」

「いいだろう、メイラ待機だ」

「はっ」


 これでようやく話ができそうだ。かなり周囲は悲惨なことになってしまったが、この期に及んで心を痛めるという事も無い。


「では改めて質問だ。お前は偉くなって何がしたいんだ?」

「お、俺は…俺のやりたいようにやりたいんだ。力があれば好きに振る舞える。権力がありゃ他の人間だって好きにできる」


 徐々に俺の質問に答えるというより、自分に言い聞かせるような、言葉に妙な熱が入り始めている。


「もう少し、もう少しなんだ。せっかくここまで来たというのに、なのにどうして…」

「もういい。思ったよりつまらなかったな」

「ま、待て!なぜお前らは俺たちを…お前ら一体何者なんだ!誰かの差し金か?まさか…領主の依頼か!」

「…一方的に質問するだけだと、さすがに可哀想か。いいだろうお前らの疑問に答えてやる。なぜお前らを狙ったかだが、簡単に言えば金だな」

「か、金…」

「そう金だ。誰かの差し金でもなんでもない。お前らがたまたま俺に見つかり、金を奪っても心が痛まないと思ったからだな」

「そんな…理由で…」


 ワナワナと体を震わせて悔し気に顔を歪める。いや、まぁ理由としては酷いものだと我ながら思うが、コイツがやってきた事は軽く聞こえてきただけでも相当酷いし、因果応報だろう。


「最低限の義務は果たしたな。では、終わりにしよう。メイラ」

「お任せください」

「ま、待ってくれ!俺を生かしておけば金はもっと手に入る!だから…」


 「どうしますか?」という表情でメイラが俺に視線を送ってきたので「気にせずやれ」という意味を込めて軽く手を払った。


 メイラは俺の意図をくみ取って軽く頷くと、なんの躊躇もなく首を断った。ボスもその取り巻きたちも等しく、一刀の下にその命が刈り取られる。


「…存外、呆気なかったな」


 周囲に散らばる死体の山を一瞥した後、俺たちは建物を脱出すべく行動を再開した。

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