第5話 雷鳴龍

 エログロからグロが取れて完全にエロになった。スタイルは文句なし、眉無しスキンヘッドでなければ完璧だっただろう。じっくり見ておきたい気分だが、ぐっとこらえてアイテムウィンドウ内にあった白い布をカーレにかけてやる。


「あっ…あっ…」


 復活した自身の手足を見た後、今まで以上に熱のこもった目で俺を見た。目が合った瞬間に気おされそうになったが、ギリギリで持ちこたえる。

 カーレ以外のやつらにも視線を向けてみるが、全員が茫然としているだけで、それ以上の反応は無い。おそらく彼らにとって埒外の事だったのだろう。


 いや、まあ普通に考えて死者が蘇るとか手足が再生するとかあり得ないことだが、俺の認識ではゲームなのだ。ゲームとは非常識…否!非日常的なものだ。


 化学も物理法則も関係ない、羽がなくとも空が飛べるし、気合で手から光線とか飛ばせる。ドラゴンやエルフ、ドワーフのような異種族も居るし、明らかに刃渡りの足りていない刃で、巨大なドラゴンの首やら胴を真っ二つに切り裂いたりもできるのだ。ご都合主義的なハーレムとかできればなお良し。


 要は彼ら彼女らの常識など知った事ではない!この世界の神に俺はなる!…みたいなノリだ。


 適当な事を吹いてみたが、実際のところ欠損の回復までされるとは思っていなかった。俺が使用したのは高価でも希少でもなんでもない、MPさえあればいくらでも使える『ヒール』なのだ。下手をすれば数に限りがある下級レッドポーションよりもお手軽だ。もしかしたらMPが回復しない可能性もあるにはあるが…ステータス画面で使った傍から回復し始めたMPメーターの表示を見て安堵した。少なくとも今すぐ魔法が使えなくなるなんて事はなさそうだ。


 そういえば、『スペランツァ・ディーオ』の時には部位欠損なんて状態異常は存在しなかったな…なんて、若干逃避気味にそんなことをぼんやり考えながら視線を彷徨わせていると、カーレと再び目が合った。


 瞬間カーレはビクリと体を震わせ、何かを決意するように息を吸い込んだかと思うと…


「し、失礼を承知で申し上げます!」


 悲壮な決意を固めたような鬼気迫る表情でそんなことを言う。突然何だと、少し面倒くさくなった態度が表情に出てしまった為か、何か言おうとしたカーレが怯えたように固まってしまう。そんな怖がらなくてもいいじゃないか。


「構わん、言ってみろ」

「あ、ありがとうございます!あ、あの、も、もしよろしければ…その、わ、我が国へ来て頂けませんか?!」


 ………ん?


「「「…え?」」」


 それまで黙って成り行きを見ていたはずの三人がそんな声を上げた。ついでに言うと現在進行形で口を塞がれている男も抗議するようにモゴモゴ何か言っていた。


 我が国へ…ね。この提案に乗った場合のメリットは、カーレの国だから土地勘はあるだろうし、常識とかその辺りのフォローは彼女がしてくれるだろう。金銭に関してもなんとかなると思う。衣食住の保証がされるってところか。


 対するデメリット。カーレの態度で忘れそうになるが、現在俺と彼らは敵対している。殺されそうになったのだから当然だろう。そんな彼らが国に帰れば確実に俺の事を報告するだろう。そうなればどうなるか?良くて戦力としての軍事利用、悪くて命を狙われるってところかな。おそらく命を狙われる可能性の方が高い…と。恭順しなければ死あるのみ…とか普通にありそうだ。


 うん、考えるまでもないな。


「面倒だ。断る」

「…っ」


 王国の方に行ったところで、帝国の方から命を狙われるというのは変わらないかもしれないが、相手のホームにノコノコ向かう必要はないだろう。だからそんな泣きそうな表情になってもダメだかんな!


 あー、でもそうか。ノリで生き返らせたけど、こいつらこのまま帰すと俺が狙われるんだよな。どうしよう、面倒だしキッチリ殺しておくか?いやでも、さっきこれ以上危害を加えるつもりはない…とかかっこつけちゃったしな。今更反故にしたらかっこ悪いよな。


 なにか…なにかないか?こいつら殺さなくても口封じできる名案。脅すか?ダメだ、まったく上手くいく気がしない。…もういっそこいつら連れていくか?


「…さっき言った通り俺は面倒が嫌いだ。お前らに危害は加えんし、帰りたければ帰ればいい。好きにしろ。お前らが国に帰って俺の事を報告するのも…まあとやかくは言わん…が、それが原因でお前らの国が俺にちょっかいをかけてくるかもしれん。それが俺の癇に障れば、その時は容赦せん。場合によっては…国ごと滅ぼしてやろう」


 どこの魔王様だよ!と言わんばかりの俺の発言に全員が固まる。お前らちょっとディスコミュニケーションすぎるだろ…と自分の事は棚に上げて思ってみる。国対個人って、俺今めちゃくちゃな事言ってるなぁという自覚はある…が、不思議と不安はなかった。


 ただ、ここまで言ってしまった以上、もう少し示威行動をしておいた方がいいか。先ほどの戦闘でこいつらを瞬殺できる程度には力がある事を示しているし、これ以上俺が何かしてもあまりいい効果は出そうにない。なら別の手段だが…アレは使えるだろうか?


 そう考えたところで、再びウィンドウが表示された。そこには目的のものが表示されており、思わずニヤけそうになるのを堪える。操作方法はアイテムウィンドウとほとんど変わりないため、特に迷うことなく操作を行う。そして操作が終わる直前、俺はそれっぽく呟く。


「…来い」


―ゴォォォォォン!!


 言葉と同時に操作を完了した瞬間、俺のすぐ近くに雷が落ち、眩い光が一瞬視界を奪う。少し遅れて雷鳴が鳴り響き、体を衝撃が襲う。


 光が薄れ、かわりに現れたのは巨大ななにか。体高四メートルにも及ぶ巨体とそれよりもさらに大きな翼をもった白銀の龍だった。


 …などとそれっぽく語ってみたが、要は課金ガチャで手に入れた俺のペットである。雷鳴龍という種で、飛行できる便利な移動手段であり、戦闘面でも雷光のブレスなど属性攻撃を操るそこそこ強いペットだ。一応ペットにもレベルが存在しており、一部課金ペットには専用のストーリーなどもあるので、暇つぶしに最大レベルまで上げて個別ストーリーもクリア済みである。


 とはいえ画面越しに見ていた雷鳴龍が、実物として目の前に出てくるとさすがに凄い迫力だった。青みを帯びた白い鱗に覆われた体はゲーム時代と同じくパチパチと雷の名残を放っており、さらにそこに陽光を浴びることでキラキラと輝いている。

 俺は満足気に雷鳴龍を見る。すると、雷鳴龍と目が合い…


『お呼びだろうか主』


 キャー!!シャベッタァァァァァァァ!!


 …いやまぁ喋ったと言うのは正確には違うのだが…。発声されているわけではなく、もうなんかアレだ、念話というか思念伝達とかテレパシーみたいな感じで、考えている言葉をダイレクトに理解させて来るのだ。いいな思念伝達!俺もやりてぇ!


「…ああ、よく来てくれた。お前とこうして言葉を交わすのは初めてかもしれんな」


 取り乱すのも一瞬、すぐに平静を取り繕って何事もなかったかのように大物感を出す。…そういえばなぜ俺はこんな大仰な態度をとり続けているのだろうか?テンションの問題か?それともこの服装に引っ張られたか?


 それよりもと、カーレたちに視線を向けて俺は勝利を確信した。彼女らの顔にはありありと驚愕が張り付いており、恐怖からかガクガクと体を震わせている。言葉による脅しよりもよほど効果があったように思えた。


『確かに。とても新鮮な気分だ。して主よ、今回は何用で?』

「少しこのあたりの地理が把握したくてな」

『なるほど、承知した』


 そう言うと雷鳴龍は四肢を折り曲げ、乗りやすいように姿勢を低くした。俺はさも当然のように雷鳴龍に近づき軽く首筋を撫でてやってから、雷鳴龍の背に飛び乗る。


 雷鳴龍は騎乗用のペットだ。そのため背には騎乗するためのくらあぶみが取り付けられているし操縦用の手綱などもついている。

 現実には馬にも乗ったことがないというのに、妙にしっくりとくる感覚。おそらく騎乗スキルが関係しているのだろう。


 騎乗スキルは騎獣に乗って移動した時間によって上昇するスキルで、それが上昇することで移動速度が上昇したり、騎獣との信愛度の上昇に補正が入る。


 俺は課金ガチャで当たったアイテムなどで早々に騎乗スキルがカンストした為、騎乗できるペットの親愛度は全てMAXになっている。その親愛度がこの雷鳴龍にどの程度適用されているのかは不明だが、即座に反抗してくるような様子もない。

 その証拠に首筋を撫でてやれば機嫌よさげに喉を鳴らすのだから可愛いものだ。…そういえばコイツ雌雄はあるのだろうか?


 今聞くようなことじゃないな。


「それじゃ俺は少しの間ここから離れる。その間に国へ帰るなりなんなり好きにすればいい。居ないとは思うが、もし俺について来たいという者がいればこの場で待っていろ」


 俺はそう言って、彼らに手をかざす。そうして再び意識的にアースバインドへと干渉を行った。すると大地の拘束はボロボロと崩れ落ち、彼らの身を自由にする。


「頼む」

『了解した』


 バサリと巨大な翼が開き、羽ばたき始める。雷鳴龍の羽ばたきによって生じた風がカーレたちを襲うが、吹き飛ばされるほど強いものではない。騎乗している俺自身も特に影響はないらしい。


 急速に上昇し、あっという間に地面が遠くなる。かなりの勢いがあるにも関わらず、俺には心地のいいそよ風程度しか感じなかった。

 どこまでも雄大に広がる大地。少し先では国同士が戦争を行っているらしいが、ここから見れば酷く小さな出来事のようにしか見えない。地平線の先に目を凝らしてみるが、ただただ大地が続いてる。どれほど広い大陸なのかわからないが、妙な高揚を覚えるほど俺は興奮していた。


「…すごいな」

『気に入ってもらえたようで何よりだ』

「ああ、気に入った。これからもちょくちょく頼むぞ」

『承った。いつでも気軽に呼んでくれ、いつだろうと馳せ参じる』

「とりあえずあちらへ向かってくれ。トレカ辺境領というのを軽く見てみたい」

『了解だ』


 言い終えると同時に景色が再び流れ出す。速度はどんどん上昇していった。数分移動したところですぐにトレカ辺境領らしき街が見えてきた。

 巨大な壁に覆われたそこそこの大きさの街だ。建物は上等なものでも恐らくレンガ。簡素なものは木材で作られている。このあたりの時代設定はゲームの時とあまり変わりはなさそうだ。


 あまり長く観察していて発見でもされたら騒ぎになりそうだし、街の観察は早々に切り上げ、適当に周囲を飛んでもらう。その際いくつか集落のようなものを見つけたが、規模は先ほどの街と比べるべくもない。


 ある程度満足した俺は雷鳴龍に頼んで元の場所へと戻ってもらうことにした。

 ここでふと元の場所とか戻り方はわかるのだろうかと不安に思ったが、雷鳴龍の記憶力は結構いいみたいで問題なく帰ってくることができた。


 俺が戻ってきたとき、彼らは未だにその場にとどまっていた。まだ上空にいるため向こうは気づいていないようだが、なにやら対立しているように見える。


「何やってるんだアイツら?」

『どうやら方針が分かれて言い争っているようだ』

「聞こえるのか?」

『声は聞こえんが、あ奴らの感情を読み取るくらいは可能だ』

「…そんなことができたのか」

『龍種すべて…とは言わんが、上位の龍になってくれば可能な者もいるぞ』


 言外に自分は凄い龍だと自慢しているように感じたが、まあ俺のペットだし上位である事に文句はない。どこか褒めてほしそうな感じがする分可愛いと思える程だ。だから素直に誉めてやろう。


「ああ、凄いな。お前が俺の味方で頼もしい限りだ」

『フフ…言葉を交わせるというのは存外、良いものだな』

「そうだな。…そういえば、俺の感情も読めたりするのか?」

『いや、主は私よりもさらに上に位置するからな。主自身が許可をしない限りは読み取ることはできない』

「そうか」


 あぶねぇ、もし読まれてたら俺が動揺しまくりなのがバレてしまうところだった。というか感情を読むとか雷鳴龍の設定にそんなのあったか?そんなまじめにフレーバーテキスト読んでないから全然覚えてないけど、知らないのって結構ネックになったりするかもしれんな…。つかさっきのこいつの知識は一体どこから来てるんだ?


『主よ』

「ん?どうした?」

『ひとつ頼みがあるのだが、いいだろうか?』

「ああ、言ってみろ。俺に可能な事なら叶えてやる」

『感謝する。頼みと言うのは簡単だ。私に名を付けてほしいのだ』

「…ああ、そうか。そういうことなら…」


 言われて気付く。そういえば課金ガチャで出てきたペットは種族名だけで名前は無かった。他にもペットに似たようなもので守護霊や従者といった種類があり、ものによっては個体名が付いたのも居たが、そういったものは非常に少なかったように思う。


 にしても名付けか。そもそもコイツってオスかメスかもわからん。雌雄関係ない感じの響きで、俺好みの名前…なんかないか?

 何か意味になぞらえるのもいいか?雷鳴龍だしサンダーなんちゃらとか、『鳴る』は…エコー?サンダーエコー…は酷いな。ドラゴン系の名前で思いつくのはバハムートとかファーブニルとか…あとはウロボロスって…あれドラゴンだっけ?


 思い付きはするが、なんだかなぁって感じである。これは彼(彼女?)には申し訳ないが、意味は考えず俺好み中二病の名前にするっきゃない。


「…そうだな。クインゼリスってのはどうだ?」

『クインゼリス…』

「気に入らなければ他のを考えるが?」

『いや、気に入った。今日から私の名はクインゼリスだ。主よ、改めてよろしく頼む』

「気に入ってもらえたようで良かったよ。こちらこそよろしく頼むクインゼリス」


 言いながら首筋を撫でる。嬉しそうにキュルルと喉を鳴らすクインゼリスを見ているとこちらも癒されているような気がした。ペットっていいもんだなぁ。


 なんて考えに浸っていると、下の連中がいよいよ殺気立っていることに気付いた。水を差してくれるなよ。


「っと、悪いがそろそろ降りてくれるか?」

『了解だ』


 降下する際、宙に投げ出されるかもしれないと身構えてみたが、実際には結構な下降スピードだったにも関わらず、特に何の衝撃もなく着地できた。

 魔法か何かの一種なのかもしれない。


 こうして俺は再び、暗殺者集団と相対したのだった。

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