第3話 敵の処遇

 剥げなかった。

 というか、剥ぐほどの時間がなかった。考えるまでもないだろうが、現在俺がいるのは戦場である。両軍が今まさに激突しようという、そのど真ん中に。


―ウォォォォォォォォォォ!!


 地響きのような振動と共に届く複数人の雄たけび。ついに激突した両軍の兵が敵に向かって武器を振るう。俺がいる場所から多少距離はあるものの、まもなくこちらにも戦場が拡大してくるだろう。至る所で血しぶきが舞い、乱戦になった場所では倒れた兵の体を敵兵や後続の兵が踏みつける。生きている兵を助けようとすれば、手を差し伸べた者も邪魔だとばかりに蹴倒され、あっという間に見えなくなる。阿鼻叫喚の地獄絵図…そんな光景が広がっていた。


 早くこの場を離れたほうがいいだろう。隠密系のスキルを使えば何とかなるか?あとは…先ほど八割達磨にしてしまった敵をどうするかだ。


 手足を切り落としたことで、出血がひどい。しばらく放置すれば死ぬだろう。先ほどまでギラギラしていた目も、すでに虚ろな状態だ。


 やはり情報源は欲しい。薬などで自決されたらそれまでだが、その時はその時だ。とりあえず生かす方向で進めることにした。


 神聖魔法である『ヒール』を使おうとして、思いとどまる。『ヒール』は回復魔法の中でも最低位のものだが、使用する者のステータスによって回復量は上昇する。回復はINT(知力)とMIN(精神力)の値が関係していたと思うが、どちらもカンストしている俺が使えば効果はそこそこ高い。こいつらのレベルはわからないが、低級スキルの一撃で死んでしまう程度だ。俺の回復量でも十分全快できてしまう可能性がある。


 全快とはいかずとも、そこそこ回復するような魔法を使用して復活されても困るし、別の方法がいいだろう。そういえばアイテム鞄は使えるのだろうか?俺の記憶通りなら、最下級の回復ポーションが大量に余っていたはずだ。


 自身の身体を確認してみるが、鞄らしきものはない。ならば、とステータスと同じように念じてみれば、アイテム一覧表が表示される。ズラリと並んだ品目の中に、お目当ての物を発見した。


「…で、見つけたはいいがどうやって取り出せばいいんだ?…ん?あ、これアレか、スマホの画面とかと一緒か」


 適当にさわっていると、ウィンドウがスクロールする事に気付いた。じゃあ取り出すときはタッチパネルと同様タップすればいいのだろうと考え、「下級レッドポーション」の文字に触れようとウィンドウに指を押し付ける。


 すると、指はそのままウィンドウ内に吸い込まれるように消え、その先に何か硬質なものが触れた。その光景が予想よりもホラーに感じてしまい、思わず俺はのけぞるようにして指を引き抜いて、支障がないか確認する。


「…驚かせんなよ」


 特に問題はなかったため、ほっと息をつくが正直こういうサプライズはやめていただきたい。いや、俺の夢かもしれないんだけどね。


 改めて、恐る恐るウィンドウへと手を入れ、先ほど触れた硬質なものを掴むと、そのまま引き抜いた。ソレは試験管に入った濁った赤色の液体で、「下級レッドポーション」というアイテムで間違いなさそうだ。

 これはHPを即座に固定値50回復させるという効果を持つ。上位の物であれば回復量も上昇する。


 ポーションは色によって回復方法、回復するものが変化する。レッドなら固定値でのHP回復。オレンジなら割合によるHP回復。ブルーなら固定値でのMP回復。グリーンなら割合でのMP回復といった感じだ。他にもHP、MP両方を回復するものがあったり、ステータスを一時的に上昇させるような効果を持つ物もあるが、今はいいだろう。


 このいかにも暗殺者っぽいやつの止血をするだけなら、回復量が予想付かないオレンジポーションよりも、わかりやすいレッドポーションの方が状況に合っているように思う。


 と、いうわけで…


「ほいっと」


 コルクを抜いて中身を目の前の人物にかける。すると、先ほどまで盛大に流れ出していた血が止まった。さすがに手足が生えてくることはなさそうで、少し安心した。


 これで体にかけるだけで効果を発揮することがわかった。今のように体にかけるのと直接飲むのとで回復量が変わったりするのか検証の余地はあるが、今すぐ調べなければならないほど切羽詰まっていないので後回しだ。


 イイ感じに意識も飛んでて持ち運んでも安全そうだし、とっととこの場を離れるとしよう。死体は…収納できるかな?


 考えているほど余裕も無さそうなので、とりあえず行動してみる。適当に近くにあった死体を掴んでアイテム鞄、改めアイテムウィンドウに押し込んでみると、すんなり収納された。アイテム欄には「人間(死体)」の文字が表示されている。面白いのは真っ二つになっていた死体の片方を入れただけなのに、もう半分も同時に消え失せた事だ。この機能は意外と使えそうだとほくそ笑む。


 他の死体も放り込むと、収納個数が増えるだけで、余分に枠が取られるわけではないことがわかった。モンスターの素材とかと同じような扱いなのかもしれない。


 最後に応急処置を行った達磨を担いで、俺はその場から離脱した。さすがに生きたままアイテムウィンドウに放り込むのはどうかと考えたからだ。一応こいつの切り飛ばした手足も回収してある。こちらは「人間(左腕)」「人間(右足)」「人間(左足)」と別々にアイテムウィンドウに収納された。死体とは別枠扱いだ。どういう方式なのかいまいちわからない。


 アイテムウィンドウから新たに適当な布を取り出して、八割達磨の人物をサンタクロースの如く担ぎあげて、急いでその場を後にする。ステータスの恩恵のおかげか、かなりの速度が出せるようだ。しばらく進むと荒野の風景が途切れて、まばらだった草木が徐々に増えてくる。近くには小高い丘があり、先ほどいた場所程度なら見えるかもしれない。


 そう考えて丘にのぼり、眺めてみると人一人がゴマ粒程度の大きさで見えた。現在は両軍の三分の一程度がぶつかり合っているらしい。視力も相当良くなっているらしく、目を凝らせばこの距離からでも割と鮮明に見える。

 もしかすると視力ではなく、なにかしらのパッシブスキルの効果かもしれないが、特に今は気にしなくてもいいだろう。


 先ほどまで俺がいた場所も、もうすぐ戦場の一部として飲み込まれそうになっていた。早々に移動しておいて正解だった。ここならば、巻き込まれることもないだろう。



 では改めて、わかりやすいところから攻めていくとしよう。

 現状唯一の情報源と言っていいのは、肩に担いでいる暗殺者っぽいコイツだろう。無造作に地面に降ろすと手っ取り早く顔に巻かれた布を剥ぐ。


「……っ!」


 布の下から現れた顔は、やたら目鼻立ちの整った女顔だった。日に当たることが少ないのか、肌は不健康そうな白色。眉毛はなく、頭部も残念な事にスキンヘッドだったため少々不気味ではあるものの間違いなく美人顔だ。


 思わずゴクリと唾を飲み込み、先ほどよりも慎重に衣服を剥ぎ取りにかかる。服の上から幾重にも丈夫な布が巻いてあったために少々手間取ったが、剥がしてみると男の象徴が…なんてこともなく紛れもない女だった。


 俺の掌では少し余りそうなくらいの程よく育った形のいい胸やら引き締まったくびれとヒップラインが、男心に直撃してくる。そして今現在俺が考えているのは…


(やばい、初対面の美女を達磨にするとか、さすがにやばい)


 殺そうとしてきたのは向こうだし…とか、まさかここまで悲惨なことになるとは思わなかった…とか、まぁいろいろ言い訳っぽいセリフは浮かぶものの、やってしまったものは仕方がない。


 こういうファンタジー的なパターンだと初対面の美女・美少女には好感を持ってもらったうえでイチャラブとかそういう展開が好みなのだが、鑑みるに好感度は即死している。


 どう考えたって自身の手足を切り落とした相手に好感とか持てるはずがない。持っていたら持っていたでそれはそれでヤバいやつだ。これはもう、情報を手に入れるだけ手に入れてさっさとオサラバしてしまった方がいいだろう。


 方針が決まったところで、全裸で転がる達磨女の頬を叩いて起こす。布をかけて隠した方が…とか、そんな思考が無いでもなかったが、どうせ好感度底辺ならギリギリまで堪能しようというゲスな思考が勝った。まぁ手足の断面とかもモロに見えてるから、エロとグロで相殺している感が凄い。


 というか、何で断面が見えるんだ?普通かさぶたとかで塞がるもんじゃないのか?…いやあそこまでデカい傷だとかさぶたになるのか?…よくわからないが、おそらくこれもポーションの効果なのだろう…と無理矢理納得することにした。


 そんなこんなでしばらく待ってみるが、一向に目を覚ます様子がない。仕方ないのでアイテムウィンドウからもう一本ポーションを取り出してかけてみる。


 赤い半透明の液体で裸体を濡らしたせいで余計エロくなってしまったが、ポーションはすぐに吸収されていった。…セーフだ。


 ポーションの効果か、先ほどよりも少しだけ血色が良くなる。まぶたがピクリと動き、彼女は目を覚ました。多量の出血でまだ意識がはっきりしないようで、目を開けたままぼんやりとしている。瞳の色はモスグリーンで日本人ではないことは確かだった。


 四肢欠損した全裸の女が仰向けで虚ろな瞳。まるで婦女暴行後の犯行現場のような光景だ。それもとびきり酷いやつ。第三者に目撃された場合、俺の言い分は9割9分信用されることはないだろう。


 と、とりあえず、当初の目的通り情報収集だ。これを何とかしなければどうにもならない。


「…目、覚めたか?」


 女は俺の声に反応してこちらに瞳を動かす。しばらくそのままにしておくと、徐々に意識がはっきりとしてきたのだろう。気絶する前と同じように、鋭い視線をこちらに向けてきた。そういえば遭遇した瞬間から好感の「こ」の字もなかったわ。


「ァ…」

「あ?」

「ァアアァァァアァァァアァァァァ!!」


 突然叫びを上げたと思えば、残っていた右腕で器用に上体を起こし、自分の胸のあたりをまさぐって……固まる。


 服にいろいろ仕込んでいたからなぁ…とぼんやり考えてみるが、俺の視線は目の前のぽよんぽよんに釘付けだ。足がないため満足に動くこともできず、結局俺を睨みつけるだけに終わった。


 ちょっと可哀想になってきたな。


「…気は済んだか?」

「…」

「返事しろよ。俺の言ってることわかるか?」

「…」

「…」

「…」

「…めんどくせぇな」


 俺が沈黙にイラついて思わず呟いた言葉に、一瞬ビクリとする女だったが、何もしゃべろうとはしない。ダメだ、言葉が通じているのかどうかすらわからん。もういいや、自分のやりたいようにやろう。実験だ。

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