第13話 メイラ・ホークウッド

 私はメイラ。メイラ・ホークウッド。敬愛する主様から頂いた大切な名前だ。


 名を授かった夜にトゥーラと共に命じられた主様の護衛という役目。思いもかけない重要な役割に思わず歓喜した。


 その翌日、護衛任務を始めてすぐの事だ。トゥーラが何かに気付いて主様に進言しに行く。

 主様とトゥーラが短く言葉を交わして戻ってくる。そこで「力を見せてくれ」そう言われた事を聞いた。早くも主様に私の力を見ていただける機会を得たのだ。


 私は幸運だ。素晴らしい主に恵まれ、名をいただき、こんなにも早くに活躍の場まで与えていただける。今はまだ頂いてばかり、ならば一刻も早く報いなければならない。


 かと言って、私だけが先行していくなどありえない。私の任務はあくまで主様の護衛だ。主様に害が及ばないようしっかりとお守りする。


 主様。教えていただいた名はケーニヒ・イルズ・ゴードェル様。私の知っている名とは違うその名。名が変わってしまった事に対する少しの寂しさはあった、けれどそれ以上に不思議な親近感があった。


 この感情が不敬だというのは理解している。しかし、主様は以前とは違う。昨日初めて言葉を交わした。こんな言い方をすると失礼になるかもしれないが、あんなに感情が宿った主様を見るのも初めてだった。


 思わず見惚れてしまうほど魅力的だった。整った容姿はもちろん、その圧倒的ともいえる存在感が私の目には輝いているようにすら見えた。


 主様は間違いなく私たちの誰よりも強い。本来私たちの手など必要ないだろう。それでも私たちを呼び出し、護衛に任命して頂いた。ならばその期待に応えるべきだ。応えられなければ私が存在する意味などない。


「近いよメイラ」

「わかっている」


 トゥーラの呼びかけに端的に応じ、前方を睨む。馬車一台が通れる程の舗装もされていない道のその先、数人の男たちが道を塞いでいた。


 前方にいるのは九人。いずれも小汚い恰好をした者ばかり。武装も肉体も貧弱で、あの程度ならこのままサンディナで突っ込んでいくだけで蹴散らせてしまうだろう。


 足りない…


 私たちの力を主様に見ていただくためには


 足りない…


 たったこれだけでは、足りない。


「正面に九、右の森に二三、左の森に二二」

「本当か!」

「間違いないよ。正面の奴らはたぶん囮」

「なるほど…丁度いい」

「不謹慎だぞ…と言いたいところだが…アタシも同意見だ」


 トゥーラと視線を合わせて嗤う。


「ではどうする?」

「正面を瞬殺してそれぞれ左右に散開後、各個殲滅で…どう?」

「…いい案だ」

「それじゃ、そういうことで」

「ああ」


 馬車へと近づき主様に声をかけようとした時


「問題ない。思うようにやれ」

「はっ!」


 思わず笑みを浮かべてしまう。私が何か言う前に、やり方を任せてくださったのだ。信頼の証、この程度は私たちだけでどうとでもなると信じてくださっている。


「思うようにやれと仰せだ。やるぞ!」

「おうさ!」


 この距離ならば私の索敵でも十分にわかる。森に隠れて虎視眈々とこちらを狙っている欲望でネバついた視線がはっきりと感じ取れる。


 一匹たりとも取り逃がす事無く殲滅してやろう。主様の馬車へ手出しなど絶対にさせない。小汚い視線を我が主に向けた事、その命を以て償うがいい!


「行きますよ、サンディナ」

「クゥルォ」


 一気に駆ける。サンディナの力強い走りは瞬く間に敵との距離をゼロにした。


「と、とまれ!」


 小汚い集団の一人がそんなことを言うが、一切を無視して切り込む。


 剣を抜き放ち敵を切り払う。近くにいた三人ほどが吹き飛び、離れた場所で胴体が真っ二つになった。


 それとほぼ同時、方向転換を始めていたサンディナが尾を振るい、さらに二人が宙を舞う。あれなら威力は十分でありほぼ即死だろう。なんとも心強い味方だ。


 正面に居た残り四人はトゥーラとバステンの方で片付けていた。


「左は頂くぞ!」

「右は任せな!」


 互いにそれだけ言って森へ入る。森の中には既に武器を構えて待ち伏せしていた男たちが唖然とこちらを見ていた。


 武器や体つきは先ほどの奴らよりは幾分かマシなものの、私たちからすれば差など無いに等しい。


  剣を振るえば周囲の敵が血しぶきを上げて吹き飛び、武器を構えた敵に対してシールドバッシュで応じれば、拍子抜けするほど呆気なく弾き飛ばせてしまった。あまりの呆気なさに気を削がれそうになるが、もしそれが原因で傷のひとつでも負ってしまえば、主様の信頼に泥を塗る事になってしまう。

 それだけは決してあってはならない。そう考えて緩みかけた気を引き締めなおした。


 しかし、先の攻撃で完全に敵が怯えてしまい、逃げる者が出始めた。もちろんそんな事を許すはずもない。逃げようとする者を優先して狙い、恐怖によって硬直した敵を片付ける。


「ちくしょう!なんだってんだ!」

「おい!どうなってんだ!」

「くそぅ、死にたくねぇよ…」


 賊どもの汚い罵声や怒声、悲鳴がそこらじゅうで響き渡る。既にほとんどの者が戦意を喪失しており、全体の動きが非常に鈍い。

 そんな姿を見た私の心はどんどん冷めていった。せっかく主様に私たちの力をお見せしようとしているにも関わらず、なんと軟弱な奴らだろうか。こんなゴミのような輩が主様に迷惑をかけるなど無礼にもほどがある。

 私はその怒りをぶつけるように、目の前の賊どもに武器を振り続けた。


 気付けば二十人以上いた敵もほとんどが死んでおり、生きている者も骨が折れてまともに動けない状態だ。念のため確認をしてみたが周囲にさらなる伏兵はいないようだ。


 トゥーラの方も終わったらしく、私の顔を見て右手を上げた。私もそれに応じる。


 掃討が完了し後は戦利品の回収と遺体の処理、あとは生き残りの尋問だろう。


「主様。賊の掃討が完了いたしました」

「ご苦労。ふたりとも見事な手際だった」

「…っ!ありがとうございます」

「メイラ、トゥーラは一度休憩にしよう。グラーツェル、お前ら仕事だ。アレの片づけを頼む」

「あ、ああ」

「主様、生き残りの尋問などはどういたしましょうか?」

「それもコイツらに任せる」

「かしこまりました」


 主様の指示でグラーツェルという男を先頭に数人の男女が馬車を降り、賊の処理へ向かった。


「さて、ではアイツらの仕事が終わるまで少しのんびりするとしよう」

「「はっ!」」

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