第14話 手合わせ

 グラーツェル率いる斥候部隊の連中に事後処理を任せて、サンディナとバステンの世話をシュトラに頼んだ後、メイラとトゥーラのふたりを馬車へ招き入れる。


 彼女たちの戦闘は終始圧倒的と言ってよかった。接触と同時に敵が数人まとめて吹き飛び、動揺した賊どもを一掃。彼女たちにはかすり傷ひとつなかった。


 そういえばしっかりと敵と確認する前に攻撃を仕掛けてしまったが…まぁあれだけこちらに悪意を向けておいて勘違いだったなんて事はないだろう。生き残りもいるようだし、確認するには十分だ。


「さて、一応聞いておきたいのだが、ふたりとも戦ってみてどうだった?何か以前と違う感覚などあれば聞かせて欲しい」


 俺の質問に二人は顔を見合わせ、少し考える素振りをした後、トゥーラの方は考えがまとまったらしく顔を上げ、口を開いた。


「アタシは前よりも…何というか自由に動けたような気がします」

「自由に…か。もう少し具体的に話せるか?」

「そうですね…。以前は一番近い敵に猪突猛進に突っ込んでいただけで、今のように敵の戦力を考えた上で立ち回る事はできなかったと思います」

「なるほど」


 トゥーラの言う通り、ゲームの時には細かい命令などできず、プレイヤーが攻撃した敵を決まったパターンで攻撃するだけだった。それが「真・転生石」の影響か、ペットたちにも自我が芽生えたことで自身の能力を活かす術を手に入れたという事だろうか。


「メイラは何か気づいた事があるか?」

「トゥーラとほとんど変わりません。ただ、賊と戦っている最中に、自身の身体の動かし方がわかると言いますか…戦いに慣れていくように感じました」

「ほう」


 成長要素があるという事だろうか?そういえば、俺もレベルが初期化されていた。もしも彼女たちにも今の俺のようなステータスが適応されていて、そこからさらにレベルが上がるのだとしたら…そう考えるとワクワクしてきた。

 俺を含め、ペットたちもこの世界で様々な経験をすることで新たな技能を取得できるかもしれない。今まで特殊技能を持たなかった戦闘力に乏しいペットたちも戦う術を手に入れられる可能性だってある。もともとある技能の強化だって夢ではないかもしれない。

 試してみたいことが山積みだ。まるでゲームの続きを体験しているような、新たな可能性に気付いて俺のテンションは爆上がりである。


「メイラ、トゥーラ」

「「はっ」」

「少し俺と手合わせしてみないか?」

「そんな!主様に向かって武器を振るうなど!」

「そうです!オサがアタシたちより強いのはわかるけど、それでもオサに攻撃するのは…」

「ああ、そうか。俺もこっちに来たばかりでな、少し慣らしをしておきたかったんだ。君たちの気持ちも考えず悪かった」

「い、いえ、私たちもご期待に沿えず申し訳ありません」

「気にするな」


 今の発言は少し軽率だった。わざわざ護衛に任命した彼女たちに対して、その護衛対象である俺を傷つけるかもしれない事を頼むなど、普通に考えてダメだろう。好感度最大の彼女たちならなおさらだ。


「あ、あの…」

「どうしたトゥーラ?」

「素手!あ、あと寸止めなら…私がお相手させていただきます」

「トゥーラ?!」

「俺としては有難いが…いいのか?」

「はい。オサのお役に立つことこそアタシの役目ですから」

「ありがとう。それじゃ、頼むとしよう」

「はい!」


 トゥーラの唐突な提案にオロオロするメイラに苦笑しつつ、ふたりを伴って馬車を降り、少し離れた場所で立ち止まる。周囲は木に囲まれているが、ある程度の広さもある。ここでいいだろう。


「ではルールを確認しておこう。まず武器の使用は無し、相手に当たりそうな攻撃は寸止めだ。一方が降参するか、レフェリーとしてメイラ、または俺自身が終了を宣言したら終わりとしよう」

「かしこまりました」

「…わかりました。ですが、少しでも私が危ないと思ったらすぐに止めます」

「それでいい。その方がトゥーラも安心だろう」

「はい。…ごめんね、メイラ」


 本当に申し訳なさそうに謝るトゥーラに、メイラも大きく息を吐き出して仕方ないとばかりに頷いた。彼女たちは互いに出会って間もないはずだが、既に友好な関係を結んでいるらしい。仲良きことは美しき哉。それが美女同士であればさらに素晴らしい。…撮影しとこう。


「では、開始の合図はメイラ、頼む」

「かしこまりました。…それでは、はじめっ!」

「行きますっ!」

「来い」



 互いに構えて一瞬の間。

 初手は俺から仕掛けた。一足跳びで一気に距離を詰め、そのまま殴り掛かる。トゥーラはそれをしっかり見定め、頭を低くして拳を躱すが、俺はそこからさらに体を捻って追撃の裏拳を放つ。


 彼女は地面に手を着くと、腕の力だけで姿勢を変えて俺の裏拳を見事に流し、間髪入れずに側転のような姿勢で蹴りを放ってきた。

 バックステップでその蹴りを避け、勢いのまま彼女と距離を置いて一度仕切りなおした。


 思ったよりも体が動く。トゥーラの動きもしっかりと見えている。格闘技どころか喧嘩すらマトモにやった記憶もないにも関わらず、最初から知っていたかのように最適な動きが思い浮かぶ。これは本当に前もって試しておいて正解だった。


 再度接近して攻撃を仕掛ける。右ストレート、左のフック、回し蹴り、ウィンドミルからのムーンサルト、連続攻撃を仕掛けてみるがそのどれもが躱される。

 トゥーラが反撃とばかりに蹴りを繰り出すが、体を捻ってそれをやり過ごし、すかさずそこへ拳を突き出した。


 トゥーラは自身の態勢を崩し前向きに倒れることで俺の拳を避け、すぐさま腕の力を使って飛び上がり、俺の射程から外れる。


 攻撃し、攻撃され、攻撃を躱し、攻撃を躱される。時間が経つにつれて攻撃速度は徐々に加速していき、拳や足での攻防も激しくなってくる。それでも未だにどちらも攻撃を寸止めするような状態には陥っておらず、傍から見ればまるで手加減無用の戦闘を行っているように見えるかもしれない。


 時を追う毎に鋭くなる互いの攻撃。体の動きに精神が追いついていくような不思議な感覚。失っていた力を取り戻すような充足感。互いに高い技量を持つからこそ成立する攻防に、俺は自然と笑みを浮かべていた。


 攻防を重ねる毎にトゥーラの癖がわかってくる。彼女は足を活かす事が得意なのだ。拳を使うこともあるが、メインは常に足技だった。足を活かすというのは蹴りだけではない。その脚力はすさまじく、軽く距離を取った程度では簡単につぶされてしまう。身の熟しも柔軟で、彼女の攻撃を凌ぐのも一苦労だ。なによりも彼女は感覚が鋭い。危機察知能力、相手の弱点を見つける観察能力、相手の隙をつくタイミング、どれも強化された俺の高い能力があったからこそ何とかなっている。


 トゥーラもこの手合わせで、かなり俺の戦い方を理解しただろう。互いに相手への理解度が増すからこそ、より高度な戦闘になる。相手に攻撃を当ててはいけないという制限があるからこそ、より効率的に体を動かす必要が出てくる。本当に楽しい時間だ。


 そして、その夢のようなひと時は唐突に終わりを迎えた。


 トゥーラのミドルキックを避けて背後へと回り込み、返礼の蹴りを放った。それを柔軟な身のこなしで躱したまでは良かったが、続く俺の肘による攻撃には彼女の反応が僅かに遅れてしまい、当たる寸前に攻撃を止めることになった。


「そこまで!主様の勝利です!」


 メイラの宣言が入った事で正式にこの手合わせが終了した。特に勝ち負けを決する意図はなかったのだが、まぁ主人としての威厳を示せたという事でいいだろう。


「ありがとう。いい手合わせだった」

「さすがはオサです!こちらこそありがとうございました!」

「あ、ああ」


 異常にテンションの高いトゥーラが頬を上気させて、俺に近づいてくる。手合わせしている間は体を動かす事に集中していてそれほど気にならなかったが、改めて見ると凄いのだ。皮鎧とはいえしっかりと保護されていてほとんど動かないが…女性らしい凹凸が非常にエロい。

 今の攻防で汗をかいているのも相俟って、何というか色気があるのだ。肉体が若返っているのもあって、過剰反応してしまう。


 なんとか表情に出さないよう気を付けながら、トゥーラに応じる。気を逸らす意味でも別の事を考える事にした。


 まず俺自身の能力と精神には未だ乖離があり、十全に使いこなすには今のように実際に使用し、慣らす必要がある。

 そもそもトゥーラたちは最大レベルでも俺の能力値には遠く及ばない。彼女たちの能力値で一番高いものでも千には届かなかったはずだ。

 だが、今の手合わせでは手加減があったとはいえ、決して簡単なものではなかった。トゥーラの攻撃の中にはなかなか危ういものもあったし、油断すれば寸止めされていたのは俺だった可能性は十分にあったのだ。

 得意分野で勝り、他の能力値でも圧倒しているはずの俺が彼女と「いい勝負」をしたのは、自身の能力を使いこなせていない証拠だ。今後も何があるかわからないし、早めに力を十全に引き出す方法を探っていくべきだろう。


 そしてトゥーラたちも同じように実際に体を動かすことで、より力を発揮できるようになるはずだ。それぞれに自我が芽生えた今、ただのゲームキャラだった頃など比較にならないほど成長してくれるだろう。


 ペットたちの召喚後にはある程度肩慣らしをさせておくべきかもしれない。本領が発揮できないうちに死なせてしまうなどあってはならないからな。今気づくことができてよかった。



 そうこうしている内に、賊の処理も終わったらしく斥候部隊の面々も戻ってきた。全員が腕一杯に武器やら何やらいろいろ抱えているのが見える。


「終わったか」

「はい」


 無表情のグラーツェルが短く答えた。ざっくりと彼らの持つ武器を見てみるが、大したものがあるようには見えない。金目のもの以外はこいつ等に譲ってしまってもいいだろう。


「お前らが使えそうな武器があればそのまま持っていろ。それ以外に金になりそうなものがあれば俺が保管しておく」

「わかりました」

「生き残りから何か情報はあったか?」

「奴らは脱走兵と食うに困った農民の集団でした。アジトもなく他に仲間もいないようです」

「そうか…。生き残りはどうした?」

「情報をある程度引き出した後に殺しています」

「そうか、なら長居する必要はないな。ご苦労だった」

「い、いえ…」

「さっさと出発するぞ。早く乗れ」

「はい」


 グラーツェルが本当の事を言っているかどうかなどわからない。だが、正直なところどちらでもいいのだ。たとえ後々裏切るつもりであろうと何だろうと、俺が欲しい情報さえ寄越せばそれでいい。


 もし刃向かってくればその時こそ後腐れなく処理できる。それまでは精々小間使いとして都合よく使ってやるつもりだ。



 その後は特に問題もなく進み、日が暮れ始める頃には上空からも見たことがある巨大な壁が見えるところまで辿り着いた。

 しかし道の先にある大きな門は固く閉ざされており、門番の姿も見えない。


 あれは入れるのか?まぁ近づいてみればわかるだろう。

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