第15話 仕切り直し
俺たちは門の前までたどり着いた。既に空は赤から群青色へと変わり始めており、間もなく陽が完全に沈む。
「何者だ!」
壁の上から響く声には警戒の色が含まれていた。考えてみれば戦争をしている真っ最中なのだ。戦場であるはずの方向から来たとなれば、この反応は当たり前だと思える。
「聞こえないのか!お前らは一体何者だ!」
先ほどよりも威圧的な口調でそう言ってくる男の声に、どうしたものかと考える。何者かと聞かれても、自分でもあまりよくわかっていないのだ。身分的には怪しいことこの上ない。考えている間にも、異変を感じ取った門兵が少しずつ集まり始めた。
「ダメだな。正攻法で入るのは難しそうだ」
「どうされますか?」
「一度戻るぞ」
「かしこまりました」
シュトラとそんなやり取りをして、馬車を引き返させる。門の上に居る男が何か叫んでいたが無視だ。少し応答してやった方が良かったのかもしれないが、話しても話していなくても結果的に不信感を持たせるだけになるだろうし、気にすることも無いだろう。
「道から外れて森に入ってくれるか?」
「お任せください」
俺の指示に従って道から外れると、シュトラは器用に木の間を通り、奥へと進んでいく。森に入ってしばらく、陽は完全に落ちて辺りは闇夜に包まれた。そこで一旦適当な場所で馬車を停めて、馬車を降りるとメイラが話しかけてきた。
「これからどうなされますか?」
「そうだな。門を通れないなら、忍び込むしかないだろうな」
「忍び込む…ですか」
「そういう点ではメイラは向かないか」
「はい。残念ですが…」
本当に残念そうに俯くメイラに苦笑しつつ、考えを巡らせる。忍び込むこと自体はそう難しい事ではないだろう。街を囲う壁全体に目が届くよう、四六時中兵を配置するのは難しいはずだ。必ず警備に穴があるだろう。
中に入ってしまえば、一応賊どもから得た金も少額ながらある。換金できそうな物も持っているし金銭面で困る事はおそらく無い。問題は服装だが、さすがにこのままでは目立ってしまう。まぁグラーツェルたちに聞けばなんとかなるか。
「まずは着替えるか」
手動で着替えることができるのは昨夜確認した。これから試すのはウィンドウを利用した着替えだ。装備タブを表示すると、現在俺が装備しているものが部位ごとに表示される。それを操作することでラスボス用にカスタムした現環境最強装備をトゥーラと似た皮鎧中心の初心者装備へと変え、最後にアバター装備を非表示に変更する。
すると今まで着ていたはずの洗練されたデザインの貴族衣が消え、黒のインナーとどこか安っぽい茶色の皮鎧と、それに合わせた黒いボトムスという格好に変わっていた。
一瞬で服装が変わったことに斥候部隊の連中は、少し驚いた表情をしたものの反応としてはその程度だった。どうやらそろそろ俺の行動にも慣れてきたらしい。
「ついてくる者は?」
「アタシをお連れください!」
「わ、私もよろしいでしょうか?」
手を上げたのはトゥーラ、続いてカーレだった。トゥーラなら問題なく俺についてこれるだろう。しかしカーレはどうだろうか?
「ついてくるのは構わん。だが、俺について来られなければ置いていくぞ」
「もちろんです」
「他の者は一度送還する。グラーツェルたちはどうする?」
「我々は別口で侵入しよう。以前にもやったことがある」
「そうか、ではそちらは好きにしてくれ」
「わかった」
あぁそうだ。もうひとつ聞いておかなければいけなかったんだ。
「ちなみにだが、街に入る服装としてはこれで問題ないと思うか?」
「はい、それでしたら服装としてそれほど違和感は無いと思います」
「そうか」
「その、服装は問題ないと思うのですが…」
「なんだ?はっきり言え」
「は、はい。あのゴードウェル様の容姿はとても一般人のソレではありません。もし街で目立つことを避けるのなら、お顔を隠すなどされた方がよろしいかと…」
「そう…なのか?」
「はい。間違いなく」
「…そうか」
確かに現在の俺の容姿はゲームキャラが基になっているため、少し現実離れしたような美形になっている。カーレの言も一理あるだろう。
俺は無言で再度ウィンドウを操作して、「初級錬金術師のローブ」を装備する。こげ茶色の安っぽいフード付きローブなので、これならば目立つことは無いだろう。
それを見たカーレも大丈夫だと言っているし問題は無いはずだ。その後トゥーラ以外のペットたちを送還して、改めて出発した。
闇夜に紛れて森を駆ける。トゥーラは問題なく着いてきており、カーレも少し遅れ気味ではあるがついてこれている。同じようにグラーツェルたちもそれなりの速度で走れるらしい。
本気で走ればカーレたちなどあっという間に置き去りにできそうだが、さすがにそこまで意地悪はしない。
そのまま速度を維持して進んでいると、途中でグラーツェルたちは俺に一言告げて離れていった。どうやって街へ侵入するのか気になるところではあるが、機会があれば聞けるだろう。こちらにはカーレも居るし聞けば教えてくれるかもしれない。
道からは完全に外れた場所を走っているため、森から抜けても門からはかなり離れた場所に出ることになる。周囲に人の気配はなく、門の上にも気配は感じられない。
壁まで近づいて触れてみる。石材を積んで作られた壁だ。厚さまではわからないが、相応に頑丈だろう。石材の加工は粗く、石材同士の間には隙間もあるため登る分には問題なさそうだが、もちろんこのまま真面目にクライミングをするつもりはない。
「跳ぶぞ」
「はい」
トゥーラの返事を聞いて、脚に力を込める。一足跳びというわけにはいかないだろうが、問題なく行けそうな気がするのだ。非常に感覚的なものなので上手く言葉にできないのがもどかしい。
強化され、鋭くなった感覚をフル活用して適当な力になるよう調節する。壁の高さはおおよそ十メートル。跳ぶことでどの程度高さが稼げるのか試してみるとしよう。
勢いよく地を蹴って跳び上がる。丁度良く壁の中間あたりでしがみつき、反動を利用してさらに跳ぶ。それを二度ほど繰り返す事で僅かな時間で上にたどり着くと、ほぼ同時にトゥーラも登ってきていた。
さすがにカーレは真似できなかったようで、必死に壁を登っている最中だった。それなりの速度で登っているので見回りが来るよりも早いかもしれないが、リスクは少ない方がいいだろう。
アイテムウィンドウからロープを取り出し長さを確認する。一本が二メートルしか無いため、それを五本つなげて長さを確保する。結び目を大きくすれば掴むのも楽だろう。あとはカーレの近くに垂らしてやれば、ロープに重みが伝わってくる。それを一気に引き上げて終わりだ。
「あ、ありがとうございます。お手を煩わせてしまい申し訳ございません」
「この程度構わん」
「寛大な御心に感謝を」
跪いたカーレに簡単に応えてから、改めて周囲を伺う。近くに人の気配はなく、これから降りる予定の場所にも特に人影は無い。
一応トゥーラにも確認してみるが…
「問題ないかと」
と一言お墨付きをもらった。では早速潜入と行こうか、と思ったところでカーレから声をかけられた。
「少しよろしいでしょうか?」
「何だ」
「はっ、ひとつ懸念がございまして、トゥーラ様なのですが」
「アタシ?」
「はい、その…頭の上のソレは…」
「アタシの耳になんか文句でもあるのかい?」
「ヒッ…!!」
カーレの不用意な一言でトゥーラが殺気を込めた視線を叩きつける。気持ちはわかるが、今は話を聞く方が先決だ。
「トゥーラやめろ、話が進まん。カーレは続きを話せ」
「も、申し訳ございません」
「…ご不快にさせてしまい申し訳ございません。あの、トゥーラ様のそのお耳?なのですが、おそらく街の中では大変に目立ってしまうと思うのです」
「…まさか、カーレは獣人を見るのは初めてか?」
「じゅ…ジュウジン…でございますか?申し訳ございません。無学なもので、トゥーラ様のような方の事でしたら今まで見たことはございません」
まさか獣人を見たことがないとは…。ということはここは俺が思っているようなファンタジー世界ではないのか?
そういえばファンタジーもので定番の魔物も今のところ見たことが無いな?え?あれ?もしかしてこの世界、俺が一番ファンタジー?
いや結論付けるのはまだ早い!もっと情報を集めて、実際に確かめて可能性を探っていくべきだろう。
それよりも今はトゥーラの耳を隠さないといけない。俺と同じ「初級錬金術師のローブ」があれば良かったのだが、残念ながらアレ一着しかもっていない。アイテムウィンドウを出して、適当なものがないか探してみる。
その中にはモンスターを倒すことでランダムドロップする特殊効果は何もないフード付きローブがいくつかあったので、それを取り出してみた。赤、青、緑は原色なので目立つだろう。白いローブも一切汚れが無いので目立ってしまいそうな気がする。そんなこんなで色々と考えながら選んだのは、ダークグレーのフード付きローブだ。これなら新品でもそこまで目立ちはしないだろう。
「トゥーラ、これを使え」
「ありがとうございます」
防御力は雀の涙ほどしかないゴミ装備をまるで宝物のように受け取るトゥーラを見て、もっと上等な装備の方が良かったんじゃないかと思わないでもない。まぁ目立たないために装備するのだから、そんなことをすれば本末転倒なのだが…。
落ち着いたらペットの皆にちゃんとしたプレゼントを用意しようと決意した瞬間だった。
そういえばカーレも目立つんじゃなかろうか?頭部は皮の帽子で隠れているが、眉毛が無いのは不自然だろう。この際だからこいつらの持ち物も一部返却してやった方がいいかもしれない。
「カーレ、お前にはコレを返しておく。街に入っても目立たないようにしておけ」
「かしこまりました。お心遣いありがとうございます」
彼女たちが持っていた武器や道具は、すべて布で包まれ、それを体に巻き付ける形で所持していた。軽く中身を確認して危なそうな物は抜いておいたが、もしかしたら危険物の取り残しがあるかもしれない。まぁもしあったとしてもどうにかなるだろう。
カーレはこの暗闇の中慣れた様子で布の中から化粧道具を取り出し、手早く整えていく。
その光景は化粧とは縁遠かった俺にとって、魔法でも見ているかのようだった。みるみる内に顔の印象が変わっていき、数十秒後には全くの別人になっていた。
病的なほど白かった肌は、健康的な肌色になっており、整った美人顔は、眉が太く、どこか野暮ったい印象のどこにでも居そうな町娘風になっていた。
「いかがでしょうか?」
「素直に驚いた。化粧でここまで変わるものなのだな」
「恐れ入ります。化粧の仕方で顔の印象はかなり違いますよ。眉の形や紅ひとつでもかなり変わります」
「なるほどな。その辺りの話は興味がある。また時間のある時に聞かせてくれ」
「かしこまりました。いつでもお申し付けください」
「ああ」
嫌に従順なカーレの姿勢を疑問に感じたが、移動を優先するために深く突っ込むことは控えた。
「では、いくぞ」
「「はい」」
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