第2話 転生?

 ひどい喧騒と地響きによって俺は目覚めた。

 ぼんやりとする頭で上半身を起こし、何の気なしに周囲を見回す。最初に見えたのは、まばらに草の生える赤茶けたむき出しの地面だった。


 先ほどから地響きは絶えず続いており、徐々に近づいているような感覚すらある。俺はちょうど窪みのような場所に居るらしく、このままだと先が見通せない。


 一向に働いてくれる気配のない思考のまま立ち上がり、窪みから出て改めて周囲を見ると、そこは荒野という表現がしっくりくるような場所だった。

 むき出しの地面が広がる大地。建造物らしきものは見えず、視界の先には土煙が盛大に上がっており、見通しが悪い。先ほどから続く地響きも、人の怒号らしき喧噪も、あの先からビリビリと振動として伝わってくる。


 反対側を見れば、そちらからも同じような土煙が上がっていた。時間が経つにつれて、それが何かはっきりと見えてくる。


 それは武装した人間の大群だった。ところどころ武装は違うものの鉄製らしい鎧(西洋甲冑っぽい)を身にまとい、整列して近づいてくる姿は、何とも言えぬ威圧感がある。なにやら象徴的な模様が精緻に描かれた旗も見える。


 どこかで見たことがあるような光景だった。

 一番最初に思い浮かんだ言葉は「戦争」だ。映画やゲームで見たことのあるものに酷似している。


 もし今見ているのが映画やゲームなら「両軍相まみえる」なんてナレーションか字幕あたりがあったかもしれない。


 確実に近づいてくるソレに対し、危機感からかようやく脳が働き始めた。

 まあ、頭が働いたところで、どうしてこんな状況になっているのかさっぱりわからない。映画か何かの撮影現場だろうか?なんてことを考えてみるが、それにしたって突拍子もなさすぎる。


 仮に何かの撮影であったとして、カメラがないのはおかしい。あれだけ派手に大人数を動員して見栄えする場所にカメラマンを配置しないのはもったいなさすぎるし、スタッフらしき人たちの姿も見当たらない。仮に俺を騙すためのドッキリだったとしても、そう面白い画が撮れるとも思えない。やるだけ金の無駄だろう。


 伝わってくる空気だけで考えるなら、これは「本物」だ。本気であの人数がぶつかり、大規模な殺し合いが始まる。


 ドクンドクンと嫌に自分の鼓動が響いて聞こえる。


 なんとか落ち着こうと、心臓に手を当てたところで、ふと気づいた。服装が記憶にあるものと全く異なっている。俺が意識を失う前に着ていたのは、上下黒色のスウェットだったはずだ。しかし、今着用しているのは、まるで貴族のような豪奢な衣装だった。

 全体的にはスーツに近いデザインで、深い青を基調とし、襟や袖、服の合わせ部分などには金色で緻密な模様が施されている。手にはご丁寧にいかにもな薄手の手袋。足は皮製であろう軍靴。腰には儀礼用のような装飾のついたロングソード。鞘と柄の部分には服と同じく精緻な装飾がなされていた。


 体を動かしてみるが、見た目に反して全く違和感はなく、動かし辛いという事もない。生地もいいものを使っているのだろうそれは肌触りも良い、着心地は抜群だ。


 そこまで確認した俺は、なんとなく察しがついた。この服装に見覚えがあったのだ。俺が先ほどまでやっていたゲーム「スペランツァ・ディーオ」で、使用していたキャラクターに装備させていたものと全く同じものだった。


 『蒼穹の貴族衣』という名称の課金ガチャで入手したレアアバターで、通常の装備品とは別枠で装備できる。

 通常アバター装備はキャラクターの見た目を変化させるだけのものなのだが、さすが課金ガチャの中でもレア枠というだけあり、多少の能力値補正に加え『全状態異常耐性』という破格の装備効果まである。見た目もカッコよかった事から終盤愛用していたものだ。


 とはいえ俺にコスプレの趣味はないから、実際こんな衣装を買った覚えも作った覚えもない。


 だとすれば、これは夢だろうか?「白昼夢」などは感覚をともなっていると言うし、その類であれば、まぁ納得できないこともない。とはいえゲームキャラに自己投影しすぎて夢にまで見るようになるというのはどうなのだろうか?


 …悪くないような気がする。もしこれが夢でゲームキャラクターそのままの能力なら、俺は暫定ラスボスすらソロで狩れるほどの強者だ。そこらの有象無象になど負ける気はしない。


 念のためステータスを確認したいと思えば、音もなく目前に半透明の画面が表示された。その画面には…


――――――――

NAME:Unset

AGE:17

JOB:BattleMaster(Lv100)/CraftMaster(Lv100)

Lv:350

HP:99999/99999

MP:99999/99999

STR:1255

DEX:1255

DEF:1255

INT:1255

MIN:1255

AGI:1255

BP:1014

――――――――


 名前が未設定となっている事以外は、俺が意識を失う直前に見ていたゲーム画面と全く同じものだった。

 「やっぱコレ夢だろ」と割り切ろうとした瞬間、表示されていた画面にノイズが走り、画面が唐突に切り替わった。


――――――――

名前:未設定

年齢:17

Lv:1

所属:なし

生命力:99999

気力:99999

武力:10567

兵:0

統率力:5


戦技:神願▼

――――――――


 生命力や気力に関してはHP、MPの数値そのままだし、別に良いだろう。だが細かいステータスがなくなり、武力でまとめられてしまっている。どういった数値化が行われたのか知らないが、単純な合計値というわけでもなさそうだ。


 兵は…、まぁ俺一人しかいないから仕方ないとして、統率力ってのは何が基準なんだろうか?遠回しにバカにされているようで微妙に不快だ。


 そして最後に戦技。正直これが一番不明だ。なんだよ神願て?なんて読むの?しんがん?神に願うって完全に神頼みじゃねぇか。…いや、待てよ。そういやスペランツァ・ディーオのディーオってどっかの国の言葉で[神]って意味じゃなかったか?スペランツァは…覚えていないが、一度気まぐれに調べたことがある。もしかして、ゲームタイトルが和訳されて、さらに短縮されてんの?なにその手抜き作業。アレか?ゲームで使えてたスキルとかが膨大だからひとつにまとめました…みたいなやつ?おい、こら責任者出てこい。


 …まあ、これが夢なら間違いなく犯人俺なんだけどね。テヘペロとか言っとけば許されるかな?


 そんな間の抜けた思考を断ち切るように、唐突に事態が動いた。先ほどまで前進していた両軍が、地響きを伴う行進を止めたのだ。続けて響くのは人の声。

 だが、耳に届いたのは聞いたことのない言葉だった。正直何をいっているのかわからない。おそらく開戦前の口上だと思うんだが、言葉を聞き始めた途端に理解する事を諦めてしまった。


 ワカンネーヨ、字幕仕事しろ。


 声を張り上げているのは、鎧を着けた馬に乗った、ひと際豪奢な鎧を身に着けたゴツい男だ。顔までは判別できないが、いかにも武人みたいな空気を醸し出している。あの鎧うっすら青く光って見える…気がする。国旗っぽいのも青がメインカラーみたいだ。相対するもう一方は…黄色かな?太陽に照らされてキラッキラしてる。目に痛いというほどでもないが、まあまあ鬱陶しい。


 両軍の偉い人っぽいのが口上を終え、両軍が距離を縮めるために前進を再開した。先ほどまでとは違い、動いているのは前列の数百人だけのようだ。ここまで来ると、人の輪郭もある程度わかるようになってくる。皆さん顔が怖いです。


 なぜ今までこの場から逃げ出すという発想が浮かばなかったのか不思議でならない。幸いまだ俺の存在には気づいていないようなので、さっさとお暇しよう。




 俺がそう考えた時には、いろいろ手遅れだった。


―キンッ


 金属同士がぶつかったような甲高い音が響き、俺の斜め前方辺りに真っ二つになった矢が突き刺さった。何が起こったのか理解できない俺を差し置いて、再び同じような矢が飛んでくるのをこの目に捉えた。


 ブワリと視界が霞むと同時、再び同じような金属音が、今度は三度連続で聞こえた。弾かれた矢が再び俺の足元へと落ちる。その後も何度か同じように矢が様々な方向から飛んできたが、いずれも俺の身体に届くことなく地面に落ちた。


 その中心たる俺は大混乱中だ。なんせ、この矢全弾撃ち落としたの、俺なんだぜ?


 気付けばいつの間にか右手で鞘から抜いていたロングソードで矢を弾いていたのだ。なにその神業?俺スゲェ状態である。


 こんなことができた理由を考えるなら、おそらく俺の持つ常時発動型のスキルが役に立ったのだろう。「自動防御」か「矢避けの極意」あたりが仕事をしたんだと思う。


 身体能力だけでなく感覚も鋭くなっているのか単に「索敵」スキルの効果なのか、俺を襲ったヤツがどこにいるのかもだいたい把握できている。人数は五人ほどだろう。今も姿を見せることなく、四人が俺を襲おうと動き続けている。あとは不意を打つためか最初から一切動かず息をひそめているのが一人。


 なんだかもう殺す気満々だ。問答無用だ。


 と、いうわけでそろそろ反撃に移ろうと思う。頭に浮かんだのは「スペランツァ・ディーオ」のスキル。剣系のスキルの中で数少ない遠距離攻撃、その中でも最初に覚えられる技だ。威力も射程も大したことはないが、コストも低く発動までの時間も短い。ゲーム時のステータスが反映されているならディレイタイムはゼロなので状況的には適している。


 俺はステータス補正で強化されているらしい五感をフルに使ってタイミングを見計らい、今まさに矢を射ろうとする敵の一人に向かってスキルを放つ。


―剣技『斬燕きりつばめ


 下から切り上げるような動作で放たれるそれは、緩やかに上昇する軌道を描き一瞬で敵へと到達した。


 次の瞬間には敵の胴を真っ二つに切り裂いて消失。敵の手から弓と矢が力なく地面に落ち、そのまま敵の身体も左右に分かれベチャリと湿った音をたてた。


 想像以上にグロい光景に唖然とするが、他の敵が逃げそうになっていることに気付いて、慌てて『斬燕』を連続で使用する。一瞬のうちに逃げ出そうとしていた三名が、最初のヤツと同じ道を辿り、地面に赤いシミを作った。


 …ちゃんと発動してよかった。


 こんな何も無さそうな場所でよく姿を隠しながら攻撃できるものだと感心しつつ、最後の一人がいる方向へと足を進める。まだ動く気配はなさそうだが…。


 あと数メートルという距離まで近づいた瞬間、何もなかったはずの空間に突然人が現れ、突進してきた。いや、わかってたけどね。純粋な驚きはある。姿を消すアイテムかスキルか、そういうのもあるのだろうか?該当しそうなのは…ハイドとかかな?


 そんな考察をしながらでも、簡単に対処できる。突き出された刃を半身で躱し、そのまま敵の右手首を左手で掴む。すると反対の手で攻撃してきた。


(あっこれどうしよう?こっちも掴めるけど、それやると足で攻撃してきたときの対処に困るよな?…仕方ない。)


 一瞬で思考し、判断を下す。右手に持ったロングソードで、敵の左腕を切り飛ばし、それでも怯む事無く足での攻撃に切り替えてきたため、面倒なので両足を付け根から斬り飛ばした。


 残る四肢は最初に掴んだ右腕だけ、さすがにそろそろ諦めるかと思ったが、まだやる気はあるらしい。痛みに表情を歪めながらも、衰えぬ闘士でプッと口から針のようなものを飛ばしてきた。


「うわっ、きたねぇ!」


 俺は思わず掴んでいた手を離して飛び退き、敵から距離を取ってしまった。唯一の支えを失った敵は、その場にドサリと無造作に転がる。さすがに他人が吐き出したものを受けてやる程、特殊な嗜好は持っていない。…だから今のは仕方がなかったと思う。


 というか、今更ながら容赦がねぇなと自分でも思った。グロイ、気持ち悪いという感想は出てくるものの、一向に殺人やらなんやらに対する罪悪感とかそう言ったものは感じる気配がない。俺ってこんなに人格破綻していただろうか?それはそれで結構ショックだ。


 まあいいや、そんなの考えてたら死にそうだし、何も感じないなら感じないで大した不都合もないだろう。


 改めて敵に近づくと、先ほど地面に落ちた際にぶつけたのか、顔が土と血で酷いことになっていた。必死にこちらを睨みつけてくるのですごく怖い。こういうのってアレかな?情報吐かせようとしたら口の中に毒を隠してて、それ噛んで自決とかしちゃうやつ。


 現状俺にとっては唯一の情報源だし、せっかく手間をかけて生かしたのだから、なんとかしたいなぁ。なんて考えながら敵の姿を確認する。


 全身を動物の毛皮でできた外套で覆っており、毛皮自体も地面の色に近いものを使用している。さらに目と口元以外はすべて黒一色の服で覆われていた。性別もわかりにくくするためか、かなりゆったりとした服のようで、ぶっちゃけ人相どころか男か女かもわからない。


 …剥ぐか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る