スペランツァ・ディーオ~MMORPGやってたら戦乱SLGみたいな世界に飛ばされた結果

朽木リケ

第1話 Speranza Dio-スペランツァ・ディーオ

「ふぅ…」


 PCとエアコンの稼働音が響く室内に、男の満足気なため息が混じる。


 モニターには、あるゲームのプレイ画面が映し出されていた。ゲームタイトルは「Speranza Dioスペランツァ・ディーオ」多彩なキャラクターと重厚な物語がウリの多人数参加型の王道RPGだ。


 サービス開始当初はそこそこの人気を博し、ユーザー数は一時サーバーがパンクするほどの賑わいを見せていたが、現在では過疎化の一途をたどっている。


 そして半年前、正式にサービス終了が決定した。

 サービス終了の告知後、このゲームの運営は最後の収益を見込んでか、ゲームバランス度外視の課金要素をぶち込んだ。


 それが「欲望パック」と呼ばれるものだ。

 価格千円で売り出されたサービスパックは、利用開始から7日間ゲーム内の課金要素すべてを遊びつくせると銘打たれていた。


 代表的なもので、課金ガチャが一日に朝昼夜の三度引けるようになったり、敵を倒した際の獲得経験値上昇、レアドロップ率上昇、アイテム鞄の重量制限解除やレベルキャップ解放など様々だ。


 特に目立ったのは、レベルアップ時のステータスアップに関してだろう。


 そもそもこのゲーム、レベルアップの際に独特のルールがある。

 ひとつは自身が選択した職業によって固定で上昇する職業補正値。これは近接職なら筋力、魔法職なら知力など、その職業に合致したステータスが上昇するものだ。


 もうひとつは補助職、または二次職と呼ばれるものによって確率で上昇する値だ。こちらも選んだ職業によって得意なものが上昇するようになっているが、こちらは確実に上がるわけではなく、完全ランダムなので、かなり運要素が絡んでくる。


 さらにもうひとつ、ボーナスポイントという要素がある。これは好きなステータスに割り振ったり、スキルを取得する際に使用するポイントだ。このポイントも3~10点の完全ランダム獲得で、こちらも運要素が強い。


 ボーナスポイントでステータスを上昇させる場合、その時のステータスの値によって要求されるボーナスポイントも上昇する。

 ステータスが1~25までなら必要なボーナスポイントは2点だが、26~50は3点、51~75は4点と徐々に上昇していく。


 こういったRPGでステータスのランダム要素はかなり大きい。それがネックで離れて行ったユーザーも多くいただろう。


 それを今回の「欲望パック」で取っ払ってしまったのだ。要は平均して50%ほどの確率で上昇していたステータスが100%上昇するようになり、さらにボーナスポイントも3~10ではなく、確実に10点が加算されるようになる。


 まさに終了間際の大盤振る舞いだった。



 俺、鷹森圭吾(たかもりけいご)がこのゲームを始めたのは、サービス終了が決まり、この欲望パックが販売されてからだった。



 当時、仕事の重責によるプレッシャーや人間関係など様々な理由から会社を辞めたばかりだった俺は、すぐさま再就職先を探す気にもなれず暇を持て余していた。インターネットを使って何か面白そうなものがないか探していたところで、見つけたのがこのゲーム「スペランツァ・ディーオ」だった。


 サービス終了が決まっているにも関わらず、貴重な金をつぎ込むなどバカだと思う人もいるかもしれないが、まぁそういう気分だったのだから仕方がない。


 どうせ千円程度なら大して惜しくもない。そう思って課金し、始めたゲームに俺は見事ハマった。何より終了が確定しているゲームだけあって、様々な情報が公式、非公式問わず出そろっている。育成計画やストーリー進行で困る事も無く、面倒なクエストは時短できるし、逆に必須クエストなども簡単に網羅できてしまう事もストレス軽減に一役買っていた。サービス終了に伴って引退するプレイヤーも多く、貴重な課金装備やアイテムなどを後続の俺に譲ってくれるという人が居たのも大きい。


 さくさくと上がるレベル、面白いように上昇するステータス。推奨レベルよりも低いレベルでのボス討伐とおいしいレアドロップ。そして、レベルカンスト後の転生システム。


 「転生」というのは単純に、「転生石」というアイテムを使用してキャラクターのレベルを初期化するという行為の事を指す。「転生」の際、転生時のステータスから何割かが補正として初期ステータスに加算される。これを繰り返す事で徐々に能力値が強化され、強くなっていくわけだ。

 ただし、この「転生石」は基本的に課金でしか手に入らない。一応、イベント時に入手できないこともないが、そのハードルは非常に高い。


 結果、課金者と無課金者のステータス差は明確なものとなり、これが過疎化の要因のひとつとなったのは間違いないだろう。



 通常「転生石」は1個500円ほどで個別販売されていた。しかし今回の「欲望パック」利用者は、期間中「転生石」が7日間ログインボーナスとして1個支給される。要は一度の「欲望パック」利用で1個もらえるわけだ。「転生」はレベルが最大(Lv350)の時にしかできないので、支給されたとしても早々使い切れるものではない。


 まぁ、そのシステムのおかげで俺はレベルアップ作業に飽きることなく、半年間やめるにやめられずに課金を続けることになったのだ。


 おかげでステータスは全てカンスト。高性能な課金装備に身を包み、パーティを組んで狩るようなボスさえもソロで狩れるほどに強くなった。

 一日も欠かす事無く引き続けた一日に三度無料の元課金ガチャで高性能な装備や道具を引き当てたし、アイテム作成や武器、防具の強化、改造要素といった物もやりつくした。



――――――――

NAME:KeyV

AGE:17

JOB:BattleMaster(Lv100)/CraftMaster(Lv100)

Lv:350

HP:99999/99999

MP:99999/99999

STR:1255

DEX:1255

DEF:1255

INT:1255

MIN:1255

AGI:1255

BP:1014

――――――――


 これが、俺の半年間の成果だった。ここまで数値を上げるには、ひたすら転生を繰り返し、レベルアップで獲得できる職業ポイントで稼ぐほかない。ボーナスポイントもあるにはあるが、序盤ならまだしもステータスが三桁を超えたあたりから、一度や二度のレベルアップでは全く足りなくなる。そんなこんなで余りまくったボーナスポイントはスキル取得に使用している。取得可能なスキルをすべて取得してもボーナスポイントが余ってしまったのは少し残念である。


 職業に関しては戦闘職、生産職のすべての職業レベルを最大レベル(Lv100)まで上昇させた際に選択できるようになったものだ。もちろんこの職業も課金要素である。課金職なだけあって性能はお墨付きだ。


 例えば無課金で選択できる職業で戦士を選択していれば、レベルアップ時に上昇する能力値は筋力と防御力のふたつ、ランダム要素が絡むので最悪ひとつだけだ。しかし、俺が選択したバトルマスターという職業であれば、確定で筋力、防御力の能力値が上昇するのに加えて、敏捷の能力値もランダムで上昇するようになる。もちろん「欲望パック」によって、ランダム要素が無くなっているので確定上昇だ。これに補助職で選択しているクラフトマスターが加われば、全能力値がレベルアップによって上昇するようになるのだ。


 そして、改めて俺はモニターに映し出された画面を見て笑みを浮かべた。今の俺はさぞ満足気な顔をしている事だろう。


 画面上には「Congratulation」の文字と共に壮大な音楽が流れている。

 このゲームの、現時点で最強のボスを単独撃破したのだ。敵は目玉がまるでブドウのように連なった気持ちの悪い異形だった。

 範囲攻撃と状態異常攻撃を繰り返してくる嫌らしい戦い方をする敵だったが、全身超高性能課金装備で固めていた俺はなんとか凌ぐことができた。

 装備もこのボスに特化したものだったし、ステータスもご覧の通り、アイテムだってガンガン使って、ギリギリの戦いを演じた。


 サービス終了が確定しているこのゲームでラスボスと言っても過言ではない難敵を退治し、相応のレアドロップも入手した。そんな状態でのんびりとエンディング画面を眺めている。

 そしてスタッフロールが一通り流れ終わり、「fin」の文字が出てきた後、唐突にポップアップが表示された。


―メインストーリークリアおめでとうございます。

―報酬として「メインストーリークリア報酬箱」「真・転生石」を入手しました。



 ポップアップを見て、俺は一瞬固まる。


 とりあえず画面を進めて、再び通常のゲーム画面へと戻ると、ボス討伐後の俺のキャラクターは、最初の街の開始地点へと戻されていた。


 過疎っているため、今日がサービス最終日だと言うのに他のプレイヤーキャラクターは非常に少ない。


 まぁそんなことはどうでもいいだろう。気になるのは先ほど手に入れた[真・転生石]だ。


 俺はすぐさまアイテム欄をチェックする。そのアイテムは確かにアイテム鞄に入っていた。


―「真・転生石」:使用することで真に転生を果たす。


 アイテム詳細にはそれだけが書いてあった。今までの「転生石」を使った転生とは違うのだろうか?いや、まぁ、何かが違うのだろう。そうじゃなければこんな書き方はしない。


 では、具体的に何がどう違うのか?

 気になった俺は、攻略サイトなどに情報がないか検索をかけてみるが、どうにも該当するものがない。


 正直な話、これを使った結果すべてのステータスがリセットされるなんて事になれば、相当落ち込む自信がある。


 が、やはり気になる。


「むー…」


 ひとしきり悩んだ後、どうせ今日でサービスも終わりなのだから使ってみようという考えに至った。使わないままサービスが終了して、あれはどういう意味だったのか、などといつまでも考えていたくない。


 意を決した俺は「真・転生石」と書かれたアイコンをクリックし、ポップアップに表示された「使用する」を選択する。


―警告:このアイテムを使用した場合、やり直しはできません。本当に使用しますか?[YES/NO]


 この警告文は通常の「転生石」を使った際にも表示されるため、迷わずYESを選択。


―「真・転生石」を使用しました。真の転生を開始します。



 徐々に画面内のキャラクターを白が塗りつぶしていき、画面全体が真っ白になったと同時、俺の視界までが真っ白に染まる。


「…っ?!」


 白く染まった視界の中で、何が起こったのか理解する時間もなく、ブツリと主電源のコードが引き抜かれたように俺の意識は途切れた。

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