第17話 ウェルズ・スカー
トレカ辺境伯領は、ユーリシア王国とカドヴォス帝国の国境に面している。そのため良くも悪くも戦争の影響を最も受ける都市である。
良い点は、いち早く戦の気配を察知し、軍需産業の利益を最も得られるという事だろう。戦に勝利すれば様々な権利も多く得られる。そういった面においてこの都市は国から優遇されていると言えた。
しかし、相応のリスクも伴う。戦力として集まってくるのは全部が全部、決して品行方正な騎士などではないし、物資が集まるからこそ、それを狙う不逞の輩だって存在するのだ。
それは治安の悪化を招き、場合によっては士気に大きな影響を及ぼす。
領主は治安維持と、少しでも利益を貪ろうと横やりを入れてくる他領の貴族を相手にし、対応に意識を割かねばならない。
それに加えて軍事大国であるカドヴォス帝国が攻めてくるのだ。その心労は計り知れないだろう。
いくらトレカ辺境伯が優秀で、いろいろ気を遣っていようと、そのすべてに手が回るはずがない。その象徴であるスラム街。
何十年にも及ぶ大小さまざまな戦によって積み重なるように拡大していったスラム街の規模はもはや一領主の手に負えるようなものではなくなっていた。
スラムの一角、何の変哲もないボロボロの家屋。そのひとつに紛れるように、地下への入り口は隠れていた。
スラム街の地下、そこは法の目の届かない無法地帯。暴力、薬物、人身売買、なんでもアリのブラックマーケット。その場所を取り仕切るのはウェルズ・スカーと名乗る男だった。
スカーという家名、本来それは功績を認められ、王族、もしくはそれに近しい貴族によって与えられるものである。しかし、彼は誰に与えられるでもなく自らそう名乗った。
それは国に対する反逆心の表れであり、誰にも媚びないという意思表示でもあった。
ウェルズの母親は娼婦だった。女は望まぬ子どもを身ごもり、産みはしたものの早々にスラムへと捨てた。その子供は劣悪な環境で奇跡的に生き残り、力を蓄えた。成長するにつれ、体は大きく丈夫になり、力も同年代では相手がいないほど強くなった。彼は生まれには恵まれずとも、才能には恵まれていたのだ。
力を手に入れた彼は、暴力とカリスマでスラムの者たちを纏め上げ、組織を作り上げた。そこからあらゆる人間、手段を使って金を稼ぎ、組織を拡大し、地位を築いた後は、思うがままに振る舞った。
気に入らない者は殺し、壊し、欲しいと思ったものは奪ってでも手に入れる。自身を侮辱するものを決して許さず、力によって支配してきた。
ウェルズは自身の寿命が尽きるまでそれは続くものだと思っていた。領主すら自分に手が出せず、自分は権力を増すばかり。
ブラックマーケットは年々規模を増し、彼の手はもうすぐ王都にまで届く。王都の裏を支配すれば、そこに拠点を作り、より広範囲に手を広げる。そしてこんなちっぽけなスラムの主などではなく、大陸全土を裏から支配する初の王となるのだ。そんな野望を本気で叶えるつもりだ。
ウェルズは自室で酒を煽り、薄く笑みを浮かべながらそんな未来を夢想する。
侵入者を知らせる警報がウェルズの耳に届いたのはそんな時だった。
―――――――
俺が地下への入り口を見つけたのは偶然だった。街を歩いている途中、少しだけスラムの様子も覗いたのだが、その際気配を察知した内の数人が丁度良く地下へ降りていくのを感じたのだ。
陽が沈んでから俺たちは行動を開始した。その際使用したのが、補助魔法「ハイド」だ。
「ハイド」の魔法は対象の姿を三〇秒間隠す。つまり不可視状態にできるというものだ。
ちなみにこの魔法はメインストーリーを進行する事で覚える必要があり、該当クエストをクリアする事でボーナスポイントを使うことなく習得することができる。この魔法を使う事で敵地へ潜入、機密情報を手に入れるというクエストがあった。
なんとも残念なのが「ハイド」を使える場面が後にも先にもそこしかなかった事だ。いろいろ便利そうな魔法だったにも関わらず、そのクエスト以外では「ハイド」を使用した状態でも敵に発見されてしまう。なんとも使いどころのない魔法だったのだ。
しかし、この世界では違う。「ハイド」の魔法を使用すれば「不可視」の効果は十全に発揮されるのだ。トゥーラのように聴覚、嗅覚に加えて「探知能力」まで持っていれば気付かれてしまうだろうが、ただの人間相手ならば見えないという事は非常に強い。
現に見張りの横をすり抜けても気付く者はいなかった。三〇秒という制限時間があるため、地下へ侵入して間もなく解けてしまったが、俺としては十分に満足していた。
「ハイド」の効果が及ぶのは発動者のパーティメンバーだけだ。カーレにも効果が及んだことを見れば、彼女もパーティメンバー扱いになっているのだろう。
使ってみてわかったが、意識的に特定の人物を「ハイド」の対象外にすることもできそうだ。
ゲーム時代の技や魔法は、この世界で実際に使ってみることで何ができて何ができないのか、ある程度把握できる。ただし、この感覚ははっきりしたものではなく、「あっ、こんなことができるかも?」程度の認識なので、そこからさらに使って効果を確認し調整を行う必要がありそうだった。
地下には思ったよりも広々とした通路が幾重にも伸びており、適当に歩いていると何度も広場のような場所に出る。
驚いたのは地下に家のような建築物があったことだ。様々な建築物が並び、商店まである。光源は松明などではなく光る石のような物が街灯の如く配置されており、最低限の視界は確保できているようだ。
「カーレ、あの石は何だ?」
「あれは太陽石です。昼間のうちに太陽の光を当てておくと、理屈はわかりませんが暗い場所で光るようです」
「ほう」
蓄光石のような物だろうか?俺の記憶にあるのは、青や緑の淡い光を放つような代物でとても街灯代わりになるようなものではなかったが、今見ている太陽石は昔の電球くらいの光量はありそうだ。
どういった物なのか調べるためにいくつか頂いていくのもアリかもしれない。そんな事を考えていると、隣を歩いていたトゥーラが声をかけてきた。
「オサ」
「どうした?」
「尾行されているようです」
「そうみたいだな」
「処理いたしますか?」
「いや、もう少し様子を見る」
「かしこまりました」
俺たちが地下の町に入ってから間もなく、ずっと俺たちの後をついてくる人間がいる事には気づいていた。問題なのはその理由だ。俺たちの侵入に気付いて尾行しているのか、俺たちの身ぐるみを剥ぐことが目的の輩なのか。どちらにせよもう少し様子を見てもいいだろう。
地下にある店舗は地上の物とは違って、禁制品などを普通に扱っているようだ。わかりやすい所で依存性の高い薬物や殺傷性の高い毒物などがあり、あとは怪しげな杖やら壺やら、カーレ曰く呪術具と呼ばれる物だそうだ。
多少興味は引かれつつも、長居はせずに先へと進んでいく。ある程度見回っていると、見張りが立っていて先に進めない場所が出てきた。
もちろん行こうと思えば行けるだろうが、下手に騒ぎを起こして逃亡を許したくない。ペットに頼るというのもいいが、この世界に来てからそればかりやっている気がするので、多少それでいいのか?という気持ちもある。
あるにはあるが、結局魔法に頼るかペットに頼るかの二択になので深く考えることをやめて、大人しくペットウィンドウを表示してプランを考える。
(コイツとコイツ、あとはコイツらがいれば何とかなりそうだな。あとはアレを確認して、問題なければ決行だ)
ある程度考えがまとまったところで、人目の少ない場所へと移動していく。
すると案の定、俺たちを尾行していた奴らが近づいてくるのがわかった。最初二人か三人くらいだったものが、いつの間にか二十人近くにも膨れ上がっている。いずれも薄汚い恰好をしたチンピラ風の男たちだ。
「おいガキ、どうやってここに入って来たんだ?」
「コイツらは俺がやる。トゥーラ、カーレ、お前らは手を出すな」
「「かしこまりました」」
「お前なに…を?」
男の言葉を無視してトゥーラたちに指示したあと、俺は剣を抜いて一番近くにいた男の首を撥ねた。そこで立ち止まることなく、俺たちを囲むように立ち並ぶ男たちを容赦なく切り捨てていく。半数近くを切り殺したところで、ようやく事態を把握したようだが、完全に構える前には一人を残してすべて殺しつくすことができた。
「へ?あ?」
何が起きたのか全く理解できていない様子の生き残り。そいつを後目に、次はどうするか考える。本来は殺した奴らから金品を剥ぎ取って、いろいろな実験用に死体を回収するつもりでいたのだが、コイツらは非常に不潔で正直な話触りたくない。かと言って金を奪わずに処分してしまうのも惜しい。
トゥーラ、カーレに命じて回収させてもいいが、彼女たちに触らせるのも何となく嫌だった。というわけで最後に残したひとりに金品を回収させることにした。
「おい」
「う、うぁ…」
「騒ぐな、黙って俺がこれからいう事を聞け。でなければ殺す」
「っ…」
「よし、よく聞けよ?これからお前はそこの死体どもから金目の物をかき集めて、それを俺に渡すんだ。いいな?」
「わ、わかりました。だから、い、命だけは…」
「さっさと動け。それとも今すぐ死ぬか?」
「ヒィッ?!」
少し睨みつけてやれば、慌てて男は死体を漁り金品を集め始めた。仲間の状態を見て、さらに顔色が悪くなっているのが見て取れる。
「お見事でした」
「まぁ相手は雑魚だからな」
「さすがですオサ」
美女二人に褒められて気分をよくしていると、男が逃げようとしているのが見える。
俺は即座に剣を抜き放ち、殺さないよう切る場所を考えながら「斬燕」を発動させた。男へと飛来した斬撃は男の肩を切り裂いた先で消える。男は悲鳴を上げて肩を押さえ、怯えた目でこちらを見てくる。
そうして俺がもう一度剣を構え睨みつけてやれば、慌てた様子で回収作業に戻った。
隣に立っていたカーレは仲間が切られた時の事を思い出したのか僅かに体を震わせている。安心しろよ、もうやらないから…たぶん。
結局死体から回収できた現金は銀貨七〇枚と銅貨二四三枚、鉄貨が一九六枚だった。アイテムウィンドウに入れてしまえば、細かい数がすぐにわかるので便利だ。昨夜宿泊した宿が一泊銀貨十枚だったので、金欠は脱した。
金銭以外にも誰かから奪ったのか装飾品や、小物もあったのでそちらもアイテムウィンドウへ放り込んでおく。
あとはコイツから情報を絞れるだけ絞って、本格的に活動を開始するとしよう。
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