第18話 修羅場のちカオス

———楓の意識が無くなる10分前。


◇ 鳳燕路 心音 ◇


 テストが終わった。時刻は午後4時半。この前楓くんと一緒に帰った時は公園までだったけど、きっとその近辺に家があるはず。今から全力で向かえば15分くらいで行ける!


 私は急いでシャーペンやら消しゴムやらを片付けて、すぐにれいちゃんの元へ向かった。どうやられいちゃんも急いで片付けているらしい。急ぎすぎて消しゴムを落としてしまっている。


「れいちゃん!早く行くよ!」

「そうね!でも待って。私たちまだ楓の正確な家の場所を知らない。」

「あっ、ほんとだ!どうしよう…」

「大丈夫。佐々木くんに聞けばいい!」


「呼んだかな?!」


 れいちゃんが佐々木くんの名前を出した途端、離れたところで話していた佐々木くんがいつの間にか近くに来ていた。


「佐々木くん、楓の住所を教えて欲しいの!」

「おうっ!いいぜ!」

「そうだよね、そう簡単に……え、いいの?」

「もちろんだぜ!あ、俺も行くから俺に着いてきてくれ。といっても直ぐに帰るから邪魔はしないよ!」


 はははっと笑い飛ばす佐々木くん。もしかしたら私とれいちゃんの気持ちを知っているのかもしれない。

 おかしいとは思っていた。こんなに可愛いれいちゃんが告白されたという話を一切聞いてないから。多分、裏で佐々木くんが手を回していたのかもしれない。


「よっしゃ、行くか!」


 佐々木くんがそう言って動き出したので、私たちはその後を着いて行った。





「スーパー寄るけど、良いか?」

「良いわよ。」

「え?なんで?」


 え?なんでスーパーなんか寄るの?早く楓くんの家に行こうよ。


「あの、心音?楓は体調崩してるから学校休んだのよ?」

「え?………あ。」


 そ、そうだった!忘れてた!楓くんの家に突入することだけ考えてて目的を見失ってた!


「うぅ、ごめん…」

「ははっ!食べ物とか色々買ってこうぜ。楓は逃げも隠れもしないから。」

「…うん、そうだねっ」


 そうだよね。結局家には行けるんだもんね。でも大丈夫かなぁ。






 買い物を終えた私達は、ついに楓くんの家の前に立っていた。



「れ、れいちゃんっ!」

「わ、わかってる、わかってりゅわ!」


 うぅ〜緊張する〜!この扉を開けた先に楓くんがいるって思うとドキドキするぅ〜!れいちゃんも噛んでるし緊張が伝わってくるよ〜!


「じゃあ、押すよ?」


 私はそぉ〜っと、慎重に呼び鈴を押した。


 すると…



バタバタッ!バタンッ!バタバタッ!


 中から変な物音が聞こえた。どうしたんだろう。


 しばらく待っていると、鍵が開く音が聞こえ、ゆっくりとドアが開き始めた。

 そして、中から出てきた人に、私とれいちゃんは唖然とする。


「…?どちら様ですか?」


 私たちより年上の人だとすぐにわかった。オーラが同学年とまるで違うように感じたからだ。そしてその年上の女性が、楓くんの玄関にいる。

 理解できない事態に私の空いた口は塞がらない。


「…あの、何か?」


 そ、そんなことより、なんで、楓くんの家に女の人がいるのかな?私、聞いてないんだけど?なんで教えてくれなかったのかな?


 私はチラッと横を見ると、れいちゃんも同じように口をパクパクとさせていた。


「え、えと…」

「いやー!どうもどうも久しぶりですね!」

「あ、悠太くん。久しぶり。」

「今日楓が休みだって聞いたんでお見舞いに来たんですよ!はい、これ食材と風邪薬。」

「あ、ありがとう。ちょうど今買いに行こうと思ってたの。」

「いやーそうでしたか!……ではさらば!」


 何となく気まずい空気を打開しようとした佐々木くん。でも打開できずにそそくさと帰っていった。


 残された私達は依然として玄関にいる女性とにらめっこ状態。いや、段々と睨み合いになっている。


「あなたは誰ですか?」


 開口一番、喧嘩腰でそう尋ねるれいちゃん。うん、やっぱりすごく度胸ある。


「…人に尋ねる前にまずは自分が名乗ったらどうですか?」


 あ、あれ、この人もなんか喧嘩腰じゃない?


「あら、失礼。私は橘麗華15歳。偏差値70越えの高校に次席入学したわ。」


 何故か余計な情報を付け足していたが、次の言葉で事態はさらに悪化する。


「よろしくね、。」

「おばっ…!」


 な、な、なななななんてことを言うのれいちゃん?!すごい良い笑顔!!あわわわ、どうしよう?!


「…ゴホン。名乗られた以上はこちらも名乗らないと無礼ですね。私は城倉真奈じょうくらまな17歳。偏差値60の進学校に首席合格して現生徒会長を務めています。」


 あ、すごい。この人もすごい余計な情報を付け足してる。それになんか「首席」って部分をやけに強調してる気が…


「よろしくね、。」

「ひ、ひん…!」


 ひ、ひひひひひ貧乳?!れいちゃんの胸は控えめだけど形はすごい綺麗だよ!多分!!で、でも確かに、この人の胸ははち切れんばかりに大きい…。服の上からでもくっきりと形がわかるほど大きい。それに垂れ下がったりしてなくて形もいい…。

 あれ、待って。れいちゃんが貧乳ってことは、れいちゃんより小さい私は遠回しにド貧乳ってこと………………はあああぁぁぁ?!


 ムカついた私はれいちゃんの1歩前に出て、真奈という女性を睨みつける。が、自分の身長が低すぎて上目遣いになっていることに、この時の私は気付いていない。


「私は鳳燕路心音です!15歳!れいちゃんと同じ高校にギリギリ合格!えっと、えっと、あとは…………うぅっ…」


 自分のアピールポイントが無さすぎて泣きそうになった私は、思わず俯いてしまう。

 すると、私の頭に何か暖かいものが乗っかった。


「大丈夫だよ。人それぞれに長所はあるんだから。ね?」

「あっ……あぅ…」


 真奈という女性に頭を撫でられる私。さっきまで嫌味な人としか思ってなかったけど、案外いいひとなのでは?と思ってしまう。


「ちょっと!心音を返して!」


 不意に腕を引っ張られてれいちゃんに抱きとめられた私は我に返る。


「おばさんは楓とどういう関係なんですかっ!」


 れいちゃんの質問に賛同するように私も首を縦に振って、真奈さんに弁明を促す。


「まだ17歳なのに、おばさんって言うんだね〜へ〜。そんなこと言う悪い子には教えられないなぁ〜。」


 ニヤニヤしながらそう言う女性。

 この人遊んでる。れいちゃんで遊ぼうとしてる!


「じゃあいいです!あなたに用はないので!お邪魔します!」

「どぞとぞ〜!」


 あれ、案外あっさり入れてくれるんだ。


 れいちゃんは一瞬驚いたように目を見開くが、直ぐに切りかえて家の中に入って行った。

 私もあとに続いて入っていくが、その時にすれ違った真奈さんの顔がニヤニヤと笑っていたので何かあるのかもしれない。

 一体何があるんだろう…


 そう考えていたその時。


「あ、あんた何してんの!?」


 れいちゃんの声が響いた。




◆ 橘 麗華 ◆



「あ、あんた何してんの!?」


 私は今見ている光景が情報として処理しきれず、パニックに陥っている。


「なっ?!ななななななっ!?」


 遅れてきた心音も同じようにパニック状態になった。そして両手で顔を覆っているが、中指と薬指が開いていて目が見えるため、ガン見している。


 少しして冷静になり始めた私の脳は、視界の情報を脳で処理するためフル稼働する。


 楓が寝ているベッドは、部屋に入って右側にある。

 そしてそこに寝ているのは楓ともう1人。見知らぬ小さい女の子が寝ている。それだけならいいのだ。いやよくないけど。

 問題は、その2人が抱き合って寝ていることだ!


「う……んん」


 私たちの声に反応したのか、小さな女の子は寝ぼけたまま体を起こす。

 そしてそのまま数秒間私たちを見つめて…


「……………ほぇ?」


 変な声を出して固まった。


「あ、あんた、ほんとに何してんの?」

「え、え?え?え、え?」


 女の子は状況が理解出来ず戸惑っている。それは無理もないことである。同じようなことがあれば私だって同じ反応をするだろう。

 しかしこの時の私は冷静ではなかったため、その考えに至ることが出来なかった。


「こ、この、泥棒猫ーー!!!」


 そう叫んで掴みかかろうとする私を、心音が咄嗟に羽交い締めしにした。


「お、落ち着いてれいちゃん!」

「無理よ!落ち着くことなんて出来ない!」

「ま、待ってよ!何があったのかちゃんと聞かないと!」

「いや!離して!この泥棒猫!絶対許さないんだから!」

「ちょ、れいちゃん強烈!キャラ崩壊しちゃってるよ!」


 キャラなんて気にしてる場合じゃない!

 だって、楓が、私の大好きな楓が、他の、女に…


「うぅ、うええぇぇぇぇん!」

「えぇ?!れいちゃんなんで泣くのぉ?!」


 私は足の力が抜けてその場に崩れ落ちる。そして子供のように泣き喚いた。


「ふぇ、ふええぇぇぇぇん!」


 そして何故か、女の子も泣き出した。


「あ、え、ええ?!あの、大丈夫?!怖かったよね?!うん!私も怖かったよ正直!!と、とりあえず2人とも落ち着いてぇー!」

「あれ、なんか面白いことになってる。」

「あっ!真奈さん!助けてくださいぃ!」


 私が怖い?そんな事ない。もし浮気現場に鉢合わせたら女は皆こうなる。多分。そもそもまだ付き合ってないけど…


 と、その時


「…んぅ?………うぅん」


 楓が起きだした。




◇ 佐藤 楓 ◇




 思えば僕はいつも独りだった。悠太と出会うまでずっと独りだ。

 物心ついてから誰にも抱きしめられることなく育ったため、たとえ独りだとしても無意識のうちに温もりを探していた。


 だけど皆、僕の横を通り過ぎていく。僕のことなんて気にも留めない。


 次第に、僕に温もりなんて必要ないと思うようになった。いや、自分にそう思わせておくようにした。

 そうすることで臭いものに蓋をするように、思いをズルズルと引き摺らないようにするはずだった。


 しかし僕は悠太と出会い、麗華と心音と出会い、またあの温もりを求めるようになった。

 小学生3年生の時に感じた、あの心の温もりを掴みたかった。


 暗闇の中、必死に手を伸ばした。どこにあるかも分からないし、そもそも掴めるものでは無いかもしれない。

 それでも僕は無我夢中で手を伸ばした。


 すると、何も無いところで温かいものを感じた。しかもそれは、僕の手に絡みついてくる。


 僕はそれを必死に手繰り寄せた。


(温かい…)


 もう逃がさないとばかりに、強く、強く抱きしめた。

 すると、温かいものも僕を包み込んでくれて、


「ずっとそばに居るよ。」


 そう言われているような感覚がした。


 でも、その温もりはすぐに消えた。同時に何か騒がしい音がする。


「————!———!」

「—————————————!」


「——————!」

「——!!————!」


 あぁ、ほんとにうるさい。誰だこんなに騒がしいのは。


 そう思っていると、不意に意識が覚醒する。そして自分が今まで寝ていたことに気がついた。


「…んぅ?………うぅん」


 目を開けると、見えるのは天井。


 起き上がると、見えるのは泣いている妹と麗華。それをなだめようと奮闘している心音。そして楽しそうに達観しているのが姉。


 僕はその状況を見て、こう言わざるを得ない。


「……どゆこと?」

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