第9話 帰省2
「はは………」
思わず乾いた笑いをしてしまう。
泣き疲れて気付いてみればもう夕方。空が赤く染っていた。
「帰ろう。」
僕はもう一度手を合わせる。
生憎僕はお花や線香など持ってきていなかったので、先程の僕の話は聞いていなかったかもしれない。
でも、それでいい。
あんな風に泣いている僕の姿を、お父さんお母さんに見せたくない。余計心配させてしまう。
「夏休みにまた来るから。その時は、従姉妹と皆で。」
それまでに僕は、強くならなければならない。
あの参観日の後、先生や他の人に「頑張ったね」「強いね」と言われていたが、そんなことは全くない。お墓参りに行けば、今日のように泣き崩れてしまう。
僕は人より心が弱いのだ。
こんなひねくれた性格をしているから僕は強いんだと、ずっとそう勘違いしていた。
実際は脆い。きっかけさえあれば、一気に崩れてしまうほどに。
だから僕は、お父さんお母さんの死と向き合わなければならない。現実を受け止めなければならない。
顔も姿も声も知らない両親に見守られていると信じて、前を向くしかない。
普段は人を信じない僕が、人よりも不確定なものを信じるとは中々に矛盾していて皮肉的で屈辱的だが、それでもいいと僕は思った。
その不確定のものが、僕をこんな性格にしたのだから。
「じゃあな。」
それだけ言って、僕は墓地を去った。
◆
それからしばらくして、物陰から2人の女が姿を現した。
1人は菊の花を、もう1人は線香を持っていた。
「帰ってきてたんだね。」
「うん。」
「泣いてたね、ずっと。」
「うん。」
「夏に、帰ってくるって…」
「うん…」
辺りはもう薄暗く、街灯がつき始めた。
墓地にある街灯もまた、2人の女を照らす。
「楽しみだね。」
「うん。」
2人はそのまま、楓がいた墓石に行きお花をお供えし、線香をたいて軽く手を合わせた。
◆
「よし。」
ホテルを出た僕は駅に向かった。
夏までここには帰ってこないが、以前のように後ろ髪を引かれる思いはしない。
昨日言いたいことは言えたし、ちゃんと決意することも出来た。
心残りがあるとすれば、2人の従姉妹の事。
あの時僕が怒鳴ったことによって、従姉妹との関係に大きな亀裂が生じた。それから接する時もぎこちない感じだった。
あの時僕がもっと強ければ、両親の死に向き合っていればそんなことにはならなかった。従姉妹からすれば僕の怒りは不条理だったと思う。本当に申し訳ないことをした。
新幹線に乗って、ホーム側の窓側の席に座った僕は、何となくホームにいる人だかりに目を向ける。何を感じた訳でもなく、本当に自然と目を向けたその先には、
知っている顔の女が2人、僕を見つめていた。
来ていたのか、という驚きと同時に目を逸らしたくなる。
あの時以来気まずくなった僕はあの2人と話すことが極端に減った。
完全に僕の八つ当たりで、2人には全く非は無い。小学生相手に気を使えなんて無理な話だから。
完全に僕が悪い。だからこれは、後ろめたさだ。
でも、逃げちゃいけない。ここで目を逸らしたら、また振り出しに戻ってしまう。
現実と向き合わなければならない。そう思って僕は2人の顔を見続けた。
出発の合図があるまで、僕と2人の女は何もアクションを起こすことなくお互いの顔を見続けた。
出発のアナウンスが鳴り響いた時、2人の女のうち、背の高い方が口パクで言葉を伝えた。
『気を付けて』
新幹線と、駅のホーム。隔離された2つの空間はよっぽど大きな音でないと音が通らないように出来ている。
それでも、僕の耳には確かに、姉さんの声が聞こえた気がした。
あれだけ突き放しても、それでも僕に歩み寄ろうとする2人。
僕は目頭に熱いものが込み上げる感覚がした。同時に、自然と口角が上がる。
僕も何か伝えなくては。
口パクは正直恥ずかしい。だから僕は、ホームにいる2人の女に向けて、サムズアップした。
それを見た2人は、大きな目をさらに大きく見開き、大粒の涙をポロポロと流し出した。
きっと、負い目を感じていたんだろうな。
まったく、大袈裟なんだよ、あの2人はいつも。
僕の頬にも、何か流れ落ちた気がするが、絶対に気のせいだろう。じゃないと僕が涙脆いやつと思われてしまう。
新幹線が動き出し、僕は地元を離れて都内へと向かった。周りには出稼ぎに行く人が多く見られ、中には家族の写真を眺めている人も多かったが、昨日のような訳の分からない憤りを感じることなく、逆に心が温まる感じがした。
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