第21話 覚悟
◇ 鳳燕路 心音 ◇
「嘘…」
嘘、と声に出して言ってみたはいいけど、正直実感がわかない。『死』というものに縁がない生活をしてきたため、その事をどう受け止めていいのか分からない。
「実感無いでしょ。」
れいちゃんと私の顔を見て、真奈さんは微笑んだ。
「私も、実感するのに時間がかかっちゃってね…。」
そして何故か、悲しそうに視線を斜め下に向けた。
「気づいた時にはもう、楓ちゃんを傷つけてたんだ〜。」
ややぎこちなく、無理やり笑ったような感じで視線を鍋に戻した。
「私たちは今日、楓ちゃんにその事を謝りに来たの。まさか体調崩してるとは思わなかったけどね。」
真奈さんの様子から、楓くんを傷つけてしまう出来事があったんだと察する。同時に、私とれいちゃんは知らず知らずのうちに楓くんを傷つけてしまったのでは無いのか、と不安になっていた。
「これ以上は言えないけど、あとは楓ちゃん本人から聞いてね。」
そう言って、真奈さんは鼻歌を歌いながら体をゆらゆらと揺らし始めた。
私はそっと、れいちゃんの顔を覗き込む。れいちゃんの目は焦点が合っておらず、どこか焦っているように感じた。
「あの、私たちもう帰ります。」
私はれいちゃんの手を取って、帰る支度を始めた。
「いいの?」
意外そうに見つめる真奈さんに、私は何も返すことが出来ず、目を伏せて小さく頷いた。
◆
楓くんの家を出てから、私とれいちゃんは近くの公園に来ていた。
あたりはもう薄暗く、街灯がつき始める時間帯だ。
誰もいない、不気味な雰囲気の中、近くのベンチに腰を下ろした私たちはしばらく無言の時間が続いた。
「私、楓を傷つけていたのかな。」
沈黙を破ったれいちゃんは、今はもう落ち着いている。でも視線は地面に向いたまま動こうとしない。
「………分からないよ。」
正直私も不安だ。身内が亡くなるという経験がないから、当事者がどんな思いで日々を過ごしているのか、身の回りの人のどんな言動や行動が悲しみを連想させるものになるのか、全く検討がつかない。
だから、知らないうちに楓くんを傷つけていたのかもしれない。
「どうして心音は、帰ろうとしたの?」
れいちゃんが質問してきた。
多分、放心状態だったれいちゃんの手を引いてここまで来たことに疑問を感じているのだろう。
「………私に覚悟がなかったからだよ。」
あの時、私はすぐにあの場を離れたいと感じていた。
楓くんの従姉妹達は、過去と向き合う覚悟を持ってここまで来た。
それなのに私たちは楓くんの顔を見て、あわよくば家に入れてもらおうという下心で訪れたのだ。
楓くんのことをろくに知らない私達があの場にいることは絶対に間違っている。それに楓くんの過去は私たちが想像できるようなものではなかった。
楓くんの過去を知る勇気が無いのだ。
今の私達には受け止める勇気がない。だからあの場に留まることが出来なかった。
「…そっか。私も覚悟できてなかったから、心音には感謝してる。ありがとね。」
そう言ってれいちゃんは微笑んだ。
それからまた沈黙が続いた。
あたりはもうすっかり暗くなってしまい、公園を照らす街灯には虫が集まっている。どこからか生暖かい風が吹くのを感じ、もうすぐ春が終わり、夏が訪れると実感した。
同時に、高校入学から2ヶ月が経過していることを思い出す。この2ヶ月間特に大きなイベントはなかったが、ここから先はクラスマッチや夏休み、夏祭りなどイベントが盛りだくさんだ。
それらのイベントを、好きな人と過ごしたいと思うのは必然的だろう。それを機に楓くんともっと距離を縮めたいし、私のことも知って欲しい。
だからそれまでに、楓くんとしっかり向き合わなくちゃいけない。私が覚悟を決めて、楓くんに話してもらう。
それにもしかしたら楓くんの過去の出来事に、楓くんの恋愛についてのヒントとかもあるかもしれない。
今日だってそうだ。私の頭をなでなでしてきたし、れいちゃんに顎クイしていた。見るからに女性との距離感が間違っている。
ただ単に女性慣れしていないというだけではないと、私は思っている。他の要因があるのかもしれない。
勝負は明日。今日中に覚悟を決めて、もう一度楓くんの家を訪れる。楓くんに何があったのかを、全て話してもらうのだ!
密かに意気込む私は、チラッとれいちゃんの方を見る。
するとれいちゃんは、膝の上に置いた手で握り拳を作り、背筋を伸ばして前を見ていた。
「明日も楓の家に行くよ。」
どこか冷たいように聞こえるその声は、何かを決意しているように、私は感じた。
どうやらここでも、考えていることは同じらしい。
「なぁーんだ。れいちゃんもそのつもりだったんだ。」
「当然よ。」
「私ひとりで行こうかと思ってたのに!」
「抜け駆けは許さないわ!」
「そんなこと言って、最初に抜け駆けしたのはれいちゃんでしょ?!」
「そ、それは………覚えてないわっ!」
「せこっ!?」
そんなやり取りをして、私たちはお互いに顔を見合せて大声で笑った。
「「あははははっ!」」
色々吹っ切れたように笑った私達は、他愛も無い会話を弾ませながら、自宅に向かって歩き出した。
なんでも出来るけど何もやらない男に美少女は惹かれる マリモ @GuiltyPhysics
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