第13話 図書館で勉強を...

「はるくんは女心が分からないの?!」

「ち、違うんだ!誤解だよ!」

「もう、知らない!」


 そう言って女の方が去っていき、男は為す術なく項垂れていた。


 今は学校の帰り道。いつものように悠太は遊びに出かけているので、僕は1人で帰っていた。そして、道中通り掛かった公園で今のような出来事が起きていた。

 この2人はこの前、麗華と心音と帰っていた時に見た盛った猿どもだ。


 すぐに恋のABCを済ませると思ったんだがな。


(ふっ、ざまぁ。これを機に勉強しろ。)


 心の中で悪態をつきながら、先程女が言っていたセリフを思い出す。


 女心。

 僕はすぐさまスマホを開いて調べる。するとそこには、「女性特有の感情」と書かれているが、僕は間違っていると思う。

 僕が思う女心とは、女性が男性に思う言いようのない要求のことであり、曖昧なものを表す。つまり、具体的な要求は無いものの女性が満足するような対応をして欲しいという想いに、都合よく名前をつけただけなのだ。女の心持ちだから、女心。


 全く馬鹿げた話だ。

 エスパーじゃあるまいし、人の心なんて読めるはずがない。せいぜい視線や表情を見て予測することしか出来ないのに。心を的確に読めと言っているようなものだ。


 男からすれば、「何をして欲しいとかはないけど、私が喜ぶようにしなさい。」と言われているようなものである。


 いつから男が女をリードするようになったのか。そもそも女は勘違いをしているのだ。女は男にリードされるものでは無い。お互いを尊重し合い、助け合っていくのが本当の形だと思う。


 とまぁ、恋愛を知らない僕が一時真剣に考えたことを述べたのだが、理想とは叶えられないものであって非現実的だ。だから僕が言ったことも、女心を理解することも絶対に不可能なのだ。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「もうすぐ中間テストあるからなー。」


 担任のやる気のない声から発せられた連絡に一同ため息をつく。


「だりぃ〜。」

「進学校に入ってからも勉強かよ〜。」

「とりまカラオケ行こうぜ!」


 どうやら陽キャ共の中では既に方針が決まっているようだ。

 テスト前に遊びに行くとかどういう了見だだよ。


 さて、いつも通りであればそろそろ泣きついてくることだが…


 そう思って僕の前に座る僕の親友の背中を見つめる。

 彼は机に伏せたまま小刻みに震え始め、それがしばらく続いてから勢いよく起き上がり、勢いよく振り返って僕にこう言った。


「たのむ!勉強を教えてくれぇぇ!」


 土下座でもする勢いでそう言ってきた悠太は、たまたま机の上に置いていた僕の両手を握りしめた。そして…


「たのむよ!付き合ってくれ!」


 勉強に、と言ってくれ親友。

 公衆の面前で、しかもこの状態でそんなことを大声で言うもんだから誤解されたに違いない。







「であるからして、ここの両端に働く力の大小関係が分かるから…」

「むむむ…なるほど。」


 僕達は今図書館で物理の勉強をしている。いや、勉強をしているのは悠太だけで、それを正面から僕が見ているという状況だ。

 僕達が通う進学校は、もう既に進路を決めている人が大多数を占めるため、特別なカリキュラムが組まれている。そのため、本来なら高校2年で行われる進路選択も高校入学時に済ませてあるのだ。


「相変わらず楓は教えるのが上手いな!」

「それ程でもあるけど悠太、お前集中力無さすぎ。」

「それ程でも……ある!」


 悠太は飲み込みが早い。だけど集中力が足りない。さっきっから「マンガ読みたい」とか言ってばかりだ。


「悠太が図書館がいいって言うから来たけど、やっぱりやめとくか?」

「いや、家だと誘惑が多すぎてダメだ。こういういつもと違い場所に来れば、緊張感が出て集中出来るんだよ。」

「その割にはいつもと変わらない気が…」


「あー!!」


 悠太と話していると、後ろから聞き覚えのある声がした。


「楓くんじゃん!勉強してるの?!私に教えてー!」


 一気にまくし立て、あっという間に僕の左どなりの席を陣取って教材を広げ始めた。


「か、楓!わ、私にも教えて欲しいな。」


 遠慮がちに言いつつも素早く僕の右隣を陣取って教材を広げ始めた。


 2人の名前は鳳苑路心音ほうえんじここねと、橘麗華たちばなれいかである。どうしてこんなところにいるのか疑問だが、麗華については勉強なんて教えることは無いだろう。


「なんでここにいる。」

「勉強するためだよ!」


 僕の左から元気な声がする。


「麗華は教えることなんて無いだろ。」

「あ、あるよ!ケアレスミスとかあるし…」

「心音は勉強出来ないのか?」

「ま、まぁ、普通かな!」

「分かんない教科は?」

「数学と古文漢文と日本史と英語と生物と化学かな!」

「ほぼ全部じゃねーか!」


 まぁそんなこんなで2人にも教えることになったが、目の前に座る悠太のニヤニヤとした顔がムカつくのは言うまでもない。

 それにしても、やはり進学校に入学しただけあって集中力は高い。この分だと悠太より教えるのは楽かもしれない。


 それにしても暇だな。

 悠太は何故か麗華達が来たら何も話さなくなるし、麗華達は集中して勉強している。


 僕もなにかしよう。


 なにかとは言ったもののやることは決まっている。図書館といえば読書に限る。

 だから僕は普通に席を立ち、適当な本を選んで席に戻り、いつも本を読む時のように前髪を自前のヘアピンで止める。

 このヘアピンは本を読む時だけ付ける。本を読めばその世界に入り込んで周りが気にならなくなるからだ。

 視界に遮るものが無くなってスッキリしたところで僕は足を組んで、本をその上に乗せて読み始めた。

 本の内容は哲学。独自の理論や、引用してくる様々な法則を学ぶことが出来る。これもある意味勉強と言えるのかもしれない。


 ふと本から顔を上げると、麗華と心音が僕の方を凝視して、手元からシャーペンを落としていた。


「何をしている。」

「あ、ううん!ここわかんないんだよね。」


 そう答えたのは左に座る心音だ。


「どれどれ。」


 そう言って僕は、ヘアピンで前髪をどかしたまま、心音の教材とノートが見えるように距離を詰めた。すると必然的に肩が当たることになるが、そうしないとノートが見えない。


「あ、ここはだな…」

「あ、あわわわわ…」


 心音はなにか戸惑っているようだが、僕は全く気にしない。僕は心音に教えている立場であって、下心など全くない。まるで仏のような気持ちになって教えている。


「どうだ?わかったか?」

「う、うん!わかったから!は、離れて!」

「あ、す、すまん。」

「あ、違うの!嫌って訳じゃなくて、えっと、えっとぉ……」


 言い淀んでいる。僕に気を使っているのかもしれない。本当はめちゃくちゃ嫌だけど、それを言ったら可哀想だから何か違う言い方をしなきゃ、といった具合に考えているのかもしれない。

 ……それだと悲しいな。


「か、楓!」


 思案していると、今度は右から声がかかる。


「わ、私にも勉強教えて!!」

「おう、いいぞ。どこが分からない。」

「え、え〜っと……こ、これ!」

「どれどれ……」


 そう言って僕は近づいていくが、先程心音にやったように肩が当たるまでは近づかなかった。僕は1度失敗したことは繰り返さないタイプなのだ。


「ここはだなぁ…」

「…………………………………」

「こうしてここにyの値を代入してだなぁ…」

「…………………………………」

「こうなって…ってどうした。」


 ふと麗華の顔を見ると、頬を膨らまして、あからさまに不機嫌なのを主張していた。


「な、なんだよ。」

「…楓、心音にはやって私にはやらないんだ。」

「何を言ってるのかさっぱり分からないんですけど…」

「ふーーーーん。」


 すると麗華は、腰を浮かせて僕の方に近づいてきた。そして、


「あーーっとぉ、手が滑ったぁ。」


 と、棒読みで言いながら僕の右腕に抱きついてきた。


 は?


「…いや、何してんの。」

「べ、別に、なんでもいいじゃん!」

「いや、あの、当たってるんだけど…」

「あ、当ててんの!楓はもうちょっと女心を理解して!」


 いや、無理。女心なんてもの理解するのは不可能だ。なんだ?胸を当てた女心を読み取れってどんな難問だよ。東大生でも解けないだろ。

 それに僕にだって多少は性欲くらいある。だからこうやって胸を当ててくるのはやめて欲しいんだが。


 それにしても柔らかいな。いい匂いもする。それに温かい。包み込まれたくなる。

 って何を考えてんだ僕はぁぁぁ!!!


「あ、あーーー!私も手が滑ったぁー!」


 今度は心音が左から棒読みでそう言いながら、僕の左腕に抱きついた。

 麗華と同様で、心地よい胸の感触がする。


「ふ、2人とも、離してくれ。」


 ありえないことに僕の顔が熱い。今まで人を信じないでいた僕がしてはいけない反応をしてしまっている。


 2人を見ると、僕に負けず劣らず顔を真っ赤にして俯いていた。


「なぁ、そんな照れるくらいだったらやめろよ。」

「べ、別に照れてないから。楓の方が顔赤いし。」

「ぼ、僕は違う。照れじゃなくて……そう、暑いんだよ。」

「わ、私だって照れじゃないもん!楓くんは照れてるんでしょ?私たちにこんな事されて!」

「ち、ちげーし!」

「ブフッ!」


 今まで静観していた悠太がジュースをふいたが、そんなことを気にしている場合では無い。


「も、もう僕は帰る!」


 このままではまずいと感じ、僕は急いで図書館を後にした。







「なんなんだよ一体……」


 今日の僕はおかしい。いつもなら、なにか企みを持って接触してくる女子に対して全くの無反応なのに、麗華と心音には反応してしまった。

 理由はだいたい分かっている。僕が麗華と心音を信用しているからだ。

 なにか、不純な理由を持っているわけが無いと思っているからだ。


「はぁ…」


 僕は今まで異性の友達を持ったことがなかった。それに異性ともあまり接触してこなかった。だから女との接し方も知らないし、どこまでが友達のラインなのかもよく分かっていない。


(そもそも女は触っちゃいけない身体の部位が多すぎるんだよ…)


 肩を触っただけで逮捕される時代になった今、女は法律という鎧を着て生活している。男尊女卑という言葉はもう古い。今では男の方が不利な生活をしている。まぁ基礎体力が男の方が高いから仕方ないんだけど。


(女友達との接触はどこまでがセーフなんだ?手?肩?腕?それとも……)


 それから僕はテストまで悶々として過ごした。夜もろくに寝ないで、麗華と心音との距離感について考えていた。




 そして迎えたテスト当日。


 僕は発熱して学校を休んだ。

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