第12話 恋愛とは

 人はなぜ人を好きになるのだろう。


 朝、学校に向かいながらふと考えた。


 人を好きになるきっかけはなんだろうか。

 容姿?性格?欲望?はたしてそんな曖昧なものでいいのだろうか。


 中学になると女の体は発達していき、より女っぽくなるにつれ、男は女を性の対象として見るようになる。ある評論家は「好意は性欲から始まる」と言っていたが、案外的を得ているかもしれない。

 だけど、本当にそんなことで好きになっていいのだろうか。


 「好き」という事がなんなのか理解できない僕には恐らく解けない問題なのだろう。そもそも大多数の人に「好き」とはなんなのかと聞いても答えられないだろう。

 ひとえに、「好き」とは人間の感情における最も曖昧なものであるからだ。


 しかし人間はその曖昧な感情に左右され、女を騙したり男を騙したりする。思わせぶりな態度をとっておいて告白されたら振る人間なんてこの世にたくさんいる。

 所詮、「恋は盲目」という言葉なんてただの綺麗事に過ぎない。本当に見えないのは、その人の本性であり、恋愛において人は本性をひた隠すのだ。

 だから人間なんて信用出来ない。


 まぁだからといって僕に性欲がない訳では無い。ただ、人を疑うことを早いうちから習得していた僕は、性欲を感じることはあるが、人を好きになることは絶対にない。

 1度だけ、本当に1度だけだが、恋愛について調べたことがある。そこには「気付いたら好きになってた」とか、「あの人を目で追っちゃう」とか色々あったが、どれも根拠に欠けるものだった。


 とにかく、僕は恋愛なんてするつもりないし、そもそも出来ないし、これからしようとも思わない。


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「一緒に帰ろー!」


 放課後に心音がそう言ってきた。後ろには麗華も居る。悠太は既にクラスメイトと遊びに行っている。


 今まで全く気が付かなかったが、心音と麗華とは帰る方向が同じらしい。

 別に寄り道することもなかったので、普通に承諾した。




 そして帰り道。


「ねぇはるくん、キスしてぇ。」

「あぁ、いいぜ。」

『んちゅ』


 これは僕達の声ではない。帰り道にいつも通りかかる公園で、イチャイチャしている中学生カップルのやり取りだ。


「わぁ〜すごい……」

「中学生って進んでる……」


 麗華と心音がモジモジしながらその光景を見ているが、僕は内心穏やかではない。


 「恋のABC」というものがある。今更説明するまでもないだろう。

 今、公園にいる中学生カップルは「A」の段階に入っている。ゆくゆくはB、Cと発展していくことになるが、あの中学生達はすぐにCまで行きそうだ。

 それはそれでいい。他人は他人で僕には関係ない。だけど、これは人の価値観の問題だが、中学生で恋のABCは早くないか?

 僕が中学の時にもうすでに恋のABCを済ませた人はいる。そういう奴は学校でその話を言いふらし、自慢する。

 何が自慢する事なのか。寧ろ恥じるべきである。

 中学生のうちにそういうことをするカップルは相手の体目当てで付き合っている。「そんな訳ない」と言うだろうが、これは絶対に体目当てで間違いない。僕みたいな人の目線を気にして生きている人間にはわかるのだ。その目線の先が、異性の胸やその下へ向いていることに。

 だから僕は、公園で未だに熱いキスをしている中学生カップルを、ただの性欲にまみれた猿にしか見えない。


 本当に気持ち悪い。見るに堪えない光景で、吐き気がする。


「ふんっ。」


 1つ鼻を鳴らして歩速を少し速める。


「楓、どうしたの?」

「別に。なんでもない。」


 そう言いながらも、さらに歩速を速める。


「ねぇ!なんか凄かったね!」

「は?凄かった?」


 元気に話しかけてきた心音に、今までに無いくらい低い声が出た。

 僕は足を止めた。


「あんなもの」


 僕は俯いて虚無を見つめる。


「猿が盛ってるようにしか思えない。」


 僕はそう言ってまたゆっくりと歩き出す。

 後ろからは足音が消えた。2人ともその場で立ち止まっているのだろう。


 どうしてこんなひねくれた考え方になってしまったのだろう。

 その答えは、僕が「愛情」を知らないからだと思っていたが、どうもそれだけではない気がする。でも、他に思い当たることがない。


「はぁ…」


 それ以降、僕達3人が並んで歩くことは無かった。




◆ 鳳苑路 心音 ◆


「何があったんだと思う?」


 私はとりあえずれいちゃんに聞いてみる。

 昨日の電話のことやLINEの事など、全ての情報を共有した私達は、1つの答えにたどり着こうとしていた。そして先程の楓くんの様子からして、私は確信が持てた。


「何かはあった。でも、何が原因であんなに恋愛を毛嫌いするのか分からない。」


 ここまでは私と同じ意見。


「毛嫌いしてるだけじゃなくて、もっとこう……知らないような?」

「うん。多分そういうことだと思う。」


 私達が出した答えは、「楓くんは過去の出来事が原因で恋愛を毛嫌いするが、同時に恋愛というものを知らない」ということだ。

 過去に何があったのかは全く分からない。誰かにひどい振られ方をしたのかもしれないし、騙されたのかもしれない。それで恋愛感情が分からなくなったのかもしれない。


「どうすればいいのかな。」


 私には分からない。恋愛なんて初めてのことだから。


「…正直、私にも分からない。初めてのことだから。」


 やっぱり、れいちゃんもそうだった。


「でも、楓の事は楓が話してくれるまで待つしかないと思う。」

「………そうだね。」


 今は、それしかない。


「佐々木くんはきっと全部知ってる。だから私達も、佐々木くんと同じくらい楓と仲良くならなくちゃいけない。」

「…そうだね。」


 だとしたらもう、取るべき行動は決まっている。


「だから、私達は明日からもっと」


「「積極的に話しかけに行く!」」


 私とれいちゃんは顔を見合わせて笑い合う。


「あーもー!なんでこんなに気の合うライバルが出来ちゃったの!」

「私もそう思うよ!どうせなら相談役とかが良かった!」


 取るべき行動が決まった私達は、足取りが軽くなり、スキップをしながら帰宅した。

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