第11話 LINEと電話
僕は疑問に思ったことがある。陽キャは学校が終わって家に帰ったら一体何をするのか。ただ疑問に思ったことだったが、調べようとは思わなかった。
でもその疑問は、期せずして解き明かされた。
『ウェーイ!じゃーなー!』
『おーう!家でLINEするわぁ。ウェーイ!』
は?家でLINE?
『ウェイ!家帰ったら電話しよな!』
『おっけぃ!ウェイウェイ!』
は?電話?
そんな会話が聞こえてきた。
そう。陽キャは家に帰ったら真っ先にスマホを見て連絡を取りあったり、電話したりするのだ。
全くもって時間の無駄である。
当時中学生だった僕達はまだ義務教育のまっただ中。学生の本分は勉強ということなのだ。
僕のような陰キャぼっちは連絡を取る相手などもちろん居ない。もし居たとしても絶対に連絡を取り合わない。時間の無駄だからだ。
だから、陽キャは学生という身分でありながら、生意気に連絡を取り合い、その義務を放棄する。
勉強する時間がたっぷりありながらその時間を無駄な事に費やし、いざと言う時になって「時間が無かった」などと滑稽な言い訳をする。
本当にアホだと思う。
僕のような陰キャぼっちをバカにする陽キャ共のように、僕達もまた陽キャ共をバカにしているという事だ。
勉強をしなくても成功する人は確かにいる。だがそれはほんのひと握りの人間だけであって、決して自分ではないということを自覚しなければならない。僕はそれが分かっていて勉強していた。
なぜ分かっていたのか。それは、保険金やら遺産金の手続きをしている従姉妹の両親を見ていて、自分は無知で無力だと、このままでは何も出来ないと痛感したからだ。
もうそんな思いはしたくないし、従姉妹に迷惑もかけたくない。その一心で勉強した。
結果的には結構残念な人間が出来上がってしまったが、僕は僕自身が正しいと信じている。
だから高校生活も、中学生の時のように家で連絡は取り合わないし、電話もしない。全ての時間を勉強に費やすと決めた。
はずだった。
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『ねぇ、LINE届いてる?』
時刻は午後6時を回ったところ。僕のスマホに、今朝連絡先を教えたばかりの麗華から連絡が来た。
どうしよう。
義務教育を受けていた頃は本当に勉強しかしていなかったから、今のこの状況が未知の世界すぎて混乱している。何が正解なのか分からない。
返せばいいのか?届いてるよって?
でもでも、義務教育を受けているうちは学生の本分は勉強であって……高校から義務教育じゃないのか。
じゃあ、返信してもいいのかな?
『届いてる』
『そっか!良かった!
ねぇ、今何してる?』
なぜ会話を続ける?!
そっか良かっただけで良かったのに。なぜ僕が現在進行形で行っている行為を報告しなければならないのかさっぱり分からない。
こういう時陽キャはどうする?陽キャだったら、どう返事する?考えろ考えろ………
………あ、そういえば陽キャ共の会話の中にこんなのがあったな。
“ねぇ、昨日何してたの“
“ずっとお前のことを考えていたよ。“
“ギャハハ!ウケるーー!“
“グヘヘへ!“
笑い方がキモくて記憶に残っていたやつだ。
そう言えばいいのか?
『ずっとお前のことを考えていたよ』
…………あれ、返信が来ない。
気を悪くしたのか?何故だ。陽キャのお手本通りやったのに。どこで間違った?1字1句間違いは無いはずだ。記憶力には自信がある。
『私も』
ん?あ、返信来た!良かっ——
『楓のこと、ずっと考えてた』
は?どういうこと?ちょっと理解が追い付かない。
ずっと考えてたって、それってつまり……
「ストーカーじゃん。」
思わず声に出してしまった。
『私もう寝るから』
『おやすみ』
え?もう寝る?まだ6時過ぎだぞ?
あ、朝型なのか。だから早く寝るのか。そういうことなら仕方が無い。
『おやすみ』
これで良し。
LINEをし始めて数十分しか経ってないが、僕にとってその時間は今まで体感した事の無い奇妙なものだった。
今までと違うことをするのは苦手なのかもしれない。
勉強しよう。
机に向かおうとしたその時、またスマホが鳴った。
麗華かと思ったが、今度は心音だった。
『今時間ある?』
ない。と言いたかったが、僕にも一応良心というものは存在する。ただ、存在するだけであって万人に適応される訳では無いが、心音とは友達と呼べる仲になったので、言わないことにした。
『少しならある』
『じゃあさ、ちょっとだけ電話しようよ!』
電話?電話番号なんて知らないぞ?
『今からかけるね』
待て待て。電話番号知ってるのか?
♪〜
ん?これは、LINEの電話?そんな機能があったのか。
僕は指を画面の左から右へスワイプし、電話に出た。
「あ、出た!やっほ〜!」
「お、おう。」
「あ、緊張してる?」
「いいや全く。」
「なーんだ。」
緊張はしていない。本当に。ただ、心音がこの時間帯でもテンションはいつも通りなのに驚いていただけだ。
「ねぇねぇ、今何してたの?」
これはあれだ。麗華の時と同じやつだ。
「ずっとお前のことを考えていたよ。」
「ふぇ?!」
麗華に言ったことをそのまま心音にも言った。
「なんだその反応は。やっぱり嫌だったか?」
「い、嫌じゃない!嫌じゃないけど………いきなりすぎるよぉ。」
嫌じゃないのか。嫌じゃないならそれでいいんだ。ありがとう陽キャ共。お前たちのおかげでこの場は切り抜けた。
「わ、私も……」
心音がか細い声で、囁くように話し始めた。
「か、楓くんのこと、ずっと、考えてた……………です。」
「え?」
なんということだ。心音もストーカーだったのか!っていうか「考えてたです」ってなんだよ。律儀なストーカーかよ。
「わ、私!もう寝るからぁ!」ブチッ!
あ、切れた。そして心音も麗華と同じく朝型なのか。あとなんか最後の方結構慌ててたな。何かあったのか?今度相談にでも乗ってやるかな。友達だし。
それにしても、今の僕が陽キャのような事をしているとはなんとも信じ難いことだ。ひねくれの全盛である今の僕から言わせたら、こんな事は皮肉でしかない。
だけどちょっとだけ、楽しかったと思っている自分もいる。陽キャの気持ちも、少しは理解出来る。
なんなんだこの奇妙な心持ちは。
勉強しよう。勉強して落ち着こう。
2つの相反する感情に戸惑う僕であるが、そこにもう1つの感情が加わるのを、この時の僕はまだ知らない。
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