第10話 アドレス交換
懐かしくもあり、忌まわしき記憶でもあるのだが、僕は中学2年の春に、いわゆるハニートラップと言うものをされたことがある。
事の発端は、僕がクラスのLINEグループに所属していないことから始まった。
当時僕は従姉妹の連絡先以外知らなかったし知りたくもなかった。クラスのLINEグループなんてもってのほか。
そのことを不思議に思ったクラスメイトたちは、陽キャと呼ばれる馬鹿な集団を筆頭に僕のことを面白おかしくいじるようになった。
それはそれで構わない。なぜなら僕が反応しないうちに勝手に止めていったからだ。
そこまでは良かった。問題はこの後だ。
「あいつに嘘告してよ。」
どっかのくそバカ野郎が大声でそう口走った。当然僕にも聞こえている。
「それいいねー!」
ってな訳で、当時の僕のクラスメイトのくそビッチギャルが僕に嘘告することになった。
「まずは惚れさせるところから始めなきゃ!」
とかなんとかほざいて、僕に必死にアピールしてきた。僕は何かと理由をつけて追い返したり、ひたすら無視したり、挙句の果てには「うざい」と本人に言ったことまである。
「楓くんひどーい。」
これはいつも去り際に言うセリフ。僕が冷たくあしらったからいつもそう言う。
この発言は文面だけで判断すれば怒ってないように見えたりもするが、この時のくそビッチギャルの顔は憤怒に満ちていた。
「絶対あたしに惚れさせてやっから。」
そして何故か意気込んでいた。
そんな状態が続いたある日。僕は陽キャと呼ばれる自己満足の欲望に取り憑かれた哀れな集団に取り囲まれた。
「今日の放課後、必ず体育館裏に来い。」
なんとまぁベタな。こいつら絶対僕をいじめる気だな?
僕があのくそビッチギャルに言い寄られていても全く反応しないのに腹が立ったのだろう。
いやほんと理不尽。僕悪くないのに。アイツらが面白がって始めたことなのに。これでボコられるとかもう世の中終わってんな。
そう思った僕は当然行かない。
そのつもりだったのに…
「おい、逃げんなよ。」
いざ帰ろうとした時に陽キャと呼ばれる烏合の集に捕まった。
僕が席を立ったのと同時に、教室に2つしかない出入り口を塞いだのだ。
仕方ない。行ってやるか。
「あたし、あんたのこと好きなんだよね。」
体育館裏に行って、何故かくそビッチギャルと2人きりにされた時にくそビッチギャルがそう言った。
…なんというか、こんなあからさまに嘘告ですよと言っている状況でよくそんなことが言えたものだ。
「そうか。僕はあんたが嫌いだ。じゃあな。」
そう言って帰ろうとした時に、後ろから手を掴まれた。
「ま、待って。あたし、ほんとにあんたのこと好きなの。だからお願い。考え直して。」
…は?おかしい。この女頭おかしい。
「初めはあんたに嘘告するつもりで近寄ったけど、今は本当に好きなの。好きになっちゃったの。だからお願い、あたしと付き合って。お試しでもいいから。」
いやいやいや、ほんと何言ってんだ?あれだけ避けてたのに。冷たい態度も取ってたし、無理やり追加されたLINEアカウントは全部無視してるのに。
そういえばココ最近、僕へのボディータッチが増えたし、陽キャのアホ共と遊ぶことも無くなった。まさか惚れていたのか?僕に?
これが嘘という可能性もある。でも、この時のくそビッチギャルの真剣な眼差しを見たら、嘘告とは思えなかった。
まぁでも、僕の返事は決まっている。
「断固拒否する。あんたみたいな軽薄な女は願い下げだ。どーせ直ぐに知らない男の上で腰を振るだろうし。それにあんた、どうせ僕みたいなぼっちな女がいたらいじめるだろ?そんな性格の悪い女と一緒にされたくない。じゃあな。」
それだけ言って、握られた手を振り払い歩き出した。
「……ゆるさない!あたしをバカにして!おぼえとけ!」
去り際にそんなことをギャーギャー騒がれたが、僕は無視して帰っていった。
そして翌日。僕は教室に入り、普通に椅子に座った。特に落書きがされていたり、上靴を隠されたりなどはされていない。
では何をされたか?
『♪〜』
僕のスマホに来たメッセージを見る。
『おいお前、クソ死ねや。』
朝からずっとこんな感じだ。こんな文脈もクソもない小学生でさえ言わないようなことが知らない人から送られてくる。
恐らくあのくそビッチギャルが、全国に僕のLINEのアドレスを公開したのだろう。じゃなきゃこんな大勢の知らない人からLINEが来るなんてことは無い。
まぁたまたま今日スマホを買い換える予定だったので別に問題なかったが、こんなことがあってからは僕の人間不信に拍車がかかり、今のような性格になったのだ。
あれだけ告白の時にモジモジしていた女が、まさかこんな最悪のことをするだなんて誰も思わないだろう。かく言う僕も、まさかこんなことをされるとは思わなかった。
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まぁ、そういう体験をしてきたわけで、LINEの追加は信用できる人にしか教えないと誓った。
◆
「LINEのアドレス教えて。」
「私にも。」
僕が学校へ行って悠太と話していたら、登校してきた麗華と心音にそう言われた。
「え、えーと…」
僕は非常に戸惑っていた。
麗華と心音のことはもちろん信用している。もしも2人が男だったら教えていた。
でも、2人は女だ。あんなことがあったから、女の「連絡先教えて」といった誘惑行為にはどうしても警戒心を強めてしまう。
「教えてよ!土日話せなくて寂しかっ……じゃなくて!楓の声が聞きた……じゃなくて!えっと、えっと…」
「お、おおお落ち着いてれいちゃん!友達だから、でしょ?」
「あ、うん、そうね。楓!友達なんだからLINEのアドレス寄越しなさい!」
「なんで命令口調?!」
2人が何やら慌てているのを後目に僕は熟考する。
2人は僕にハニートラップを仕掛けるつもりなのか?僕と友達になりたいと言っておきながら?そういう目的だったのか?いや、でも2人の顔は真剣だったから…何か他の目的が?………待てよ、まさか、この2人、本当は…………!
「おーい、楓?」
「ん、なんだ悠太。」
「まーた変なこと考えてるだろ。」
「いや、別に。この2人が僕の金目当てで連絡先教えてもらおうとしてるから断ろうと思ってただけだ。」
「だからそれが変なことだって言ってんだよ。普通に連絡先教えてやれ。」
金目当てじゃない?なんだ?一体何が目的?
「ほれ、楓のスマホ。パスワードは、1234な。」
「「ありがとう!」」
「あっ、おい!」
いつの間にか盗られていたスマホが、2人の手に渡った。
おしまいだ。また全国に僕のLINEアカウントが公開されてしまう。
「おい、楓!お前が考えているようなことにはならねぇから安心しろ!この2人と友達になったんだろ?」
「本当か?」
「おう!友達だからな!」
『友達だから』
そうだよな。麗華と心音がそんなことをするとは思えないし、教えてもいいのかな。
「楓!今日の夜連絡するから、絶対反応してよ!」
「う、うん。」
「か、楓くん!私にも反応してよ?」
「お、おう。」
そう言って嬉しそうに席に戻っていった心音。隣に座る麗華を見ると、小さくガッツポーズをしていた。
「なぁ。そんなに嬉しいのか?」
「っ!!!!」
思わず聞いてみると、麗華の顔が耳まで真っ赤になる。
「べ、べべ別に、そんなんじゃなくて…」
「そっか、違うのか…」
なんか、それはそれで、結構残念だな。
「あ、ち、違うの!う、嬉しい!すっごい嬉しいよ!」
「そうか!ならいいんだ。」
良かった。毛嫌いはされてないようだ。
ふと前を見ると、心音がこっちを見て悲しそうな顔をしていた。
「もうっ、もうっ!うぅ〜…」
反対に麗華は、相変わらず耳まで真っ赤にして机に伏せていた。
一体何があった?
「…楓、お前やべーな!」
やけにテンションが高くなった悠太がそう言って、サムズアップした。
「いや、何が何だか…」
状況の把握ができていない僕は、疑問に思ったまま授業を受けた。
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