閑話 佐々木悠太の過去と現在

◆ 佐々木悠太 ◆


 俺は友達と話すのが好きだ。

 ただ単に馬鹿なことを言い合って、下ネタで爆笑する。

 遊びたい時に友達を誘い、沢山笑いながら面白いことをする。

 気兼ねすることなく相談できるし、それぞれの価値観を持った友達から色んな意見を貰える。

 そういうのが好きだったし、良い関係だと思っていた。


 だけど、俺はその友達に裏切られた。


 全く身に覚えのない罪を着せられ、みんなから虐められた。その中に、かつて俺と沢山遊んでいた友達が大勢いた。


 なんということだ。


 俺は信頼していたのに。あいつらも俺を信頼していると思ってたのに!


 俺はあっという間に自宅の部屋から出られなくなった。


 もう誰も信用出来ない。

 皆簡単に人を裏切る。

 学校側も、真相を知ろうとせず、いじめに関しても黙認している。


 だめだだめだだめだ!どうして、こんなことに!俺が何をした?お前たちが傷つくようなことをしたのか?ついこの間まで仲良くしていたじゃないか!


 なんで、なんで、なんで………


 この時の俺は人生のどん底にいた。

 言葉には表現出来ない焦燥感。腸が煮えくり返る程憤怒し、同時に俺の心から感情が消えていった。


 そんな時、1人の友達の言葉を思い出す。


『人は信用出来ない。隙を見せれば必ず裏切る。人は強欲で醜く、単純な生き物だからだ。悠太みたいにたくさん友達がいれば、いつかきっと誰かが悠太を裏切る。』


 始め言われた時は、何を言っているんだと思ったが、今となってはよく分かる。


 なぜ、もっと理解しようとしなかったのか。どうして聞き流してしまったのか。


 理由は簡単。そもそも俺が誰も信頼していなかったからだ。

 本当に信頼していれば、その人の話はちゃんと聞くし、理解しようとするはずだ。

 だが、俺はそれをしようとしなかった。

 俺はただ、『広く浅い』関係の友達を量産していっただけなのだ。

 本当に信頼出来る友達が居ないまま。


 自分の過ちに気づいた時には、涙が溢れ出ていた。




 しばらくすると、俺の家に1人の友達が訪ねてきた。そいつの名前は、佐藤楓。

 俺に間違いを教えてくれた男だ。


 俺はすがるような思いで、「やっていない」と連呼した。

 すると、何か吹っ切れたような顔をして俺の家を後にした。


 それから数日後、事件は全て楓が解決していた。

 俺を虐めていたかつての友達から頭を下げられ、学校側も非を認めた。


 その日から俺の考え方が変わり、俺とつるんでいたかつての友達とは縁を切り、楓に付きまとうようになった。

 もう俺は楓しか信用しない。そう心に誓ったのだ。


 それから楓のことを知るようになったが、楓は実に面白い生き方をしている。


 顔はイケメンなくせに、それをひけらかそうとしない。運動はバリバリ出来るくせに、体育では本気を出さない。勉強もめちゃめちゃ出来るのに、皆誰が学年1位なのか知らない。

 そして、俺以外の人と話そうとしない。


 なんでも出来るのに、何もやらないのだ。


 曰く、「信頼出来る友が1人いればそれでいい」とのこと。


 

 


 楓といる日々は楽しかった。無理に遊びに誘おうとしないし、休み時間の度に構ってくることも無い。隣にいて落ち着くし、俺の事をよく気にかけてくれる。


 楓の彼女になった奴は、幸せ者だな。


 俺が女だったら絶対惚れている。

 でも、すまない楓。俺はノーマルなんだ。







 あれから1年が過ぎ、都内の高校に楓と通うようになった。

 高校にも話せる人が沢山できたが、俺はその人たちの事を友達とは思っていない。

 あくまで知り合い。それ以上でも以下でもない。

 遊びに行ったりもしたが、絶対に隙は見せないようにしている。

 それとなく、一線を引いているのだ。


 そして現在、俺はシャトルランを走り終えて、色んな人から話しかけられている中、信じられないものを目にする。


 あの、自称ひねくれ陰キャぼっちの楓が、俺たちのクラスの2大美女に言い寄られている!


 楓はまだ知らないが、鳳苑路ほうえんじさんとたちばなさんは、俺達のクラスの2大美女と呼ばれている。


 まぁでも楓の防御は固いから、さすがに照れるってことはないと思うが……


 そう思って、俺は楓の顔をちらっと見ると、楓は顔を真っ赤にして照れていた。


「なん、だと…」


 思わず声に出してしまい、「どうしたの」と色んな人に聞かれるが、答えている暇はない。


 しばらくすると美女2人が教室へ走っていったので、俺は人混みをかき分けて楓のところに行く。


 シャトルランの影響もあったのだろう。

 楓は頭に血が上りすぎて目眩を起こしていた。先程のことを聞くに聞けない状態だったので、放課後に聞く約束をした。





——放課後。


 教室でまた2大美女に絡まれている楓を見て益々気になった。


 そして帰り道で、これまでのことを全て楓に話してもらった。


 橘さんと鳳苑路さんに顔を見られ、純粋な気持ちで友達になって欲しいと言われたらしい。


 うん。間違いない。

 2人は楓に惚れている。


 だが、楓はそのことに気づいていない。

 当たり前だ。楓の事情を知っていれば納得出来る。気づけるはずがない。


 だけど、ここで俺が教えてしまうのは間違いだ。

 口出しすべきではない。


 楓が2人のどちらかと付き合う、または好意を受け入れることによって、楓の知らない想いや感情を理解することが出来る。

 だから、これは楓が乗り越えなければならない。


 楓は難しい顔をしながら困惑している。


 楓が俺を助けてくれたように、俺も楓を助けなくてはならない。

 でも、それは今じゃない。


 楓が2人の想いに気づいた時、必ず俺に相談してくるはずだ。

 その時に助けてやればいい。


 そして………


 全て理解した時、楓はどんな顔をするだろうか。

 楓の見てる世界が、どう変わるだろうか。

 長年の疑問が解けて、世界が、物事が美しく見えるようになるだろうか。


 あぁ、でも、何も変わらないかもしれない。


 なぜならこいつは、なんでも出来るけど、何もやらない、そして、通称陽キャであるこの俺の1番の親友でありながら、



 世界で1番ひねくれた、自称陰キャぼっちだから。



「くくく……」


 俺の笑い声は、都会の街の騒音にのまれて消えていった。

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