閑話 それぞれの魅力
◇ 橘 麗華 ◇
走って教室に戻った私の視界に入ってきたのは、独りで蹲っている心音だった。
「何してるの?」
「ううう……恥ずかしいよぉ…」
本当にこの子は初心で素直だ。この恋が初恋だというのも見ててわかる。
まぁ私もそうなんだけどね。
…ちょっとイタズラしたくなった。
私は蹲る心音に近寄り、耳元でこう言った。
「今日の楓、かっこよかったね。」
すると、心音の顔が耳まで真っ赤に染まっていった。
「んにゃあぁぁ!!や、やめてぇ!分かってる!分ってるからぁ!」
心音は自分の膝に顔を押し付けてさらに縮こまった。
面白い!
初恋の純粋な女の子をからかうのってこんなに楽しいなんて!
ついついイタズラしたくなっちゃう。
これは、そう、まるで小動物のような。
……………………………小動物?
や、やばい。今更気づいたかもしれない。
そういえば、心音は私よりも身長が低いし、顔も幼く目がくりくりしている。
つまり、可愛い!
これは心音の魅力だ。楓を落とすための。
その事にまだ、心音は気づいていない。もし気づいてしまったら、その時は私の最大の敵になる。なぜなら私は、小動物のように庇護欲に駆られる愛嬌なんて無いからだ。
心音に負けず劣らずアワアワとしていると、クラスメイトの女子が教室に入ってきた。
「あれ?どうしたの心音ちゃん!そんな縮こまっちゃって!かわいい!」
「え、かわいい?」
「うん!なんか、子猫とか子犬みたいで守ってあげたくなっちゃう!」
そう言って心音に抱きつくクラスメイトの女子。
「わ、私が、子猫…子犬…………」
ま、まずい…
「れいちゃんっ!」
心音はずいっと私に顔を寄せてきた。
「な、なに?」
「私、小動物みたいでかわいいのかな?!」
「へ?!え、えーと……」
「私、この魅力を武器にして楓くんを惚れさせてみせるよ!」
し、しまったぁ!気づいてしまった!
もうダメだ…こんなにかわいい子に勝てるわけない。でも、私は諦めない。諦めたくない。
考えて。私の魅力は何?心音さんのように武器になる物は無いの?
「うむむ………」
「でも、れいちゃんにも魅力あるよね!」
「え?私の魅力?」
「うん!」
「そ、それって何?!」
私は前のめりになって心音に問い詰める。
「えっとね、優しいところとか、気遣いができるところとか。」
………果たしてそんな事が私の魅力なのだろうか。
「私はれいちゃんみたいに気遣いができないし、優しさも無いからさ。」
えへへ、と笑う心音には何か暗い過去があるように見えた。
きっと、色々あったのだろう。
◆
授業が始まっても、楓が教室に来ることは無かった。
どうやら、目眩を起こして保健室で寝ているらしい。
………もしかして、私のせい?
私は申し訳ない気持ちと、ちょっとだけ寝顔が見たいという下心から、心音を誘って保健室にお見舞いに行く事にした。
「し、失礼まーす。」
心音が先に入って行き、私は後に続く。
返事が無いことから、保健室の先生はいないらしい。
中に入り、しばらく辺りを見渡すと、保健室の奥にあるベッドで寝ている楓を発見した。
私達は近寄って、未だ寝息を立てて気持ち良さそうに寝ている楓の顔を覗き込む。
…なんというか、ここまで無防備にされると私達が色々と耐えなければならない。
すると何を思ったか、心音が髪を耳に掛ける仕草をして、楓の顔に近付き始めた。
心音は目を閉じて、ゆっくりと、自分の唇を楓の唇に—————って!!!
「なにしとんねーーんっ!!!!」
「んぎゃ〜!」
つい関西弁が出てしまった!
私は慌てて心音を羽交い締めにする。
「はっ、私は何を?!」
こ、この子、無自覚で?!
強敵だわ。まさか心音がこんなに積極的とは思わなかった!
「れ、れいちゃん!離して!」
「ダメよ!離したら何するか分かったもんじゃないわ!」
「な、何もしないよ!ちょっと頭撫でたりするだけだよ!」
「そ、それもダメ!セクハラ!」
「なっ!れいちゃんだって、好きな人には触りたいでしょ?!」
触りたいよ!触りたいけど!
……ん?あれ?私、確かシャトルランが終わって、心音が教室に走っていった後、楓の手を握った気が…………
「…………」
「え?どうしたのれいちゃん。」
「…………」
「ま、まさか、もう触ったとか?」
「…………」
「ど、どこを!いつ!触ったの?!」
「…………シャトルランが終わって、心音が教室に行った後に、楓の手、握った……」
しばらく沈黙が続いた。
すると心音の肩が震え始め、いきなり私の肩を掴んで揺さぶってきた。
「ず、ずるいよ!1人だけ抜け駆けして!」
「ず、ずるくないもん!」
「そんなこと言うんだったら、私だって触っちゃうもんねー!」
そう言って、眠ったままの楓の手を握ろうとしたその時、
「貴方たち何やってるの!」
保健室の先生が来て、私達は怒られた。
そして教室に戻る時に心音は、
「放課後に楓くんの手握るから!」
と宣言して教室に入って行った。
◆
放課後になってようやく楓が戻ってきた。
それを見た私達は、お互いの視線で頷き合い、席を立った。
そして心音が楓の手をギュッと握った。
楓があからさまに動揺したのが分かる。
「あ、あの!楓くん!また明日ね!」
「あ、お、おう。」
ふふふ、かわいい!
動揺してる楓がかわいい!
「楓、バイバイ。」
「う、うん。」
あー、動揺してる!
きっとこの後佐々木くんから根掘り葉掘り問い詰められるんだろうなぁ。遠くから見てるし。
私と心音は清々しい気分で教室から出た。
◆
私の魅力って、何だろう。
家に着いた私は勉強しようとしたが全く手がつけられず、すぐにベッドに横になって、ふと考え始めた。
考えれば考えるだけ、自分の欠点ばかりが見つかっていく。その度に気分が沈んでいく。
「はぁ〜…」
もはや私に魅力など無いのではないか。
こんなんじゃ、すぐに楓を取られてしまう。
「やだよぉ…」
私は枕に自分の顔を押し付ける。
自分の初恋を無下にしたくない。でもそれは心音も同じだ。
どうすれば、どうすれば………
『そんな風に笑うんだな。』
え?
『凄く可愛い笑顔だったと思うよ。』
これは、あの時の。50メートル走が終わった後に言われた言葉。
あの時の私は、自分を偽っていなかった。
思えば、心音の小動物のような愛嬌も、偽りの無い心音自身だった。
なんだ。
私が勘違いをしていただけか。
心音は偽りの無い自分自身を武器にした。ならば私も、同じようにすればいいだけ。
素の私が、私の魅力。
だって楓は気付いてくれた。
私の笑顔から、私自身を。
楓の前では、素直でいよう。
そうすればきっと、私の魅力に気付いてくれる。
心にあったモヤモヤがすうっと溶けていくような感覚がした。
視界も開けたような気がする。
同時に、私の部屋が散らかっているのが分かった。
きっと、心ここに在らずって感じで、勉強しようにも手がつけられなかったのだろう。
「本当に、罪な男。」
そう呟いた私は、部屋の片付けを始めた。
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