第3話 美少女と勝負する
僕は女が嫌いだ。嫌いと言うよりこれは怒りに近い感情かもしれない。
男は面と向かって悪口や暴力を振るうといった、いじめの対象に露顕するようなことをする。いじめの対象になった人は、それはもう急速に追い込まれる。
それに対して女とは、知らないところで悪口を言いまくり、気に入らない人には徹底的に追い込み、周りの人間を味方につけて陥れる。そしてこれらの事を、周りの男にバレないようにする。普段はバカなくせに、こういう所はずる賢いのだ。
そうすることでいじめの対象には、じっくりとたっぷり長期的ないじめをする。不登校にならないギリギリのラインを攻めるのだ。
もちろん、いじめだけでは無い。
男は女に比べて大雑把だ。手が当たったり、目が合ったり、すれ違ったり…etc、このような些細なことは全く気にしない。というよりも普通のことすぎて頭にすら入ってこない。
女はと言うと、少し当たっただけでも「え、なに?なんなの?」みたいに噛み付いてくる。そして些細な会話の中で、ちょっとでも相手の機嫌を損ねるような言動をしたらすぐ怒るしすぐ悪口を言う。それに、僕みたいな陰キャぼっちと目が合うと、「え、あいつ私の事見てんだけど。キモ〜」とかほざく。
要するに、女とは被害妄想が過ぎるのだ。
ちょっと目が合っただけで「あれ、あいつ私の事好きなんじゃないの?え〜無理〜やめてよ〜」とか言うし。
ホント勘弁して欲しい。
なんなの?僕みたいなぼっちが女と目を合わせただけですぐ好きになると思ってんの?ねぇ、頭悪すぎない?全然好きじゃないよ?むしろ嫌いだよ?そこんとこよく理解して?
まぁ女に限った話ではないにしろ、そういうのはぼっちに対して失礼だと思う。
好きでぼっちになった訳じゃない人もいるのだ。そういう人の気持ちも考えて欲しい。それに、ぼっちになると自然と人の目線、表情、仕草を観察するようになるのだ。ぼっちはぼっちなりに、相手の機嫌を損ねないようにいつも相手を窺ってるんだ。悪く思わないで欲しい。むしろ気を使ってくれてありがとうと感謝するべきだ。
ここまで僕がぼっちを通して見てきた事、経験した事なんだが、何が言いたいのかというと、女とは陰湿でねちっこくて超勘違い女郎なのだ。
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入学式翌日。今日は学力診断テストがある。まぁどの高校も入学した翌日にテストがあるなんてのはザラだろう。
そんなわけで、エクストラスキル『ひねくれ陰キャクソぼっち』な僕は、朝一で学校に行き、まだ誰も来ていない教室で勉強していた。
早朝の教室はぼっちにとって憩いの場である。この時間帯は騒がしい奴らが居ないからだ。
僕以外誰もいない教室に、小鳥のさえずりが鳴り響く。学校に咲く桜の花びらが、春の暖かい風に乗せられて優雅に舞っている。
自然の音を堪能する事は、僕の荒んだ心を浄化してくれる。この時だけは、世の不条理に感嘆することなく、自然の美しさに圧倒される。
本当に、本当に、自然は素晴らしい。
その時、ガラッ!と音を立てて教室の扉が開かれた。
(嗚呼、僕の憩いの場が……)
心の中で嘆きながら、教室に入ってきた人物を一瞥する。
橘さんだ。
いや、別に、橘さんだからどうということは無いんだが、昨日のことがあったからどうしても身構えてしまう。
「………………おはよう、佐藤くん。」
「…おはよう、橘さん。」
……なんだろう。橘さんの声に若干怒気が含まれている。妙に刺々しい。
「……昨日は楽しかったかしら?」
な、なんなんだこの女。怒ってると思ったら急に世間話って。
「昨日?昨日は……」
果たしてなんのことを言っているのか、僕には全く理解できない。
(昨日は特に何も無く帰宅したはずなんだが、学校以外のことを言っているのか?)
僕は帰宅してからのことを思い出す。
昨日帰宅したあと、僕は直ぐに勉強に取り掛かった。その後軽く夕食を済ませ、お風呂に入ってからベッドに寝転がる。そして以前から部屋に置いてあった小説を読もうと思い、近くにあるコメディ小説を手に取って読み始めたが、これがすごく面白くて深夜まで読み続けてしまった。
もしかして、それの事を言っているのか?
「あぁ、そうだね。確かに面白くて、深夜まで笑ってたよ(小説を読んで)。」
「なっ!!ふ、ふざけないで!全然面白くないわよ!あんな目に合わせておいて!」
ん?あんな目?あぁ、確かに、作中の主人公がライバルに貶められていたな。でもあれは、ライバルが主人公を庇っていたからであって、それを知った主人公はライバルを助けようと奮闘するんだが……なんか大まかに展開を言うと結構シリアスっぽく聴こえるな。でも、そこをコメディっぽくするのはさすがプロと言ったところか。
「いやいや、あの後(主人公が)真相を知っただろ?つまりはそういう事だ。」
「はぁあぁぁ?!あんなので私が納得すると思ってるの?!」
さっきっから何を言っているんだこの女は。って言うかそもそも、僕が小説を読んでたってことを知ってること自体おかしいんだが。
「…あのさ、ひとつ聞きたいんだけど。」
「なによ。」
「僕が深夜まで小説を読んでたって、なんで知ってるの?」
「は?小説?何を言ってるの?」
「え?」
しばし、沈黙が続く。
「…えと、橘さんは、何に関して怒ってるんだ?」
「……佐藤くんが首席なのに新入生代表挨拶を辞退したおかげで、私が「首席じゃないんだね」って馬鹿にされた事。」
「………………」
僕は頭を抱えた。
通りで返答がおかしいわけだ。僕と橘さんの会話が成り立っていたとはいえ、僕が橘さんを思いっ切り煽るような形になってしまった。
「……ご、ごめん。」
「いいえ、許しません。小説のことと勘違いしていたとはいえ、私の腹の虫が収まらないわ。だいたい、首席が新入生代表挨拶をすることなんて当たり前なんだけど。それが何?新入生が代表挨拶を断るって、どういう了見なの?!」
「す、すみません…」
「いいえ、許しません。あのね、私は何も知らなかったわけ。入試首席だから新入生代表挨拶を頼まれたと思ってたわけ。それなのに本番になって全校生徒の前で次席って言われたのよ。その時の恥ずかしさったら、生き恥を晒しているようなものだったわ。」
「は、はい…」
「絶対、許しません。私だって、中学の時に成績はずっと1位をキープしてきたプライドがあるのよ。そのプライドがあの全校集会でズタズタにされたわ。その後の教室でもそう。皆から「首席じゃなかったんだね」って言われて…本当に悔しかった。脳の血管が千切れるんじゃないかってくらい、頭に血が上ったわ。」
や、やばい。怖すぎるこの女。ものすごい剣幕だ。美人が怒ると怖いってよく言うけど、これはちょっとシャレにならん怖さだ。
まじで、腰抜けそぅ………
「あ、あの、どうしたら、許して貰えますか?」
「許すも何も無いわ。今日の学力診断テストで私と勝負しなさい。それで白黒つけるわよ!」
まじかこいつ。この僕に中学の内容のテストで勝負を挑んでくるか…
ちなみにだが、僕は中学のテストで100点以外取ったことがない。必死で勉強しまくった結果がついてきただけの事だが、とても誇らしかった。
「分かった。そうしよう。」
「えぇ。でもそれだけじゃつまらないから、賭けをしましょう。勝った方は、負けた方になんでも命令できるっていうのはどう?」
ほほう。この女、自分で自分の首を絞めにいってるが大丈夫か?
「分かった。それでいこう。」
「ふふふふ、絶対勝って、こき使ってやるんだから!」
橘さんが何か言っていたが、教室に続々と人が入ってきたので聞くことが出来なかった。
◇
「な、な、なんでよ!」
学力診断テストの翌日、テストが返された。
その放課後に橘さんと教室に残る約束をしていたので、悠太には先に帰ってもらった。そして誰もいなくなってから、お互い一斉に見せ合うことにした。
その結果が、先程橘さんが声を上げた通り。
僕の勝利だった。
僕は文句無しの満点だったが、橘さんはケアレスミスをして3点失っていた。
「ふっふっふ、確かなんでも命令出来るんだったな。」
「あ、えと、わ、私!この後用事あるから…」
「おい、逃げんなよ?まさか自分から勝負を仕掛けたくせに、逃げるなんてことは無いよな?」
「な、何する気……ま、まさか!」
何を思ったのか、自分の体を抱いて後退る橘さん。
いや、そんな事しないよ。
「よし、命令なんだが……いちいち僕に突っかかってくるのやめろ。それだけだ。」
「……………え?それでいいの?」
「うん。」
僕はちゃんと身の程をわきまえている。ここで下手な命令をしてしまっては僕の生活が乱される。それだけは絶対に嫌だ。
それに、実際昨日から刺すような視線を横から感じて、非常に気まずかった。悠太にも「なんかしたのか?」って心配されたし。
「それじゃ、明日からよろしく。」
「え?ちょ、ちょっと、ほんとにそれでいいわけ?」
「うん。だから、明日から刺すような視線を送ってこないでくれ。」
「わ、分かった。」
これでいい。僕はこの女と交友関係を持つべきではない。
そもそも僕は、女が嫌いで怒りすら覚えるような存在だと認識している。だから、何かと悪影響を及ぼす前に対策をするのは当然のこと。
今回はそれが、関係を断ち切ることだっただけ。
勿体ないとは思う。僕でさえ、美少女だと思ってしまったのだから。
確かに、テストの勝負をするのは楽しかった。
でもそれ以上に、僕はこの女を信用することは出来ない。
裏でコソコソ悪口を言っているのではないか。本当は性格がねじ曲がっているのではないか、などなど、考えてしまうことが沢山ある。
あぁ、だけど。
昨日の橘さんは、本心から話しているような気がして———
———ちょっとだけ、嬉しかったな。
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