第2話 美少女との出会い

 僕は陽キャが嫌いだ。そいつらには遠慮というものが存在しない。人のパーソナルスペースに勝手に入り込んで、荒らして出ていく。人としてどうかと思う。

 そういう奴に限って群がって生活する。学校などで、廊下いっぱいに幅を広げて歩く奴らがそうだ。1列に並べといつも思う。本当に邪魔だ。他人の迷惑を考えず、自分本位で生きている。


 知能が低い奴らだ、とつくづく思う。


 そもそも中学高校で知り合った友達と大人になってもその関係が続くはずがない。

 色んな人と仲良くして、本当に信頼出来る人が居ないからだ。

 闇雲に話しかけ、その時だけ気の合う関係の人だけを集めた烏合の衆だ。


 そんなのより、中学高校を卒業し距離が離れてもずっと友達でいてくれる人の方がよっぽど良い。


 僕は不特定多数より1人を選ぶ。そういう人間だ。


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 高校入学の前日、僕は親友と僕の家で遊んでいた。遊ぶと言ってもゲームなどはあまりしない。トランプやオセロといった遊戯だ。


 僕達は地元を離れて都内の進学校に通うことにした。あの事件以来、地元に居ずらくなってしまったのだ。

 もし地元に残った場合、事件のことを耳にして僕達から距離を取るだろう。人間とはそういう生き物なのだから。

 だから地元を離れるという選択は、僕達なりの配慮とも言える。感謝して欲しい。


「なぁ、お前、特待生なんだって?すげーじゃん。」

「いや、こんなの勉強してれば誰でも特待生になれたよ。」

「んなわけねーだろ!お前は昔からそうだよな。自分を過小評価しすぎる癖がある。もう少し自信を持て。」

「はいはい」


 そう。僕は何故か特待生入学で、入学金免除プラス学費を大幅に割引してもらった。両親が残してくれた遺産があるとはいえ、これはとても有難い措置だった。

 ちなみに言うと僕は学年首席だったので、新入生代表挨拶をして欲しいと頼まれだが、「絶対に断る」と拒否しまくった結果、次席の人に頼むと言って折れてくれた。


「くそ。なんで楓だけ入学金免除なんだよ。俺なんか1人暮しの上に入学金払わないといけないんだぞ!」

「ほとんどのやつがそうだっての。悠太ゆうただって、ちゃんと勉強しとけば特待生入学できたと思うけど。」

「そうだけど…」


 悠太というのは僕の親友のことである。佐々木悠太ささきゆうたと言う。悠太はあの事件以来、友達を作るのをやめて僕に付きまとうようになった。

 「お前だけは信頼出来る。そばにいて欲しい。」と、告白めいた事を言われた時はさすがに吐き気がしたが、僕もそう思っていたので特に何も言わなかった。


 やはり信頼出来る友が居るのは、とても心地良い。





 迎えた入学式当日。僕と悠太は同じアパートに住んでいるので、2人で同じ電車に乗って学校へ向かった。


「それにしても、偏差値60越えの高校で首席って凄いな。」

「そうか?頑張れば誰でもなれただろ。」

「はぁ〜。お前は中学の頃から無自覚に天才だったよな。」


 失礼な。確かに僕は、従姉妹の両親に迷惑をかけたくない一心で勉学に勤しみ、運動面でも、どの競技もトップレベルにできるように尋常ではない努力をした記憶はあるが、ただそれだけの事。やろうと思えば誰にでも出来る。


 そうこうしているうちに学校に着いた僕達は、校門にある看板にはられたクラス名簿を確認する。


「お、一緒じゃん。やったぜ。」

「ほんとだ。良かった。」



 教室に行って席に着く。僕と悠太は苗字がさ行なので、悠太が僕の前の席に座った。

 幸いにも、僕は真ん中の列の1番後ろだった。


「最高だな。」

「おう。」


「ねぇ、君、名前なんてーの?」


 僕と悠太がヒソヒソと話していたら、通路を挟んだ悠太の隣の席に座るチャラそうな男が悠太に話しかけた。


 うわ出た陽キャだ!今僕と悠太が話していたじゃないか!なぜ話しかけるんだ!これだから陽キャは嫌いなんだよ。


「佐々木悠太だ。よろしく」

「おぉーなんかかっけぇ!顔も名前もイケメンかよ!」


 ははは、と笑うこいつとは今後一切関わらないと僕は決めた瞬間だった。


「なぁ悠太、昨日のさ--」

「あぁ、あれは---」


 初対面なのによく話せるな。悠太も悠太で、友達はもう作らないとか言ってたけど、まだ懲りてないのか?

 まぁいい。僕には関係ない事だ。またなにかあれば、僕が助ければいい。僕にはそれが出来る。


「おーい、楓。」

「……っ!なに?」

「どうしたんだ。ぼーっとして。」

「なんでもねぇよ。」

「そうか。にしても、この高校の人は良い奴ばっかりだな。」


 どうやら僕がぼーっとしている間に、色んな人と話していたらしい。

 ……僕の親友が他の人と仲良くしているのは、結構モヤっとするもんだな。


「………」

「ん?どうしたんだよ。」

「別に、また悠太が中学の二の舞になりそうだから心配してただけだ。」

「あぁ、それはもう大丈夫だ。楓と一緒に居て人を見るようになったし、何より進学校だからそんなことするやつは居ないよ。」

「…それもそうか。」

「おう。それに、俺の1番の親友はお前だけだ。」


 ニカッ!と笑う僕の親友。イケメンだから、クラスの女子の視線を集めてしまう。しかもその笑顔が僕に向けられているものだから、なんだか複雑な気分だ。


「…そうか。良かった。」

「なんだ?嫉妬してんのか?んん?」

「うるさい。死ね。」

「ちょっ、ごめんて!」


 全く。悠太は無駄に察しがいい。この察しの良さに何度助けられたか。


「うーい。席につけーー。」


 担任の先生と思われる人が適当に指示を出す。するとみんなは直ぐに席に座り始める。

 やる気の無い指示でも従うところはさすが進学校と言ったところか。


「この後全校集会があるからなーー。」


 気だるそうな先生の話を適当に聞き流していると、ちょんちょんと僕の肘になにか当たる感覚がした。

 見ると、僕の隣に座る女が僕の肘をつついていた。


「ねぇ、私、隣の席だよ。よろしくね。」


 小声でそう言ってくる女。


 突然だが、言っておきたいことがある。

 僕はひねくれた奴で、人間不信だ。僕の親友以外の人間を信じていない。だから僕が悠太以外の人間を見た時、どんなに顔が良くて、どんなに性格が良くても、僕にとっては親友か親友以外の人間という認識しかしない。


 それなのに、この時の僕は固まってしまった。


 僕の肘をつついたこの女は、あまりにも容姿が整いすぎている。

 僕の中の認識を超越した美少女だ。


 僕は瞬きを忘れて、思わず見つめてしまった。


「あの、大丈夫?」

「っ!あ、あぁ。よろしく。」

「うんっ!名前、なんていうの?」

「え、えと、僕は、佐藤楓。」

「佐藤くん、ね。私は橘麗華たちばなれいかだよ。」

「あぁ、そう。よろしく、橘さん。」

「うん。よろしくね、佐藤くん。」


 少し微笑んだ橘さんは、前を向いて先生の話を聞き始めた。

 僕は直ぐに前を向いて先生の話に集中する。そうしないと、このうるさい鼓動が収まりそうもない。

 

 どうしてこんなに早く心臓が動くのか分からない。ただ美少女が微笑んだ顔が、あまりにも綺麗だっただけなのに。


「すぅーー、はぁーー。」


 マラソンを走り終わったかのように早く打つ鼓動を抑えるため、ゆっくりと、静かに深呼吸をした。





「おーし。全校集会いくぞー。適当についてこーい。」


 先生の適当な指示に、僕達は重い腰を上げた。


「おーい、楓。」

「………」

「おーーい。」

「っ!な、なに?」

「お前ほんと大丈夫か?今日何かおかしいぞ?」

「いや、別に、何でもない。」

「そうかよ。」


 そうだ。こんなのは僕じゃない。平常心だ。あんな女ごときに乱されてたまるか。そもそも、あの女も外見は良くても心の中じゃ何を思っているか分かったもんじゃない。きっとこれまでの奴と同じように自分を偽っているんだろう。

 僕に話しかけた時も、きっと自分の容姿に自信があって、僕がウブな反応をするのを期待してほくそ笑んでいたに違いない。


 きっとそうだ。


 今までのやつも、そうだったんだ。


「いやー、にしてもやっぱり都会はすげーな。美少女がいっぱいいる!」

「へー。どうでもいい。」

「中でもあの子!めっちゃ美人じゃん!」


 悠太が指さしたのは、先程僕に話しかけてきた橘さんだった。


「あんな美少女見たことねぇ!」

「あーはいはい。」

「ったく、お前ってやつは。本当にそういうのに興味無いよな。」

「当たり前だろ。」

「告白してきたらどうしよう、とか思わないのか?」

「思わない。だいたい、僕みたいな根暗でひねくれたクソぼっちに話しかけるやつなんて、悠太みたいな変わり者だけだ。」

「ひど!」


 あの女も変わり者だ。僕なんかによろしくして、何になるのか。


「楓は前髪上げたらめっちゃイケメンなんだけどな。ガタイもいいし。」

「はいはい、お世辞は結構だ。イケメンにイケメンって言われると皮肉にしか聞こえないよ。」

「いや、本当なんだが…」





「〜〜で、あるからして〜」


 校長先生のありがたい話が終わりそうにない。眠気が押し寄せてくる。


「続いて、新入生代表挨拶。今年度入試次席の、橘麗華さん、お願いします。」

「え?あれ?は、はい!」


 何やらちょっと戸惑った声が聞こえたが、次席は橘さんだったか。


「おいおい、スゲーな。美人の上勉強までできちまうなんて。」


 悠太が横から小声で話しかけてきた。


「逆に美人でも勉強出来なかったら残念なことこの上ないな。」

「おい、やめてあげろ。」

「いるだろそういう奴。アイドルとかに。」

「いるけどそれはそれ。これはこれなんだよ。」


 ふむ、そういうものなのか。


 気づいたら新入生代表挨拶が終わっていた。





(どういうこと?新入生代表挨拶は入試首席がやるものじゃないの?!)


 全校集会が終わり、私は戸惑いが隠せないまま放課後を迎えた。


 全校集会の後に教室でちょっとしたチュートリアルみたいなものがあったが、私の耳には全く入ってこなかった。


(一生懸命勉強してきたのに!)


 私は自分でも容姿が優れていると思っている。でもそれを利用しようとはしていない。告白も全部断ってきた。学生の本分は勉強だから。


(全校生徒の前で、「次席の」なんて言わなくても良かったじゃない!)


 あの後私は色んな人から「首席じゃなかったんだね」と言われた。

 全校生徒の前で、恥をかかされたのだ。


(このままじゃ、私のプライドが許さない!)


 私は職員室に向かった。






「失礼します!」


 ガラッと扉を開け、ズカズカと担任の元に歩み寄る。周りの先生方の顔が引きつっていたが、今の私はそんなこと気にしていられない。


「先生っ!」


 バンッ!と先生の机に両手を打付ける。


「な、何かな。」


 ビクッと震えた担任は、おずおずと私の方を向く。


「私が入試首席じゃないんですか!」


 職員室に私の声が木霊する。


「あ、あぁ、それなんだけど…首席の人が、代表挨拶を断ったから、次席の君に頼んだんだ。」

「なんですって?!」


 私の声に、先生方はビクッと肩を震わせる。


「どうして、言って、くれなかったんですか!」


 バンッ、バンッ、バンッ!と机を叩く。


「ご、ごめん。忘れてたんだ…」


 先生は涙目で訴えてくる。ほかの先生方も、恐ろしいものを見るような目で、こちらに近づこうとしない。


 それに気付いた私は、少しだけ冷静になった。


「…じゃあ、その首席の人の名前を教えてください。」

「え、あ、いや、これは、個人情報だから、生徒には教えられないって言うかなんというか…いくら次席の君でも個人情報は--」


 『次席の君』 そう言われた瞬間、私の中で、何かが切れた。


「はあぁぁぁ?!私にあんな恥かかせておいて、何舐めたこと言ってるんですかあぁ!?私はあの後「首席じゃないんだね」ってバカにされたんですよ?!個人情報とかどうでもいいから早く教えろぉぉあぁぁぁぁ!!」


「「「ひぃぃ!!」」」


 何故か周りにいた先生達も悲鳴をあげていた。


 担任はガタゴトと騒がしい音を立てながら、机の引き出しから紙を取り出した。


「え、えと、首席の名前は、佐藤楓くんです!君と同じクラスです!」


 ブルブル震える手で紙を持ちながら、土下座する勢いでそう言ってきた。


「っ!」


 佐藤楓。今朝私が教室で一番最初に声をかけた隣の席の男子だ。

 第一印象は根暗で、恐らくこの先ぼっちになるであろう人間。

 別に下心があって声をかけた訳じゃないが、しばらく隣の席として学校生活を送るので話せるようになっておこうと思って声をかけたのだ。


 容姿に自信があった私が声をかけた男子は、全員が頬を赤く染めてデレデレし始めるのだが、あの男子は違った。

 私を見て一瞬目を見開いたものの、直ぐに興味を無くしたような目になった。表情も一切変わらないまま。

 私に媚びを売らない男子は初めてだった。


「面白い……佐藤楓。」


 私は無意識に舌なめずりをする。


「「「ひいいぃ!!」」」


 その仕草が逆に恐怖を増大させたようだ。


「先生、ありがとうございました。先程は脅すようなことをして、申し訳ありません。それでは、失礼しました。」


 先程の剣幕は何処へやら、私は天使のような笑みを浮かべて職員室を後にした。




 

 面白い…本当に面白い。


「ふふ、ふふふふふ」


 前の中学じゃ、学年一位の座を譲ったことの無いこの私に挑もうなんて、いい度胸してるわ!


「佐藤楓…上等だわ!」

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