第11話 レオルド2




 全国民が300年間憎悪し続けてきた男は、どこからどう見ても悪人には程遠い、真面目そうな男だった。


 レオルドが「思ってたのと違う」とこぼすと、ジョーゼスは「原因となった事件をきちんとお調べになられたのですか?」と歴史の教師みたいな顔で睨んできた。


「そもそも聖剣の遣い手に選ばれた人間の人格に問題があるわけがないでしょう」

「……うむ」

「あの男は魔人を倒すために戦って、その魔人が死に際に呪いを放ったのです。本来は不幸な事故です。けれど聖剣を失った責任は大きすぎた。これはそういう話ですよ」


 そこからどんな人物像が浮かびますか、というジョーゼスの正論に、聖王の執務室に居合わせた他の補佐官たちも気まずげな表情を覗かせていた。

 レオルドもつい目をそらした。


 ルークセンといえば、誰もが史上最悪の大罪人だと思っていた。そして憎んでいた。


 だから本当はどんな人物だったのか、考えたことがなかった。そこにあるのは話から受けた印象だけである。


「呪いを解けなかったのは、当時の魔術師たちの力不足が理由です。とはいえ、一度でも試して失敗すれば、誰もが怪死したと言われています。命を懸けて挑んだ者たちに、誰が何を言えるでしょう」


 だからこそ憎悪のすべてがルークセンに向けられた。ルークセンを憎むしかなかったのだ。


「以降、誰もがあきらめて手を出さなかったのです。試そうとするだけで命懸けですからね」

「わかってる」

「私はむしろ──あの救国の乙女?が理解しかねるのですが……」


 疑問符つきのジョーゼスの愚痴に、レオルドも強く同意した。


 ルークセンの証言では、イサリアという娘以外に聖剣を取り戻した人間はいないようなのだが、当のイサリアの証言は聞かなかったことにしたくなった。


 適当に心に浮かんだ呪文を唱えてみたら聖剣が地面からはえてきたとか、ふざけるなと言いたい。

 しかしイサリアにも記憶喪失という事情があって、悪気はなさそうだった。


 悪気はないが、ユフィアス国300年の苦難をどうしてくれるんだと言いたい。

 この歴史に残る偉業を文章にしようと張り切った者たちは、今も頭を抱えていることだろう。


 救国の乙女の言葉は、決して後世に残したくない。


「記憶が戻れば、使った魔法のことも判明するのだろう?」

「ええ、記憶を失う前に身につけた魔法に違いありません。魔術師たちも訓練を重ねて覚えるのですから、たとえ天才でもそんな真似はありえないそうですよ」


 レオルドは魔法は門外漢だが、世間に魔術師が少ないことからも、そんな簡単に使えるものではないとわかる。

 イサリアはかなり若いので、天才なのかもしれない。イサリアの師匠という人物は空間転移の魔法を使えるらしいので、そこで教え込まれた可能性は高い。


「記憶は戻りそうか?」

「いえ、こればかりはなんとも……」

「国史になんと残せば良いのだろう……」

「その前に国民への発表内容ですよ、陛下」


 現在絶賛準備中だ。

 聖剣が戻ったことは早く公表したいが、内容が大問題だった。


 そして、もうひとつ。


「──ルークセンはどうすればいい」


 思っていたのとは違う人物だった。

 だから当然のように「公開処刑だ」と言えなくなっていた。


 考えてみればルークセンは被害者だ。

 呪われたまま300年も見捨てられた地をさまよっていたという。


 本人に会ってレオルドは同情してしまった。

 だが国民の総意はルークセンを処刑することなのもわかっている。自分がずっとそう思っていたから。


 説明すればわかってもらえるか?──否。

 そんな時間はないし、興味のない話に耳を貸す者はいない。

 むしろ何故早く処刑しないのかと騒ぐだけだろう。


 何より、レオルドを王位から引きずり下ろそうと考えている連中が、大喜びで攻撃して来るだろう。レオルドが失脚するば、結局ルークセンの処刑もくつがえらない。


「聖剣次第かと存じます」

「聖剣?」


 考え込んでいたレオルドは、予想外のジョーゼスの言葉に顔をあげる。


「ルークセンが聖剣を返還し、陛下が聖剣とルークセンの繋がりを絶つ。そして次の遣い手を探すことになります」


 伝承に従って行い、すでに繋がりを絶つところまでは済んでいる。聖剣は密かに神殿の中に戻され、大地に300年ぶりに力を与えてくれているはずだ。

 遣い手がしばらく見つからなくとも、特に問題はないだろう。


「しかし、遣い手を選ぶのは聖剣です。人間の意思は関係ないのですよ」

「そういえば、引退しようとしても聖剣が許して下さらなかったという話を聞いた気がする」

「アスタリオ国の聖剣遣いの処刑の話は有名ですよ」


 聖暦70年ごろの古い話だ。

 聖剣を与えられて70年ほどで、人々がまだ聖剣のことを良くわかっていなかった頃の教訓となる出来事だった。


 聖剣が遣い手を選ぶ基準は、今なおはっきりとわかっていない。

 聖剣が人間の都合も自尊心もお構いなしに遣い手を決めてしまうのだ。気にいる人間がいなければ、何年も遣い手不在になることもある。


 国一番の剣士になっても、聖剣に選ばれる訳ではない。血筋自慢の王侯貴族だろうと、聖剣は見向きもしない。


 かつてアスタリオ国の聖剣は、身寄りのない孤児を遣い手に選んだ。建国から半世紀も過ぎれば、貧富の差も生まれていただろう。


 アスタリオの民かもはっきりしない貧民に聖剣を預けるなんて許されないと、貴族たちが主張した。『身分不相応にも聖剣に手を触れた罪』と称して聖剣の遣い手を処刑してしまった。


 その後アスタリオ国では50年もの間、聖剣の遣い手が選ばれなかった。まるで処刑に関わった愚か者たちがすべて消えるのを待っていたかのようだった。


「ルークセンが今もまだ、聖剣の遣い手なのか?」

「それは聖剣のご判断を伺うしかありませんが、問題はルークセンに選定を受けさせることにすら反対する者が多い公算が高いことですね」

「む」

「選定を受けさせずにルークセンを処刑した後、遣い手が見つからないという状況に陥るのも避けたいですから」


 現在のユフィアス国は、聖剣が戻っただけでも十分生き返ったようなものだ。遣い手がいれば便利というだけで、必要というほどではない。これまでの300年に比べれば、誰もがそう思うだろう。


 しかし人間の欲望には果てがないと良く言われるだけあって、聖剣の恩恵に慣れてくれば不満を吐き出し始めることだろう。

 人間は喉元を過ぎれば忘れてしまう生き物だから。


 聖剣が戻りさえすれば、多くの問題が片付くのにと思っていたが、そのぶん聖剣を巡る問題が増えた。

 しかも悩んでいられる時間は、長く取れそうになかった。

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