第12話 イサリア5




 あれこれ口止めを受けたイサリアは、ユフィアス国に聖剣が戻ったという御布令が出てから城の外に出してもらえた。


 閉じ込められていたというよりも、頼み込まれて引き止められて、断りきれなかっただけである。


 聖都はお祭り騒ぎだったが、討伐隊の本部の周辺はピリピリとした雰囲気だ。魔物は年中無休なのだろう。


「あ、クドさん。治療師を必要としている人はどこにいるんですかね」

「勉強してるのか?」


 入口から中を覗いたら、クドがベンチに座って弓の手入れをしていた。数日ぶりに会うが、元気そうだった。


 そして挨拶の返しに、イサリアも思い出す。

 ちやほやされていて、うっかり忘れていたことだ。

「それでもすごいことです」「あなた様のおかげです」と言われ続けて、調子に乗っていたのかもしれない。


 自分の魔法が危険なことを。


「で、でも、どの魔法を使えばいいのか教えてもらえれば、わたしもきっとお役に立てるはずなので……!」

「そうだな。ところであれからどこで何してたんだ?新しい師匠に弟子入りして忙しいのかと思ってたけど」

「ううーん、ちやほやされてただけのような……それに、アレは黙ってろ、ソレも口外無用だ、コレは絶対に言ってはいけない、とかたくさん言われてしまって……何をどこまで話してもいいのかわかりません!」

「……本当にどこで何してたんだ……」


 何もしていなかったようなものである。

 イサリアは人を癒やして世界を救えと言われて、自分には他に目的がないのだなと思った。

 正体不明の師匠だが、その言葉はイサリアを支えているのかもしれない。


「あ、でもルークさんの本名がルークセンだっていうのは話してもいいみたいですね」

「ルークセン!?」


 ルークセンの名にクド以外の者たちも反応してイサリアを振り向いた。

 驚きが強いが、敵意も感じる。


 城でルークセンを睨んでいた人たちと同じだった。言うべきではなかったとイサリアも思い直した。


「そうか、それであの力が……いや、だからって気づかねえよ」

「何かわかったんですか?」

「魔物の気配を察知する力。聖剣の遣い手にもあるって聞いたことがある。でも聖剣の遣い手だって思うわけないし!」

「聖剣は七振りしか存在しないんですよね」


 知っていても考えから外すことだろう。

 こんなところにいるわけがない、と思ってしまうから。


 クドは「だまされた」と拗ねたように言っているが、ルークセンへの敵意は感じさせなかった。


「ルークの事情もだいたいわかった。でもあいつ、300年前の人間じゃなかったのか?」

「呪いのせいで不老不死になっていて、ずっと見捨てられた地をさまよっていたそうですよ」


 水も食事も必要がなく、死ぬことも出来なかったらしい。

 イサリアは半日でも死にかけたので、それがどんな苦しみだったのか想像もつかない。

 クドも「考えただけで心が折れそう」と同情している。


 クドはカサルーナ国から商隊に便乗して見捨てられた地を渡って来たそうだが、それでも旅はつらかったという。


「馬鹿というか馬鹿真面目というか……こんなところまで来たら、逃げられないだろうに」

「ルークさんが逃げるんですか?」

「まだ告知されてないけど、ルークセンの処刑は確定だって言われてる。おれはこの国の人間じゃないからルークも被害者に見えるけど、この国から聖剣の加護が失われたのはルークセンのせいだって恨む気持ちも判らなくないしな」


 処刑と聞いて、イサリアは言葉を失う。

 その言葉の意味はイサリアも知っていた。


「何が被害者だ!」

「奴のせいでオレたちが今まで苦しんでた思ってるんだ!」


 武装した討伐隊の男たちがクドにくってかかった。クドは「だから他国人の無責任な意見だよ」と面倒そうにあしらっていた。


 ルークセンは自分が憎まれているのを知っていた。もしかしたら処刑されることも知っていたのだろうか。


 イサリアはルークセンに会って、助けたいと思って魔法を使ったつもりだった。

 けれどルークセンの何も救えていなかった。


 イサリアが使った魔法は何だったのだろう。

 わからないまま使っても、助けるどころか傷つけることになるかもしれないとルークセンは言ったが、そのルークセンが処刑されることになってしまった。


「……わたし、ルークさんを救いたいです」

「聖剣に聞くしかないかもなー。ルークが聖剣の遣い手のままだったら、処刑出来ないはずだぞ」

「聖剣がルークさんの命綱なんですね!?」

「まあ、この国で全国民から憎まれ続けながら生きるより、処刑されたほうが幸せかもしれないけどな」


 そんなことないと言いたいが、あんな大罪人が聖剣に選ばれる訳がないと激怒している人々を見てしまうと、イサリアにもわからなくなった。


 死なせたくない。

 けれど幸せではないかもしれない。


 だとしても、イサリアはルークセンを助けたかった。

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