第13話 イサリア6
ルークセンがどこにいるのか探すと、城の牢屋の中に入れられていた。賓客扱いのイサリアとは雲泥の差だった。
ルークセンも大事な聖剣を持ち帰った功績でもてなされているのだろうと勝手に思っていたイサリアは、なんでそんなことを思ってしまったのかと数日前の自分を怒りたい。
ルークセンの言葉も、人々の反応も、この状況を示唆していたのに。
「働かせて下さい!牢屋掃除のお仕事とか、とっても有意義だと思うのです!」
ルークセンとの面会を渋られるので、イサリアも一計を講じた。掃除しながらならルークセンと話す時間が作れるだろう。
もちろん「あなた様にそんなことさせられません!」と誰もが反対したが、眼鏡の聖王筆頭補佐官が許可してくれた。
素敵な眼鏡さまだとイサリアは益々憧れそうだ。
「ふおおー、予想を上回る汚れっぷり!毎日朝から晩まで掃除に明け暮れても、いつ終わるのかわからない気がする……」
意気揚々と牢屋にやって来たイサリアは、改めて牢屋の汚れ具合を確かめて、ちょっと心がくじけかけた。
牢番たちが「いつ止めてもいいんですよ」と言ってくるが、聞けない相談だった。
「お掃除、お掃除。気晴らしにお話しましょう、ルークさん」
「君は治癒魔法の勉強で忙しいはずだが、何をしているんだ」
「べ、勉強も忘れたわけではないのですが、お掃除も立派な仕事なのです」
ルークセンの正論が突き刺さってくるが、勉強している間にルークセンが処刑されてしまうかもしれない。
今はルークセンを助けたることを優先したかった。
「そうだ。聖剣の選定が始まったそうですよ。ルークさんは、こう、自分が聖剣に呼ばれているような気がしたりしませんか?」
「しない。そんな前兆を感じたという話も聞いたことがない」
「選ばれた時、どんなことが起きるんですか?」
「特に何も。ただ、聖剣に
わかりやすくビカーっと光ったりはしないようだ。
そういえば、遣い手と聖王にしか触れられないと言っていたのを思い出した。
「神殿前に大行列が出来ているのをちょっと見て来たんですけど、周りの迷惑も考えずに大声でケンカしてたり、脅しつけてライバルを減らそうと姑息なことしてたりで、当分見つからない気がします」
イサリアが街で見て来たことを伝えると、ルークセンは無言で顔をしかめていた。
牢番たちは「ぐおおっ」と恥ずかしさに悶えていたものだ。同朋であることが恥ずかしいのだろう。
ちなみにクドも呆れた顔で眺めていたので、一緒にいた討伐隊の面々が悶えたり怒ったりしていた。
「あ、討伐隊の人に瘴気を浄化して欲しいって頼まれて、治療師としても働いてますから!ちゃんとやってるんですよ!」
神殿の様子を見に行ったのは、そのついでの話である。イサリアは思い出して主張しておいた。
勉強もせずに掃除をしている理由にはなっていないのだが。
牢屋でルークセンと話していても、助ける方法は浮かばなかった。
それでも目を離した隙にいなくなりそうな気がして、イサリアは時間のある時は牢屋掃除に通っていた。
数日ほど牢屋に通っていたイサリアだが、討伐隊から治療師に仕事の依頼が来たというので、その日は討伐隊の本部を訪れていた。
今回はイサリアの他にも治療師が呼ばれて来ているので、まず彼らの魔法を見せてもらおうと、こっそり考えた。
「体の一部が刃になっている魔物が都の中に入り込んでしまった。この刃で負わされた傷は瘴気を宿していて、浄化しないと傷がふさがらない。小さな切り傷ですら致命傷になりかねないのだ」
瘴気の浄化は魔法でしか出来ないそうだ。
イサリア以外の治療師たちは「いちいち言われなくても知っている!」と何故か怒っていたが、イサリアは初めて聞いた。
「じゃあ浄化の魔法ですね。それならわかります!浄化した後、傷を治す魔法をかければいいんですか?」
「いや、浄化だけでいい。よほど深い傷でもなければ、治癒魔法はいらない」
切り傷を治す魔法は初歩の初歩なので、イサリアも師匠に教わっていた。それしか教わってないとも言えるが、いらないと言われしまって少々ショックだった。
「ただ、魔物が神殿近くに出たから、負傷者がどれほど出るか……治癒師を何人も呼んだが、浄化だけに専念してもらっても手が足りない可能性もある」
「な、なんだと!?」
「神殿って、聖剣の選定で大混雑しているあの大神殿か!?」
討伐隊の者の言葉に治癒師たちも顔を引きつらせていた。
城を通した依頼だから応じたが、割に合わないと喚き出してしまう。
聖都の治癒師も、弟子入りしたいと思える人には出会えそうになかった。
現在魔物の討伐中なので、終わってから現場に向かって欲しいと言われ、イサリアたちは本部の入り口のロビーで待機していた。
いくつかベンチが置いてあるので、そこに座らせてもらっている。
「その魔物は強いんですか?」
「厄介なだけで、五、六人で囲めばどうにでもなる程度だよ。大きさも動きも犬くらいかな」
ロビーで待機中の討伐隊の隊員に尋ねると、そんなに恐ろしい相手ではないという答えが返ってきた。
周囲に人が集まっていなければ、ここまでしなかったのだろう。
「でも、討伐隊に入って魔物と戦う気もないのに、聖剣に選ばれると本気で思ってるのかな、あいつら」
「討伐隊の方たちは選定を受けないんですか?」
「時間があれば受けたいとは思ってるよ。でも休みにあんな所で疲れることしたくないし、ちゃんと休まないと翌日に響くし、選ばれるとしたら隊長とか騎士団の団長とか、ふさわしい人が他にたくさんいるし」
人間たちがふさわしいと思う人が選ばれる訳ではないと聞いたが、選定を受ける人にとっては自分よりふさわしい人がいると思うと受けにくいようだ。
もちろんイサリアはルークセンを選んで下さいと祈っているが、命がかかっているからそう思うだけだ。
「騎士団って、何をする集団なんですか?魔物退治は討伐隊の仕事なんですよね?」
「何をする集団……王族の護衛とか、パレードで整然と馬を並べて行進する姿がかっこいいとか、そういうことしか知らないな」
「お城の門番さんとか牢番さんは騎士団の人ですか?」
「それは違うと思う」
城に仕えている人々には、いろんな分類があるらしい。すでに10日以上城にいるのに、イサリアは知らないことばかりだ。
隊員と雑談しながら待っていると、怪我した隊員を担いで数人の隊員たちが戻ってきた。
手当てを!と言われて、一番近くにいたイサリアが杖を構えて呪文を唱えた。
先に言われた通りに、まずは浄化の魔法。
それから、傷をふさぐ魔法。
「助かりました、治療師どの」
「傷が深いようだったから、治して良かったんですよね?」
「──ああ、そうか。そっちは遠慮しろって……」
「出血が多かったから、危なかったと思う。そう報告しておこう」
魔法はかけたが、怪我人は血の気の失せた顔でぐったりしている。傷がふさがらないというのは、血が止まらないということなのだとイサリアも気がついた。
「魔物は?」
「確認する前に戻ったからわかんねえ。でも追い詰めた。小隊長が倒したはずだ」
イサリアと雑談していた隊員の問いに、戻ってきた隊員たちが応じる。そろそろ正式な討伐報告が来るだろうということだ。
怪我人を奥に運ぶのを見送り、神殿前はどんな状況か尋ねる声を聞いていると、別の怪我人が運ばれて来た。
他の治療師が傷を浄化したが、傷そのものは浅いからと断って医務室へ去って行った。こちらは怪我人本人もしっかりとしているように見えた。
「……なんで怪我したんだ」
「なんでって」
「あいつら、近くにいなかったはずだ。追い詰めたと思ったけど、逃げられた……?」
もう大丈夫だと緩んでいた空気が重くなる。
そしてほどなく正式な報告が届いた。
魔物が神殿前の行列に飛び込んで暴れて、重軽傷者多数。魔物の討伐は成功したが、急いで来て欲しいと。
治療師たちが「我々だけで浄化しきれるのか?」と渋い顔をしているが、さすがに誰もこの状況で文句を言って帰ったりはしなかった。
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