第14話 レオルド3




「選定はどうなっている?」


 ユフィアス国に聖剣が戻ったことを公表し、同時に聖剣の遣い手の選定を開始した。


 聖剣は神殿に安置されているので選定も神殿の管轄だが、神官たちだけでは対応しきれないため、城から応援を出している。

 ある程度は想定内のことだが、予想以上に馬鹿が多いとジョーゼスが吐き捨てていた。


 告知と同時に出来た行列は伸びる一方で、周辺の通行はとどこおり、騒音被害も出ている。


「増員要請が来ています。ですがこれ以上は城も余裕がないですよ」

「多少は収まってきたという報告が聞きたい……」


 レオルドのぼやきに、ジョーゼスは「現実を直視して下さい」と言うだけだ。他の補佐官たちもうんざり顔で頷いている。


「選定を受けた者は去るはずだ。段々と減るのが道理というものだろう」

「一日に選定を受けられる人数にも限りがありますからね。並んだのに受けられなかった。明日こそはとさらに気合いが入る、というところでしょうか」

「整理券を配って管理するのはいかがでしょう。選定の回数に限りがあるのですから、並んでも回って来ないのは決まっていることですし」

「整理券の奪い合いになりますね」

「奪い合うような人間が聖剣に選ばれると思っているのか」


 聖剣の遣い手は聖剣自身が選ぶ。

 人間の都合も事情もお構いなしに選ばれるが、裏を返せば成り上がれるということだ。


 憧れて夢を見るのは良い。

 だが中には運試し気分の者もいるようだった。


 国のため、民のため、そして誰かを守るために力を求めている訳ではなく。

 ルークセンのように、結末を悟っていながら聖剣を返還するために戻る覚悟を持てる者など並んでいないだろう。


「……先にルークセンの選定をしては駄目なのか?」

「選定に関する知識がだいぶ失われているようです。先に選定を受けていれば選ばれていたのは自分だったかもしれないと思いこんで、ありもしない不満をため込むことになりかねないでしょうね」

「聖剣の遣い手はすでに決まっている、聖剣はその遣い手が選定を受けに来るのを待っているだけなのだ──だったか」


 国土のすべてに加護の力を行き渡らせている聖剣は、すべての国民を把握している。だから聖剣の前に行くまでもなく、その者の性格、性質は知られている。

 そのように聖剣の選定について伝えられていた。


 300年の間に忘れられた『常識』だった。


「これから他の街からも来るのだろう。いつ終わるんだ」

「聖剣の遣い手が見つかれば終わりですよ」

「候補者はまだ一人も選定を受けておりませんが」


 候補者とは、人間たちの目から見てふさわしいと思った者のことだ。能力、人格などを見て、この者が選ばれたらいいなと思ったとも言える。

 特別な存在には、相応の人物であって欲しいと願ってしまうものだから。


「それで陛下は、ルークセンが遣い手だったら良いとお思いなのですか?」

「……処刑しなくてよくなったらほっとするのは、個人的な感傷だ。逆に違うとはっきりすれば、迷わず決を下せる問題も多い。そのくらいは理解している」

「個人的にほっとする以外に何のメリットもありませんけどね」

「……救国の乙女を怒らせずに済むぞ」


 いまだにイサリアの存在が受け入れきれていないジョーゼスは、レオルドの切り返しに沈黙した。

 聖剣を取り戻した立役者であるイサリアの発言は、本来なら可能な限り聞き届けるべきだろう。それだけの力を持つ魔術師でもあるはずだから。


 想定外過ぎて扱いに困っている所だが。


「あれはルークセンに惚れているのでしょうか」

「そういう話だったら対処しやすかったのだろうな。人を救いたいと純粋に願う善意しか感じないが」


 イサリアのどこを見ても暢気な娘にしか見えないのに、こうして対応を考え始めると、あれは聖女なのだろうかと気の迷いが生じてくる。


 その志だけは非の打ち所がないからだ。




 聖剣の選定に関する問題だけでも頭が痛かったのに、追い打ちをかけるように事件が起きた。


 神殿前に千を越す人間たちが行列を作って密集していたのだが、そこに魔物が乱入して暴れたいう。

 人が多すぎて討伐隊の対処が遅れた。

 それにより、この程度の魔物で生じるはずのない被害が出てしまった。


「治療費……!」


 財務関係を担当している補佐官が頭を抱えて呻いている。この国の国費はそんなに潤沢ではない。いや、借金が莫大だとだけ言っておく。


 聖剣が戻って、この300年の間、他国から買い取らせてもらっていた聖なる力の結晶をもう買わなくても済む!と喜んだばかりだ。

 売ってもらえることを感謝しなければならないと頭では理解していたが、財政を圧迫し続けていたのも確かである。


 けれど、どんなに金がなくても、命に関わる魔物被害に対しては国が民の命を保証しなくてはならない。

 特に今回のような瘴気は、魔法で除去する以外に方法がないのだ。金のない貧しい人間は死ねと国が言ったら、この国から人々が逃げ出すだろう。

 難民となって他国に押しかけ、相手国が怒る。国家間の問題となり、聖なる力の結晶を買えなくなる。


 つまりユフィアス国が滅ぶ。


 この単純明快な理論で、歴代の聖王や政治を担ってきた者たちも守り続けてきた法律だった。

 聖剣が戻ったからといって撤廃して良いものでもない。


「それで、状況は?」

「魔物は討伐に成功しました。念のために治療師を数人手配していたので、治療を速やかに行い、被害は最小限に抑えられたと言えます」

「被害が出る前に討伐できなかったのか?」


 討伐隊も最善を尽くそうとしていたはずだ。

 ここで責めるのは違う。


 レオルドもわかっているつもりなのに、つい非難していた。だが、原因はもっとくだらなかった。


「聖剣の選定の前に活躍するところを見せつけてやる、と素人たちが邪魔に入ったんですよ……」

「魔物を倒せる自信があったのか……!?」

「下町で粋がっている破落戸ごろつきどものようです。弱者相手に暴力を振るい慣れていたのでしょうね。魔物は野良犬みたいな外見で、討伐隊の者なら五人もいれば安全に倒せる程度のものでした。非常時ならたいていの隊員が一人でも倒せると思います。だから侮ったのでしょう」


 報告に来ていた討伐隊の副隊長は、淡々と冷静に説明した。冷めた目というより、凍てついた視線で語るので、レオルドは逃げたくなってきた。


「討伐妨害者は、捕縛対象になるんだよな、ジョーゼス?」

「ええ、重罪ですね。被害の大きさの分だけ重い罪が課せられます。牢に入れば一生出てこられなくなるでしょう」

「しかし陛下、並んでいた者たちがそういう人間だったのならば、対策の必要があるのでは?」

「……表向き、選定の機会は全国民に与えられている。余計な規制を加えると、勘違いした連中がさらに制限しようと画策し始めるだろう。出自のはっきりしない孤児はユフィアス国の民かどうか怪しいとか、一定以上の資産のない者には資格がないとか──少し前にどこかの国で問題になったと言っていただろう」


 どこの国にも選民思想の塊はいるものらしい。貧民が選ばれるくらいなら、遣い手不在のままのほうがマシだと放言したそうだ。


 遣い手不在でも聖剣が存在するだけで充分だとは思うが、正しい在り方ではない。


「勘違いさせないような対策を考えろという意味ですよ、陛下。このまま放置すると無能にしか見えないですから」

「む……」

「まず人数制限は必要です。今回の事を引き合いに出して、神殿前の密集を緩和すると説明しましょう。よほどの馬鹿以外は理解して賛同することでしょう。それから一般の選定は午後からとし、午前中は討伐隊や騎士団の人間を順番に呼ぶと告知します。これは贔屓ひいきではなく、今回の件で不満を感じていた者たちが当然だと感じる対応だと思いますよ。如何でしょう」

「……これ幸いと利用する気満々なのは良くわかった」

「あと許されるのなら、破落戸どもはすべて冤罪を被せてでも排除したい」

「許される訳ないだろう」


 ジョーゼスは20代の若さでレオルドの筆頭補佐官になるくらい優秀だ。

 なのに時々過激なことを言い出すし、権力の悪用を提案して来る。


 最初はレオルドを試しているのかと思ったが、こういう性格というだけのようだ。

 本人もしてはいけないとわかっているから言ってみただけで、誰かに否定されて諦めるようにしているのかもしれない。

 肯定したら暴走しそうで怖い。


 同調したら、破滅に向かいそうで恐ろしかった。



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