第15話 イサリア7




 神殿前で多数の被害を出してしまった事件は、なんとか死者だけは出さずに終わった。

 イサリアは本当に瘴気の浄化でほとんどの力を使い尽くして、傷の手当てにまで手が回らなかった。

 他の治療師たちも「なんて貧乏くじだ」と文句を言いながら、最後まで協力していた。


 まったくいい人には見えないのだが、怪我人を放って帰るような人間のくずではなかったのだな、と思ってしまったものだ。

 イサリアは心の中で謝罪しておいた。


 事件の原因を作った数人が捕縛されて、それを「ライバルが減った!」と喜んで見送った者たちは、本物のくずのような気がした。


 事件の翌日、イサリアは呼ばれていないが、討伐隊本部を再訪した。


「こんにちは。怪我をした隊員さんはどちらですか?」

「え?誰の依頼?」

「えーと、昨日途中で力尽きてしまったので、これも代金のうちなのですよ、多分」


 追加料金はいらないと言うと、そんなこと言ってくれる治療師は初めてだと泣かれそうになった。

 けっこう深い傷の人もいたのにな、と他の治療師に対する好感度が下がった。


 入口のロビーにいた隊員と話し、上司にも話を通してもらってから、本部の奥にある兵舎に案内された。

 ゼスタークの街で泊めてもらったことがあるので、どういう場所かは知っている。独身の若い隊員たちが下宿している所だ。


 切り傷を塞ぐ治癒魔法は初歩的なものだが、大きい傷の場合は、回復力を高めて早く治るように促す効果もある別の魔法が適したいる。イサリアもちゃんと調べて、確認して来た。


 今回は兵舎の一階から、部屋の並び順で治療して回った。急を要する患者はいないので、優先する者がいなかったからだ。


 怪我で休んでいた者を一通り治療してから本部のロビーに戻ると、連絡を受けたらしい隊員たちが集まっていた。兵舎ではなく、自宅に住んでいる隊員である。


「治癒魔法をかけてもらえるって聞いて、その」

「師匠に人を癒やして世界を救えと言われていますから。隊員さんたちが早く治って復帰すれば、その分救われる人が増えると思うのです」


 イサリアの力がそんなふうに、世界を救う一助になればいい。


 隊員たちも「頑張るよ」と力強く頷いていたものだ。






「それで帰りに神殿の近くを通ったのですが、今日も大行列していたわけであり」


 討伐隊で治療師として働いたので、イサリアはまた魔力がほぼ空になってしまった。

 魔力が尽きると気力や体力まで使い果たしたような倦怠感があるので、牢屋掃除は禁止された。


 だが牢屋に入る許可はもらえたので、おやつの焼き菓子をルークセンに差し入れつつ、イサリアは近況報告をしていた。


「わたしを見て、タダで治療しろとか喚き出したわけであり」

「大丈夫だったのか?疲れているようだし、大勢に囲まれたら逃げられないだろう?」

「あ、討伐隊の方たちが送ってくれて、大げさですよーって断ったのに付いてきてくれて……感謝しかありません」


 もし一人で歩いていたらと思うと、イサリアも恐ろしくなる。選定を受けたがっている者たちは、柄の悪い人間が多いのだ。


「でも、こんな連中治すの嫌ー!と思ってしまったわたしは、治療師失格なのだろうかと思ったわけであり」

「思うのはともかく、実際に差別しなければば問題ないだろう。誰だって好き嫌いはある」

「そうですよね。でも力が戻っても治しに行く気はしないんですよ。かすり傷ばっかりだったし」

「それは放っておけ」


 重傷だったら行列して選定を受けようとしていないだろう。

 討伐隊の隊員たちは、休みが必要なほどの怪我人だけが治療を求めてきたものだ。彼らの傷は、混乱した人々を庇って負ったもののようだった。


「あと、もう一回選定を受ければ、この熱意が伝われば次こそはって、何度も選定を受けているみたいなんですよ」

「……何度も受けさせたのか?」

「いえ、たくさん来るから、いちいち受ける人の顔なんて覚えてなかったそうですよ。また駄目だったって喚いているのを聞き咎めて判明したとか」


 聖剣の選定に関して、神殿側が内容の説明をしたとイサリアも聞いていた。

 聖剣の遣い手はすでに決まっていて、聖剣はその者の訪れを待っているのだ。だから誰が選ばれたのか探しているのである。


 神殿前で喚いている連中は、理解力がないことを喧伝しているだけだった。


「隊員さんたち、クドさんに『300年の間に大事なことまで忘れちゃったんだなー』って呆れられたとかで、ユフィアスの恥って怒って悶えてましたよ」

「……俺も穴があったら入りたい気分だ」

「ルークさんも行列して選定を受けたんですか?」


 昔はそんな奴らいなかったと主張してから、ルークセンは答えた。


「俺の時は先代が引退して七年近く経っていたからな。13歳から選定を受けられるんだが、誕生日を迎えて行った日には、他に選定を受ける者はいなかった」

「七年も見つからなかったんですか?」

「先代の引退が早すぎたのかもしれないが、魔人が現れるような事件もなかったし、当時はそんなに慌てて探していなかったな」


 聖剣の遣い手探しは、思ったより長い目で見守るものだったようだ。


「まあ、遣い手の引退直後は我こそはと人が集まるが、どこの国でも同じだろう」


 それはきっと、聖剣の遣い手としての使命を理解した人々だ。

 魔物の討伐や魔人を見つけ出して倒すというような役目があるのだろう。

 特に魔人は人間の敵であり、聖剣の力なくして倒すのは難しい。


 ルークセンを処刑しろと主張している者たちは、魔人と戦った話のほうはどう思っているのだろう。

 クドが魔人のことを報告したはずなのだ。


「聖剣の遣い手に選ばれたら、クドさんの追っている魔人と戦う可能性が高いんですよね?」

「魔人の情報は広まっていないんだろう」


 どうするつもりなんだろうと思ってしまうのだった。

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