第7話 イサリア3
日毎にルークセンの様子が沈んでいくことには、イサリアも気づいていた。
クドも気づいていたようで、明日には聖都ユフィアリスに着くという日の夜、最後の宿場でイサリアに声をかけてきた。
「ルークは聖都に何をしに行くんだ?」
「よくわかりません」
「会いたくない相手でもいるのか?」
「知り合いはいないと思いますよ」
何しろ300年も見捨てられた地をさまよっていたのだ。不老不死のお友達でもいない限り、知り合いなど残っていないはずだ。
「イサリアとルークの関係も、改めて考えてみるとよく知らないんだよな」
「師匠にポイ捨てされた先にルークさんがいた訳で」
「男と女の二人旅って、色っぽい理由はないんだよな」
「あると思った上で同行を申し出るなんて、クドさんサイテー」
「いや、保護者と被保護者だと思ってた」
それはそれで失礼な感想に思えるが、イサリアがルークセンに助けられていたのは事実だ。あと色気が皆無なのも。
イサリアは記憶のない自分のことで手一杯で、ルークセンの事情は何も知らない。
初めて会った日、何が起きてルークセンの呪いが解けたのか。
何故ルークセンは本名を隠しているのか。
そして、何故ルークセンは憎まれているなんて言ったのか。
「──あの力のせいかな」
少し考えていると、クドのほうもルークセンのことを考えていたようで、ぽつりと呟いた。
「魔物の気配が分かるっていう力。魔術師とか色んな力を持つ人間はいるけど、ルークの力はかなり珍しいと思う。そういう力は狙われたり妬まれたりするだろうからな」
イサリアはルークセンの力を珍しいと思っていなかった。初めて聞いた力だが、記憶のない自分には知らないことのほうが多いのだ。
師匠の力が凄いというのも知らなかったのと同じ話である。
「特に人間そっくりに化けてる魔人が解るってのは、かなり求められるんじゃないかな」
「そんなにそっくりなんですか?」
クドが追っている魔人の話は聞いていた。
人間に混じって、何食わぬ顔でゼスタークの街に入り込んでいたという。
つまり、見分けがつかないくらい人間そっくりだということだ。
「魔物の中で一番強くて悪知恵も働くのが魔人だけど、最も厄介なのはやっぱり人間そっくりに化けるところなんだよ」
「どうしてですか?」
「そうだな。ある日、明らかに魔人の仕業だと分かる死体が発見されたとする。それで近くに魔人が潜んでいると人間たちも気付くんだ。でもルークみたいに魔人を見分けられる者はいなかった」
クドの挙げた例え話に、イサリアも考えてみた。
その場合、どうやって魔人を探せばいいのだろう。
「魔人を探している間にも次々と被害者で出て、恐怖は増すばかりだ。疑心暗鬼で自分以外の人間が誰も信じられなくなっていく。でもこういう場合、怪しいのは昔から知っている人間じゃなくて、新参者か余所者が最初に疑われるものなんだ。で、お前が魔人なんだろうって決めつけて
「ひ、酷いです!」
「でも他に、人間だって証明する手段がないんだよ」
思わぬ
記憶喪失で余所者のイサリアなんて、真っ先に疑われることだろう。
「そういえば、魔物を人間の敵だって聞いて、害獣と何が違うのかわからなかったんですけど、魔人の話でやっと納得したかもしれません……」
「ああ、作物を食い荒らす虫や獣も困るけど、魔人の被害は根本的に話が違うよな」
イサリアも魔物の被害やルークセンたちが捕まえた魔物を見ているが、かつて世界を滅ぼしかけた人間の敵という話が大げさとしか思えなかった。
だが魔人は違う。
人間同士で争うように仕向けて、人の繋がりをずたずたに引き裂いてしまう。
「だからさ、ルークの力は貴重なんだよ」
「そうですね。ちやほやしてもらえる気がしますね」
「でもイサリア、守銭奴のこと怒ってたよな。人間の中にはそういう奴もいるんだよ。少し種類は違うだろうけど、自分のために他人の自由を奪って閉じ込めたり、相手を思いやる気がなかったり」
ゼスタークの街で見た守銭奴のことを思い出して、イサリアは言葉を失ってうつむいた。
あの治療師はただ金が欲しいだけだったのかもしれないが、他者を助けたいという気持ちが欠片も感じられなかった。
たくさんの苦しむ人たちを見ても、心が動かない人間もいるのだ。
並んでいる被害者たちに討伐隊の人たちは安心させるように声をかけ、励ましていたのに。
「聖都には、どんな人がいるんでしょう」
「貴族とか大商人とか、地方より金も権力もある連中かな。あ、もちろんイサリアも弟子入りするなら気をつけろよ」
新しい師を探さないと駄目なのかな、と益々やる気が失せた。
けれどイサリアの師匠探しよりも、ルークセンのことを気にかけたい。
イサリアは目の前に困っているかもしれなかったり、困ったことになりそうだったりする人がいたら、放っておけなかった。
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