第6話 ルークセン4




 イサリアが聖都に行ってみたい、いろいろなところを見て回りたいと言うので、ルークセンは一緒に行くことにした。


「君も討伐隊で勧誘されただろう?」

「討伐隊の人たちはいいのですよ。わたしは守銭奴というものをなめてました……」


 街の中では聞きにくかったので、ルークセンはゼスタークの街を離れてからイサリアに尋ねてみた。

 魔人が聖都方面に向かったようだという情報があったので、カサルーナ国の青年クドも同行している。きっとルークセンの『能力』が目当てなのだろうが、拒絶するほどの理由がないので受け入れた。


「守銭奴って?治療師なのは聞いてたけど、何があったの?」

「治療師が守銭奴なのですよ!魔物被害だから治療費は国費から支払われるって言ってるのに、患者さんたちを脅しつけて巻き上げて!討伐隊からも当然の顔でふんだくって!二重取りですよー!」


 イサリアは余程許せなかったようで、普段ののほほんとした雰囲気が霧消する勢いでまくし立てた。

 イサリアが実際に会ったのは、三人いるうちの一人だけらしいが、誰もが「三人とも同格の守銭奴だ」と断言したそうだ。


 あんな守銭奴に弟子入りできないと怒っている。


「なんで弟子入りするの?瘴気の浄化が出来るなら、もう一人立ちできるくらいの能力があるんじゃないの?」


 クドはイサリアのことは治療師としか聞いていなかったのだろう。話が理解できないとばかりに首をかしげている。


「聞きましたか、ルークさん!」

「彼女は記憶喪失で、10日分くらいしか覚えていないらしい。助けたいと祈って心に浮かんで来る呪文を唱えると、適当に魔法が使えるそうだ」

「適当に使っちゃ駄目だろ!?」


 イサリアの行状を聞いて、すごいと褒める人間はいなかった。

 クドの反応にイサリアもうなだれている。


「え、大丈夫だったのか?」

「確認してから使わせたはずだ。記憶はなくても能力はある」

「そっか。記憶と能力をすり合わせて行けば、けっこう早く一人前になれそうだな」


 イサリアはまず、自分のやったことがいかに危険なことかを自覚するところから始めるべきだ。不満そうな顔を見てルークセンはそう思った。


「そうだ、カサルーナ国ってどこにあるんですか?」

「ユフィアス国の東だよ」

「じゃあ魔物と瘴魔って何が違うんですか?」

「瘴魔は魔物の一種で、特に瘴気の被害が大きいものをそう呼んでる」

「そもそも魔物って何ですか?どこから来るんですか?」

「そこから!?ちょっと、そこのルーク!お前何も教えてやってないのか!?」


 イサリアがクドを質問責めにし始めたので、調子良く答えていた青年も慌てた。


「セイレキって何ですか、セイケンって何ですか、から始まって、果てしないなと思っていたところだ」

「……記憶喪失ってタイヘンなんだな」


 聖都ユフィアリスまで10日はかかる。

 道中の会話には困りそうにないな、とだけ思うことにしているルークセンだった。




 日が暮れて間もない頃に、最初の宿場町に到着した。聖都までの街道は整備されていて旅人や商人も多いため、丁度良いところに宿がある。


 ゼスタークで旅支度を整え、ルークセンは服も変えているので、浮浪者と宿泊拒否されたりもしなかった。


「そういえば、師匠が目の前に空間の裂け目を作って、わたしをポイ捨てしたわけですが」

「すごい師匠だなー」


 部屋を確保してから宿の食堂に集まると、イサリアが何から連想したのか、自分を放り出した師匠の話を始めた。

 ルークセンとクドは食事を注文しつつ、イサリアの話を聞く。


「師匠も治療師だと思ってたんですけど、あれも治癒魔法なんですか?わたしにも一瞬で遠いところへ行く力があったりして!?」

「空間魔法とか転移術と呼ばれる高位魔法だろうな。国に一人でも使い手がいればすごいと言われるような魔法だと聞いた」

「今は七聖国のどこにもいないって聞いてたけど、そういえば、実在してんのか?」


 イサリアの話を聞いていると師匠の凄さよりも、残念な展開に気を取られて聞き流していた。

 本当に使えるのなら、すごいことである。


「じゃあわたしには無理なんだ。ちぇっ」


 今もイサリアはまったく師匠の力に気づいていなかった。説明を聞き流していないか確認したくなる。


「その師匠ってどんな人?他にどんな魔法を使ってた?」


 クドが興味を示して問いかけると、イサリアは食堂の女給を見ながら答えた。


「妙齢の美女で、男の人が『うひょー』とか言いながら舌なめずりして眺め回す、そんなけしからん体付きで色気を振りまく人でした」


 イサリアの視線の先にいるのも、色気のある妙齢の美女だ。男性客が鼻の下を伸ばしているが、ルークセンたちは同席している少女の目があるので、視界に入れないようにしていたつもりだ。

 気づかない訳ではなかったが。


 聞きにくかったが、確認しておいた。


「その師匠は、どこの国の魔術師か分かるか?」

「あそこはどこだったんでしょうね。森に囲まれたお城で、白い花の咲く庭園がありましたよ。でも師匠以外に誰もいませんでした」


 イサリアは師匠の名前も聞いていないので、手掛かりなしだ。

 本当にそんな力を持つのなら、誰もが勧誘に行くだろうに。


 だが利用されるのを厭い、隠れているのなら、誰にも見つけられないことだろう。





 聖都へ向かう旅は順調に進んだ。

 イサリアが治療師として稼いだり、ルークセンが魔物を見つけて、それを捕まえて討伐隊に連れて行き、クドの持つ矢でとどめをさすことで賞金を稼いだり。


 路銀を稼ぐために滞在期間が延びて、予定より少し日数はかかるが、もとより期限がある訳ではない。問題はなかった。


「魔人の情報はあったのか?」

「いや。でもどうせ、あいつが現れたら聖都に応援を頼むしかないだろう?あてもなく探すより確実かと思ってな」


 クドがのんびりして見えたので問いかけると、案外堅実な返答があった。


「クドさんはどうして一人で魔人を追ってるんですか?」


 イサリアも疑問が湧いたようだ。


「俺も疑問だった。他国に逃げ込んだのなら、そちらにまかせてしまうものじゃないのか?」

「ユフィアス国じゃなければそうしてただろうな。でもこの国に、よりによって魔人を押し付けてあとヨロシクとか、言えないだろ…」


 聖剣が失われて、他の六国に頼ってどうにか支えている状況だ。心ある者なら、そう考えてしまうものなのかもしれない。


「上司には怒られたし止められたけど、許可はもぎ取ってきたぞ。根負けさせてやったぜ」

「クドさんは優しいですね」

「……面と向かって言われると恥ずかしいだろ」


 イサリアが他意なく感心しているので、クドも照れて赤くなっていた。


 それを見てルークセンは思い出す。

 かつての自分、聖剣の遣い手として民から向けられていた眼差しが誇らしく、でも実力不足で申し訳ない気分にもなった頃のこと。


 そして今。

 断罪を受けるために、処刑台へ向かう気分で聖都を目指している自分。


 クドとは大違いだった。

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